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豹頭王異伝

作者:fw187
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黎明
  遠征準備

「アムネリス母子が無事な事は、良くわかった。
 中原全体に及ぶ事項に関し、カメロン殿と話をせねばならぬ。
 真夜中故に当然、御就寝中であろうが已むを得ぬ。
 不躾ながら即刻の面談を所望する、と伝えてくれ」

 年寄りを邪険にしおって、等とブツブツ呟く闇の司祭。
 グインに睨まれた黄金の骸骨が神妙な表情を繕い、口を噤む。
「かしこまりました」
 上級魔道師エルムは無関心を装い、丁寧に一礼。
 魔道師ギランに遠隔心話を飛ばし、カメロンに報告させる。
 イシュタール北方、クリームヒルドの塔に快男子が現れた。

「グイン殿、貴方と再びお話が出来るとは!
 これこそ、ドライドンのお恵みですな!!」
「一別以来だが、お変わりは無いか?
 壮健そうで何よりだ、御無礼の段は平にお詫びを申し上げる」
 広大な大洋を照らし出す海路の日和、輝く太陽の微笑が溢れた。

「何が壮健ですか、この憔悴し切った顔を良く御覧下さい!
 面倒な雑務を押し付けられて、眼が廻っておりますよ。
 海が恋しい、一介の船乗りに戻る夢を何度見た事か。
 こんな内陸の国なぞ放り出し、脱走して海に出たい。
 そんな思いが募り、鬱積して毎日悶々としておったのですがね。

 元ユディトー伯爵ユディウス・シンを説得してくれて、助かりましたよ。
 ユラニアの誇る軍師殿を送り込んでくれなければ、本当に逃げ出していたかもしれない。
 パロの魔道師も派遣してくれて助かりました、貴方は新生ゴーラ王国の大恩人です。
 オリー母さんが傍に居てくれれば、アムネリスも落ち着くでしょう。
 イシュトが面倒事を引き起こしてるんじゃないか、と心配なのですがね。
 ダーナムで戦った後の状況が掴めず、気を揉んでおりました」

 猫族の丸い瞳がトパーズ色に煌き、誠実な鋼鉄の瞳を覗き込む。
「イシュトヴァーンは夢の回廊、黒魔道の術に不意を突かれ負傷した。
 生死に係わる程ではないが当分の間、大人しく寝ている他は無いと思われる」
 グインは言葉を飾らず、状況を簡潔に告げる。
 カメロンは鋭く息を呑んだが余計な口は挟まず、次の言葉を待った。

「アモンと名乗る黒魔道師が異常に強力な術を用い、クリスタルを制圧している。
 カメロン殿も密偵により御存知の事と思うが、パロでは常識の通用せぬ事態が起こった。
 竜の門と称する黒魔道師、怪物が現れ無辜の民を餌食としている。

 元凶は遙か東方の大国、世界征服の野望に取り憑かれた魔道王だ。
 俺は嘗て死の砂漠ノスフェラスを超え、キタイに赴いた。
 旧都ホータンが無残に喰い荒らされ、人々の蹂躙される有り様も目の当たりにしている。
 キタイの民も親兄弟を喪い深く傷付き、パロを上回る惨状の中で苦痛に喘いでいるが。
 希望を棄てず家族を護る為に立ち、竜王を名乗る黒魔道師に抵抗する者達も多い。

 アモンを倒した後に俺は中原各国に檄を飛ばし、キタイ解放の戦いを始める心算だ。
 パロ魔道師軍団の主、アルド・ナリスも同意している。
 イシュトヴァーンも今回の負傷を経て、敵の力を理解した筈。
 ゴーラ、クム、草原諸国、沿海州諸国、中原各地の自由都市に至るまで使者を出す。
 カメロン殿にも賛同を賜り、キタイ全土の解放に向け準備を進めたいと考えている。

 パロを襲った異常事態を根本的に解決する為には、諸国の大同団結が必要とされる。
 キタイの民を救い、竜の門の恐怖より解放しなければならぬ。
 竜の騎士を実見し脅威を肌で感じた者は皆、賛同してくれている。
 ケイロニア軍も単独では打ち破れぬ故、是非とも御協力を願いたい」
 誠実な海の男は剛い光を放つ瞳を煌かせ、深々と頷いた。

「友よ、御心配は無用です。
 真摯に語る友の言葉を疑う程、私は愚か者ではない心算だ。
 以前に、言いましたね。
 グイン殿を友と呼ぶ機会に恵まれたからには、何としても幸運を死守すると。
 私は、友を裏切らぬ。
 ゴーラ王国は全面的にケイロニア王グイン殿を支持し、キタイ解放の戦いに協力する。
 イシュトヴァーンにも、文句は言わせぬ。
 カメロンの名に掛け、何としても説得して見せますよ」
 漢の確信に満ちた断言を受け、豹の顔が綻んだ。

「カメロン殿、誠に忝い。
 イシュトヴァーンを説得の必要は無い、アルド・ナリスに任せれば良い。
 俺は彼を信頼している、提督と同様にな」
 海の快男子は莞爾と微笑み、剛毅な瞳を煌かせた。

