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魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~

作者:月神
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空白期 中学編 Final 「夢に向かって」

 空港火災から数日後の休日、俺ははやてに呼び出されて彼女の家を訪れた。
 そこで話があるのだと思ったのだが、少し街を歩かないかと持ちかけられ、これといって断る理由もなかったのでそれを了承する。今ははやてに合わせてゆっくりとしたペースで歩いている。

「いや~今日は良い天気やな」

 背伸びをしながら笑っているが、どことなく疲れているようにも見える。それも当然と言えば当然のことかもしれない。
 指揮官研修中に空港火災に出くわし臨時で指揮を任されたんだ。指揮を引き継いだ後は消火活動を行って、完全に鎮火した後も事後処理やらやって帰れたのが夜遅く。まだ学生のくせに半ば高い地位に就いているから仕事量もある。
 うちの義母より仕事中毒とは言わないが、地球の常識で考えれば中学生が行う労働時間ではない。
 正直……最近のこいつは見ていると心配になる。昔から辛いと思っていてもそれを表に出さない奴だった。だが昔と今では感じるものが違っている。
 小学3年の時に起きた闇の書を巡る事件。俺達は闇の書の負の連鎖を止めることに成功した。はやてやヴォルケンリッター達はそのあと保護観察を受け、後に管理局に入局。中でもはやては特別捜査官として様々な難事件を解決してきた。
 加えて高ランク魔導師としての評価もあり、今でははやて達のことを認めている管理局員は多い。だが人間というものは簡単なものではない。闇の書に恨みを持つ者、偏見を持った者は彼女のことを好意的に見ていない。
 はやての性格からして非難や罵倒されても決して言い返したりしないだろう。かつて守護騎士達が犯した罪も自分が背負うべき罪だと思い、一緒に償おうとする奴なのだから。

「ショウくん、どうかしたん?」
「別に……空元気に見えて少し心配なだけだ」
「あはは……まあ少し疲れてるのは事実やな」

 ここでそれを認めるあたり、まだ大丈夫だろう。もしもここで認めなくなったり、苛立って周囲に当たるような言動を取ったならば……それはかなり追い込まれている証拠だ。いや、まだそのように表に出るならいい。完全に胸の内に隠されてしまった場合、取り返しのつかないことになりかねない。

「まったく……だったら家で話せば良かっただろう」
「それはそうやけど、もうすぐこの街とお別れすると思うと急に見となって」

 そう言われてしまっては何も言えなくなってしまう。俺もはやてもすでに中学3年生であり、今は5月の頭。ついこの間中学校に上がったかと思っていたのに、気が付けばすでに中学校生活最後の1年を迎えている。
 時間と共に俺やはやてに回される仕事は増えるだろう。まだ時間があると思ってあとに回していれば、ろくに街を見ることなく引っ越すことになっていたかもしれない。このように考えると、今日という日は俺達にとってかけがえのない1日になるのではないだろうか。

「……そうだな。残り1年……今日はお前の行きたいところ全部付き合ってやるよ」
「ええの? ショウくんにも行きたいところとかあるんやない?」
「あのな、お前と俺の付き合いの長さを考えろよ。お前の行きたいところは総じて俺にとっても行きたいところなんだよ」

 他人に聞かれると誤解されないが、今は俺とはやてのふたりっきりだ。誤解が起こることはありえない。
 はやては「じゃあ遠慮なく」と笑うと、ほんの少しだけ歩く速度を速めた。彼女と出会ったのが小学1年のときだ。それを考えると見て回りたい場所が多いのは当然だろう。俺は何も言わずに彼女の速度に合わせた。
 まず最初に向かったのは、俺とはやてが出会った場所である図書館だ。確か必死に本を取ろうとするはやてを見かけた俺が、彼女の代わりに本を取ったのが始まりだったはずだ。
 こちらとしては別に仲良くなりたいと思ってやった行動ではなかったのだが、その日から会うたびに話しかけてきたはやてに根負けして話すようになったんだっけ。今にして思うと良い思い出というか、今俺がこうしていられる最大の理由かもしれない。
 その後、俺ははやてに連れられて彼女が世話になっていた病院。足が完治してから一緒に出かけたショッピングモールやプール、遊園地といった施設を見て回った。
 プールのときなどは危うく例の一件を思い出しそうになってしまい、はやてに怒られそうになったものの、最後には笑ってくれていた。
 楽しい時間というものはあっという間に過ぎるもので、日もずいぶんと傾いてきた。おそらく次の場所で最後だろう。

