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魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~

作者:月神
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空白期 中学編 29 「空港火災」

 下ろしていたまぶたを上げた時、そこには紅蓮の炎と黒煙が発生していた。
 いったい何が起こった……状況からして火事か。だがどうして……いや、今は火事が起こった原因を考えている場合じゃない。
 突然発生した衝撃に飛ばされ壁に打ち付けられたことで痛む箇所がある。だが痛みからして、ひどくても内出血しているくらいだろう。
 衣類に関しては多少傷みもあるようだが、焦げたりはしていない。ふと腕時計を見てみると、意識を失う前からそこそこ時間が経っていた。
 意識を失ってたのか……下手をすれば命を落としていた状況だ。火事の発生場所から遠かったこと、何より俺が魔導師、手元にデバイスを持っていたのが不幸中の幸いだな。簡易的だが結界を張ってくれていたようだし。
 元々今日は仕事のついでに指揮官研修をしているはやてに会おうとしていた。今居る場所がミッドチルダの空港。距離的に考えて、彼女が救援に駆けつけている可能性は高い。
 確かなのはとフェイトも休暇を利用してはやてに会う約束をしていたようだし、ほぼ間違いなく顔を合わせることになるだろう。中に居たと知られたら、あとで何かしら言われそうだな。
 とはいえ、今はそんなことに意識を向けている場合ではない。
 俺は技術者として働くことが多くなりつつあるが、魔導師としての力がある。
 ファラやセイはシュテル達の手伝いをすることが多いのでここにはいない。だが俺の手元には、完成したばかりのデバイスがある。今すべきことはここから脱出、または取り残されている民間人の救護だろう。

「ある意味……今の状況的に打ってつけだな」

 懐から青色の雪の結晶のような形をしたデバイスを取り出す。
 このデバイスの名前は《ブルーローズ》。シュテルが行っている魔力変換システム、それの《凍結》のために組み上げられたデバイスである。
 またクロノの持つデュランダルの流れを一部組み込んであるため、氷結強化能力も有している。まあ魔力変換を補助するシステムがあるため、強化能力に関してはデュランダルに劣っているのだが。

「それでも大きな力になってくれるのは間違いない」

 ブルーローズのテストも俺が担当だったため起動は至ってスムーズだ。起動するのと同時に、馴染みのある黒のバリアジャケットが展開される。
 コアを中心にパーツが出現し組み上がっていく。全体的な色合いは淡い青色で、一部は白銀で彩られている。何より目を惹くのは、握りの上部あたりのコア付近だ。この部分が最も精緻な細工がされており、まるで薔薇のように見える。
 複数のシステムを盛り込みながら、ここまで美しい長剣を作り上げるのはシュテルくらいではなかろうか。少なくとも俺が主体となって開発していたなら、ここまで装飾に力は込めていなかっただろう。
 臨時の愛剣に近くに管理局の人間がいるか尋ねると、すでに近隣の陸上隊や航空隊が行動していると教えてくれた。
 ならばと思った俺は、指揮を飛ばしている人物に連絡を取るように指示を出す。すると何もなかった空間に半透明なディスプレイが表示された。

『はやてちゃん、ダメです。まるっきり人手が足りないですよ!』
『そやけど、首都からの航空支援が来るまで持ち堪えるしかないんよ。頑張ろ』
『はい!』

 そこに映っていたのは、制服に身を包んだはやてとリインの姿だった。緊急時なのではやてが指揮を執っていたのだろう。聞こえてきた会話からして状況はかなり悪いようだ。

「はやて、聞こえるか?」
『え……ショウくん、急にどうしたん? 悪いけど、今ちょっと立て込んでるんよ。話ならまたあとにして』
「そんなことは見れば分かる」

 強い口調で言うと、はやての意識がきちんとこちらに向いた。それを感じ取った俺は、彼女に今居る場所を伝える。その直後に驚愕の声が上がったのは言うまでもないが、状況が状況だけにあちらの切り替えは早かった。

『あぁもう、言いたいことは色々あるけどとりあえず無事なんやな?』
「ああ……人手が足りてないんだろ? 俺も動くから指示をくれ」
『ショウくんは技術者やろと言いたいところやけど、今は人手が足らん状態や。遠慮なく使わせてもらうで』

 そう言ったはやては、次に簡潔に状況を伝えてきた。
 火事は空港全体に広がっており、なのはやフェイトは取り残されている民間人の救助に当たっているらしい。

『ショウくんは確か凍結系の魔法使えたはずやな?』
「消火活動か。中からやってもいいが……お前がやったほうが早いな」

 俺は各分野を均等に使えるが、現状は一刻を争う。ならばはやての補助に回ったほうが賢明だろう。何故なら彼女は広域型の魔法を得意する魔導師だからだ。保有魔力量も多く、ランクも管理局では数少ないオーバーSクラス。
 ただはやては高出力の魔法は使えるが微妙な調整を苦手としている。民間人や中で活動している魔導師の存在がなければ問題ないが、今はきちんとした調整が必要な状況だ。

