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花姫

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6部分:第六章


第六章

「それだけは。御願いしますね」
「わかりました」
 何故少女がこれ程までに白百合のことを頼むのかはわからなかった。しかしそれでも彼女が今心から彼に願っているのはわかった。そしてそれを受けない彼ではなかった。
「それでは。白百合を」
「御願いできるのですね」
「はい。今もこれからも」
 出してきたのは現在と未来だった。
「今まで通り」
「今まで通りですね」
「そうさせてもらいます」
 これが彼の返事だった。過去も踏まえての。
「白百合を花の中で最も愛し続けていきます」
「有り難うございます。そうして頂ければ」
 少女の声が微笑んだ。俯いていて表情はよく見えはしない。だがその弱いものになってきている声が微笑んでいるのは彼にも聞こえたのだ。
「私は満足です」
「満足ですか」
「もうすぐ。夏が終わりますけれど」
 季節についても話すのだった。左右の木々からは蝉の鳴き声が聞こえてくる。しかしそれはかつてのように激しいものではない。徐々にではあるが弱ってもきているのだった。
「それでも。百合を好きでいて下さいね」
「はい」
「白百合を」
 こんな話をした夏の終わりだった。そして夏はもうすぐ終わろうとしていた。その日に少女は彼にこう言うのだった。
「すいません」
「えっ!?」
「もう少しいられると思ったのですけれど」
 以前よりさらに弱くなった声で彼に語ってきた。
「もう。私は」
「まさか」
「今日こうして御会いしていますけれど」 
 この日も京都を二人でいた。場所は四条だった。その木造の世界の中を二人で歩いている。夏の日差しは少しではあるが弱いものになってきていた。その日差しの中で彼に告げてきたのだ。
「もう。これが」
「最後だというのですか?」
「すいません」
 弱々しい声で応えてきた。
「私は。もう」
「そうですか」
 彼は沈痛ではあるがそれでもしっかりとした言葉で応えたのだった。
「もう。これで」
「何も言われないんですか?」
「言って。どうなるものでもないでしょう」
 少女から目を放していた。正面を見てそのうえで顔をあげての言葉だった。
「ですから。もうそれは」
「有り難うございます」
「今まで有り難うございました」
 二人は同時にお互いに礼を述べたのだった。
「それでですね」
「はい」
「指輪は」
「いいです」
 博康は彼女の今の言葉は拒んだのだった。
「それは貴女に差し上げましたから」
「いいのですか?」
「私の気持ちです」
 正面を見たまま彼女に告げた。
「ですから」
「有り難うございます」
 少女は彼の言葉を受けてまた礼を言った。
「このお気持ち。何があっても」
「覚えていて下さるのですね」
「はい。持って行きます」
 少女はこの言葉を告げた。
「ずっと。何処までも」
「そうして下さると何よりです」
 彼は言葉で微笑んでみせた。
「それだけで」
 この話をして最後の別れをした二人だった。二人はこのまま別れ博康は一人だけ残った。残った彼は空虚な心のまま時間を過ごすようになり何をしても気がなかった。その気がないまま親父の店にも出入りしていた。親父はそんな彼を見て心配でいられず声をかけた。
 
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