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ソードアート・オンライン〜Another story〜

作者:じーくw
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現実世界
  第121話 変わらぬ想い






 キリトが、現実世界に戻ってきて、2ヶ月にもなる。

 キリトこと、桐ヶ谷和人は自分自身の姿にまだ違和感を持っていた。
 基本的には同じ容姿を持っているはずなのだが、落ちた体重がまだ戻らないのでいかにも体が弱々しく感じていたのだ。事実、シャツの下には弱々しく骨ばっている。故に日々のリハビリとトレーニングは欠かせない日課になっているのが現状だった。

「なぁ……アスナ。聞いてくれ」

 和人は、アスナに語りかけた。
 ……和人がいるこの場所は病室。そのベッドではまるでただ眠っているだけの様な少女……アスナが目を瞑っていた。







~二ヶ月前~



 あのSAOの舞台である《浮遊城アインクラッド》の第75層にて最終BOSSである《神聖剣》ヒースクリフを倒し、ゲームをクリアした。その後、和人は見知らぬ病院で意識が覚醒し現実に戻ってこられた。だが……誰よりも愛した人、

 細剣使い 閃光のアスナ、《結城 明日奈》は還ってこなかった。

 そして……、あの時、共に約束をしたはずなのに……もう1人も。その人物はゲームクリアの最大の功労者であり、唯一無二の親友。数多の武器を使いこなし、最後には死さえも乗り越え自分に力を貸してくれた真の勇者。
 魔王を打ち倒した仮初の勇者じゃなく、真の勇者。

 白銀の剣士のリュウキ、《竜崎隼人》も。

 否、彼は消息すら掴めていなかったんだ。

 アスナの消息を調べる事、その事自体は難しいことじゃなかった。あの覚醒した時。覚束無い足取りで病院を彷徨っていた和人はすぐさま看護師によって病室に連れ戻された

 その後ほんの数十分後。

 スーツ姿の男がひとり息せき切ってたずねてきたのだ。《総務省SAO事件対策本部》の人間だと名乗っていた。その組織自体は直ぐに発足されたものの、この2年間殆どと言って良いほど、手出しが出来なかったそうだ。しかし、それもやむ終えない事だろう。
 下手にサーバーにちょっかいを出しもすれば、一万人の脳が一斉に焼き切れてしまうのだ。
 だれもそんな責任をとることなど出来ない。八方塞だと思われていた。

 だが、唯一の対抗手段があったらしい。

 それは茅場に並ぶ天才。敏腕プログラマーである人物、いや、事コンピュータ関連の系統においては この世の誰よりも優れているとまで言わしめる者。ただ、本名は誰も知らずHNだけでやり取りをしていた者。

 そのHNは《RYUKI》

 その者にコンタクトを取れさえすれば、何とかなるかもしれない。そう考えた対策本部はすぐさま要望を出すのだが……。
 彼(実際には性別ははっきりわからないとされていた。)も消息不明となっていたのだ。SAOが始まると殆ど同時に彼は全ての仕事をキャンセル・または直ぐに終わらせ接触を絶っていた。

 ここまで考えれば、SAOの世界に彼もいたのは想像するのに難しいことじゃない。だから、その解決策も水の泡となってしまったのだ。

 だから、彼らは被害者の病院受け入れ態勢を整えたこと。それだけでも十分に偉業であるといえる。あの限られた時間の中で皆を受け入れる事、それの難しさなど言うまでも無い。
 この日本、何も病人はSAO被害者だけじゃないのだから。

 
 ……様々な病気を抱える患者も、そして……末期の患者も数多く存在するから。


 そこに2時間と言う時間で整え、受け入れ体勢を作った彼らを感謝こそしても責める者など誰もいない。そして、ごくわずかなプレイヤーデータをモニターする事。その僅かなプレイヤーの中にキリト事、和人は含まれていたのだ。

 和人は黒縁眼鏡の役人に条件を出したのだ。

 知っている事は可能な限り話す。その代わり知りたい事を教えろと。和人の知りたい事は多くは無い。第1にアスナの居場所。

 アスナのいる場所にレイナもきっといるからレイナの消息は直ぐにわかると踏んでいた。

 そして、もう1つリュウキの居場所。

 男は携帯であちこちかけまくった挙句当惑を隠せない表情で和人に言った。

「結城明日奈さんは、所沢の医療機関に収容されている。妹の玲奈さんも同様です。だが……姉の明日奈さんはまだ覚醒していない……彼女だけじゃない、まだ全国で約300人のプレイヤーが目を覚ましていないらしい」

