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ベアトリーチェ=チェンチ

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3部分:第三章


第三章

「本当にね」
「そうだね。憂いに満ちた感じでね」
「とても悲しそう」
「悲しいでしょう。それも当然です」
 紳士の言葉はハリのあるものだった。まるで舞台俳優だ。見ているとどうもドルーリ=レーンを思い出す。耳は聞こえているのは間違いないがだ。
「彼女の運命を思えば」
「運命をですか」
「それを思えばですか」
「そうです。この美女の名前はです」
「ベアトリーチェ=チェンチですね」
 僕が紳士に言った。
「それがこの人の名前ですね」
「そうです、それがです」
「この人の名前ですか」
「当時のローマの有力な貴族チェンチ家の娘でした」
 それを聞くと所謂お姫様だったらしい。お嬢様と言うべきか。少なくともかなり気品のある顔立ちである。その彼女の顔をあらためて見て思った。
「ただしです。その主ですが」
「主っていいますと」
 彼女が紳士の話を聞いて述べてきた。
「あれですよね。このベアトリーチェさんのお父さんですよね」
「はい、そうです」
「お父さんが酷かったんですか」
「暴虐を極めていました。そのせいでローマにもいられなくなったのです」
 どうやら相当なことをしたらしい。詳しい話は知らないがそれはわかった。
「そしてです。ある山城に隠れたのですがそこに彼女を連れて来て」
「それで?」
「どうしたんですか?」
「慰みものにしました。実の娘を」
「・・・・・・・・・」
 そのことを聞いてだ。僕も彼女も絶句した。こうした話があるのは一応死ってはいた。しかしそれを実際に聞くとだ。言葉を失うしかなかった。
「何度も何度もです。彼女の美貌を見てです」
「何、それ」
 彼女は蒼白になった顔で呟く様にして言った。
「実の娘をって。この人をなの」
「そうです、その通りです」
「そんなの。人間のすることじゃないじゃない」
 真っ青になった顔のままで言う彼女だった。
「そんな奴だったの」
「はい、だから非道を極めた人物だったのです」
 その父のことであるのは言うまでもない。
「ありとあらゆることにおいてです」
「それでどうなったのですか?」
 僕もまた顔面蒼白になっていただろう。自分でも表情が凍り付いているのがわかる。その状態で紳士に対して尋ねたのだ。尋ねずにはいられなかった。
「処刑と仰いましたが」
「はい、その自身を陵辱した実に父を殺しました」
 そうなったのだという。それを聞いて僕は少しほっとした。そうしたことをする奴が殺されるのは当然だと思うからだ。人間の行動じゃない。彼女と同じ考えだ。
「継母や兄達と共にです」
「そうですか。それで何故処刑に」
「父殺しの罪です」
「えっ、何でですか!?」
 それを聞いた彼女の言葉だ。
「何で処刑されるんですか?そんなことをした奴を。自分を辱めた奴を殺したのに」
「確かにそうです」
 紳士もそれは認めた。自身への仇討ちのことはだ。
「しかしです」
「しかし?」
「親殺しは罪です」
 今度言ったのはこのことだった。
「これは否定できませんね」
「それですか」
「その罪に問われ。それに」
「それに?」
 僕はすぐに紳士に聞き返した。
 
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