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SAO─戦士達の物語

作者:鳩麦
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MR編
  百三十九話 医療と直方体

 
前書き
はい!どうもです!

今回は説明メインの回。
流れは原作とほぼ同じですが、ちょっと改変してあります。

では、どうぞ! 

 
翌日の昼休み。明日奈に「話がある」旨をメールした和人は、屋上の空気循環用パイプに寄り掛かってぼーっと空を眺めていた。思えばSAO以来、VRMMOの中のキリトは、空に関わる事が多いなと、ふとそんな事を思う。
関わる、と言うよりは、空に居た。と言う方が正しいのか。勿論浮遊上アインクラッドの中ではキリトは殆ど空を飛んではいなかったので実際の所空中で何かした。と言う訳ではないのだが、それでもふと蒼穹を眺めていると何処か胸の奥に懐かしい物があるのは、やはりSAOやALOと言った世界で、空という空間に一定の思い入れが出来たからなのだろう。

あの青い空間の向こうには死した人々の魂があるのだと、昔は良く聞かされて育ったものだが……或いは、あの城で命を落とした“彼等”も、あの雲の向こうから、自分を見返しているのだろうか……?だとしたら、其れは一体、どんな表情で……何を思っているのだろう……?

「…………」
金属の軋む音を立てて屋上の扉が開いたのは、そんな事を思っていた時だった。
扉口に立ったアスナは和人の姿を見止めると、真っ直ぐに駆け寄り、こつんっ、とその額を肩口に当てた。
その所作だけでも、彼女がとても弱って居る事がひしひしと伝わってくる。明日奈が自分に弱い部分を見せる事は、実を言うとそれ程多く無い。だからこそ……と言うべきか。彼女が弱さを見せるのは、本当に負担がかかっている証明であるとも言える。
こういう時、彼女にとって素直によりかかれる存在でありたい思う。実際にそうあれているのかは分からないが、少なくとも自分は今まで何度となく彼女に心の支柱になってもらって来たのだ。恋人と言う立ち位置にいる以上、ただ一方的に支えてもらうだけの存在にはなりたくない。

明日奈の背を軽く叩きながら、和人は問い掛ける。

「どうしても、会いたいか?」
胸の中で息を呑み、そして小さく頷く気配。

「彼女達自身が、もう会わない方が良いと言ったんだろう?それでも、会いたい?」
伝え聞いた彼女の話から問い掛けるべき言葉を慎重に選び出す。
再び、今度ははっきりと、明日奈は頷いた。

「どうしても、会いたい。ううん、会わなきゃいけない、ユウキにもシウネーにも会って話さなきゃいけないの」
「……わかった」
そう言った彼女の眼には、今までに何度も見た強い光が宿って居た。こうなった明日奈は、例え自分が手伝う事無くともきっと絶剣の所までたどり着いてしまうだろう。
そう言う女性なのだ、自分の彼女は。だから和人は、自分にできる方法で、その背中を押すことにした。

「これ」
「?」
「この場所に行けば、もしかしたら会えるかもしれない」
和人が渡したのは、一枚のメモ用紙だった。書かれているのは昨日涼人と話会った結果結論として出た、[横浜北港総合病院]の住所である。

「病院……?どうしてキリト君が知ってるの?」
「其処が、日本で唯一のメディキュボイドの臨床試験運用をしてる場所なんだ」
「メディ、キュボイド?」
聞いたことも無い単語を聞いて、明日奈は困惑したようにその言葉を繰り返す。和人は少し困ったように頭を掻くと、コクリと頷く。

「必要になったら、多分分かると思う……多分な。それと……実は、アスナに少し頼みがあってさ」
「?何?どうしたの?」
「いや、俺じゃなくて……」
「おーう、話、終わったか?」
「?」
不意に、明日奈から見て後ろ。屋上へ続く階段の入口からのんびりとした声が掛けられて彼女は振り返る。其処には見慣れた着崩し方の制服姿でサンドウィッチをほうばる涼人と……