 サーバーの処理に伴うタイムラグか?とも考えられたが、何日立とうともアスナを含む300人は帰ってこなかった。

 そして……キリトの最後の要望も叶う事は無かった。

「その和人君の言う、リュウキ……と言う人物ですが。……彼については、我々も様々な場所・機関で調査しているのですが所在が全く?めないのです。和人君の言うリュウキ……という人物が我々が考えている通りの人物なら……申し訳ありません。……消息を追うのは限りなく不可能に近いのです」

 そう、リュウキの事も、何一つ知ることが出来なかったのだ。


 ……親友のことも、最愛の妻のことも













「なぁ、アスナ。聞いて驚くなよ? オレ……昨日ジムに行っててな。 そこでリュウキと瓜二つの男に会ったんだ」
 
 和人は他愛も無い表情で話しかける。
 いつか……微笑み返しながら起き上がってくれると夢見ながら……。目をあけて、身体を起こして……『ほんと?』と笑い返して欲しいから。

「それ見たオレは、叫びそうになって、更に思わず声が裏返っちゃってさ?……オレ、口をパクパクさせてたらしく、何だか そいつにぎょっとされちゃった。その後おまけに不審者か? って思われたのか距離もおかれてな? あぁ……でも、よくよく考えたら、あの反応だったら リュウキじゃないのかな……?玲奈にも言おうか、と迷ったんだけど……オレ、どうしたら良いかな? ……アスナ」

 和人はそう聞く。
 ……だが、返事が帰ってくる事は無かった。まだ、彼女は眠り続けている。眠りの森の少女となり続けている。

「……アスナ」

 ……和人の両の目に光る物が溜まり、そして流れ落ちた。

「俺……、現実に戻ってきて、随分弱虫になっちゃったよ。……アスナが恋しくて仕方が無い……。それにリュウキの存在だってそう……。オレ……本当によわっちい存在だったみたいだった。……今でもアイツがツッコミを入れてくれるのを、待ってるみたいなんだ……。アスナとリュウキ……ずっと2人に支えられ続けたんだな……」

 光る物、……涙を流しながら、和人は明日奈の手を握る。そして、行方もわからない、親友の事も……頭に浮かべた。



――……アイツがここにいたら、なんと言うだろうか。



『もうちょっと、しっかりしてくれよ……?』
『まぁ……頑張れ。』
『はぁ……。もう少し考えてみろよ。』


 あの世界で、リュウキの言葉も頭に色々と浮かんでくる。リュウキの居場所が不明と聞いたあの時からずっとだった……。

『……ありがとう、親友』

 そして、自分の目を見ながらそう言うリュウキ。救われたのに、何もしてやれてない。……自分は何も出来ないのか……。キリトはずっとそう思っていたんだ。

 その時だった。

「そんな事……ありません」

 この病室に誰かが入ってきた様だ。ゆっくりと、病室の自動扉が左右に開かれた。

「……だって、和人君はよくここへ来てくれますし……お姉ちゃん、きっと喜んでますよ。……勿論、お姉ちゃんだけじゃなく、私も同じです。……私も救われてます。本当に……救われてるんです」

 少女は手に花束を持っていた。傍に来たのは……。

「玲奈……」

 そう、血盟騎士団 副団長補佐 《閃光》の玲奈。同じ異名を持つその姉妹は2人で《双・閃光》とも呼ばれていた。

 どちらの剣技も甲乙つけがたく、そして その異名に恥じぬ速度のものだった。

 そう……あの世界の英雄。

 白銀の剣士が愛し、愛された存在。
 そして和人にとっても、かけがえの無い友人の一人。

 あの時、約束を交わした1人であり、親友の……恋人なのだ。

「お前は……、玲奈は、大丈夫なのか……?」

 和人は、直ぐに涙を拭うと玲奈の方を見た。玲奈に関しては……、恋人である隼人の安否がまるで判っていないんだ。……目を覚まさないけれど、ここにちゃんと生きている姉の明日奈とは違う。
 ……悲しみは計り知れない。あの時のレイナを、キリトは、和人は思い出していた。

