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真・恋姫†無双 劉ヨウ伝

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第146話 救い

「正宗様、これは!?」

 泉が騎乗して去って行く後ろ姿を追っていた愛紗でだったが、突然慌てた表情で正宗に駆け寄ってきた。正宗は弓を放った方向を探るような視線を送っていたが、愛紗から声を掛けられ視線を彼女に移した。

「朝廷に叛意ある蔡徳珪が余に刺客を送ってきたのだ」

 正宗は周囲に見渡しながら愛紗に視線を戻した。現在、周囲は彼の大立ち回りを見た者達で囲まれていた。その者達に吸い寄せられるように群衆が増えていく。孫権と甘寧は愛紗と同様に状況が読めず戸惑っている様子だった。

「朝廷に叛意!? 蔡徳珪!?」

 愛紗は正宗の突拍子もない発言に戸惑った表情を浮かべていた。

「朝廷の重臣で清河王である余の命を狙ったのだ。これを朝廷への叛意と取らずして何とするのだ。蔡徳珪は日頃より朝廷に叛意を抱いていた」
「それは真なのですか!」

 愛紗は義憤にかられたのか怒りに満ちた表情をしていた。正宗に対して「その証拠は?」と聞き返さないのは愛紗が真っ直ぐで純粋だからだろう。群衆は正宗の言葉に動揺している様子だった。

「蔡徳珪は今まで荊州で自らの意に沿わない豪族を暗殺してきた」

 正宗は集まってきた群衆全てに聞こえるように大きな声で言った。

「皆も知っているだろう!」

 正宗は片腕を大仰に振りながら群衆達に言った。群衆達は節目がちになる。彼らは蔡瑁を恐れているのだろう。それを正宗は感じ取った。

「許せん! 十三州は恐れ多くも皇帝陛下の徳の元に統治される土地。それを我欲で罪無き豪族を弑するとは天を恐れぬ大罪である! 黄巾の乱の折、私は華北を転戦し先の皇帝陛下の御為に槍を振るい、彼の地に安寧をもたらした」

 正宗は覇気の篭った声で群衆に演説をはじめた。周囲の群衆は正宗の語る言葉を聞き、次第に彼らの視線は正宗に集中していった。正宗は群衆の心を握ったと思ったのか自信に満ちた笑みを浮かべた。
 民は英雄を求める。常に民は救いを求めている。この南陽郡は美羽による善き治世にあるが、美羽襲撃で民達は心の中に不安を抱いていた。それを払拭できる者が現れれば群衆の心は容易にその者の元に集まる。

「我こそは華北の黄巾の乱を平定した劉正礼である。民達よ聞け! 余は清河王。前漢の高祖の孫である斉の孝王劉将閭の裔にて牟平共侯劉渫の直系末孫。先帝より車騎将軍、冀州牧の官職を賜った。先帝のご厚恩に報いるために、この荊州に巣食う逆賊は余が誅殺してくれる!」

 正宗の鼓舞に興奮した群衆は正宗を期待に満ちた表情で見つめていた。

「私はここに蔡徳珪の罪を弾劾する!」

 正宗は深呼吸をして活目した。

「先日、南陽郡太守・袁公路が蔡徳珪の刺客に襲撃された。この私が側に居合わせたから、南陽郡太守はことなきを得た。善政を施く南陽郡太守を弑するは朝廷に叛意がある証拠である。あまつさえ、余の命を狙った。これは皇帝陛下を威光を蔑ろにする不届き千万の所業!」

 群衆の中から「そうだ! そうだ!」と叫び声が聞こえてきた。一人が正宗に同調しだすと伝染するように、群衆は正宗に同調しはじめていた。正宗は群衆の心理を利用していた。正宗という強大な権力と威勢を持つ者が美羽を害する存在を討伐すると叫んでいる。この城内で暮らす市井の者達は美羽に好意的であった。美羽が民政家であるのだから当然のことと言えた。その美羽を殺そうとした蔡瑁に憎しみを抱くのは当然の成り行きだった。群衆の放つ空気は熱気に満ち蔡瑁への憎悪が醸成されつつあった。

「余は荊州の心ある諸豪族達に檄文を送る! これに応えない者達は蔡徳珪に与する謀反人とみなし討伐するつもりだ」

 群衆達は正宗の提案に雄叫びを上げた。先ほどまで蔡瑁を恐れていた群衆は今では「蔡瑁をぶっ殺せ!」と叫ぶ者までいた。孫権は群衆の放つ殺気に引いていた。甘寧は場数を超えているだけ怖気づくことはなかったが、場の空気に緊張した表情をしていた。