「サチ……?」
「あはは……ご、ごめんね?お邪魔しちゃって……」
「う、うぅん、そんな事無いけど……どうしたの?頼みごとって……サチからなの?」
「うん……」
こくん、と頷いた美幸の様子に、明日奈は何処となく違和感を覚える。何かを躊躇っているような、迷っているような雰囲気が彼女から感じられたからだ。が、隣に立つ涼人は特に気にした様子も無くのんびりとパンを食んでいる。

『気が付いて、無いの?』
と言うか、美幸の頼みならどうして涼人が此処にいるのだろう?そんな風に思っていると、美幸がゆっくりと明日奈に近付く。一瞬だけ瞳を揺らした彼女は、けれど一息にその言葉を吐きだした。

「ユウキさんに会いに行くなら、私達も一緒に行っていいかな?」
「えっ?」

────

およそ首都圏にしては建物の少ない場所にその建物はあった。
外観は茶色いタイルに囲まれた新しく綺麗な姿をしている。両翼に大きく広がったその建物を見ていると自身の眠って居た病院を思い出し、明日奈は軽く胸の前で手を握る。と、車のドアを閉じた涼人が、何処となく間延びした声で言った。

「結構新しめなとこだなぁ」
「綺麗な病院だね……」
続くように見上げたサチも素直な感想を口にする。

「ね。でも、どうして……」
「……ま、その辺は行きゃわかんだろ。行くぞ~」
何事かを言おうとして口ごもる明日奈に割り込むように、涼人が言った。その言い回しに何処となく此方を制するような空気を感じて、明日奈は思わずそれ以上の言葉を紡げず止める。せめても、と言うように、明日奈はススス、と美幸の隣に横滑りで移動し、囁くように聞いた。

「あの……リョウは何か知ってるのかな?」
「うーん……どう、なのかな?多分、ユウキさんの事はキリトと同じくらいしか知らないと思うけど……」
私にもよく分からないんだ。と困ったように笑う美幸に、明日奈もそれ以上何も聞くことも出来ず歩き出す。

綺麗に磨かれたガラスのニ重扉をくぐると、入院服姿の子供や車いすの老人等と、病院特有のにおいを背景にして、涼人が待ち合いのソファの脇で二人を待っていた。

「とりあえず、明日奈。お前受付行って来い、お前の用だしな」
「あ、うん。分かった」
親指で指差して言う涼人に頷いて、明日奈は小走りで受け付けに向けて駆けていく。その様子を眺めながら涼人がソファに座り込むと、美幸もすぐ隣に座る。

「デカイ病院は久々だな」
「うん、私達が入院してから来て無かったもんね」
「ん……そだな」
天井をぼんやりと眺めながら、涼人は呟く。天井の照明の数などを意味も無く数えていると、小さな声で、美幸が言った。

「……此処に、いるかな?」
「……さぁな」
小さく息を吐いて、涼人は淡々と言った。

「何の確信もねー話だ。根拠だって薄弱も良いとこだ。居たら運が良かった、のか、悪かったって言うべきかは分からんが……そんなとこだな。ダメなときはダメだろうよ」
「そう、だね……」
コクリと頷いて、何処か暗い影を落とした表情で美幸は祈るように手を組んで俯く。二人の間に流れる何処か重みのある空気は、受付で何らかの収穫を得たらしい明日奈が二人を呼ぶまで続いた。

────

「やぁ、ごめんなさい、申し訳ない、すみません、お待たせして」
「(おーい、一度に三回謝ってんぞ~……)」
涼人が内心で突っ込みを入れてしまうような奇妙な挨拶をしながら三人の元へやってきたのは、白衣を着た、見るからに医者と言った風貌の男性だった。
名札に刻まれた名は、倉橋と言うようだ。歳は30代も前半と言ったところだろう。髪はきっちりと七三に分けられていて、物腰はごく柔らかであるものの、理知的な印象を受ける。
ソファから立ち上がった三人が揃って軽く礼をすると、明日奈が少し焦ったような口調で言った。