「次あたりで終わりだな。どこに行く?」
「それはもう決めてる」
「どこだよ?」
「それは着いてからのお楽しみや」

 ここで隠す必要があるのだろうかと思いもするが、まあこの街のことなのだ。向かっているうちに予想できるだろう。
 そう思った俺は文句を言ったりせず、先に歩き始めるはやての後を追い始める。ここまでの時間で大分話していたせいか、俺とはやては互いに言葉を発しなかった。はやてと一緒に居て無言の時間というのは、限りなく珍しいことではないだろうか。

「…………ここは」

 はやてに連れられて来たのは、かつて雪が舞い散っていた夜に俺がある決意をした場所だった。彼女にとっても大切な人との別れをした場所でもある。

「大丈夫なのか?」
「大丈夫……あの子は今でもわたしの中で生きとるし、ここはわたしにとって大切な場所や。あの日のことを鮮明に思い出させてくれて、わたしの進みたい道をはっきりさせてくれる」

 かつて消えて行った彼女に想いを馳せるようにはやては空を見上げている。
 確かにあの日は悲しい出来事があった。だがはやてにとって、本格的に魔法というものに関わった日でもある。あの日に感じた様々な想いがはやての原動力のひとつなのかもしれない。

「……あんなショウくん、わたし自分の部隊を持ちたいんよ」
「部隊?」
「うん。数日前の空港火災みたいな災害救助はもちろん、犯罪対策も発見されたロストロギアの対策も行える少数精鋭のエキスパート部隊を」

 ミッドチルダ地上の管理局部隊は行動が遅いため、後手に回ってしまうことが多いこと。今のようにフリーであちこちに呼ばれて活動していても前に進めているような気がしていないこと。結果を出していけば、上の考えも変わるのではないかと、とはやては語る。

「やから……もしわたしがそんな部隊を作ることになったらショウくんも協力してくれへんかな? その、なのはちゃんやフェイトちゃんにはすでにお願いして了承をもらってるんよ」

 なのはやフェイトが協力……オーバーSランクが3人揃うということだ。
 いや待てよ、はやてが作る部隊ならばヴォルケンリッターも協力するはずだ。シャマルやザフィーラは前線に出ることは少ないが、シグナムやヴィータはランクで言えばAAA~S-あたりの評価を受けていたはずだ。はっきり言って……部隊としては異常なものになるのではなかろうか。
 数日前の火災の時、はやては俺に魔導師としての道を勧めるような発言をしていた。それは今回の話に関連しているのだろうか。
 確かに俺には少なからず魔導師としての力があるし、すぐに部隊を持てるとは思えないので魔導師としての道に変えることは可能だろう。
 とはいえ、なのは達を集めるならば俺の力はあってもなくても変わらないのではないだろうか。ならば技術者として活動するほうが良いのでは……。

「も、もちろん……ショウくんにはショウくんの進路とか目標があるのは分かるんやけど。でも、その……」
「あのなはやて、今は無理だ」

 と言った直後、はやては一瞬体を震わせて俯く。だがすぐさま顔を上げると、見ているこっちが嫌になる寂しげな笑顔で話し始めた。

「あはは、ごめんな。急にこんなこと言われても困るやろうし、自分の我がままに付き合ってなんて虫が良すぎる」
「何か勘違いしていないか?」
「え?」
「俺は今は無理だって言ったんだ」