「劉将軍、暗殺者を拘束いたしたました」

 正宗が群衆に演説していると群衆をかき分け正宗の兵が現れた。兵は正宗の元に近づくと拱手して片膝を着き話はじめた。

「ここに引きずって来られるか?」

 兵は顔を左右に振った。正宗は表情を変えなかった。だいたいの病状は暗殺者の放つ気の流れで察していたのだろう。群衆にも理解させるために敢えて尋ねたように見えた。

「暗殺者は衰弱して意識を失っております。泉様が劉将軍にご足労願えと仰っておりました。暗殺者の衰弱ぶりからして、劉将軍に放たれた矢の鏃には猛毒が塗られていたものと思われます」

 兵は真剣な表情で正宗に報告してきた。群衆は正宗と兵のやり取りを聞き怒りに満ちた表情をしていたが、突然立ち去った者達もいた。去った者達のことを正宗は少しの間視線だけで追っていた。

「案内しろ」
「私も同行させてください。先程の失態を挽回する機会をお与えくだい」

 正宗が兵の案内を受け群衆をかき分けて進もうとすると愛紗が声を掛けてきた。彼女の様子は先ほどあまり活躍できなかったことを気にしているようだった。

「警護は必要だからな。頼むぞ。賊が私の命をまた狙わんとも限らない」
「お任せください!」

 愛紗は正宗の言葉に気合の入った返事をした。「二度と同じ失態はしない」と顔に書いていた。

「私達もよろしいでしょうか?」

 孫権と甘寧が正宗に駆け寄ってきた。正宗は二人を凝視した。

「よい機会だ。孫家は朝廷の忠臣か?」

 正宗が孫権に対して発した「孫家」の単語に群衆は孫権に険しい視線を向けた。南陽郡のお膝元では未だ「孫家」への遺恨は薄れていないようだった。孫権を庇うように甘寧が群衆に進み出る。甘寧の凄んだ視線に群衆は怯む。

「清河王様! 野蛮な孫文台の助成を受けたらいつ寝首をかかれるかわかりません。お考え直しください!」

 士大夫風の少女が群衆の輪をくぐり抜け髪を振り乱しながら正宗の前に進み出てきた。彼女は正宗の御前で両膝を着き平伏すると嘆願してきた。正宗はいきなり現れた少女に馬上より視線を向けた。

「そなたの名は?」

 正宗は堂々と自分に嘆願してきた少女に言葉をかけた。

「董休昭と申します」

 正宗は董休昭の名を直ぐに調べ彼女の正体を知った瞬間、引きつった形相に変わった。

「董休昭、そなたは董幼宰の息女であるか?」

 今度は董休昭が驚いた表情で正宗を仰ぎ見るが慌てて平伏し直した。王である正宗がしがない小役人だった父の名を知っているのだから当然と言えた。

「清河王様、何故私の父の名を?」
「そなたの父は精錬な人物と聞いていた。一度会いたいと思っていたところだ」
「真ですか!? 今、この宛県に父は逗留しおります」

 董允は正宗に期待に満ちたような声音で答えた。

「そうか。今は急ぎゆえ、後でそちの父に会おう。私と一緒についてまいれ。それで『孫堅を助成を止めろ』と言った理由の真意は何だ?」
「孫文台は野心強き危険な存在でございます。荊州牧と対立しているため、清河王様に協力はするでしょう。しかし、蔡徳珪殿を討ち果たせば必ずや貴方様を裏切るに相違ございません」

 董允は正宗に物怖じせず正宗に言った。正宗は孫権と甘寧を目の前にして堂々と孫堅を否定した彼女に面喰らっていた。孫権と甘寧は怒りに満ちた表情で董允のことを睨んでいた。だが、董允は少しも動じていない様子だった。

「清河王様、ご無礼を承知で問わせていただきます。何故、南陽郡大守様を襲撃した刺客の黒幕が蔡徳珪様とお分かりになったのでしょうか? 真逆とは思いますが憶測にて蔡徳珪様を討つと仰られていることはないでしょうね」
「知りたいのか?」