「い、いえとんでも無いです。此方こそ急にお邪魔をしてしまって……あの、時間はありますからお忙しいようなら幾らでも待てますけれど……」
「(出直す、とは言わんのな)」
ある意味で明日奈らしいそんな言葉に思わず苦笑する。恐らくこの病院に何か手がかりがあるなら、今日は何が何でもそれを掴んで帰るつもりなのだろう。そんな明日奈の言葉に、倉橋医師は首を横に振って笑った。

「今日は午後から非番ですので、寧ろタイミングとしては丁度良かった位です。えっと、結城 明日奈さんですね?」
「あ、はい」
「そちらのお二人は?」
「あ、麻野 美幸と言います」
「桐ケ谷 涼人です。はじめまして」
倉橋医師の言葉に、美幸が慌てたように頭を下げ、涼人もそれにつづく。

「その、二人は、私と同じように、ユウキに聞きたい事があるそうで……」
「すみません……ご迷惑でしたか……?
「……そう、ですか。いえ、構いませんよ。大人数の方がきっと彼女も喜びますから」
倉橋医師は一瞬だけ迷うような表情を見せたが、すぐに表情を整えて小さくうなずく。

「私は、倉橋と言います。紺野さんを主治医をしております。いやぁ、よく訪ねて来て下さいました」
「こんの……さん?」
「ユウキさんの事、ですか?」
「はい。フルネームは紺野ユウキさんと言います。ユウキは、木綿に、季節の季と書くんです。ボクは木綿季くんと呼んでいますが……」
其処で倉橋医師は一度アスナを見る、と、小さく微笑んで言った。

「木綿季くんは、最近は明日奈さんの話ばかりしてくれるんですよ……あ、いや失礼、木綿季くんがそうよぶものでつい……」
「いえ、明日奈で良いです」
微笑みながら言う明日奈に倉橋は照れたように笑い、立ち話もなんだから、と上の階にあるラウンジへと移動し始める。何時も振りまいているのであれだが、明日奈はあれで居て案外、自分の容姿とその笑顔の破壊力に疎い所があったりする。
キリトなどは未だに不意打ちだと胸が高鳴っていると本人から聞いていた涼人は、面白がるように小さく苦笑した。

上にあったラウンジは、比較的人通りが少なく、静かな場所だった。ゆっくりと話すには良い場所だ、そして同時に、他人にあまり聞かれたくない話をするのにも、良い場所だろう。

「…………」
「明日奈さんは、VRワールドで、木綿季さんと知り合われたんですよね?この病院のことは、彼女から?」
「あ、いえ。ユウキからは特に何も……」
小首を傾げる倉橋医師に明日奈が答えると、彼は少しだけ驚いたように目を見張った。

「では、独力で此処が?よくお分かりになりましたね……確かに、もしかしたら、貴女が此処に来るかもしれないと木綿季くんが言っていましたが、彼女自身何も教えていないと言っていましたし……正直、先程連絡が来た時は本当に驚いた位でして……」
「じ、じゃあ……ユウキは私の事……」
「えぇ、それはもう、ここ数日毎日のように話してくれますよ……ただ、ね」
其処まで行って、一瞬だけ医師は迷うように視線を動かした後、少しだけ頷いて言った。

「話終わった後、木綿季くんは、何時も泣いてしまうんですよ。「もっと仲良くなりたい、でも出来ない、もう会えない……」と言ってね」
「出来ない……どうして、“出来ない”んですか?何故、“会えない”んですか?」
どうしても納得できないと言うように、明日奈は問うた。急くようなその口調も、ある意味では仕方あるまい。彼女は自らの中にあるその疑問に答えを得るために、この場に居るのだから。

「……そうですね、それに付いて話すには、少し順を追って話さなければなりません。まずは……《メディキュボイド》に付いてから、話しましょうか。受付でこの名前を出されたそうですが、明日奈さんは《メディキュボイド》については、ご存知ですか?」
「あ、いえ。私は何も……でも……」
其処まで言って、明日奈は涼人の方を見た。彼は少しだけ視線を俯かせると、肩をすくめて返す。