「グイン殿が信頼する、と断言している以上は何も問題は無い。
 イシュトを説得して見せる等と大見得を切らず、余計な心配は止めて丸投げします。
 代わりといっては何だが、私に出来る事があれば何でも仰って下さい。
 もっとも今の私は、陸に上がった河童ですがね。
 ユディウス殿の協力を得て、旧ユラニア領は安定しています。
 彼の献策してくれた数々の施策は実に適切、真に効果的でした。
 旧モンゴール領も、ミアイル王子の誕生で風向きが変わっています。
 クムさえ動かなければ、ゴーラ領に波風が立つ気配は僅少ですよ」

 トパーズ色の瞳が閃き、鋭い光を放った。
「ゴーラ王国の宰相としてだけではなく、カメロン殿にお願いしたい事がある。
 レントの海に其の名を馳せた提督の他に、頼める者がおらぬ。
 俺には手に余ると思われる故、誠に申し訳も無いが。
 厚意に甘え、お願いを聞き届けていただけぬだろうか」
 ヴァラキア海軍の英雄、カメロンの瞳が輝いた。

「何でも気兼ね無く言って下さい、我が友よ。
 グイン殿の出来ぬ事が、私に可能とは思えませんが。
 貴方は無用な世辞の交換、くねくねと曲がりくねった遣取りを好む方ではない。
 煙とパイプ亭では僭越ながら、タヴィアさんに助言させて貰いましたが。
 沿海州の有象無象共を黙らせる汚れ役、憎まれ役ならば喜んで引き受けますよ。
 他に思い付く事は無いが何であれ、友の役に立てるのであれば本望です」
 海の漢は一言ずつ区切り力と心を込め、落ち着いた口調で断言してのけた。

「感謝する、提督。
 中原を狙う黒魔道の蠢動を断つ為、キタイを牛耳る竜王の勢力を退治せねばならぬ。
 パロ解放は前哨戦に過ぎず、竜の門が敷く圧制を打破せねばならぬのだが。
 キタイへ赴くには、ノスフェラスを踏破する事になる。
 アルド・ナリス殿とも話し合ったが、兵站の維持は困難だ。

 古代機械と云えども、1度に転送可能な人員は僅か数人に過ぎぬ。
 竜王の軍勢を破り、キタイを解放するに充分な兵力とは成り得ぬ。
 奇怪な魔力を振るい黒魔道を駆使する輩、竜の門を破る事は出来ぬだろう。
 キタイの商人は遠路遙々、ノスファラスを経て中原を訪れる様だが。
 古代機械の転送、陸路以外の補給手段は欠かせぬものと思われる」
 元ヴァラキアの提督カメロンは話の行く先を察し、理解と納得の色を顔に昇らせた。

「なるほど!
 噂に聞く謎の古代機械は使えず、陸路は駄目。
 となれば残るは海路しかない、と云う訳ですか。
 確かにグイン殿の御手を煩わせるのは合理的じゃない、私が口を挟む余地は有る様ですね」
 我が意を得た、と云わんばかりに大きく頷く黄金に黒玉の戦士。

「流石は提督、御明察だな。
 実に迅速なる思考回路、明晰な洞察力をお持ちだ。
 沿海州諸国、キタイ商人の既得権益の侵害と唱える妨害工作も予想されるが。
 カメロン殿こそ、東方航路の開拓をお頼み出来る稀有の人材と思われる」

「年寄りをおだてた所で、何も出ませんってば!
 全くもう、貴方はとんでもない面白がり屋ですな!!
 私にも段々、わかってきましたよ。
 表情を読ませぬ御顔の奥底には突拍子も無い、えらく捻繰(ねじく)れたユーモア感覚が隠れている。
 様々な物事を密かに諧謔(おちょく)って喜び、大いに楽しんでおられるのだと。
 或る意味、イシュトと同じだ。
 無表情の仮面を被り、喜んでいる悪戯っ子の魂が透けて見えますね!」
 英雄の種族に属する超戦士、海の漢が豪快な笑い声を共鳴させた。

「パロ魔道師20名は、キタイ偵察へ赴く際に海路を選んだ。
 魔力を用いた快速船で海を渡り、怨霊海岸に上陸したと聞く。
 ホータンに向かう途中で彼等は敵に襲われ、パロへの帰還は叶わなかったが。
 志半ばで仆れた魔道師達の魂魄は地縛霊と化し、キタイの地に残留している。
 キタイの魔都フェラーラへ向かう道中で、俺は彼等の亡霊と遭遇した。
 中原連合軍が遠征の際、彼等が味方してくれるのではないか。

 魔道師20名の霊は持てる魔力を駆使し、中原の同胞を護ってくれよう。
 ヤーンの紡ぐ模様(パターン)は複雑に過ぎ、人の子には容易に読み解けぬが。
 キタイ解放の成就せし暁にこそ、彼等の魂も報われ昇天の機会を得るのではないか。
 俺は、そう、信じている」
 海の快男子は感じ入った様に深々と頷き、剛毅な瞳に敬虔な光を浮上させた。 
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