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赤い男

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3部分:第三章


第三章

「話はわかった」
「運命を受け入れられますね」
「それを変えることはできるか」
「できないことはありません」
 それはできるというのだ。一応はだ。
「ですがそれはです」
「私が英雄でなくなるということだな」
「誰にも告げずこの宮殿を去り」
 まずはだ。そうしろというのであった。
「何処かで。隠者として暮らされることです」
「それ以外にはないのだな」
「はい、どちらにしてもこの宮殿を去ることになります」
「フランスもだな」
「この国にいては見つかってしまいますので」
 それでだというのである。
「諦めて下さい」
「では同じだな」
「結果は」
「私はフランスで死にたかった」
 ナポレオンは苦い、これ以上はないまでに苦い顔で述べた。
「それが望みだったが」
「それもまた運命です」
「ではその運命に従おう」
「はい、それでは」
「わかった。よく伝えてくれた」
 こうその赤い男に告げた。
「ではな」
「それでは」
 男はナポレオンに対して一礼してそのうえでだ。何処かに消えた。衛兵達も彼が何処に消えたのか全くわからなかった。ただ彼等の皇帝が項垂れている、普段とは全く違う姿だけを見た。これ以降ナポレオンは敗北を続け遂にはセント=ヘレナ島で死んでしまう。それが彼の運命であった。
 二十世紀中期。欧州は戦乱の中にあった。ナチス=ドイツが引き起こした戦争によってだ。多くの命が死に多くのものが失われていた。
 その中でドイツは当初の破竹の進撃から一転して破滅の坂を転がり落ちていた。各地で敗北を続け国土は爆撃により荒廃しようとしていた。ベルリンもまた連日連夜空爆を受け建物が崩壊し人々が焼かれていた。その中でだ。
 地下の防空壕である。だがそこは立派なものだった。総統、即ちヒトラーがそこに篭りだ。全ての指揮にあたっていたのである。
 しかしその彼についてだ。不穏な噂が囁かれていた。
「今日もか?」
「ああ、今日もだ」
「今日も仰っている」
「またな」
 こうだ。彼の側近達が囁き合っていた。
「またあの男がいるとな」
「あらぬ場所を指差してか」
「仰っているのか」
「赤い服の男だ」
 その男がだというのだ。
「その男が来ていると仰られているのだ」
「わからん」
 側近の一人がいぶかしみながら述べた。
「何だ、赤い服の男とは」
「それはわからないがだ」
「しかしいるというのだな」
「その者が」
「そうだというのか」
「おかしい」
 誰かが言った。
「今の総統閣下はな」
「そうだな、それは」
「あまりにもだ」
 そしてだ。そのヒトラーは。
 この日もだった。己の部屋でだ。
 険しい顔になってだ。部屋の端を指し示して言っていた。
「だから何故いるのだ」
「?閣下」
「一体誰が」
「誰が来ているのですか」
「またその男がですか」
「そうだ」
 鋭い目をさらに鋭くさせていた。眼光が爛々としており何かしらの魔力さえ感じさせる。よく見れば顔付きも恐ろしいものだ。いささか滑稽に見えるチョビ髭がなければまさに魔王の顔である。それがヒトラーであった。
 
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