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地上の楽園

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6部分:第六章


第六章

 そうした嘘を吹聴していた人間が客として招かれていた。何故招かれていたかというとプロパガンダの為にである。嘘を宣伝してもらう為だ。
 それに知ってか知らずか乗っている文化人の一人が鉄道の中にいた。そこで鉄道の優雅な旅を楽しんでいたのだ。その中でだ。
 彼は突如としてだ。痩せたみすぼらしい者達に囲まれた。彼等を見てだ。
 彼はきょとんとした顔で尋ねた。
「貴方達は一体」
「この国に渡ったんだ」
「貴方の言葉を信じて」
「それでこの国に来たんだ」
「僕達はそうなんだ」
 こうだ。怨む目で彼を見ながら答えてきた。彼の席を完全に囲んで立ってだ。怨みに満ちた目で彼を見ていた。そうしてであった。
 彼等はだ。口々に言ってきた。
「僕達は貴方から聞いたぞ」
「この国には何でもある」
「身一つで行ってもいい」
「病気のことも仕事もことも心配いらない」
「自由で気品のある国だ」
「まさに地上の楽園だと」
「確かに聞いた」
 こうだ。彼等は言っていく。
「そしてこの国に来たんだ」
「そしたらどうだ、全然違うじゃないか」
「貴方の言ったことと正反対じゃないか」
「こんな酷い国とか聞いていなかった」
「お陰で僕達は何時どうなるかわからない」
「食べるものも薬もない」 
 何もないのだ。本当に。
「家族も殺されたり餓え死にした」
「何かを言えば殺される」
「そうした国だったじゃないか」
「僕達は牢獄にいるようなものだ」
「僕達の人生は台無しになった」
 この国に来たばかりにだ。そうなったというのだ。
「滅茶苦茶になった僕達の人生をどうしてくれるんだ」
「全部貴方のせいだ」
「貴方の嘘を信じたからこうなった」
「それをどうしてくれるんだ」
 こうしたこともあった。だがこのことは何故か公にはならずならず者に絡まれたということで終わった。真実は伝えられなかった。
 だがその国の正体は知られだ。そしてだった。
「あの国は確かに地上の楽園だよ」
「それは間違いないさ」
「けれどな。それはな」
「一人だけの楽園だ」
 こう言われたのだった。
「あの元帥様の楽園だ」
「あいつだけが何の苦労もなく生きている」
「そうした楽園だよ」
「一人だけの為にその他の人間が苦しんで死んでいく」
「そんな地上の楽園だよ」
 これがその国に定まった評価だった。新聞やテレビ、そこにいる文化人達が何を言ってもだ。最早その実態は知られてしまった。確かに地上の楽園だ。だがそれはたった一人の為のものであり多くの者が地獄の苦しみを味わう、そうした楽園だったのである。


地上の楽園   完


                 2011・8・28
 
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