『生きている意味が無い』まで、言っていたから。

「『……大丈夫です』……って言ったらきっと嘘になりますね。……今でも、とても悲しいですし、とても辛いです。……それに、毎日……毎日……あの時の《約束》も思い出します」

 玲奈は、病室の窓を開け、部屋の空気を入れ替える。今日はあまり、肌寒くもなく、日差しも気持ちいいくらいだ。……篭った空気を入れ替えるのに、ちょうど良い気候だった。
 そして次に窓越しに飾られている花瓶の花を入れ替えていた。

 どうやら、この感じから……、玲奈はさっきの話の初めの方は聞いていなかったようだ。

「でも……思ったんです。……悲しむくらいなら、蹲って、ただただ膝を抱えて泣くだけなら……行動しようって、思っているんです。あのSAOが始まった時、はじまりの街を出たあの時みたいに。 それに、まだ……お姉ちゃんも、リュウキ……隼人君も、大丈夫なんです。私は諦めませんよ。だって……私は、私達は、2年も頑張れたんですから。頑張らないと……隼人君に会えない、頑張らないと、会ってくれない。そんな気がして……」

 玲奈は、しっかりとした表情でそう答えた。だが、その目は赤くなっている。彼女も、……恐らくは毎日……涙を流していたのだろうと見て取れる。
 だが、彼女の決意を聞いて、和人だけ女々しい事を言うわけにはいかないのだ。

「そう……だな。オレも色々と調べてみる。リュウキ、隼人の事も。今の現状も」
「よろしくお願いしますね……? ……勇者様」

 目に力強さが戻ってきた和人を見て、微笑みかけながらそう言う。
 どうやら、彼女も和人が最後に聞いたあのリュウキの言葉を聞いていたようだったのだ。それを聞いて軽く笑う和人。

「ははっ……。勇者はオレじゃないよ。……でも、真の勇者を見つけないとな。玲奈の大切な人を。……それくらいしないと。……アイツには借りが沢山あるんだから」

 和人は、そう言うと玲奈の頭を撫でた。突然触られたのでレイナは少し驚いた。

「わぷっ……。もぅ……。お姉ちゃんの前なのにぃ……。お姉ちゃんは、とってもやきもち妬きさんなんだから、お姉ちゃんに怒られますよ? それに隼人君にもっ」

 玲奈は、頬を少し膨らませ、そう一言いう。この姉妹は互いに判りあっている様だ。……以前にも、明日奈が隼人にそう言っていたから。

 そして、それを聞いた和人は思わず玲奈の頭から手を離し両手を挙げる。速攻降参のポーズをとるのだった。

「ゔ……あの2人でこられたらオレ、1分も、もたない自信があるぞ……。あの2人が組んだなら……ヒースクリフなんて目じゃない程の強敵だよな。裏ボスだ、まさに……」
「む~、女の子のお姉ちゃんを裏ボスってなんかヒドイっ!それに、隼人君は正義の味方の側ですよっ! ………」

 2人は軽く、言い合った後。

「「ぷっ……あはははは!」」

 最後には、2人で笑いあっていた。








 和人は、明日奈の病室からでた所で、葛藤した。
 あの時、ジムで出会ったあの隼人にそっくりな男の事。……玲奈に、その事実を話すかどうかをだ。だが、あの初対面で、表情に何の変化も無く、あったのは自分自身だけで逆にその表情を見た男は訝しむようにしていたのだ。

 ……だから、よく似ている他人の空似なのかと思った。

 でも、それでも似ているのだ。彼の顔が頭から離れない程に。でも……、どうしても不安感だけは拭えない。

「……下手に希望を見せるのも……な」

 和人はそう思ったのだ。
 今は必死に耐えている。周りの変化にだってあるし、何よりも愛する人と別れているこの状態に。そんな時にこんな情報はどうなのか?と考えてしまう。 希望を失う事こそ、怖いものはない。玲奈には、今よりも苦しい事は与えたくないから。