「一応、基本的な知識くらいなら、俺は。此処が日本唯一の臨床実験施設……でしたよね」
「おや……ではもしや……」
「はい。《メディキュボイド》って名前から、此処を割り出してくれたのはキリトく……彼と、彼の従弟なんです」
感心したように言った倉橋医師に、ややバツが悪そうに涼人は頬を掻いた。それなら話が早いと言う風に、医師は話し出す。

メディキュボイド、とは、現在日本が国家レベルで開発を行っている、世界初の医療用専門フルダイブ機器の名称である。

元来、VR技術と言うのはその性質上、医療との関係性を切っても切り離せない者として、その新たなる医療の扉としての役割を大いに期待されて来た。
身体の感覚器官を解すること無く脳に直接五感の情報を送り込めるVRシステムは、身体のそれらの部分に何らかの障害のある人々であっても、五感の情報を感じる事が出来るようになるからだ。

生まれた瞬間から音と言う概念を知らない少年が、音楽を感じる事が出来る。人の声を感じる事が出来る。色と言う概念を知らない少女が、森と湖と、世界の色彩を感じる事が出来る。四肢の感覚を知らない人々が、山河を走り、水を自らの手で掬い上げる事が出来る。
既に何年もの間意識の戻らない人々と、自由にコンタクトを取る事が出来る可能性すらあるのだ。
また、感覚器官だけの話では無く、対感覚キャンセル機能を応用した、麻酔効果が期待されている。現在でも事故の危険性を微笑ながら残す全身麻酔の使用を減らす事で、完全に事故を無くすことが出来るとされているのだ。

ただ勿論、現行のフルダイブ技術をそのまま用いれば良いと言う訳では無い。
現状、安全性の観点からアミュスフィアやナーヴギアによって体感覚をキャンセルできるのはあくまで低レベルの物に限られているので手術のような強い体感覚キャンセルが必要なパターンには運用できないし、逆に感覚器官を使用する物として理想的な、現実世界との同期運用によって一部の感覚器官をVR世界から現実世界への置換させる……所謂《AR(拡張現実)》技術と組み合わせての運用は、全体的なスペック的な観点から実現が難しい。

そこで、それらを実現する為に、パルス素子の増強、出力、処理速度の上昇などのハイスペックなVR機器として、メディキュボイドが開発されているのである。

まさしくして、《夢の機械》として開発されたこれは、今、この病院での臨床テストによって、確実に実現への歩みを進めているのだった。

「《夢の機械》……」
「えぇ。ただ……ね、そんなメディキュボイドでも、やはり機械は機械です。当然機械には限度がある」
「……?」
其れまで明るいトーンで話していた倉橋医師が、突然声のトーンを落とした。

「メディキュボイドが最も期待されている分野の一つは……《ターミナル・ケア》なのです」
「ターミナル……?」
「…………ッ!」
聞き覚えの無い言葉に明日奈が首を傾げる。と、同時に、美幸が目を見開いた。

「…………」
「ん……」
「サチ……?」
「……!麻野さん、大丈夫ですか?少し休憩を……」
俯き、膝の上で手をカタカタと震わせる彼女に、涼人はピクリと反応する、がその場から動く事は無く彼女を見つめた。明日奈も様子がおかしい事に気が付いたのだろう、少し気遣うような調子で彼女を見た。そして倉橋医師は……何かを察したように素早く対応し、美幸に語り掛ける。が、即座に美幸は首を横に振った。

「いえ、大丈夫です、続けてください」
「ですが……貴女は……」
「大丈夫です」
珍しく、美幸は食い込むように、はっきりとした口調で倉橋に告げた。普段彼女が他人の発言を遮るような事は滅多にない。その雰囲気からも、何処となく普段とは違う物が感じられたが、其れを指摘する事は、明日奈にも倉橋にも出来なかった。
それ程に、美幸が真っ直ぐに懇願していたからだ。

