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奇跡はきっと

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5部分:第五章


第五章

「凄く強いだろうけれどね」
「けれどあの子は負けないから」
 ここでまた裕二郎のことを言う。
「もう少ししたら帰って来るよ」
「そうなんだね」
「そうだよ。だから待っているよ」
 こう言って微笑むだけであった。時は過ぎていく。そうして世の中がまだ落ち着いてはいないがそれでも何かが変わってきた頃だった。
「おい、朝鮮で戦争かよ」
「また物騒になってきたな」
 復員兵の男はもうねじり鉢巻になっていた。若者の格好も少しはましになった。店もすいとんからカレーになっていた。とはいってもまだまだ粗末なカレーだが。
 具は碌に入っていなく野菜の切れ端に鳥や魚の屑が入っているだけだ。そんなカレーだがそれでも客はかなり入ってきていた。
 その客達の相手をしながら。復員兵服から威勢のいいねじり鉢巻になった彼は言うのだった。その口調はかなり忌々しげなものになっている。
「あれは北の連中が攻め込んだな」
「北っていうとアカがかよ」
「ああ、あいつ等だ」
 はっきりと言い切るのだった。
「あいつ等がやった、絶対にな」
「何か学者の中には南が攻め込んだって言ってる奴がいるぜ」
「そりゃ嘘だ」
 ねじり鉢巻は若者に対して言い切った。
「絶対にな。嘘だ」
「嘘かよ」
「嘘じゃなければ何なんだ?」
 彼はこうも言った。
「それで何であっという間に進撃できんだよ。おかしいだろうがよ」
「それもそうだな」
 若者も言われてそのことに気付いた。
「普通はそれはないな。絶対にな」
「そうだろ?あの連中はアカだから嘘をついてんだよ」
「嘘かよ」
「嘘じゃなければデマだ」
 どちらにしろ同じである。
「デマ垂れ流してるんだよ。アカが平和勢力だってな」
「平和勢力ねえ」
「あんな連中が平和勢力なわけがあるか」
 ねじり鉢巻はまた忌々しげに言い捨てた。
「何度も言うが満州のあれ見ろ」
「だよな。満州だよな」
「そうだよ。あれがアカの正体なんだよ」
 カレーを客に出しながら言うねじり鉢巻だった。
「あれがな」
「そうだよな。じゃあやっぱり北か」
「そうさ。さて、どうなるかな」
 ねじり鉢巻はここでその表情を真剣なものにさせた。
「これからな。日本もな」
「ここまで攻めて来るか?」
「南がやられたら絶対に来るな」
 ねじり鉢巻はそのことを確信していた。
「ついでに中にいるアカ共が騒ぐぜ。注意しなよ」
「アカは全員叩き潰してやるぜ」
 若者は言葉を荒くさせてきた。
「露助の肩持つ屑共が。覚悟しやがれ」
「全くだ。しかしな」
 ここでねじり鉢巻の言葉が変わってきた。
「何かそれで捕虜がどんどん釈放されてるみたいだけれどな」
「ああ」
「どうなるかな」
 ねじり鉢巻はここで見るのだった。マチのその家を。
「婆さんの息子さん。帰って来るか?」
「さあな。生きていたらそうなるんじゃねえのか?」
「生きていたらか」
 相棒の言葉にも応える。やはり二人でカレーを入れて出しながら。
「そうなるんだな」
「なると思うぜ。生きていていたらな」
 こんな話をしていた。そうしてある日遂に。マチの家に訪ねてきた男がいた。
「すいません」
「はい」
 また縁側にいたマチはその声に応えてまずは立ち上がった。そうして玄関に出てみるとそこには。復員兵服を着た大柄な男がそこにいた。
 
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