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黒魔術師松本沙耶香  紅雪篇

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10部分:第十章


第十章

「そうでしょ?顔だって」
「言わないで」
 拒もうとするその声も弱々しくなっていた。最早陥落しようとしているのがそれからもわかる。
「お願いだから」
「言って欲しくないの?」
「そうよ」 
 佐智子は言う。
「その言葉は」
「わかったわ。じゃあね」
 佐智子の顔を覗き込みながら囁く。
「ソファーに行きましょう」
「ソファーに」
「そうよ。そこでね」
 さらに囁く。
「しましょう。いいわね」
「仕方ないわね」
 遂に陥落した。それを言い訳する言葉であった。
「それで貴女は満足するのでしょう?」
「いえ、私だけじゃないわ」
 目も妖しく細まっていた。その目で述べるのである。
「貴女もね」
「意地悪・・・・・・」
「私を意地悪にさせるのは誰かしら」
 だがそれを悪と思う沙耶香ではなかった。それどころか淫らな目の光をさらに増してきていた。
「貴女よ」
「私・・・・・・」
「そう、貴女」
 佐智子に対して囁く。
「貴女なのよ。私をこうさせるのは」
「嘘よ」
 陥落してもそれは否定しようとする。心の貞操だけは。
 しかし沙耶香が狙っているのは身体だけではなかった。心もなのである。彼女は当然のようにその心の貞操にまで魔の手を伸ばしてきていた。
「違うわ。だって」
「だって?」
「貴女の顔が少しずつ」
「少しずつ?」
 言いながら顔を右に移していく。そこに佐智子の顔がある。それをわかって移ってきているのだ。全ては心を陥落させる為にだ。
「私の方を向いているから。その目も」
「目も」
「そうよ。少しずつだけれど」
 ここで沙耶香と佐智子の目が合った。もう逃げることはできなかった。
「ほら、こうやって」
「そんな・・・・・・じゃあ」
「そうよ、貴女自身も望んでいるのよ」
 心の攻略にかかった。もう逃すつもりはなかった。
「だからこうして顔を向けてきて」
「私は・・・・・・」
「さあ、顔を上げて」
 そう言われると言われたままに顔を上げる。完全に言われるがままであった。
 佐智子の顎に右手をやる。それから自身の顔を近付ける。
「そして私と」
「貴女と」
 そのまま二人は宴へと入っていった。それが終わった時沙耶香はソファーから起き上がり服を着ていた。既にネクタイまで締めソファーにはまだ佐智子が裸で寝そべっていた。
「いつも強引なんだから」
 佐智子はソファーの上から沙耶香にそう抗議してきた。
「いつもいつも」
「その強引なのがいいのではなくて?」
 沙耶香はその彼女に満足げな笑みを浮かべて述べてきた。
「いつもそうだから」
「否定はしないわ」
 その細身の白い裸身を紅の雪が降る世界に曝しながら答える。
「男とするのとはまた違うから」
「それを教えたのは私だったわね」
「ええ。あの時のことも覚えているわ」
 佐智子は言う。
「強引に言葉で誘ってね」
「私は無理矢理奪ってはいないわよ」
 ネクタイを締め終え漆黒のコートを着てから述べてきた。
「あくまで普通に。声をかけただけよ」
「声をかけただけ」
「そう、それだけ」
 彼女は佐智子を見ながら語る。語りながらもその顔は満ち足りたものであった。
「それだけなのよ」
「つまり罠にかかる方が悪いということなのかしら」
 佐智子は起き上がってきた。横目で沙耶香を見ながら言うのであった。
「その言葉だと」
「罪を犯すことこそが快楽なのよ」
 佐智子の問いに対してこううそぶいてきた。
「人は罪を犯すものなのだし」
「悪だからいいのね」
「いつも言っているようにね」
 そう述べる。
「そういうことなのよ」
「相変わらずね。そこは」
 佐智子の整った顔に苦笑いが浮かんだ。その苦笑いのまま呟く。
「いつも」
「さて」
 コートを着終えたところでまた言ってきた。
「ではまた。会いましょう」
「何処へ行くの?」
「空も暗くなってきたしね」
 見ればもう夜になっていた。部屋の灯りに照らされる雪は相も変わらず紅の色のまま魔都に降り続けているのであった。

 
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