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奇跡はきっと

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4部分:第四章


第四章

「そうだろ?だからよ」
「生きていて欲しいな」
「全くだ」
 そして二人で言い合うのだった。
「若し生きていたらな」
「どうするんだ?」
 復員兵服の男が若者の言葉に対して問うた。
「それでどうするんだ?」
「あの婆さんと息子さんにこのすいとん御馳走するぜ」
 若者はこう言うのだった。
「絶対にな」
「ほお、また随分と言うな」
「当たり前だろ。それだけの価値はあるぜ」
 若者の言葉が強いものになっていた。
「生きていてそれで帰って来たらな」
「まあな。じゃあ俺もそれに乗ったぜ」
 復員兵服の男もそれに乗ったのだった。
「生きていたらすいとんな」
「ああ、いいぜ」
 そしてそれに頷いたのは若者だけではなかった。
「おう、いいなそれ」
「俺達もそれに入れてくれよ」
 屋台の前に集まっていた客達が一斉に言うのであった。
「その祝いにな」
「何か出すぜ、その時はな」
「おいおい、いいのかよ」
 若者は客達のその声を聞いて思わず驚きの顔を見せてしまった。
「生きてるだけでも精一杯なのにかよ」
「いいんだよ、その息子さんが生きていたらな」
「それでいいんだよ」
 しかし彼等はこう言うのであった。
「それでな。だからな」
「その時は絶対に出すぜ。あの家だよな」
「ああ、あの家だ」
 復員兵服の男が客の一人が指差した家の方を見て答えた。それは確かに今もマチが住んでいるその家であった。
「あの家に帰って来るんだ」
「よし、俺は靴だ」
「俺は袋だ」
 皆それぞれなけなしのものを出すと言ってきだした。
「帽子出すからな」
「本当に帰って来たらな」
 そんな話をしていた。しかし息子は帰っては来ない。周りはやはりこれは、と思ったがそれでもマチだけは悠然としていたのだった。
「今日も待ってるんだね」
「そうよ」 
 訪れてきたサクと二人その縁側で湯を飲みながら話す。茶も満足に手に入らない時代になっていたから湯を飲んでいるのである。
「今日もね。絶対に帰って来るから」
「そう思うのね」
「サクさんはどう思ってるんだい?」
「思ってはいるよ」
 こう答えはした。
「けれど。遅いねえ」
「あの子は昔からそうだったのよ」
 マチの言葉はさながら小さい子供に対して向けたものになっていた。
「昔からね。そうだったのよ」
「そういえばそうだったねえ」
 サクもそのことを思い出して笑顔になった。やはりそれは小さな子供を見てそれに向けるような優しく穏やかな笑顔であった。
「いつも日が暮れるまで遊んでいてねえ」
「だから。帰るのが遅いのはわかってるから」
 だからだと言うサクだった。
「安心して待ってるのよ。今でもね」
「そうなのね」
「ビルマで。苦労してるんだろうねえ」
 しかしそれでもこのことは思うのだった。
「英吉利の兵隊さん達と戦って」
「そうだろうねえ」
 捕虜になっているということは二人にはあまりよくわかっていなかった。二人の中ではそれも戦いに行っているうちに入っているのだ。
 
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