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真・恋姫†無双 劉ヨウ伝

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第149話 冥琳洛陽入京

 
前書き
プロットをもう一つ思いついてしまいまいた。
次週は今回思いついたプロットで書こうと思います。 

 
 冥琳は護衛の兵を連れ一週間の道程で洛陽に無事にたどり着いた。洛陽は人の往来に賑わっていた。彼女は脇目もふらず司徒・王允の屋敷に向かった。

「これはよくぞ参られた」

 冥琳が王允の屋敷に訪れると屋敷内へ案内された。彼女は屋敷の一番奥の部屋に通され、その部屋には王允が居り笑顔で出迎えた。
 王允は冥琳の訪問を心の底から喜んでいる様子だ。彼女は正宗が既に洛陽に向かっていると勘違いしているのかもしれない。それ程に彼女は上機嫌の様子だった。彼女の正宗への期待を伺いしることができた。

「王司徒、お忙しい中わざわざ面会の機会をいただきありがとうございました。私は劉車騎将軍の使者、渤海太守・周公瑾でございます」

 冥琳は王允に対して拱手し挨拶の口上を述べた。

「周太守、堅苦しい挨拶は抜きにしようではないか。そなたは劉車騎将軍の奥方。そうへりくだることもあるまい」
「いいえ、三公たる王司徒へ礼儀を欠くことなどできません」

 王允は冥琳の態度に気を良くしたのか上機嫌そうに微笑んだ。

「流石は劉車騎将軍の奥方。袁前中軍校尉も中々の人物と思っていた。劉車騎将軍は良き伴侶に恵まれておいでのようだ」

 王允は冥琳に友好的だった。冥琳も自分だけでなく、夫を褒められ満更ではない様子だった。二人は何気ない話を二三交わした後、冥琳は王允に訪問の理由を説明しはじめた。
 王允は当初上機嫌な様子だったが、落胆した表情に変わり話の終盤には厳しい表情に変わっていた。

「劉車騎将軍が賊に襲撃され殺されかけただと?」

 王允は周囲をはばかるように冥琳に言った。

「残念ながら事実でございます」
「そなたは劉荊州牧が関わっているかもしれないと言っていたな。俄かに信じられん」

 王允は明らかに動揺している様子だった。劉表は九卿まで歴任した人物である。その人物が正宗を殺そうとするなど考えたくもないのだろう。冥琳も劉表の命で蔡瑁が動いたとは露ほどにも思っていない。荊州を切り崩すために蔡瑁を排除するには劉表の存在が邪魔なだけである。王允は正宗や冥琳の思惑を知る由もなく、衝撃の知らせに表情を曇らせ悩んでいる様子だった。

「夫と劉荊州牧は同じ劉氏。はじめは信じたくない様子でございました。しかし、夫の襲撃者の中に蔡徳珪殿の実妹がいては疑いの目を向けざる負えません」

 冥琳は表情を曇らせ心痛な面持ちで瞳を伏せ王允に告げた。

「蔡徳珪なる者の義姉は劉荊州牧であるのは真なのか?」

 王允は真剣な表情で冥琳に尋ねた。彼女の表情は「嘘は許さぬ」と言っていた。冥琳は憂慮した様子で頷いた。その返事に王允は落胆した表情を浮かべた。

「愚かな。蔡徳珪は何と愚かなのだ」

 王允は頭を項垂れ額を抑えた。

「劉車騎将軍を襲撃するなど狂気の沙汰。何を考えているのだ。そんな真似をすれば劉荊州牧にも累が及ぶことなど容易に想像できるであろう。荊州は洛陽から比較的近い。その地の豪族がここまで阿呆とは。考えたくはないが朝廷の権威はそこまでに失墜しているのだろうか」

 王允は顔を伏せたまま両手で多い顔を覆い嘆いていた。蔡瑁の所業が彼女には余程堪えのかしばらく打ちひしがれ、冥琳は嘆く王允が落ち着くのを待った。



「今後、劉車騎将軍はどうなさるおつもりか?」

 王允は漸く気持ちが落ち着き冥琳に正宗の今後の方針について尋ねてきた。彼女も正宗が面子を守るために黙っていないと考えているのだろう。正宗はわざわざ彼女のもとに信頼のできる者を使者として送ってきた。この意味することは穏便な対応でないことは容易に想像がつく。事実、彼女は神妙な表情で冥琳を見ていた。

