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真・恋姫†無双 劉ヨウ伝

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第147話 黄忠

 
前書き
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 正宗は太守の政庁近くの牢獄を訪れていた。黄忠を牢獄に収監するためだ。黄忠が正宗を襲撃した場所からこの牢獄まで到着するまでの間、正宗達はわざわざ目立つように人通りの多い場所を通ってきた。董允は正宗の行動に疑問があったようだが敢えて正宗に問うことはなかったが、聞きたくてたまらなそうな視線を正宗に送っていた。しかし、董允がそうしなかったのは正宗の行動の理由に何か心当たりがあったのかもしれない。
 黄忠は一般人を収監する牢獄でなく、取り調べを行うための最奥の独房へ連行されていた。ここには彼女を監視するための女性兵も正宗と共に同伴していた。現在、黄忠は後ろ手に縄を縛られ気絶したままの状態で藁の上に横たわらされていた。正宗を襲撃していた家屋から出る時に比べ、彼女の表情には血の気が戻り血色が少しよくなっていた。
 黄忠の連行時に同伴していた泉達は牢獄の詰め所で待機しているはずだった。

「清河王様、私もご一緒させてください」
「勝手に牢獄内を歩き回るな! 正宗様の邪魔となる私と一緒に来い」
「痛い! 何をなさるんです」
「お前が大人しく着いて来ないからだ!」

 董允が独房の外で叫んでいた。泉は彼女を追ってきたのだろう。泉と董允は言い争っていた。

「何を騒いでいる」

 正宗は牢獄の入り口の戸に向かって言った。

「正宗様、申し訳ございません。早くこっちにこい!」

 泉は正宗に謝罪すると董允を連れて行こうとした。何かを引きずる音が聞こえる。董允が泉に抵抗しているのだろう。

「待ってください! 清河王様、私は荊州の長く住んでいます。地元の者が取り調べに一人いた方が何かと役に立つのではないでしょうか?」
「賊の取り調べにお前のような幼子を参加させれるわけがないだろう!」

 泉は怒り声で董允に言った。

「もういい。泉と董休昭中に入れ」
「はい!」

 董允は歓喜の声を上げ中に入ってきた。彼女に続いて泉も入ってきたが不機嫌そうに董允を見ていた。

「泉、そんな顔をするな。董允、この場でのこと決して他言無用だ。もし、他言した場合、どうなるか分かっているな」

 正宗は厳しい表情で董允を見た。

「心得ています」
「そなたとそなたの父を私の義従兄妹・南陽郡太守に士官させるつもりでいたから問題はないだろう」

 正宗は董允の返事を聞くと表情を少し緩めた。

「まことでございますか!?」

 董允は正宗の話に輝いた表情だった。正宗は董允の喜びように上機嫌の様子だ。

「南陽郡太守は文官を募集している。お前の父はなかなかと人物と聞き及んでいた。お前も中々利発なようだしな」

 正宗が董允と彼女の父と褒めると董允は照れていたが直ぐに澄ました表情に変わった。正宗は董允の態度に笑みを浮かべ見ていた。

「清河王様にお褒めいただき父も誉れのことと思います」

 正宗の視線に気づきごまかすように董允は拱手して礼を言った。

「士官の話は明後日にでもする。ところでここに同席させる意味は分かっているな。分からないなら、直ぐに独房から出て行くのだ」

 正宗は真面目な顔で董允に言った。董允は得心しているという表情だった。

「士官の話を断れば、この場に同席することは許さないということですね。承知しております。袁太守の善政は南陽郡に滞在してよく知っております。父も袁太守の統治方針に共感しておりました。可能であれば袁太守に士官したいと思っていましたが、伝手がなく困ったいたところです。喜んで父は袁太守の士官のお誘いお受けします」

 董允は正宗に拱手して深々と頭を下げて言った。

「そなたは士官の誘いを受けるのか?」

 正宗は董允に間髪入れず聞いた。

「清河王様の元で遊学させていただけないでしょうか? 冀州の統治の噂を風の便りで聞いております。実に興味深いです。遊学が適い、時が来れば私は袁太守にお仕えいたします」
「遊学!?」

 泉が素っ頓狂な声を上げ董允を凝視していた。正宗に士官の条件に遊学を求めること自体無礼極まりない。にもかかわらず、正宗の元で遊学させて欲しいという董允の態度は図々しいといえた。正宗は董允が提示した条件を聞き、興味深そうに董允を見つめると笑みを浮かべた。