「……はっきりと核心がいかないとな。本人か他人かだってはっきり判らないと」

 和人はそう考え、結論つけた。後者なのだと、正直思う。だが、似ている以上に何かがひっかかるのだ。

 そして、和人は病院を後にした。










~某所~





 その日の夕刻の事。
 鮮やかな夕日を背景に、一緒に歩いていく2つの影があった。

「あはは、久しぶりに格闘技、したから、随分と筋肉痛になっちゃったよ……」
「坊ちゃん。……流石に、いきなりではキツいでしょう?少しずつ、身体を馴らしていかないと……」
「あ、うん。そうだね。でも、大丈夫だよ。ジムで基礎トレーニングはしてるし、そこまでハードにはしてないし……あ、そうだ。ねぇ、爺や」
「はい? どうしました?」
「今日、ジムでね? ……僕の顔を見て目をぱちくりさせたり、変な表情をしてきた人がいたんだ。こんなの、今まで無かったのにさ?」

 思い出しながら、片方の男は想いっきり顔を膨らませていた。

「なんだか、失礼だよ。……僕の顔を見てそんなふうにするなんて!」
「ほっほっほ……。坊ちゃんは、可愛いですからな?」
「ぼ、僕は、男だよ? 可愛いって言われて嬉しくない! ……ん、でも、そんな感じじゃなかったんだよね。今、思ったら……」

 思い出しながら腕を組み考え込む。可愛い?と男だし、思われるのは心外だ。でも、何処かその表情は只事ではない気もしたんだ。

「僕……何があったのか、覚えていないんだよね。ここ数年の記憶を……。ひょっとして、以前の、記憶が無かった時の僕を知っている人……、なのかな?」

 男は、爺やと読んでいる初老の男にそう聞いた。それを聞いた彼は、ニコリと微笑むと。

「その可能性も……あるかもしれませんね? ですが、慌ててはいけませんよ。……坊ちゃんは日に日に良くなっています。十分に回復してからゆっくりと思い出しましょう。……ゆっくりと思い出すことができれば、その彼の事も判ると思いますよ」

 そう言い、優しく微笑んだ。
 ……坊ちゃんには、無理は決してして欲しくないからだ。まだ、身体が完全に以前のモノに戻ってきたわけじゃないから。

「ん……そうだね。うん。わかったよ!」

 微笑み返すと次の話題へと変わる。

「ねぇ! 爺や、アミュスフィアって知ってる?」

 笑顔を輝かせながら、爺やに聞いた。その彼の問いに一瞬表情を歪め……。

「……ええ。勿論」

 そして、ぎこちなく、返事を返していた。
 それは、あの忌わしいナーヴギアの後継機だから知らない筈がない。憎悪さえ感じているのは、親としては当然であり、それを隠そうとする反応も当然だろう。

「えっとね……ALOってゲーム今凄く流行ってるみたいなんだ……。だから、僕もしたいんだ!」

 真っ直ぐな眼差しでそう言う。親心ならば、あんな事件があったゲーム機の後継機だ。……止めたい。もう、させたくない。と思ってしまうのだが。
 例え記憶が無くとも、この少年は自分の興味があることには、とことんまで突き詰める。

 当然だ。

 記憶が無いのは あの期間のみ、なのだから。……自分自身の性格までが、全て失われたわけではないから。駄目だと、遠巻きに言ったところで、最終的には無意味なのだ。
 押し切られてしまうのが目に見えて判る。

「……ですが、それには条件がありますよ?」

 だから、彼は方向を変えた。

「え?」
「坊ちゃんは《あの事件》は知ってますよね?」

 爺やは、そこから切り出すことにしたのだ。かつて……あったあの大事件の事を。

「……うん。そうだよね。アミュスフィアって後継機だもんね」

 そう言うだけで、爺やが何を言わんとするか見抜いたようだ。やはり……記憶をなくしたと言っても、彼は彼だった。頭の回転は、年相応のものではなく、物凄く速い。

「ええ……。ですから、本当に安全なのか……それを念入りに調べてからにしていただきたいのです……。後生です。……どうか、お願いします。坊ちゃん」

 彼の事を心底心配をしている。そう言っているんだ。凄く伝わる。だから、邪険にできるものじゃないし、断れるものじゃない。

「うん……だよね?ごめんね。僕もそうするから!」

 だから、笑顔でそう答えた。爺やに心配をかけたくないから。

「安心しましたよ……」

 爺やも笑顔でかえした。そして、2人は歩いて行く。

 2人が帰ってゆく姿。

 それはまるで、夕日の中へと鮮やかな太陽の中へ入って行くような光景だった。
 そして、街の中へと消えていった。



















~槇原スポーツジム~



 それは翌日の事。
 トレーニングウェアに着替えて準備運動をして……、そしてさぁ、始めよう! とした時だ。

(……また、見られてる、よね? これって……)