「蔡徳珪を賊として討伐するつもりです」
「それだけか?」

 王允は冥琳の答えに質問してきた。

「それだけです」
「劉車騎将軍は劉荊州牧の扱いをどうするおつもりなのだ?」

 王允は冥琳の返答に満足できなかったのか、彼女から具体的な質問をしてきた。

「夫は劉荊州牧に疑念を抱いているのは事実です。ですが劉荊州牧が蔡徳珪殿の討伐を静観されるのであれば劉荊州牧の件は不問にいたします。しかし、義妹・蔡徳珪殿を庇い立てするのであれば同罪として討伐しなければならなくなるかもしれません」
「周太守、劉車騎将軍に劉荊州牧の討伐をご自重いただけるように願い出てはくれないか?」

 王允は冥琳に劉表の助命嘆願に協力して欲しいと頼んできた。王允は劉表の立場上、義妹である蔡瑁を見捨てることはできないと考えているのだろう。もし、義理とはいえ身内である蔡瑁を見捨てれば、荊州における劉表の名に傷がつく。幾ら罪人であろうとだ。少なくとも形だけでも蔡瑁の助命嘆願のために動かざる負えない。中央での経験もある劉表のことである。最後は苦渋の決断で蔡瑁を切り捨てる可能性が高いが、その段階で正宗が劉表を許す保障はない。王允が心配しているのはそこだろう。

「王司徒、何故に劉荊州牧を庇われるのですか? 個人的なお付き合いでもおありでしょうか?」

 冥琳は王允に言った。彼女は王允に気づかれないように観察するような視線を送った。

「個人的な付き合いはない。ただ私と同じく清流派の士大夫であり儒学にも通じている教養がある方だ。その人物が劉車騎将軍を殺そうなどとするとは到底思えない。不埒者一人の命で劉荊州牧を破滅に追いやるなど慙愧に堪えないのだ」

 王允は苦悩している様子だった。
 王允の言う通り劉表は教養人である。儒学に造詣が深いため、荊州では名士政策を行なっていた。そのため在野の無名の士人を重用することには消極的だった。
 常識的に考えて儒学に造詣が深い劉表が清河王である正宗を殺そうとするなど余程のことがなければ考えようとするはずがない。
 劉表が中央にいた時に正宗と確執があったとも聞かない。王允は荊州の事情に通じていないため、劉表が美羽に孫堅打倒のために協力を要請していることを知らない。仮に知っていたとしても美羽が劉表に協力することを拒否したからといって、一足飛びに美羽の義従兄である正宗を殺そうと行動するにはかなり無理がある。
 王允の心中では劉表は正宗の暗殺計画の蚊帳の外で蔡瑁が主犯と考えているに違いない。だからこそ王允は劉表に対して擁護的なのだろう。

「ですが、蔡徳珪殿は夫を二度も暗殺しようとしたのです。如何に情報が伝わるのに時間がかかるとはいえ、荊州随一の規模を誇る南陽郡を揺るがす大事件。これを劉荊州牧は知らないというのは奇妙でございます」

 冥琳は王允に厳しい言葉を投げかけた。

「それは憶測であろう。確たる証拠はあるのか?」

 王允は憶測のみで劉表を疑うことに消極的な様子だった。これが劉表でなく董卓であれば態度も違ったかもしれない。だが、彼女の様子は自分を納得させるように言っているようにも見えた。冥琳は彼女の心の動揺を察したのか手荷物から布に覆われた一本の矢を彼女の前に差し出した。

「これは?」

 王允は冥琳の差し出した布に包まれたものを訝しんでいた。

「劉車騎将軍の命を狙った矢でございます」

 冥琳は神妙な表情で王允に言った。
 王允は驚いた表情で差し出された物を凝視した後、恐る恐る受け取り布の中から矢を取り出した。彼女は矢を凝視するが、鏃の部分で目が留まり凝視していた。鏃の部分は明らかに鉄の色でなく、何かを塗布しているように見えた。勿論、塗布物は既に乾いているため鉄が変色しているだけにしか見えない。

「これは血なのか? 劉車騎将軍はお怪我を追われたのか?」

 王允は心配した表情を浮かべ冥琳に質問した。冥琳は黙ったまま顔を左右に振り否定した。

「この矢の鏃に塗られた物は毒にございます。この場に持参したのはこの一本のみ。夫が馬で遠出をされたおり、蔡徳珪の放った刺客達により大量の矢で殺されかけたのです!」

 冥琳は感情を高ぶらせ王允に強く主張した。

「な。何だと!?」

 王允は冥琳の言葉に絶句していた。毒矢を使い正宗を殺そうとした。状況の説明を聞く限り、正宗を確実に殺すことが目的だったことは間違いない。蔡瑁の正宗に対する憎しみの深さを王允は理解した。

