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ベアトリーチェ=チェンチ

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4部分:第四章


第四章

「何があったですか?それで」
「当時の教皇の思惑もあった様です。チェンチ家の財産を自分のものにする為に彼女達をです」
「えっ、何ですかそれ」
 それを聞いてだった。彼女は眉を顰めさせて思わず声をあげた。
「それって。じゃあ親殺しを口実にして」
「そうだったとも言われています」
「酷い、そんな」
 彼女はそこまで聞いてさらに驚いた声を出した。
「そんなことの為にですか。見殺しにしたんですか」
「ベアトリーチェは家族と共に激しい拷問を受けました」
「拷問まで」
「当時の取り調べはそれにより行われるものだったので」
 それがその頃だったのだ。拷問による自白が当然と考えられていた時代だった。僕もこのことは学校の授業で聞いていた。あまりいい話じゃない。
「それもありました」
「そうだったんですか」
「しかし彼女は気丈にも最後まで耐えて」
 これは信じられなかった。肖像画にある顔からはとても。
「そのうえで処刑場に連れて行かれました」
「結局処刑されたんですね」
「はい、教皇がチェンチ家の財産を手に入れる為に」
「教皇がですか」
「教皇だからです」
 僕への返答はあえて素っ気無くしているものだった。
「だからです」
「教皇だからですか」
「当時の教会は腐敗していました」
 紳士は今度はこのことを述べたのである。教会の腐敗をだ。
「教皇ですらそうで」
「それで財産をですか」
「その為に彼女の命は不要だったのです。何しろ実はこれは冤罪であるという説もある位です」
「冤罪!?」
 僕も彼女もその言葉には顔をさらに顰めさせてしまった。
「冤罪って」
「じゃあその。手篭めや父殺しも」
「あくまでそうした話があるということです」
 その冤罪についての言葉だ。
「真相はわかりません」
「そうですか」
「しかし彼女が死んだのは事実です」
 このことはなのだという。
「若くして。美貌の彼女がです」
「わかりました」
 僕は紳士の今の言葉に無理矢理納得した顔で頷いた。
「そういうことですか」
「そうです。そしてです」
「はい」
 紳士の言葉に頷く。
「今は自身が幼い頃に育った修道院に眠っています」
「修道院に?」
「そこでの日々が人生で最も幸せだったとのことで」
 こう僕の横の彼女に答えたのである。
「ですから」
「それでなんですか」
「その幸せだった場所に眠りたいと。本人も言って」
 また言う紳士だった。
「それでなのです」
「成程、それでなのですか」
「はい、それでなのです」
 また言う紳士だった。
「彼女は今その修道院で静かに眠っています」
「実の父に辱められ」
 僕はここまで聞いて言った。
「そしてなのですね」
「はい、そしてです」
「教皇に見捨てられ、若しくは陥れられ」
 事実はそこにあった。
「そしてなのですね。今は」
「はい、静かに眠っています」
「そうですか。眠っていますか」
 僕は納得したような声になっているのを自分でもわかっていた。
 
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