 爺やに昨日に言っていた出来事。全身が主に黒い服。黒いジャージ上下の少年がしきりにこちらを見ているのだ。今日は主に持久力トレーニングじゃなくて、筋肉トレーニングマシンで身体を鍛えていた。
 その際、所々で感じるんだ。視線が、後ろから。


 それは、その後マシンを変えたり休憩中もだった。
 

 ずっと見てる訳じゃない。でも、ちょくちょく視線を感じる。
 ストーカー? と一瞬考えてしまうけれど、って言うほどじゃないと思う。これまでにそんな経験が無いから、一概には言えないけれど。

 それに、男にストーカーなんてする男っているのだろうか?……それはあまり考えたく無い事だった。

 そして、その人の歳は自分と同じ位だろう事も判った。

「なぁ……」

 色々と考えていたそんな時だ。
 しびれを切らしたかの様に、その人から話しかけてきた。

「………なんですか?」

 隼人は昨日の事、忘れているわけじゃない。
 この人は、自分の顔を見るなり変な感じで(と、自分は感じた)見てきたんだから。だからこそ、彼が邪険をして、そしてあからさまに警戒をするのは仕方の無い事だと思う。

 それに、彼は人付き合いが非常に悪い。

 ジム通い自体は問題ないけど、人との付き合いはこれまで皆無だった。……流石に、家をジムにするのは あまり宜しくないから。

 そんな時。

「……ああ、昨日は悪かったな。君が、その……オレの知り合いに凄く似ていたから驚いていたんだ」

 目の前の男はそう言うと、頭を下げていた。いきなりの事だった為、その事に戸惑いを隠せれなかった。……だけど、素直に頭を下げられたら、もう邪険するわけにはいかないだろう。

「え……っと、そんな……そこまでしなくても良いですよ」

 慌てて、手を振りながらそう答えた。

「そうか。ありがとう。あの……後1つ良いかな?」

 男は頭を上げると、一歩近くによる。
 
「名前は、何ていうんだ……? 君の」

 そう聞いていた。

――……名前くらいは答えても問題ないだろう。

 そう判断した。

「えっと……僕の名は竜崎、だけど……?」

 正直にそう答えていた。その瞬間だった。

「っっ!!」

 今度は目の前の男の人が、驚いている様なのだ。それも、物凄く、目を見開かせていた。

「ど、どうしたんですか?」

 名前、苗字を言っただけでここまで驚かれるとは思わなかったから、隼人は逆に慌てていた。彼は、直ぐに返す。 自分の目を見ながら。

「お、オレは、キリト……じゃない、和人だっ! お前は……やっぱり、リュウキか? い、いや違うっ! 隼人かっ!? 竜崎 隼人かっ!?? どうなんだ!??」

 ……男は尋常じゃない程に興奮しているのがよくわかる。それに……こちらも驚きも隠せない。
 なぜなら、この人とは、初めて会った筈なのだ。なのに……。

(なんで……この人、僕の名を……? そ、それに以前の僕のHNまで知ってるなんて……)

 そう……このジムに名を登録しているから名前なら兎も角、HNまで知ってる事。その事に驚いていたのだ。 あのHNは、もう使わなくなっているが それ以前まではずっと使っていたから。
 でも、勿論現実とは区別をつけている。