「まことに毒なのか?」

 王允は動揺した口調で確認するように冥琳に聞いた。その表情は疑っている気配は無かった。

「お疑いであれば毒であるか実演いたします。屋敷の方に生きた魚・獣何でもいいのでご用意してください」

 冥琳は堂々と王允に対して言った。王允は彼女の態度を見て顔を左右に振った。

「それには及ばない。周太守の物言いに一部の淀みもない。あなたを疑った訳ではない。信じたく、いや何もない」

 王允は何か言いそうになったがそれ以上何も言わなかった。彼女は冥琳の言葉を信じたくなかったのだろう。もし、毒矢であった場合、劉表を見逃す訳にはいかなくなるからだ。彼女は覚悟を決めた表情に変わっていた。だが、時折物憂げな表情を見せていた。

「蔡徳珪は危険すぎる。もし、劉車騎将軍に何かあれば朝廷の権威は失墜してしまう。地方の一豪族の身勝手な意思がまかり通る事態など断じて見過ごすことはできない。劉車騎将軍には蔡徳珪を討伐していただきたい。劉荊州牧は生け捕りにし罪人として都に連行してくだされ」

 王允は正宗の蔡瑁討伐に賛同する姿勢を言葉に示したが表情は曇っていた。また、劉表の扱いを話す時も一瞬言葉に詰まっていた。本音は劉表を連行はしたくないことが態度に現れていた。それでも劉表にとって厳しい決断を口にしたのは王允の実直な人柄が現れていた。

「王司徒、夫は真偽を公平な場で解き明かすことを望んでいます。劉荊州牧が夫の暗殺計画の関係者である疑念が晴れれば、劉荊州牧を討つ理由などあるはずがございません」

 冥琳は王允が話し終わるのを待つと「真偽を公平な場で解き明かす」の部分を強調して劉荊州牧を連行するつもりがない旨を告げた。

「劉車騎将軍は劉荊州牧を都にて詮議することを望んでお出でではないのか?」
「罪人として連行する必要はないと申しています。夫は真偽を公平な場で解き明かすことをお望みなのです」

 王允は冥琳の言葉に一瞬に沈黙していたが、言葉の真意に気づいたのか表情から曇りが晴れていた。

「劉荊州牧自ら上洛をさせればよいのだな」
「皇帝陛下の御前にて詮議とあれば、これほど真偽を解き明かす公平な場はないでしょう」

 冥琳は目を細め薄い笑みを浮かべた。

「劉荊州牧が上洛されれば、その間に夫が蔡徳珪殿を討伐いたします。劉荊州牧も上洛を理由に蔡徳珪殿を見捨てた方便も立つかと。本来ならば劉荊州牧が直々に蔡徳珪殿を処刑しなければならないところ。それを夫が代わりに実行するのです」

 冥琳は王允に語りかけた。王允は冥琳の話を黙って耳を傾けていた。

「劉荊州牧に上洛を命じる勅は私が責任を持って用意しよう。劉荊州牧を助命いただけるとお約束いただけるのだな?」
「蔡徳珪殿討伐の勅をいただけるのでしたら」

 冥琳は王允に堂々と言った。

「朝敵として蔡徳珪を討伐するのか? 何故に朝敵として討伐しなければならない。理由を聞かせてくれ」
「蔡徳珪の荊州における増長は目に余るものがございました。蔡徳珪の出身である蔡一族は元々荊州の大豪族でございました。それが劉荊州牧と通婚することにより権勢は飛ぶ鳥を落とす勢い。蔡一族を快く思わない豪族を卑劣な手段で暗殺し、恐怖で荊州を支配しております。挙句は自らの凶行に周囲が黙っているのは蔡一族の権勢故と勘違いしております。周囲が支配に甘んじる理由は劉荊州牧、ひいては朝廷の権威による後ろ盾であるということを忘れております。そのような奸臣を荊州にのさばらせて天下のためになりましょうか?」

 冥琳は王允に流麗な口舌を述べた。王允は冥琳から詳細な蔡瑁の悪行を聞きおぞましい話を聞かされたという表情をしていた。

「蔡徳珪はそのような危険な女なのか。ああ。世も末だ。劉車騎将軍を殺そうなどと浅慮な行いをするのも頷ける。しかし、朝敵として蔡徳珪を討伐すれば、劉荊州牧にも逆賊の縁者の汚名を負い荊州牧の官職の解官は避けられぬではないか?」
「全ての罪は蔡徳珪殿と、それに加担した者達に負ってもらいます。蔡徳珪殿は劉荊州牧に隠し朝廷への内部蜂起を画策していた。夫がそう朝廷へ奏上し、劉荊州牧の濡れ衣を晴らす嘆願を行うことをお約束いたします」