「いいだろう。ただし、そなたの力を試させてくれぬか?」
「喜んで!」

 董允を笑顔で返事した。

「董休昭、そなたを試すのはもう少し先になる。今は早く片付けなければならないことがある」

 正宗はそう言い、横たわる黄忠を凝視していた。独房内にいる他の者達も正宗と同じく黄忠に視線を向けた。



 黄忠が独房で意識を失っている間に七乃配下の暗兵が正宗に朗報をもたらした。黄忠の娘が宛城下のある商家の屋敷内に拘束されているとのことだった。この商家は蔡徳珪の祖父の代から付き合いのあるらしく、蔡氏の隆盛と比例して繁盛していた。蔡氏との繋がりもあり、この商家は宛城下だけでなく南陽郡の主要な都市でも手広く商売していた。美羽に対しても面従腹背な姿勢で、以前から美羽も存在を懸念していたらしい。
 正宗は暗兵の連絡を受け、引き続き監視を続けるように命令を出した。しかし、彼は暗兵にもう一つ命令を出した。黄忠の娘が宛城外に連れだされることを危惧し、もし娘が宛城外に連れだされそうになった場合、奇襲を仕掛け娘を奪い返せというものだった。



 正宗が暗兵から報告を受けて二刻後(一時間位)――

 黄忠は朦朧とした目つきで目を覚ました。体を動かそうとしたが身動きとれず周囲に視線を向けた。彼女が最初に視線に捕らえたのは正宗だった。彼女は正宗の顔を見て落胆し表情を隠すように視線を地面に向けた。

「黄漢升で相違ないな」

 正宗は彼女のことを凝視し淡々と尋ねた。彼女は正宗の言葉には何も答えず沈黙していた。彼は沈黙を肯定と捉えた。正宗は元々彼女の顔を知っていたが、初対面の自分が彼女の顔を知っていては不自然なので敢えて確認しているように装ったのだろう。

「そなたの傷を治療し命を救った私に礼の一つも言っても良いのではないか?」

 正宗は彼女の態度に怒る様子もなく、ただ彼女に問いかけた。

「清河王の寛大な対応に感謝いたします」

 彼女は正宗の言葉に一瞬逡巡したが顔を伏せたまま礼を述べた。その態度から正宗を警戒していることは伺いしれた。彼女も正宗が情けから自分の命を救ったとは思っていないのだろう。正宗の狙いが彼女に正宗暗殺を指示した人物を知りたいことは容易に思いつくからだ。

「荊州牧の配下である、そなたが私の命を狙った。命じたのは荊州牧か?」

 正宗は彼女を観察するように詰問した。彼は劉表が今回の件に関わった可能性が低いと考えていながらも質問した。

「荊州牧の命ではございません。私の一存で清河王を襲撃いたしました」

 黄忠は正宗の問いに即座に返答した。その態度から黄忠が劉表への忠義心があることがわかる。正宗もそう感じたのか黙って彼女のことを見つめた。

「そなたの一存とな?」
「はい」

 黄忠は小さい声ながらも意思の篭った声音で正宗に答えた。彼女は罪を全て被るつもりなのが分かった。

「この私を殺そうとした理由を聞かせてもらえるか?」

 黄忠は沈黙した。

「言えぬのか?」
「いえ」
「では申してみよ」

 正宗は威厳に満ちた声音で黄忠に言った。彼女は正宗の問い答えず押し黙ってしまった。

「私がそなたを撃退した後、連行されるそなたを見た民が私に必死に助命を願い出てきた。力無き民が自らそなたを守るために直訴した。それだけでそなたの人柄がどうであるかわかる。そなたが無為に人の命を狙う者とは思えない」

 正宗は黄忠を諭すように語りかけた。彼女は正宗の言葉を黙ってききながら悲痛な表情をしていた。民が自分のために直訴をしたことえの想いだろうか。それとも人質となっている娘への想いだろうか。
 正宗は黄忠が語りだすのを待ったが沈黙を通していた。黄忠が娘を人質に取られており、彼女の置かれている状況を彼は既に把握していた。だが正宗は確認のために彼女に質問した。

「蔡徳珪の差し金だな?」

 正宗は徐ろに黄忠に尋ねた。黄忠は「蔡徳珪」という単語に一瞬体を強ばらせた。それを正宗は見逃さなかった。

「いいえ、違います! 私の一存でございます!」

 黄忠は声を高くして正宗に主張した。正宗は黄忠をただじっと見つめていた。

「もうよい」

 正宗は黄忠との会話を打ち切ると踵を返し牢屋から立ち去ろうとした。

「お待ちください! この私の一存で清河王のお命を狙ったのです! どうか私を処刑してください」

 黄忠は必死の形相で正宗に縋り付こうとすると兵に取り押さえられた。しかし、黄忠は取り押さえる兵を振りほどこうと暴れながら正宗に同じことを叫んだ。正宗は独房の扉の前で歩みを止め、兵に取り押さえる黄忠に振り向いた。