故に、だろうか、倉橋は少しだけ悲しげな眼で考え込むような仕草を見せると、小さく言った。

「……《ターミナル・ケア》と言う言葉は、日本語に直すと、《終末期医療》、と言う言葉を表します」
「ぇ……」
「……明日奈さん、麻野さん、そして桐ケ谷さんも。もしかしたら、貴方方は後々話を此処でやめておけばよかったと思うかもしれない。これ以上話を聞きたくなければ、此処で話を止めておくのは立派な選択の一つです。もし貴方方がその選択をしたとしても、木綿季や彼女の仲間を含め、誰一人としてその選択を責めはしないでしょう。寧ろ彼女達が貴女へ告げた言葉は、本当に、貴女を思っているからこその言葉なのですよ?」
最後の一言は、明日奈へと向けられた言葉だった。
倉橋の言葉に、涼人と美幸は即座に、その先の言葉を聞く選択を示す。きっと二人は知って居たのだ。メディキュボイドがどう言う物で、其れを用いられると言う事がどう言う可能性を示唆しているのか。ただ確証の無い情報で混乱させない為に、あえて何も言わなかったのだろう。
だからきっと二人には、もう覚悟があったのだ。例えこれから聞く事がどんなに残酷な真実であったとしても、其れを受け入れて、呑みこむ覚悟が。

「…………」
ほんの一瞬だけ、明日奈は自分の答えを自分に問いかける。だが胸の何処を探しても、其処に迷いは無かった。自分もまた、どんな真実も受け入れようと思えたし、そうしなければならないと言う確信もある。

「……聞かせてください。お願いします、私は、その為に此処に来たんです」
「……わかりました」
少しだけ微笑んで、倉橋医師は頷くと静かに立ち上がる。

「木綿季君の病室は中央棟の最上階にあります。少し遠いですから、歩きながら話しましょう」
歩き出した倉橋に続いて、三人もまた歩み出す。中央棟のロビーにはエレベータが三基あり、その内一つは専用のカードキーをかざさねば稼働しないタイプの物だった。シンプルな書体で《staff only》と表記されたその扉を倉橋医師が開け、四人は白く照らされた箱の中へと乗り込む。殆ど加速感の無いままエレベーターが上昇し始めると、倉橋医師は不意に口を開いた。

「《ウィンドウ・ピリオド》という言葉を知っている人はいますか?」
「……?」
何処か悪戯っぽく、講義をするように問うた倉橋医師に美幸が首を傾げた。明日奈も少しだけ苦笑すると、その言葉の答えを求めて記憶の中をあさる。

「確か……ウィルスの、感染かなにかに付いての……」
「感染後のウィルス検出空白期間の事っすよね?」
何とか浮き上がらせた単語を呟く間に、涼人が確信したように答えた。意外な所からの回答にやや驚く明日奈や美幸に、珍しく彼女達より問題の答えが早く出たことに少しだけわざとらしく胸を逸らす涼人。そんな様子をやや楽しそうに眺める倉橋は、コクリと頷いて続けた。

「正解です。メディキュボイドの事と良い、桐ケ谷さんは中々博学な方ですね」
「授業の事は覚えないのに……」
倉橋の言葉にやや不満げに言った明日奈に、またしても彼は笑った。

《ウィンドウ・ピリオド》というのは、人間がウイルス。及び細菌に感染したと疑われた場合に行う血液検査に置いて、特定の病原体に感染していても、その感染を検出する事が出来ない空白期間の事だ。
人体に病原体が感染した場合、病原体は其々の方法で体内でその数を増やし、勢力を強める事で身体に悪影響を及ぼす訳だが、その病原体の数が少なすぎると、血液サンプルを取って、血液を検査しても、その病原体が検出出来ない事がある。
この感染してから検出出来るようになるまでの期間を、《ウィンドウ・ピリオド》と呼び、これは現代の技術で短縮はされたものの、決して0にする事の出来ない絶対的な限界でもある。

そしてこの空白期間が存在する為に、必然的に起きてしまう事故(或いは人災)がある。輸血用血液製材の汚染である。

《ウィンドウ・ピリオド》によって検出されないまま細菌を持って生成された血液製剤をそのまま人体に用いた場合、当然、その細菌は輸血された側の人体に入り込む。其れが致命的な感染症であろうとなかろうと、容赦なく、だ。

