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花姫

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3部分:第三章


第三章

「それではですね」
「何か?」
「今お時間ありますね」
 これは彼にとってははじめてのことだった。自分から女性というものにここまで積極的に声をかけるということは。内心驚きながらもそれでも話すのだった。
「今は」
「はい。あります」
 少女の返答は彼が望んだものであった。
「夕方まで。充分に」
「そうですか。それは何よりです」
 それを聞いてまずは内心安堵した。
「それではですね」
「何でしょうか」
「街を。歩きませんか」
 こう彼女に提案するのだった。
「この街を。どうですか?」
「街をですか」
「この街に来てまだ数年ですけれど」
 謙遜を入れるころは入れた。
「それでも。この辺りはいつも歩いていますので」
「御存知なのですね」
「多少は」
 ここでも謙遜が入った。この辺りには性格が出ていた。
「それでも宜しければ」
「はい」
 少女は今度はにこやかに笑って彼の問いに答えてきた。
「私でよければ」
「いいんですか」
「この街ですよね」
 少女の方からの言葉だった。
「京都を」
「はい、そうです」
 穏やかで落ち着いた声での返事だった。博康の人柄が出ている言葉だった。
 その言葉を受けてか少女はまた微笑んできた。そうして彼の言葉に応えるのだった。
「では。参りましょう」
「有り難うございます。しかしこの街は」
 博康は少女が隣に来てくれたうえでまた言うのだった。
「不思議な街ですね」
「不思議ですか?」
「最初来た時はそうは思わなかったのですが」
 少女に対して言葉を続ける。
「ですが今は」
「感じられるのですね」
「はい。感じます」
 これは頭ではわかっていなく心でわかっていたことだった。言葉では出せないが感性ではそれははっきりとわかっている。だから容易には言えないのだった。
「誰かと出会うこともそうですかね」
「そうかも知れませんね。それじゃあ」
「はい、では参りましょう」
 また少女にこの言葉を告げた。こうして二人で河原町を歩いて回った。これがはじまりで彼と少女の交際がはじまった。それは清らかな交際であったがそれでも親密なものであり二人の仲は進展していった。夏が進むにつれて進展は進み彼は機嫌をよくさせていた。それはあの店の親父からもわかることだった。
「学生さん、最近何かいいことがあったね」
「えっ、それは」
「いや、わかるよ」
 笑顔で彼に言うのだった。彼は今日もかき氷を食べている。夏の暑い盛りなのでもうこれから離れることができないでいるのだ。
「顔に出ているからね」
「顔にですか」
 親父の言葉にふと自分の顔を見たくなった。しかしそれは今は何処にも鏡はないのでできなかった。
 
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