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皇帝の花

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6部分:第六章


第六章

「ネロは優しかった」
「気前もよかった」
 自分の玉座を維持するのだけに必死で市民達に対して吝嗇な後継者達をそう言って批判するのだった。それはそのままネロへの同情ともなった。
「ネロの方がいい」
「ネロを殺したからこうなったのだ」
 彼等はこうも言うのだった。奴隷達ですら。
 そんな彼等がすることは一つだった。彼等は薔薇を手に集まるのだった。
 ブルズと共にいた兵士達は白薔薇を。セネカと共にいた貴族達は赤薔薇を。男は黄薔薇を。女はピンクを。奴隷達もそれぞれ薔薇を持って行くのだった。
「ネロに捧げものを」
「彼が望んだことだから」
 そう言い合ってある場所に向かうのだった。そこは。
 そこは墓であった。皆ネロの墓の前に薔薇を持って集うのだった。
 そうして薔薇が捧げられる。ネロの墓は忽ちのうちに薔薇に囲まれ墓石が完全に隠れるまでになった。まるで薔薇の園のようであった。
「陛下にこれを」
「生きておられた時と同じように」
 そう言い合って薔薇を捧げる。
 それは常に続いた。何時しかネロの墓が薔薇の園になる程であった。それを見てかつてネロに仕えていた者達は話すのであった。
「陛下は天国で喜ばれている筈だ」
「そうだな」
 静かにその薔薇達を見ながら話す。その香りが彼等のところにまで及んでいる。
「愛されていることを望んでおられたが」
「この世を離れられてもまだこうして愛されている。その証が」
「あの花だ」
 薔薇達を指して言うのだった。
「薔薇こそが」
「しかしだ」
 ここで彼等は不思議に思うことがあった。
「どうして陛下は薔薇をあそこまで愛されたのだ?」
 そこが謎だったのだ。愛するにしろネロのその愛情は異常だったからだ。彼等はそれを思い出し今こうしてそれを考えるのであった。
「何故あそこまで」
「薔薇を」
「それについてだが」
 ここでかつての従者の一人が言うのだった。
「聞いたことがある」
「その薔薇についてか」
「うむ。今からそれを話そう」
 仲間達に対して述べる。
「それでいいな」
「是非共」
「頼む」
 仲間達もその言葉に応えて言う。
「それは。陛下が最初に受けた贈り物だったかららしい」
「最初のか」
「そうだ。ご幼少のみぎりな」
 ネロは幼い頃不遇だった。母が兄であるカリギュラに疎まれ流罪にされていたのだ。そうしてそこで寂しい幼年期を送っていたのである。
「奴隷の一人から貰ったらしい。一輪の野薔薇を」
「そうか、それで」
「陛下は薔薇を」
「今陛下はその薔薇に囲まれている」
 そのことを話したうえでまたネロの墓を見た。本当に墓石すら見えなくなっていた。見えるのは様々な色の薔薇達だけであった。
「陛下は。喜んでおられる」
 ネロの姿は何処にもない。だが薔薇の香りが辺りに満ちていた。ネロの愛した香りが辺りを支配していた。まるでそれこそが彼の喜びであるように。何時までも香っていた。



皇帝の花   完



                  2007・11・1
 
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