 冥琳の説明を聞いた王允は安堵していた。

「劉車騎将軍は徳高き御仁と聞いていた。噂は真のようであった様だな」

 王允は冥琳に微笑んで言った。

「夫は無益な殺生を好まないだけでございます」
「その心構えこそ徳高き証。今回の一件で朝廷の権威に陰りが見えたかのように心配したが、劉車騎将軍のような御仁がおられれば我ら百官も安心して皇帝陛下をお支えできる」

 王允は劉表を見逃した正宗の度量に感服している様子だった。

「蔡徳珪の一族には粛清者が多く出るでしょうが、これが最小の犠牲に抑える道になるでしょう」
「仕方あるまい。二度も劉車騎将軍の命を狙ったとあれば蔡徳珪は死罪しかない。その一族も本来は族滅。劉車騎将軍に投降すれば助命の道もある。これほど寛大な処置はない」

 王允は憂いた表情で言った。蔡瑁には同情しないだろうが、今後蔡瑁に加担して正宗と相対した者達だけでなく、その家族にも類が及ぶことが想像できる。彼女はそのことを想像して心痛な気持ちなのだろう。
 冥琳も王允に合わせ気落ちしている様子をしていた。

「そなたが気負う必要はない。これは蔡徳珪なる愚か者が招いたことだ。劉車騎将軍は二度も殺されかけたと言っていた。劉車騎将軍は一度は劉荊州牧の身を案じて行動を自重されたのであろう。そのような徳高き御仁を亡き者にするなど天は黙っていまい。劉車騎将軍が二度も難を逃れることが出来たは皇帝陛下への忠節を天が見届けていたのだろう」

 王允の中で正宗は朝廷の守護者として写っているのかもしれない。朝廷内で武力を背景に強引に権力掌握を進める董卓陣営と自分を殺そうとした人物の関係者に情けをかける正宗。つい比較してしまうのは人の性というものだ。特に側にいる董卓陣営への怒りと不満が溜まっていれば、尚更に正宗が輝いていて見えるのは無理からぬものである。正宗も善意で劉表を見逃すわけでなく、利があるこそ劉表を見逃すのである。そのことを冥琳が敢えて口にすることは無かった。

「夫も劉荊州牧も同じ劉氏。祖先を遠く辿れば同じ高祖に行き着きます。同じ劉氏同士。漢室の繁栄のために力を合わせるのは当然のこと。『劉荊州牧の預かり知らない場所で起こった問題であればどうにかしたい』と夫は申しておりました」
「うむ。昨今は乱が頻発して民達の生活に暗い影を落としている。劉車騎将軍と劉荊州牧には力を合わせ皇帝陛下をお支えしていただきたいと思っている」

 王允は神妙な面持ちで冥琳に本音を言った。王允が劉表を擁護していたのは混沌とした世間を憂う彼女の忸怩たる想いから発したものなのだろう。

「今回の件で劉荊州牧は夫を恨むやもしれません」

 冥琳は憂いを帯びた表情で王允に言った。

「可能性は無いとはいえない。いや恨むであろう。しかし、この私が及ばずながら劉荊州牧に劉車騎将軍の真意を伝えるつもりだ。可能であれば劉車騎将軍に一度会うようにも説得しよう」

 王允は冥琳に正宗の劉表の間がこじれないように尽力することを約束した。冥琳は王允の言葉に感動したように彼女に礼を述べた。



「ところで蔡徳珪討伐のための軍はいかがするつもりなのだ?」
「現在、荊州に引き連れた兵は三千。蔡徳珪殿は荊州の大豪族で、私兵も多く抱えているため三千では心もとないです。そこで蔡徳珪殿を討伐するために必要な兵は冀州より呼び寄せるつもりでいます」

 冥琳の説明を王允は思案気な表情で黙って聞いていた。

「確かに三千では心もとないであろう。冀州より呼び寄せる兵はどの程度なのだ?」
「先発隊騎兵三万。本隊五万。計八万の兵を動員いたします」
「八万!? 些か過剰兵力ではないか?」

