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黒魔術師松本沙耶香  紅雪篇

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11部分:第十一章


第十一章

「街に」
「街でどうするの?」
「また別の快楽をね」
 笑いながら言う。
「楽しみに」
「男かしら」
「それもいいわね」
 その黒く切れ長の目がさらに細まった。
「けれど今は」
「お酒なのかしら」
「そうね。それがいいわ」
「私はこれから銀座よ」
「彼氏と?」
「ええ。年下の大学の学者さんとね」
「男は彼一人なのかしら」
「そうよ」
 佐智子は答えてきた。
「貴女とは違うわ」
「けれど女は」
「いいじゃない」
 何故かここで少女のそれのように顔を憮然とさせてきた。
「別に彼氏を裏切ってるのじゃないから」
「そうね。けれど一つ言っておくわ」
「何?」
 沙耶香の妖しい言葉がまた佐智子の心に舞い降りる。その舞い降ろさせる本人の言葉が続く。
「女はね。男に抱かれて女を抱くことで本当に磨かれるのよ」
「そうなの」
「そうよ」
 何故かその言葉に反論する気になれなかった。沙耶香はその目に赤くルビーのそれにも似た美しさを持った光をたたえながら述べていた。
「だから貴女もね」
「そうね。けれど」
「何かしら」
 佐智子に対して問い返す。白く細い首が動いた。
「貴女みたいに誰でも毒牙にかけたりはしないわよ」
「御言葉ね、それは」
「じゃあその身体にある香水の香りは何かしら」
「シャネルよ」
「それ以外によ」
 佐智子はソファーから完全に起き上がっていた。そして下着とストッキングを身に着けながら沙耶香に言っていた。
「その香水の匂いは別ね」
「気付いたのね」
「本当に。好きなんだから」
「私は博愛主義者なのよ」
 沙耶香はまたうそぶいてきた。
「だから。何人でもね」
「そうして今まで何人の女性を毒牙にかけてきたのかしら」
「覚えていないわ」
 笑いながら答える。
「貴女は今まで飲んだワインのボトルの数は何本かしら」
「覚えている人がいたらお話してみたいわ」
 側にあったスーツを手に取りながらの言葉である。二人のやり取りはどちらかというと佐智子の嫉妬が見られた。だが沙耶香は超然としていた。
「そんなことがわかる人は」
「いないわね。そういうことよ」
 沙耶香は述べる。
「けれどその分だけ彼女達も快楽に誘ってあげているわ」
「自分の欲望の為にね」
「違うわ。禁じられた悦びを教えてあげているのよ」
「そう言ってまた」
「うふふ」
 それには答えなかった。ただ笑うだけであった。
「じゃあね。また」
「今度は何時来るの?」
「気が向いた時ね」
 あえて意地悪をするかのように言ってきた。
「また来るわ」
「そうなの」
「そうよ。またね」
「焦らすのね」
 佐智子はそれを聞いてやっかむような目で見てきた。
「他の女の子のところを歩いて」
「貴女もそうすればいいのに」
 突き放した言葉を投げ掛ける。その言葉もまた楽しんでいた。
「違うかしら」
「本当に意地悪ね」
 あらためてそれを言う。
「貴女という人は」
「その意地悪を楽しんでいるのは誰かしら」
 それでも言葉の鞭を緩めない。サデスティックに楽しむ。
「誰なのでしょうね」
「言うわね、本当に」
「私は言っているのじゃないわ、言わせられてるのよ」
「そうして言葉で苛めるのね」
「それもいいのではなくて?」
「否定はしないわ」
 佐智子の方でも楽しんでいるのを認めた。どうやら彼女はマゾヒズムであるらしい。整った切れの鋭い美貌からは想像できないものである。
「ではまたね」
「ええ。その間はまた」
「焦らされてあげるわ」
「ふふふ」 
 沙耶香はコートを羽織り警視庁を後にした。紅の雪の中を進みながらあることを考えていた。
「雪・・・・・・紅の雪」
 自身の周りに降り続ける雪を眺めながら呟く。
「若しかしたら」
 そこに何かを感じていた。だがそれはまだ確信となるには程遠かった。彼女はその日は酒を楽しみ夜を過ごした。手掛かりは何もなかった。
 次の日も雪は降り続いていた。それが終わる気配がない。
 沙耶香は朝の街を歩いていた。今は人がそれぞれの学校や職場に向かう時間であった。
 多くの者が歩いている。それはただ歩いているのではない。この雪のせいで車も電車も満足に動かなくなりだしている。そのせいであるのだ。
 このままでは本当に首都機能が停止してしまうだろう。それが危惧されだしていた。沙耶香もそれは知っている。それを解決する為に呼ばれたのだから。
 沙耶香は今新宿駅のところにいた。そこにただいるのではない。探っていたのだ。人の気配を。

 
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