| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

山本太郎左衛門の話

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

17部分:第十七章


第十七章

「気が効くのう。近頃何かと忙しいわ気分が落ち着かぬわで掃除もしていなかったわ」
 平太郎はそれを見て目を細めた。居間が綺麗になると箒は飛び去り元の玄関に戻った。
 その日はこれで終わりであった。居間が綺麗になったことで平太郎は満足した。
 だが次の日はその折角の掃除が無駄になってしまった。
 夕方から椀や机等家財道具が飛び交った。それを見た彼はとりあえず頭に座布団を被りそこから襖の中に隠れた。
「これは危ないのう」
 そして安全な場所からそれを見守った。家財道具は飛び交うだけでこれといったことはない。別に平太郎を狙っているわけでもない。だが彼は面白くはなかった。
「昨日掃除してくれたのは何だったのじゃ」
 あらためて化け物の気紛れさに腹が立った。だがすぐに思い直した。
「化け物じゃな」
 結局その一言で済む話であった。
「化け物が何をしようとおかしなことはない。そう思えばわかるな」
 そう思うと妙に納得できた。彼はその日は襖の中で休んだ。
「明日のことは明日考えればよい」
 少し暑いがそれでもよく眠れた。目が醒めて出てみると家財道具は元の場所に戻っていた。それを見た彼はとりあえずはホッとした。
「掃除をしなくて済んだわ」
 彼が心配したのはそれだけであった。だがそれがなくて一息ついたのであった。
 二十四日は夕方から出て来た。まずはやけに大きな蝶が姿を現わした。
「蝶の妖怪か」
 考えてみるとこれは今まであまり聞いたことがない。中々珍しいものである。
 異様な大きさだ。鷲位はある。色は虹色であり実に美しい。そのまま見ていると飽きない。
「これはいいのう」
 こちらに何かをしてきそうでもない。彼はその蝶をゆっくりと眺めることにした。
 蝶はゆっくりと飛びながら柱の方に向かう。そしてそこにぶつかった。
 すると蝶は揺れた。少し動きを止めたかと思うとそこから無数に分かれた。
「ほう」
 平太郎はそれを見て声をあげた。まさかここで分かれるとは思わなかったからだ。
「どうなるかのう」
 そしてその次の動きを見守る。無数の蝶は銘々に飛びはじめた。
 よく見るとどの蝶も姿形が異なる。白い蝶もいれば青い蝶もいる。赤いのも黒いものいる。大きさも実に多様である。それが平太郎の周りを飛び回る。それだけでかなり美しい光景であった。
「よいぞよいぞ」
 彼は上機嫌であった。そしてそれを悠然と見ることにした。
 蝶の飛ぶのを見ていると時間が経つのも忘れる程であった。だがそれもやがて終わった。
 明け方になったのだ。鶏の声がすると蝶達は煙の様に消え去った。
「やはりな」
 この蝶達も妖怪変化の類であることはわかっていた。だが怖くはなかった。
 むしろ楽しい。ましてやこの蝶達は実に美しかった。
「こんなものならば今宵も出て来て欲しいものじゃ」
 彼はそう思ってすらいた。そしていいものを見ることができたという思いのまま眠りについた。
 だがこの二十五日はそうはいかなかった。今度はかなり厄介なものが来た。
 何と槍が来るのである。それは居間で自由自在に飛び回った。
「これはいかん」
 さしもの平太郎も難を逃れることにした。
 厩まで行った。流石にここまでは来ないような。
「ここなら一安心か」
 どうやらそのようであった。彼はその日はここで休むことにした。
「ぶるる」
 枯れ草の上に寝転がると馬が顔を近付けてきた。いつも乗っている馬だ。可愛がっている。
「おお」
 彼はその愛馬の顔を見て安心した。
「お主が側にいてくれるか、今宵は」
 馬は答えない。だがそのかわりに平太郎の顔を舐めてきた。
「ははは、よせ」