 自分が《リュウキ》じゃないと、最新の注意を払っているのだから。

 でも、目の前の人は、知っている様に話をしていたんだ。

「え……あっ……、僕の名前……そうです。隼人、です。……ですが、何で貴方は、知っているんですか? 僕の名を……」

 そう、それが本当にわからない。

 だから、隼人は混乱していた。目の前の男の人は、キリ……いや、和人というらしい。そして、どうやら自分の名前を知っている……だけど……、自分自身は。

「ッ……。本当に違うの……か?」

 今度は意気消沈したように表情ががらりと変わった。深い悲しみの様なものも見て取れる。

「えっと……はい? 何がかは……判りませんが、きっと、 同姓同名の人違いじゃない……ッッ!!」

 そう否定した時だった。
 隼人の頭がズキリと悲鳴をあげた。脳髄の奥からまるで電流が流れてきているような感覚。

「ッ……ぁ゛……ぅぅ……っ」

 隼人は頭を抑えながら蹲った。

「ッ! お……おい! どうしたんだ!? 大丈夫か!?」

 和人は、人違いと言う事実に落胆していたが、急に目の前で蹲る隼人に驚きながら手を貸した。

「う……ぁっ」

 和人の返事に隼人が答えることは無かった。……いや、答える事が出来ない様だ。

 そうしている内に、ジム内は騒然となり。

 ジム専属の医師が待機していた事もあって、和人が医務室へと連れて行った。










「………」

 和人は、医務室の前の椅子に座って待っていた。
 自分のせいでこんな事になってしまったのかと、責任を感じていたのだ。そんな時、1人の男が和人の前にたった。もう初老を迎えているだろう容姿。
 ……そして、なぜかはわからないが安心できるそんな感じがする顔だった。

「和人……様ですね?」

 ゆっくりと、丁寧にお辞儀をすると、そう聞いていた。

「あっ……はっはい。そうです!」

 ……様と呼ばれた事など無い和人は、恐縮しっぱなしと言った様子だった。慌てながら答えると、彼は続ける。

「申し訳ありません。隼人坊ちゃんは少し持病を抱えておりまして……。お騒がせさせてしまいました」

 お辞儀を再びし、謝罪をしていた。

「い……いやっ、そんな……。でも、リュウキっ………、隼人君は大丈夫なんですか?」

 和人はそう聞いた。
 目の前で蹲って、そして苦しそうなあの姿を見て、幾ら大丈夫だと言われても心配をしてしまうのは無理は無いだろう。

「え…ええ、大丈夫ですよ。命に関わる様な病ではありませんし……」

 和人は、この人が少し動揺したように見えたが、気にする様子は無かった。……彼が無事なのを聞いて良かったと思ったんだ。親友と同じ素顔の彼を見て、そして苦しんでる姿を見たから。

「そうですか……。良かったです」

 和人はほっと胸をなでおろす。

「はい。もう……時間も時間です。隼人坊ちゃんの事は、私に任せて下さい。今日はこんな時間までありがとうございました。」
「いえ……っ 大丈夫です!その、お大事にとお伝えください。」

 和人は、恐縮しっぱなしで、しきりに頭を下げながらその場を離れた。今日みたいな事になるのなら、彼とは話さない方が良い、と思えるけれど。和人は、また話をしたい、と強く思っていた。


 ……親友と同じ名前、同じ顔をもつあの少年と。

 




~医務室~



「あ……っ」

 隼人は目を覚ました。
 そして、体を起こしあたりを確認する。頭痛もどうやら引いたようだ。

「あれ……えっと……」

 だけど、今の状況がはっきりと判らない。一体何があったのか、それがまだ、よくわかっていないようだった。

「お坊ちゃん」
「わっ!」

 考え込んでいた時に突然話しかけられたことに驚いていた。

「お……驚かせないでよ」

 誰が話しかけてきたのかを確認すると、ふぅ……っとため息をしながら隼人はそう言う。

「………」

 でも、爺やは何も言わなかった。

「どうしたの……? 爺や?」

 隼人は、気になっていた。
 今まで、背後にいつの間にか立っている。と言う事は《前》にも何度か合った。……でも、こういう返し方。それは、初めての事だったから。

(でも……こういう考え方はおかしいかな? だって……僕は……)

 隼人は俯いた。

「坊ちゃん……。何か思い出されたことはありますか?」
 
 爺やは真剣な口調、そして表情で。今まで無かった様な表情でそう聞いた……。


 彼の話、そして2つの名前。そこからわかる様に。隼人にはここ数年分の記憶が損失している。



 数年……。

 そう、《SAOの期間中》の記憶がだ。


――……彼が帰ってきたのは、2ヶ月前の事だった。


 その日はいつも通りだった。
 隼人の世話をしていた爺やこと、綺堂 源治。  可能な限り、SAOをプレイ中の隼人の補佐を行っていた。だが、それが出来るのは極々一部分のみ。