 現状でははやてが部隊を持つことになるのかも分からないし、何より実際にそのときになってみないと俺が手伝えるかどうかは分からない。ここで安易に答えを出すことはできない。
 こちらの言っている意味を理解したのか、はやての顔がやや不機嫌なものに変わる。昔と比べるとずいぶんと綺麗になっているのだが、こういうときの顔は昔とそう変わらない。

「もう、紛らわしい言い方せんでくれてもええやん」
「早とちりしたのお前だし、そのときになってみないと分からないことだろうが……そもそも、お前が俺を魔導師として必要としているのか、メカニックとして必要としているかで結構変わってくるんだが」
「えっと、それはその……可能なら両方」

 さらりと無理難題を言ってくるバカに俺はチョップを入れる。
 世の中にはメカニックとは別の仕事を兼業している局員もそれなりにいる。だが普通は通信関連といったもので前線には出ないものだ。
 義母さんほどの頭脳も持っていなければ、一撃必殺の砲撃や超高速と呼べそうな機動力、膨大な魔力を持っているわけでもない。技術者としても魔導師としても、俺の能力は周囲の人間と比べると目を見張るものがないのが現状だ。
 ……けどまあ、これは今の俺だ。こいつが部隊を持つのは早くても数年先だろう。これまでの成長速度を考えると可能性は低いが、自分を高められる可能性はある。
 大体魔力量といったものだけで魔導師としての力量が決まるわけではない。なのはやフェイトも昔はクロノにはコテンパンにされていたのだから……あいつは高ランクの魔導師ではあるけど。だが最も大切なのは自分なりの戦い方や役割を見つけることだ。ならば

「アホ、簡単に言ってくれるな」
「そうやな、ごめん」
「分かればいい……けどまあ、お前のそういうのは今に始まったことでもないし、可能な限り善処してやるよ。ずいぶんと日も傾いてきた。そろそろ帰ろう」
「あ……ちょっと待って!」

 帰ろうとした矢先、はやてに大声で呼び止められてしまった。まだ話が終わっていなかったのかと思ったが、今話す分としてはここまでの分で充分に思える。いったい何を話すつもりなのだろうか?

「その……もうひとつ……あとひとつだけ話しておきたいことがあるんよ」
「何だよ?」

 保有している魔力量が魔力量だけにはやてはこれまでにいくつものデバイスをダメにしてきた。だがその度にマリーさんが主体となって改善し、問題なく使えるようになったはずだ。
 もしかして何かしらの追加機能がほしいとでも言い出すつもりなのだろうか。最近その手の頼みをしてくる人間……いやデバイスが多かっただけに可能性は低くはないだろう。
 たがはやてが放った言葉は俺が全く予想だにしていなかった言葉だった。今日という日を忘れなくさせるほど強大な。

「あんな……わたし、ずっと前から……ショウくんのことが好きやったんや」

 はやてが何を言ったのか最初は理解できなかった。しかし、3秒ほど経つ間に何度も頭の中に響き渡り……嫌がおうなく理解させられた。
 間違いない。俺は、八神はやてに告白されている。
 ――はやてが俺を……い、いや落ち着け、今まではやては俺との関係を否定してきたじゃないか。それが急にこんなことになるはずない。
 だが、はやての顔が赤くなっているのも赤みを帯びた日のせいではなさそうだ。どこか怯えたようにも見える潤んだ瞳も、恥ずかしさを押さえ込むように絡められた指も演技には見えない。
 最も付き合いのある俺にそう見えないということは、はやては嘘ではなく本心を語っていることになる。だがそれでも、簡単に気持ちの整理をすることはできない。
 はやては俺にとって友人で……家族のような距離感にもある特別な奴で。姉のように振る舞うくせにふざけてばかりいる。でも肝心な時はいつも俺を支えてくれた。温かな笑みを向けてくれた。励ましてくれた。
 距離感が近かったから異性として意識することは少なかったが、異性として見ていなかったわけではない。好きか嫌いかで言えば……もちろん好きだ。俺は……。