「まずは地上に出るぞ」
『了解や。指揮系統の引継ぎが終わったらわたしも空に上がる。遅れるかもしれんけど、そんときは』
「皆まで言うな。それくらい理解してるさ」

 俺の返事にはやては笑顔を浮かべる。その直後、彼女は行動している部隊に指示を飛ばす。不意に意識が別のほうへと向いたが、聞こえてきた言葉からして応援部隊の指揮官が到着したらしい。
 ――思った以上にはやてが早く空に上がりそうだな。
 手っ取り早く空に上がる手段は地上までの道を作ることだ。あまり建物を壊すような真似はしたくないが、最優先なのは民間人の救護と鎮火だ。時間が掛かる方法を選択している場合ではない。

「ブルーローズ、砲撃を行ってもいい場所を探してくれ。そこに砲撃を撃ち込んで一気に地上に出る」

 ブルーローズは俺の指示を速やかに実行し、砲撃位置を割り出した。剣尖をそこへ向け、砲撃に必要な魔力を集約していく。これまでの修練と補助システムによって凍結変換は迅速に行われ、砲撃準備は通常の砲撃と大差のない時間で整った。
 冷気を纏った閃光が疾る。
 発射が終えるのと同時に飛行を始め、砲撃で出来た穴を通って地上へと駆け上る。地上に出ると、煌びやかな光を放っている星空が飛び込んできた。火事が起こっていなければ、ゆっくりと眺めることもできたことだろう。

「ショウくん!」

 声がしたほうに意識を向けてみると、騎士服を纏ったはやてがこちらに向かってきていた。彼女の近くには男性魔導師が2人ほど確認できる。

「運命的なタイミングでの合流やな」
「バカ言ってないでやるぞ」

 いつもならば反応が冷たいだの返ってくるところだが、はやてはすぐさま広範囲魔法の準備を始める。おそらく凍結の魔力変換を行うため、発動までには少し時間が掛かるだろう。
 俺はシステムの補助があるので必要な詠唱を考えても少々時間がある。なので近くに居た魔導師ふたりに声を掛けて周辺に生命反応がないか確認する。

「仄白き雪の王、銀の翼以て」

 はやての魔法の出力を考えると、俺がフォローしなくても消火は完了しそうではある。だが念には念をという言葉があるだけに、俺もやれるだけのことはしておくべきだろう。

「凍てつく結晶、集いて剣片となれ」
「眼下の大地を白銀に染めよ」

 はやての掲げるシュベルトクロイツの周囲には白い立方体が4個出現する。見た目は地味だが、あれは圧縮された気化凍結魔法に他ならない。着弾すれば周囲の熱を瞬く間に奪い取ることだろう。

「万物を止める礎となれ」

 俺を中心に青白い光の輪が出現し、凄まじい勢いで回転する。それは徐々に範囲を狭め、ブルーローズの刀身の周りで回り始める。

「来よ、氷結の息吹!」
「建て、氷河の楽園!」

 はやてがシュベルトクロイツを振り下ろした瞬間、4個の立方体が撃ち出される。ほぼ同時に俺も剣の先端を空港へ向け、回転していた青白い光輪を撃ち出す。
 はやての放った凍結系広範囲魔法《アーテム・デス・アイセス》が着弾した直後、魔法の効果が発動し急激に熱を奪い始め建物ごと凍結させていく。その際、周辺の空気も冷やされるため、結晶化した水分が煌びやかな光を反射する。
 俺の放った《グレイシア・オブ・エデン》はそれを押し付けるように着弾し、より強固に空港を凍結させていく。はっきり言ってはやてだけで充分だっただろう。俺が居たことで変わったことなんて、安全確認を行っていた局員達に冷気が及ばなかったことくらいだ。
 冷気が及んでいたとしてもバリアジャケットを纏っている局員達に大した影響はない。俺の存在意義は冷静に考えれば考えるほどなかったように思える。

「すっげー……これがオーバーSランク魔導師の力」
「あの少年のほうも結構レベルの高い魔法を放ってたみたいだけど……何か意味あったのか?」
「意味ならちゃんとあったよ」

 はやての言葉に局員達の意識が一気に彼女のほうに向く。
 現在のはやての階級が一等陸尉だったはずだ。局員のほうは年上ではあるが、おそらくはやてのほうが階級は上だろう。普段どおりに会話してしまっていたが、俺は不味いことをしてしまったのではなかろうか……なんて考えるのは全てが終わってからにしよう。

「わたしひとりやとどうも調整が下手でな。ショウくんがおらんかったら冷気をふたりに浴びせてたはずや」
「へぇ……って待てよ、ってことは八神一等陸尉の魔法の調整をやったようなもんだよな。余波部分だけを掻き消すようなこと普通できねぇぞ」
「ああ……剣のデバイスってことは騎士なのか。でも彼のような騎士なんて聞いた覚えが」
「そりゃそうやろな。だってこの子、普段はデバイス関連の仕事しとるし……技術者にしとくのは勿体無いなぁ」

 はやて、それは暗に技術者じゃなくて魔導師として働けって言ってるのか。あいにくだが、今やってる分の研究が終わるまでは技術者をやめるつもりはないぞ。というか、まだ鎮火が完了したわけじゃないんだから無駄口はこれくらいにしておくべきだ。
 そんな風に思った直後、局員達は別の消火可能なブロックを探しに行った。その後、増援の魔導師達が次々と到着する。はやては彼らに指揮下に入ることを伝えた。

「……さて、もうひと頑張りしよか」
「ああ、さっさと終わらせよう」


 
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