 それも当然だ。

 隼人ならまだしも、このソフトは隼人と同等レベルであろう技術者である茅場晶彦。彼が管理する彼の世界。

 所謂≪神≫と言って差し支えない存在。

 皮肉な事に、それに対抗できるのは 囚われている隼人だけだった。SAOの中では システムに干渉する十分な設備も無い。 それは仕方が無い事だ。GMなら兎も角 プレイヤーにそんなもの用意されている筈が無い。だが、隼人はそれをも覆した。

 広大な大海原に浮ぶ一枚の葉を捜すが如く、広大なデジタルの世界の綻びを見つけ、現実世界への亀裂を僅かながら作った。
 それを探し出して……糸口を切り開いた。

 そして自らのナーヴギアにもセットされているAIを介し、源治とコンタクトを取り 絶対神、システムをも覆した。
 全てを自らの頭脳……脳髄の演算機能をフル活用した。

 何一つ頼らず……。

――……だから……記憶喪失はその代償なのだろうか……?

「………」
「すみません……」

 綺堂は頭を下げた。
 それを聞いた事を、彼も……傷ついている筈なのに。

「いやっ……そんなっ大丈夫だよ。確かに……大切な事、忘れてしまっている気がするんだけど、大丈夫だよ」

 隼人は笑顔でそう答えた。辛そうにする爺や事源治の顔はみたくないから。

「なんでだろう……。きっと、直ぐに思い出せそうな気がするんだ。……あ」

 そして、隼人はある事を思い出したようだ。

「爺や、さっき僕と一緒に話していた……ええっと、そう和人……って人がいなかった?」

 そう聞いたのだ。
 思い出したのは、倒れる直前まで話していたあの人の事。

「ええ、坊ちゃんが起きる数十分前までは心配して付き添ってくれてましたが、流石に遅くになって帰って頂きましたが」
「そう……」

 それを聞いて隼人は表情を暗めた。……邪険をしていたのは、もう過去の事。彼の前で突然倒れてしまって……ここまで運んでくれたのも彼だ。だからやっぱり、面を向かって謝りたいと思っていたのだ。
そして、それ以上に引っかかる事もある。

「……彼のことも、何だか知ってる気がするんだけど、やっぱり……ね。はぁ……、もどかしいね……。思い出せないのって……」

 隼人はそう呟きながら ため息を吐いた。

「………」

 そんな隼人を見て源治は、その頭にそっと手を置いた。

「んっ……」
「坊ちゃん……。少しずつ……少しずつで良いんですよ。無理しようとすれば、今回の様になってしまいます。ですから落ち着いて……。坊ちゃんは疲れているのです。十数年もの間にも、ずっと常人以上の頭脳で、そしてずっと脳に働きかけていたんですから……疲れてしまったのですよ……。もうちょっと、もうちょっと休めばきっと、良くなります」

 微笑みかけながらそういった。常人以上に頑張ってる事は、自分自身がよく知っているから。

「うん……そうだね。深く考えないようにするよ。彼……和人君とも……やっぱり違和感はあるんだけれど、話してみようって思ってるんだ」

 隼人はそう考える。
 よくよく考えれば今までの事から考えられない変化だった。これまで隼人は他人との関わる事など仕事以外では殆ど無かったはずなのだ。和人という少年と話をしてみたい。と思った事だって普段から考えればありえない事だった。

 ジムにも、リハビリの関係で来ていただけなのに……だ。だが、隼人はわかっていた。

 自分を変えたのは恐らくはあの≪空白の時間≫。そして、その≪空白の時間≫に全ての答えがあると。考えようとすれば、頭の……脳髄の奥から稲妻が落ちたかのような、衝撃と痺れる感覚に襲われる。

 それは、本当に苦しい。

 でも、思い出したくない……と言う訳ではなさそうなんだ。その思い出に嫌な感じはまるでしないからだ。


 ……何か、大切な何かを忘れている気がしているんだから。


「そうですか……。お体にだけはご注意してください」

 この隼人の変化は爺やにとっては喜ばしい事なのだ。初めに思っていた事だ。何か……出会いがあって、信頼できる仲間が出来れば。友達が出来れば……とずっと考えていたのだ。

 そして、以前から思っている自分の歳も若くないと言う事実も。だけど……。


(坊ちゃんの後遺症……それだけが気がかりですから……)


 綺堂が思うのは、隼人の身体の事、それが何より第一だったから。


 そして、その日は過ぎ去っていった。



 
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