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山本太郎左衛門の話

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18部分:第十八章


第十八章

 彼はその山の様な柿を見てそう思った。そして翌日それを実行に移した。
「柿はいらんか」
 家の前で村の者に声をかけたのである。
「柿!?」
 それを聞いた村人達は皆耳を疑った。
「それは嘘でしょう」
 まず皆それを疑った。
「この季節に柿なぞ」
「そうでござる、平太郎様も冗談が過ぎる」
「おい、わしは冗談なぞ言わぬぞ」
 だが彼はそれに対して口を尖らせた。
「大体わしが今まで嘘を言ったことがあるか」
「そういえば」
「ありませぬが」
 平太郎は真剣であった。ましてやこうした冗談は言わないしそれ以上に嘘を言わない人間であるのはよく知られていることであった。
「信じるか」
 彼はあらためて皆に対して問うた。
「はあ」
「そこまで仰るのでしたら」
 皆どうやらそれが嘘ではないとわかった。そして平太郎が手に持つザルの上に山盛りにされた赤々とした柿を見た。
「確かに柿ですな」
「それも赤々としている。実に面妖でござる」
「昨日居間に飛び込んで来たのじゃ」
 平太郎はそれに対して答えた。
「おそらくこれもあやかしの類であろう」
「やはり」
 皆何となくそうではないか、と思っていたがその通りであった。そう説明されると納得がいく。
「食べてみたが美味いぞ。皆の衆もたんと食うがよい」
「大丈夫ですか?あやかしのものだというのに」
「うむ。それは大丈夫だ。見よ、何ともないぞ」
 彼は自分自身を指で指し示して言った。
「このわしが何よりの証拠じゃ。他に証拠がいるか」
「いえ」
 彼等はそれで納得した。どうやら一応食べても大丈夫なようだ。
「それでしたら」
 彼等はそれぞれ柿を手にとった。そしてそれを口に運んだ。
「ふむ」
 かじってみる。甘みが口の中に広がる。微かな渋みもあった。やはり柿である。
「美味いですな」
「確かに。まごうかたなき秋の柿じゃ。まさか夏に柿が食えるとはのう」
 彼等は最初は異様に思ったがいざ口にしてみるとその思いは何処かに消え去った。食べてみると実に美味いからだ。美味いものはそうした思いを見事に消し去ってしまうのだ。
「いや、これは中々」
「実にいいですなあ。どれもかなり美味いですぞ」
「確かに。こんな美味い柿は滅多にない」
 彼等は口々に言った。そして季節外れの美味な柿を心ゆくまで堪能したのであった。
「ふう、食った食った」
「平太郎様、有り難うございます」
 彼等は満腹し満足してその場を後にした。だが柿はまだまだ残っていた。
「さてこれだが」
 見ればかなりある。平太郎は隣の権八にも持って行くことにした。
「本当に危篤ならば放ってはおけぬ。柿は身体を冷やすというが」
 権八は大の柿好きである。持って行っても嫌な顔はされないだろう。そう思い持って行くことにした。
「もし」
 彼はザルの上の柿を手に権八の家の門のところで声をかけた。程なくして声が返って来た。
「おう」
 それは権八のものであった。声を聞く限りどうやら元気そうであった。
「やはりな」
 どうやら昨日の騒ぎはあやかしの仕業であるようだ。彼はその声を聞き納得した。
「おお、平太郎殿か」
 彼は血色のよい顔で出て来た。危篤だったとは全く思えない。
「一体何の用じゃ」
「うむ。実はな」
 彼は持っている柿を彼に差し出した。
「昨日化け物がうちに次々と投げ込んでくれたものじゃ。どうじゃ」
「おお、これはいい」
 やはり彼は柿が好きであった。満面に笑みをたたえそれを手にした。
「有り難く受け取らせてもらうぞ」
「うむ」
 平太郎はそれを手渡した。権八はにこにことしている。
「美味そうじゃな」
「うむ。昨日たらふく食ったがかなりいけるぞ」
「それはいい。では早速後で頂かせてもらう」
「そうすればいい。たんとあるからな」
「うむ、礼を言うぞ」
 権八は笑顔で家の中に戻って行った。そしてそのまま消えた。
「元気であったな」
 それだけで彼はほっとした。
「まあ大体わかっていたことであったが」
 それでも実際に目で見ると落ち着くものである。彼はそれを見届けると自分の家に引き揚げた。
 
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