 正宗が動員する兵数に王允は驚愕した表情に変わり懸念を述べた。

「大軍であるからこそ良いのです。戦の勝敗は数です。戦う気勢を削ぐために敢えて八万の兵を動員いたします。大軍に恐れをなし蔡徳珪殿の軍が四散すれば無駄な犠牲がそれだけ減ります」

 王允は冥琳の説明を頷きながら聞いていた。

「劉車騎将軍は戦を望んでおりません。狙うのは蔡徳珪殿の首。蔡徳珪殿に味方する兵が減れば、蔡徳珪殿も大人しく縛につく可能性もございます。全ては早期にこの件を幕引きしたいという夫の願いでもあります。蔡徳珪殿を朝敵として処刑した後は兵は全員冀州に帰還させる所存です」
「劉車騎将軍はまことに慈悲深いお方のようだ。それに引き換え董少府はなんと小賢しいことか。礼儀も弁えぬ賈尚書令を身辺にはべらし、恐れ多くも皇帝陛下の禁軍の兵達を誑かそうとしている。その上、董少府は九卿の職にありながら朝議に一度も顔を出していないのだ。いつも賈尚書令を代理に立て何様のつもりなのであろうか。これだから涼州人は信用できん!」

 王允は急に思い出したように董卓を非難した。その表情は董卓への嫌悪感が現れていた。彼女は董卓へ余程不満を抱いている様子だ。冥琳は王允の愚痴にしばらく付き合い、王允が愚痴を話し終えた時期を見計らう。

「王司徒、董少府はどのような方なのでしょうか?」

 冥琳が徐に董卓のことを口した。すると王允は芳しくない表情に変わった。

「あったことはない」
「一度もでございますか? 董少府は九卿。皇帝陛下が参加される朝議の場には出座するのではありませんか?」
「そうだ。朝議には一度も出てこない。皇帝陛下と陳留王を守り通したことを引き合いに出し好き勝手にしている。一度も百官の前に現れない胡散臭き人物だが、陛下と陳留王は董少府と面識がおありのようだ。真逆と思うが賈尚書令が実は董少府なのではと宮廷内で噂されているが真偽の程は定かではない」
「夫は董少府と一度面会を考えているのですが無理でしょうか?」
「無理であろう。どうしてもというなら董少府の屋敷に一度足を運ぶといい。念の為に言っておくが董少府の屋敷は涼州人の兵で物々しい警備が敷かれている。これから行こうというなら止めておけ。そなたが屋敷に出向けば拘束されるやもしれないぞ」

 王允は冥琳に近づき小さい声で言った。明らかに周囲を気にしている様子だった。冥琳も王允の態度の変化を察し喋る声の高さを小さくした。

「どうしてでしょうか?」
「そなたも知っているだろう。先の前中軍校尉による宦官粛清の際、董少府の軍は執拗に彼女を追跡した。勅は皇帝陛下に発していただき次第に荊州に使者を立てるので安心せよ。そなたは直ぐにでも都を離れた方がよい。用心のために荊州に戻らず、并州を経由して冀州に帰還するのだ。そなたの供の者達には私の手の者から伝えておく。それと都には十分な兵を率いて来られることだ。少数の兵では劉車騎将軍の身が危ない。賈尚書令は油断ならん相手だ。何をするか分からない女だ。ゆめゆめ用心するよう劉車騎将軍に伝えて欲しい」

 王允はどうやら董卓側が正宗の妻である冥琳を拘束するのでないかと危惧している様子だった。彼女は本当に董卓側が冥琳に拘束するために動くと思っているようだ。確かに賈詡は麗羽の拘束を狙っていた。冥琳の拘束を狙わないとはきっぱり断ずることはできない。

「王司徒、今日はご面会いただきありがとうございした。お気遣いに従い冀州へ帰還することにします」
「それがよい。裏口からと言いたい所だが信用できん。屋敷の北側の塀を越えて出てゆくといい」

 王允は冥琳を急かした。冥琳も王允の様子に何かあると考えたのか王允の指示に従い、一般的な町人の服に着替えさせられると身を隠しながら屋敷の北側に移動した。そこには既に木製の梯子が掛けられていた。

「周太守、塀の下には馬を用意している」
「ご配慮ありがとうございます」
「礼はいい。早く都から離れるのだ。くれぐれも劉車騎将軍によろしく頼むぞ。我らには劉車騎将軍以外に頼れる者はいないのだ」

 王允は必死な表情で冥琳の手を握り告白した。冥琳は王允に促されるままに塀を越えると都を去るべく馬を走らせた。 
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