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2部分:第二章


第二章

「それ以外の何者でもな」
「そうか」
「そうだろう。わしが曹操以外の何者でもないというのならな」
 彼は言ったのだった。
「そうなるのが道理だ」
「言われてみればその通りではあるな」
「少なくとも御前は少し世に出てみればいい」
「世にか」
「そうだ」
 曹操はそれを袁紹に勧めてきた。
「その叔父上殿だが。そんなに御前を邪険にしているのか」
「挙句には御前と付き合うのも止めろとか言っておるわ」
 袁紹はそのことも曹操に告げた。
「鬱陶しいことにな」
「さもあらん。所詮わしは宦官の孫」
 曹操の言葉に自嘲がこもる。
「当然だな。そうも言われる」
「何度も言っているがわしは御前が宦官の家の者だろうが何だろうが構わん」
 しかし袁紹は曹操のその自嘲を打ち消した。彼にとっては本当にどうでもいいことだからだ。
「御前を人間としても好きだしその才能も素晴らしいと思っているからな」
「褒めても何も出んぞ」
「それはわしも同じだ。何も出はしないさ。だが」
「だが、か」
「誰に何と言われようが付き合うのはわしだ」
 そのことをはっきりと告げてきたのだった。
「だからよいのだ。最初から気にしてはおらんさ」
「そうか」
「そうだ。それでその叔父貴だが」
「何と言っておるのだ?」
「官職に就けと言ってきておる」
「官職にか」
「適当な職を用意してやるとのことだ」
 漢代は貴族的なものが強くあった。その為一族の者を官職に推挙することが多かったのだ。名門である袁家ならば当然の話であるしまたそれはそれなりの地位が最初から期待できるものだった。
「そう言ってきておる」
「では受けてはどうか」
「受けよというのか」
「そうだ。結局のところ御前はどう思っているのだ?」 
 また袁紹に尋ねてきた。
「またとは何だ?」
「だからだ。妾腹と軽く見ている一族の者をだ。どう思っているのだ」
「ものの数ではない」
 一言で答えた。
「そんなものはな」
「では官職に就け」
 曹操はまた言った。
「わしも今それを勧められているしな」
「何だ、御前もか」
「父上が五月蝿いのだ」
 曹操の父もまた政治の世界で大きな力を持っていたのだ。とりわけその富が有名であり曹操もそれにより何不自由ない生活を送ってきている。そうした意味でも二人は似ているのだった。
「そろそろ真っ当な官職に就けとな」
「では就いたらよかろう」
 袁紹の言葉は先程の曹操の言葉そのままだった。
「御前のその才はそれでこそ大きく世に出る」
「わしが今さっき言ったことと同じではないか」
「むっ、そういえばそうだな」
「そうだ。同じで」
 こう袁紹に言って笑ってみせる。
「何もかもな。それを考えればわし等は世に出るべきか」
「そうだろうな。太平の世だが」
 この時代はまだそうだった。二人の若い時代は。
「官に就くとするか」
「袁術は怖いか?」
「いや、全く」
 袁紹の言葉は何でもないといった様子だった。
「そんなものはな。全く怖くはない」
「ではそれで問題はない。御前はすぐに袁術を越えられる」
「公路をか」
「問題ない。わしもあの男なぞ軽くあしらってみせる」
 袁家のプリンスとも言うべき存在で将来は三公かとも言われている男も歯牙にかけない。やはり曹操にもそれなり以上の自信があるということだった。
「それだけだ。わしも大きくなってみるか」
「わしもな」
 袁紹はそれに応えて言った。
「大きくなってみるか。妾腹なりにな」
「宦官の孫なりにな」
 二人は酒場でこう言い合いそれから程なくして用意された官職に就いた。二人は忽ちのうちに頭角を表わし袁術なぞ問題にならない位にまでなった。その後起こった黄巾の乱も宦官の専横も収め二人の時代がはじまるかと思われた。二人の勢いはそこにまで至っていた。しかしであった。
 袁紹は洛陽に入り専横を欲しい侭にする董卓と対立した。宮中で互いに剣を抜き合いいがみ合うまでになった。百官は皆戸惑うが曹操はその中で一人袁紹の背にいた。そして彼に問うのであった。
「いいのだな、あの男は手強いぞ」
「構わん」
 しかし袁紹は臆することなく曹操に答えた。その目は毅然として董卓を見据えている。
「この男、許すわけにはいかん」
「許せぬか」
「その欲が許せぬ」
 彼が許せぬのは董卓の欲だというのだ。
「その為に全てを奪おうとする。わしはこの様な男と共にはいられぬ」
「倒したいか」
「だからこそ今剣を抜いているのだ」
 袁紹も堂々たるものだ。しかし董卓のその身体はそれ以上だ。肥満こそしているもののその腕は太くまた恐ろしいまでに大きな身体をしている。まさに巨人だ。袁術を見れば部屋の端で震えている。袁紹、曹操とはとても並べられないのは誰の目から見ても明らかだった。
「ここでな」
「わかった」
 曹操はまずは袁紹のその考えを受けた。
「ではここは剣を収めろ」
「何っ!?」
 今の曹操の言葉に顔を顰めさせる。そのうえで横目で彼を見た。見ればいつも通り至極冷静な顔をしている。その顔での言葉だった。
 
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