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刀術

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3部分:第三章


第三章

「よい。御主は器用ではないがそれでもじゃ」
「それでもとは」
「じっくりとやってあらゆるものを身に着けていっておる」
 竹千代のそうした気質はだ。既にわかっていた。
 それでだ。今こう言うのだった。
「それでよい。御主はな」
「では論語はこれからも」
「論語は何度か読んで終わりの書ではない」
 それに留まらないというのだ。
「生涯をかけて読むものなのじゃ」
「そこまでなのですか」
「そうした書は多いが論語は特にじゃ」
「読むべき書ですか」
「左様。だからこれからも読んでおくべきじゃ」
 竹千代に対して告げていく。
「わかったな」
「はい、それでは」
「ではこの書の後は」
「この書の後は」
「剣じゃ」
 それだとだ。彼は竹千代に言った。それを言われてだ。
 竹千代の顔が曇る。しかし彼はそれにはあえて気付かないふりをしてだ。
 あらためてだ。彼に言った。
「ではよいな」
「はい」
 暗い顔で答える竹千代だった。そうしてだ。
 書を読み終え今度は庭に出てだ。木刀を使って剣の稽古をする。
 振ったり突いたりする。その中でだ。
 雪斎はだ。今一つ動きの鈍い竹千代にこう言うのだった。
「剣は好きではないな」
「それは」
「よい、怒らぬ」 
 穏やかな声でだ。雪斎は己の前にいる竹千代に話す。
 左右には紅や白の梅が咲き蝶達が舞っている。しかし今はそれには目をやらずだ。
 竹千代を見てだ。そうして話すのだった。
「素直に言ってみよ」
「得意ではありませぬ」
 暗い顔でだ。竹千代は言うのである。
「どうしても」
「そうじゃな。それはわかる」
 竹千代の振りや突きを見ればだ。まさに一目瞭然だった。
 しかしだ。その彼に対してだ。
 雪斎はだ。静かに話した。
「しかし身に着けなくてはならんものなのだ」
「武士だからですか、私が」
「それもある」
「それもとは?」
「御主、死にたいか」
 深い目でだ竹千代を見ての言葉だった。
「そうなりたいか」
「死、ですか」
「そうだ。死にたいか」
 またこう竹千代に問う。静かな口調で。
「どうじゃ、それは」
「いえ」
 返答は一つしかなかった。竹千代はその首をゆっくりと振った。
 そのうえでだ。雪斎に対して答えた。
「生きたいです。死にたくはありませぬ」
「そうじゃろう。大抵の者はそうじゃ」
「こうして。梅や池を見ていたいです」
 周囲をだ。ちらりと見ての言葉だった。二人が今いる庭のだ。梅や池を見てだ。雪斎に話すのであった。
「できるだけ長く」
「花は好きか」
「好きです」
 まさにそうだと答える彼だった。
「見ていると落ち着きます」
「わしもじゃ」
「和上もですか」
「花はよい」
 雪斎は竹千代にだ。こう話していく。
 
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