「黄漢升を離してやれ」

 正宗は黄忠を取り押さえる兵に命令を出した。兵は彼の命令に従い、黄忠から一歩下がった。しかし、兵達はいつでも彼女を取り押さえられる距離を保って立っていた。

「黄漢升、私はそなたが娘を人質に取られることは分かっている。そなたの娘の居場所もな」

 正宗の言葉に黄忠は驚いた表情を浮かべた。彼女の口を震わせていた。

「ほ、本当に。本当にり璃々の居場所をご存知なのですか?」

 黄忠は動揺した態度で正宗に縋るような視線を向けた。正宗は黙ったまま頷いた。すると黄忠は両瞳から涙を流し、泣き顔を隠すように俯いた。正宗とその場に居合わせた者達は彼女を黙って見つめていた。

「黄漢升、そなたの娘は私が助けだしてみせる。そなたには悪いがお前の娘を救い出すまではこの独房に居てもらうぞ。そなたが生きているからこそ娘の命は価値があるのだからな」

 正宗が黄忠に語りかけていると董允が何やら思いついた表情をしていた。

「ああ。清河王様がわざとらしく黄漢升様が生きていることを吹聴しながら連行したのはこういう訳だったのですね」

 董允は正宗に機転に感心したような様子だった。泉は「流石、私の主君!」と尊敬の眼を正宗に向けていた。黄忠は正宗と董允の会話についていけないようだった。彼女が気絶している間だから当然のことといえた。

「清河王、いつから私が命を狙っていたことをご存知だったのですか?」

しかし、黄忠も二人の会話に着いていなけなくても、正宗が黄忠の娘の命を救うために骨を折ったことが理解できたようだった。彼女は後悔と感謝がないまぜになった表情をしていた。正宗が彼女を負傷させた時点で正宗が彼女の娘を守るために動くには、それより前に犯人が黄忠であると確信していなけれならない。加えて彼女の娘が人質になっていることを知っている必要がある。

「一度目の襲撃の後、確信ではないが黄漢升、そなたではないかと考えていた。そなたも自分が疑われると分かったからこそ間を開けず私の命を狙ったのであろう?」
「はい。申し訳ございませんでした」

 黄忠は泣き崩れながら嗚咽し小さい声音で正宗に謝罪した。彼女は理解したのだ。彼女が正宗の命を狙っている時、正宗は彼女と彼女の娘を救うことを考えて行動していことを。

「過ぎたことだ。この私の生命を狙ったことは水に流す。ただ、そなたをこのまま無罪放免にできん」
「覚悟はできております。どうか娘・璃々の命だけはお助けください」

 黄忠は顔を上げ正宗に泣き縋った。彼女には正宗の慈悲に縋る他無かった。今のままでは大逆人の娘となる。まともな人生どころか命すらないかもしれない。

「そなたのことも罪には問わん。だが、その代償にお前には蔡徳珪を討伐する軍に参加してもらう」

 正宗は厳しい表情で黄忠に有無を言わせず告げた。黄忠は正宗の申し出に悩んだ表情をしていた。主君・劉表への義理立てだろう。義妹とはいえ、劉表の妹・蔡瑁を討伐する軍に参加する。それは劉表への裏切りと言えた。だが、正宗にも返せないほどの恩がある。正宗の立場上、黄忠を無罪放免などできないことは彼女にも十分に分かっていた。だから余計に黄忠は苦悩しているようだった。その様子を見て正宗は物思い耽っていたがしばらくして口を開いた。

「この話は忘れてくれ」

 正宗は目を瞑り黄忠に告げると直ぐに両目を開けた。

「黄漢升、そなた達母娘の命を救う。だが名と故郷を捨ててもらう。よいな?」

 正宗は黄忠にそう告げた。黄忠は正宗の申し出に驚いていた。

「娘は私が救い出す。その後、お前を処刑したとして触れを出す。出奔先は私が用意する」
「何故でございますか? どうしてそこまで」

 正宗に黄忠は質問した。その表情は正宗に何がしかの疑心を抱いているようだった。

「下らん謀略のために子供が犠牲になるなど馬鹿げているからだ。お前の娘はまだ幼かろう。まだ母親が必要だ。それにそなたには情状を酌量する余地がある。天からの慈悲と想い受け取ってくれ」

 正宗は感傷に耽るような視線で語りだした。黄忠は正宗のことを黙って凝視していた。

「清河王、蔡徳珪を討伐する軍に参加させていただきます」

 黄忠は正宗を真っ直ぐに見つめていた。彼女の表情からは迷いが晴れていた。

「荊州牧への義理は良いのか?」

 正宗は黄忠に確認するよう問う。

「荊州牧への恩義はございます。ですが、清河王への恩義もおいそれと返せるものではございません。清河王は私達母娘のために自ら泥を被り、その手を血で汚さそうとなさっています。私達だけが安寧を得ることは忍びなくございます。荊州牧へは蔡徳珪を討伐した後にお詫びを申し上げるつもりです。微力ながら、あなた様のお力にならせてください」

 黄忠は正宗のことを見つめながら真摯な表情で答えた。その表情から彼女が偽りや保身のために言っているのでないことは周囲の者達にも分かった。

「相分かった」

 正宗は彼女の言葉に答えるように力強く頷いた。 
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