 正宗は董允を値踏みするような視線を向けた。

「是非に」

 董允は即答した。

「刺客の中に蔡徳珪の妹・蔡勲がいた。その者を斬ったのは私だ」

 正宗の言葉に群衆が驚愕していた。董允も同様だった。

「蔡勲の首は蔡徳珪に送ってやった。蔡徳珪は返礼に上絹を送ってきた。証拠は十分であろう」
「清河王様は蔡徳珪の襲撃をお許しになったのですか?」
「そうだ」

 董允は正宗を信じられないという表情で見ていた。正宗であれば武力にものを言わせて攻め殺すこともできたはず。それをせず一度は自分の命を狙った蔡瑁を許したと董允は理解した。

「一度目は大目に見てやった。だが、蔡徳珪は性懲りもなく私を襲撃してきた。寛大な処置にも限度がある」
「何故、一度目の襲撃で蔡徳珪を誅殺されなかったのですか?」
「南陽郡大守の願いだ。南陽郡大守は蔡徳珪との争いを避けようとしていた。蔡徳珪と争えば矛を交えることもある。そうなれば南陽郡の民の生活が平和な生活が脅かされると申していた。その慈悲深い心に心打たれ私は蔡徳珪を誅殺しなかった。だが、蔡徳珪は違った。蔡徳珪に南陽郡大守の心を解する心は持ちあわせていないということだ」

 正宗の話を群衆は黙って聞いていた。群衆の民達の中には涙を流す者もいた。董允も美羽の心根に撃たれた様子だった。

「ならば尚のこと孫文台の力を借りてはいけません」
「先ほどから聞いていれば何なのだ!」

 董允の言葉に孫権が頭にきた様子で叫んだ。董允は澄ました表情で孫権のことを侮蔑した目つきで見た。

「清河王、私の母・孫文台の朝廷への忠誠に嘘偽りがあろうはずがありません」

 孫権の言葉に群衆から「嘘に決まっている」と野次が聞こえてきた。正宗は視線を送り黙らせた。

「孫文台の件は一先ず置いておく。早く暗殺者の元に向かわねば死なれてしまう。生き証人を失っては元も子もない」
「申し訳ありません」

 正宗の言葉に董允と孫権は謝罪した。正宗は兵に指示して群衆をかき分けていく、それを愛紗達四人が付いていった。群衆の民達も暗殺者のことが気になるのか正宗の後に着いてきた。



 正宗は一軒の家屋に足を踏み入れた。この家屋は彼の命を狙った暗殺者が矢を放った現場だ。家屋の外では正宗の後を着いてきた群衆に加え、彼の大立ち回りを聞きつけた庶民が加わり。外で騒ぐ人々の喧騒が家屋内にいても聞こえてきた。愛紗達は外で群衆が家屋に近寄らないように戸口に陣取っていた。

「将軍。こちらです」

 正宗の存在を確認した兵が正宗の元にかけより、拱手して片膝を着き応対した。正宗は「案内しろ」と短く答え、応対した兵に案内させた。正宗が二階に上がると泉と五人の兵に囲まれぐったりと倒れている黒装束の人間がいた。その人物の体格と顔を覆う覆面から出ている長い髪から女であることは直ぐに分かった。

「正宗様」

 泉は正宗を確認すると声をかけた。正宗は女の凝視して彼女の気の流れを読んだ。

「気の流れが乱れているな。急激に衰弱しているようだな」
「はい。衰弱の仕方が尋常ではありません。この者の使用した鏃には毒が使用されていたことは間違いありません」

 泉は矢を正宗に見せた。

「この矢は壁に突き刺さっておりました。この女の右肩に出血痕がありましたので、矢は幸い貫通したものと思います」

 正宗は泉の説明を聞き終わると、女に近かづき、彼女の顔を確認するために膝をつき腰を屈めると女の顔を覆う布を掃き取った。

「黄漢升」

 正宗はゆっくりと彼女の名を口にした。彼の知る原作知識通りの顔をしていた。彼女は表情は青白く血の気が無かった。

「正宗様、黄漢升にご面識がおありになったのですか!?」

 泉は正宗が黄忠の顔を見て「黄漢升」と呼んだことに違和感を覚えたのか質問してきた。

「直接の面識はないが美羽に黄漢升の顔や容姿について説明を受けていた」

 泉は微妙な表情になるが正宗の説明に納得したのかそれ以上何も聞かなかった。

「泉、兵達を下がらせよ。今から黄漢升の治療をする」

 正宗は黄漢升の体を気遣いながらゆっくり起こし仰向けにさせた。彼女の右肩の辺りの衣服の布地が大量の血で塗れていた。正宗が右手触れて確認すると、彼の右手はどす黒い鮮血に染められ塗れた。彼女は正宗に触れられても身動き一つしなかった。想像以上に体が衰弱しているのだろう。