無論、一度の輸血でそれらの事態に遭遇する事はごくごく稀な事では有る。確率で言えば数万分の一以下の確立だ。しかし、《ウィンドウ・ピリオド》による血液汚染すり抜けの確立を0に出来ない以上、これらの事態が起こる確率を0にすることもまた、不可能なのである。

「……木綿季くんは、2011年の5月生まれです。難産でしてね……緊急の、帝王切開が行われました。その時、カルテでは確認できなかったのですが、なんらかのアクシデントによって、大量の出血があり、緊急輸血が行われました……その血液が、残念ながら汚染されていました」
「…………ッ!」
エレベーターから降りて幾つかのセキュリティゲートをくぐり廊下を歩いていた倉橋は、その言葉に息を詰めた二人の少女を一瞬だけ横目に見て、けれどすぐに続けた。

「今となって確たることは分かりません、ですが恐らく木綿季君やお母さん達が感染したのその時、お父さんはその後一カ月以内だと思われます。……九月にウィルスの感染が判明した時には、既に、家族全員が……」
「…………」
其処まで話して、倉橋医師は脚を止める。[第一特殊計測機器室]とかかれたその部屋のスリットに医師がカードを通すと、小さな機械音に続いて、ぷしっ、と小さな音が響き扉が開いた。
そこは、奇妙の細長い部屋だった。奥に入ってきたのと同じように扉が一つ。右側の壁は幾つかのモニターとコンソールがある。しかし一番の特徴は左側の大きな窓だった。ただ、今は黒く染まっており内部を見る事が出来ない。

「この先は無菌室なので、入室は出来ません。了承してください」
「…………」
倉橋の言葉に、涼人は小さく息を付いてガラスを見る。彼が軽くコンソールを操作すると、再び小さな電子音が響き、ガラスから急激に色が取り除かれて行き……向こう側の部屋が現れた。

面積自体は決して狭くは無い。しかし部屋全体を大小様々な機器類が埋め尽くしている性で、体感的に狭苦しく感じる部屋だった。その中心に、大型のジェルベッドが会った。
其処に、一人の小柄な身体が横たわっているのが見える。

「……メディキュボイド……」
生まれてはじめて見るそのVRシステムに、涼人が思わず声を漏らす。
ベッドの中心に横たわる身体はベッドの青いジェルマットと、多くのチューブに囲まれ、最早見るだけで痛々しい程に痩せこけていた。
顔は分からない、メディキュボイドの中心となるベッドと一体になった直方体がその殆どを包みこんでいる為、顎や唇が少し見えるだけ。直方体の側面にはモニターが表示され、其処には様々な表示が映し出されている。

「ぁ……」
「……ユウキ……?」
絞り出すように小さく呟く美幸の隣で、明日奈がふらりと脚を踏み出し、ガラスに張り付く。絞り出すような声が、遂にその問いへと行きついた。

「……先生……ユウキの病気は……何なんですか……?」
「…………」
いたわるような眼をした倉橋医師が、短く、しかしはっきりと告げた。

「《後天性免疫不全症候群》……AIDS(エイズ)です」
 
 

 
後書き
はい!いかがでしたか?

原作でもアニメでも、アスナの押しつぶされそうな重苦しい心境を強く感じたシーンだったと記憶しています。

ウィンドウ・ピリオドや輸血用血液製剤の汚染といった問題は、完全に防ぐのが非常に難しい問題であると同時に、私達の意識一つでその可能性を減らすことの出来る問題でもあります。
そのひとつが、「検査目的での献血」をしないこと。

献血はあくまで善意で行われる物です、その信頼の下に、医師の方々は輸血をしますし、患者さんは輸血を受けます。
お金はかかりますが、感染症に感染した可能性がある場合は、どうか献血車では無く病院へ赴いて下さい。献血する人間自身が、取り返しのつかない後悔をしない為にも。どうか。

なんてw偉そうなことを言いましたw

次回以降は、少しずつ原作とは違う視点の物語の展開も行われます。

ではっ! 
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