「その」
「あぁそれ以上は言わんといて! 返事はせんでええから!」

 突然告白されたにも関わらず、返事をいらないという展開に俺の頭は停止しそうになってしまう。いったい目の前にいる少女は何を考えているのだろうか。

「あの、いきなり告白したんに返事はせんでとかおかしなこと言ってるんは分かってる。でも、その……今は部隊を作れるようになることに全力を注ぎ込みたいんよ」

 部隊を作りたいというのが本気だということは分かる。が、ならどうして告白をしたのだろうか。そのことを尋ねると、はやてはモジモジしながらポツポツと話し始める。

「えっと、それはその……一度気持ちを言ったらすっきりしそうやったし。……仮にこの先ショウくんが誰かと付き合ったとしても心から祝福できるかなぁって。まあ……もしそうなったら1日くらいは大泣きしそうやけど」

 泣くのかよ。いや、泣くのはまだいい。何でそれを俺に言った。それを聞かされると凄く考えさせられるんだが。

「お前な……俺はいったいどうしたらいいんだ?」
「それは…………もしわたしの夢が叶ってやることちゃんと終わらせたときに、わたしが今と変わらん気持ちを持っといたらもう一度告白する。だから……そんときに返事してもらえると」

 それを聞いた俺は、思わず片手で頭を掻き毟り始めた。
 将来的にもう一度告白するかもしれない。だからそのときに返事をしてくれって……下手したら告白はされないわけだろ。好きだって告白されて今まで通りに振る舞える自信はないぞ。

「あぁもう……俺はな、友人というか家族というかそれらひっくるめた意味でお前のことが好きなんだよ!」
「え、は、はい!」
「最低限ではあるけど異性としても意識してた。そこに突然告白されたらな、これまでどおりの距離感で居られる気がしない。なのにお前は確実じゃない2度目の告白を待てと言う……お前、俺から告白しないとでも思ってるのか?」
「え……そそそれは、その……してもらえるんは嬉しいけど、やっぱり部隊を作るのが1番であって。だから我慢してほしいと言いますか……距離感に関しても女の子として見てもらえることで広がってしまうんなら、わたしは嬉しいと思うし」

 何て自分勝手というか人のことを振り回す奴なのだろうか。これまでに散々振り回されてきたが、今日ほどインパクトの大きく未来にまで響きそうなものは初めてだ。色んな感情が絡み合い過ぎて言葉にならない。
 …………けれど、これだけははっきりしている。
 今日という日を境に俺達の道は完全に分かれるのだ。それぞれの目標や夢を目指し、再度交わることになるのは、はやてが夢を実現させたとき。
 その日が確実に来るとは誰も分からない。けれど、間違いなく俺達はそれぞれの道を歩み続ける。時間を決して無駄にすることはないだろう。

「……今日ほどお前に対して苛立ちを覚えたことはない」
「……ごめん」
「謝るくらいなら最初からやるな。……許してほしいのなら自分の部隊を作ってみせろ。その間、俺は俺で自分の道を進んでおくから」

 俺は言い切るとはやての反応を待たずにこの場から去り始めた。これ以上居ると感情が複雑になり過ぎてオーバーヒートしそうだったからだ。
 はやてが頭を下げているような気がしたが、俺は振り返らない。彼女は関係を壊すことも覚悟で部隊を作ることを選んだのだ。
 ならば俺がすべきことは自分の道を進むこと。ここで振り返るような覚悟では、はやてが部隊を作ったときに俺は胸を張って入れるような人間にはなっていないだろう。
 夕日に照らされる中、俺は静かに改めて決意する。
 今後どうなるかなんて分からない。でも……俺は大切なものを守るために努力を惜しまないつもりだ。
 技術者としての道を歩みながらも、魔導師としての訓練をやめなかったのは守りたい気持ちがあったからだ。天才ではない俺がどこまでやれるか分からないが……俺は俺なりに夢に向かって進んでいこう。


 
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