 正宗は右手を黄漢升の右肩に触れ瞑目した。すると彼の右手が黄金色に輝く。その光が伝染するように黄漢升の右肩から徐々に体全体を包んでいった。



「これでいいだろう」

 正宗は両目を開くと黄漢升の顔を見つめた。出血よる衰弱により顔色は未だ青白いが規則正しい寝息を確認できた。正宗は安堵の表情を浮かべ立ち上る。

 正宗が一階に下りると泉と兵達が駆け寄ってきた。

「正宗様、黄漢升の容態は?」
「もう大丈夫だ。治療は終わった。出血のせいで貧血を起こして気絶しているが問題ないだろう」
「そうですか。正宗様、黄漢升をどうなさいますか?」
「黄漢升はひとまず療養させよ。私の兵の中から女の兵を選び監視役につけてやれ」
「畏まりました」

 泉は兵に指示を出しに行こうとした。

「待て。話はまだある」

 泉は正宗に向き直った。

「これから直ぐに黄漢升を屋敷へ連行せよ。しばらく目は覚ますまい。まず、彼女を運ぶ大きな板を用意しろ。彼女の衣服は血塗れた服を着せてままでできるだけ衆人の目に晒して連行せよ。黄漢升が生きていることを蔡徳珪に伝わるようにな」

「もし、蔡徳珪が黄漢升から人質を取っていた場合、人質を始末させないためでしょうか?」

 正宗は何も言わずに頷いた。

「黄漢升が存命とあらば、仮に蔡徳珪が黄漢升から人質をとっていても手荒な真似はしないはず。人質は生きていこそ意味があるのだ。黄漢升につける見張りは一人だけでいい。変わりに暗兵の監視を十分につけよ」
「黄漢升が口を割らないように蔡徳珪が接触を図るということでしょうか?」
「蔡徳珪が恐れることは黄漢升が口を割ることだ。私が暗殺の黒幕を蔡徳珪と名指しした以上、蔡徳珪は何が何でも黄漢升の口を割らせる訳にはいかない。蔡徳珪の場合、面倒を避けるために黄漢升に刺客を送り込んで来るかもしれん」
「黄漢升を餌にするということですね」

 泉は正宗に神妙な表情で尋ねた。正宗は頷く。その後、泉は兵達に指示を出し家屋内の戸板を剥ぎとり、その上に黄忠を寝かせると家屋の外に運び出した。正宗も泉達の後に続いて家屋の外に出た。外に出ると黄忠の姿を見た群衆達が騒ぎ出した。劉表の家臣である黄忠が服の肩の辺りを血まみれにして横たわっているのだ。黄忠は南陽郡の出身で、この城にもよく訪問していたこともあり市井の者達にも顔が通っていた。

「清河王様、黄漢升様が暗殺を企てるはずがございません!」

 群衆の中から突然二十人の平民が正宗の元に進み出てきた。彼らは跪き平伏すると直訴してきた。

「では何故私に弓を放ったのだ。この者が放った矢を私は掴みとり、この者に撃ち返してやった。その結果がこれだ。この者が私を殺そうとしたことに偽りはあるまい?」

 正宗は厳しい視線を彼らに向けたが、彼らは一瞬押し黙るが黙らなかった。

「黄漢升様が卑劣なことをするはずがないです! 必ず何かわけがあったはずです。私達にもよくしてくださいました。どうか。どうかお慈悲を!」

 彼らは必死に正宗に必死に懇願してきた。このままだと黄忠は死罪確定だけに彼らは必死なようだった。

「黄漢升は人望があるようだな。このように人望があるような人物が暗殺という卑劣な手段に訴えねばならなかったのであろうな?」

 正宗は意味深な視線を正宗の目の前で土下座する二十人の民に向けた。彼の言葉は群衆にも聞こえていた。群衆達は互いに視線を交わしていた。正宗はその様子を黙って凝視していた。

「黄漢升の身は私が預かる。そなたらに免じて黄漢升を死罪にはせん。厳正に取り調べた後に沙汰を下す」

 正宗の前で跪いていた二十人は全員は安堵の表情を浮かべていた。董允は正宗のことを凝視していた。 
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