 彼は笑いながらそれを手で退けた。
「お主の気持ちはわかった。では今宵は二人でゆうるりと休もうぞ」
「ひひーーーん」
 馬は答える様に鳴いた。そして彼の側に寝転がった。
「うむ」
 平太郎は彼の腹の上に頭を置いた。そして腕を組み休んだ。
 朝の目覚めはまたいつもとは違っていた。どうも気持ちがいい。
「ふああ」
 起き上がるともう朝日が差し込んでいる。雀の鳴く音も聞こえている。
「これもなかなかよいのう」
 馬も目を醒ました。そして主に挨拶する様にいなないた。
「うむ、お早う」
 彼は愛馬に声をかけた。そして起き上がり居間に向かった。
「どうなっておるかのう」
 流石に不安であった。いつものよりも遥かに剣呑なものが飛び交っていたのであるからそれも当然であった。
 用心しながら居間を覗く。朝なのでもう何も飛び交ってはいなかった。
「どうやら安心かのう」
 しかしまだ油断はできない。彼は慎重に中に入った。
 槍は一本もなかった。どうやら他の場所に移ったらしい。
 屋敷の中を探ると元の蔵の中にあった。見れば蔵の鍵が壊れている。
「そういえばまだ修理していなかったな」
 平太郎はそれを見て舌打ちした。鍵が壊れているのは実は前からわかっていた。
 だが打ち捨てていたので。どうせ中には大したものもない。この蔵とは別の蔵に置いていたのだ。
 ここには古い服や昨夜飛んでいた槍等しかなかった。この槍にしろ先は錆びて到底使い物になる代物ではないのである。
「夜のせいで見えなかったか」
 またもや舌打ちした。どうもこれは彼の武士としての不用心を戒めることのような気がした。
 そう思った彼は反省した。そしてすぐに人を呼び鍵をなおさせた。そして槍の刀身も付け替えた。
「化け物に教えられたわ」
 いささか面白くなかった。だが戒めにはなった。
 顔を顰めながら修繕された鍵をかける。その中には当然あの槍もある。
「これでよし」
 彼は鍵をかけて言った。そしてその場をあとにした。
 その日は夕刻になると急に騒がしくなった。何でも隣の権八が重い病にかかったという。
「まことか」
 隣の家に詳細を聞きに行こうと思った。今の時点では単に騒ぎ声が聞こえるだけである。これでは何が何だか全くわかりはしない。
 居間を出ようとする。だがここであやかしが姿を現わした。
「こんな時にか」
 困ったがこれに対処せねばならない。何と柿が部屋の中に飛んで来た。
「柿!?」
 夏なのに妙なことだと思った。しかもよく見てみると赤々としている。増々わけがわからない。
 だがこれも怪異だと思うと納得がいく。そう思えばどんなことでも納得できるのだがら気が楽といえばそうなる。
 平太郎は居間の真ん中に座り込んだ。そして床に落ちた柿を手にとった。
「どれ」
 そしてそれをかじってみた。見れば本物の柿であった。
「むう」
 不思議である。実に不思議だ。夏なのに柿が食えるとは。
「西瓜でも飛んで来たら不思議なものじゃが」
 味はいい。適度に固く熟れ過ぎてもいない。
「わしの好みじゃな」
 彼は柿は固めが好きである。熟れ過ぎて柔らかくなったものは好まない。
「皮も固くなるし汁が多過ぎる。あれだけは駄目じゃ」
 酒は好きだがこうした果物も嫌いではない。この日は酒ではなく柿を楽しむことにした。
「とりあえず権八殿は明日でよいかのう」
 隣ではまだ騒ぎが聞こえてくる。だがこれも妙なことに思えてきたのだ。
 その理由は簡単であった。騒いでいる声がどれも聞きなれぬものばかりであったからだ。
「あれもあやかしの仕業か」
 そう思えてきた。すると急に出て行く気は消えたのだ。
 満腹になるとあとは拾い集めザルの中に入れた。そして溜め込んだ。
 見ればかなりの数が集まった。これだけで当分食うのには困りそうにもない位であった。
「他の者にも分けてやるか」
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