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メフィストの杖~願叶師・鈴野夜雄弥

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第三話
  Ⅲ


 演奏会の後、角谷は度々店へと来るようになった。それは良いのだが、彼は決まって“あの席"へと座るのだ。
「雄…お前、何かしたんじゃないだろうな…。」
 釘宮は不信の瞳で鈴野夜を見るが、鈴野夜は直ぐ様首を横に振って否定した。そのため、釘宮は近くに居たメフィストにギラギラした視線を向けると、メフィストも全力で首を横に振った。
 この日は大崎と小野田は休みで、この三人で店を回していた。
 ここ最近は客の入りも上々で、次の演奏会はいつなのかという問合せも聞かれて先ず先ずと言えた。
 が、彼…角谷のことが無ければもっと良かったと言える。
 尤も、釘宮ですら「あの男性には何かある…。」と考えているのだから、どうにもならないのは明白だ。
「…ハァ…。おい、雄。取り敢えず、お前そこはかとなく聞いてこい。」
「は!?これから!?」
「そうだ!早くしろ!」
「…。ラジャー…。」
 今にも消えてしまいそうなか細い声で返事をすると、鈴野夜は珈琲を持って彼…角谷ところへと向かった。この珈琲は…結局、鈴野夜の自腹と言うことになるのだ…。
「失礼致します。」
 鈴野夜がそう言って角谷の前へ珈琲を置くと、彼は困惑した様子で鈴野夜を見上げて言った。
「申し訳ないが、私は注文してないのだけど…。」
「こちらは当店からのサービスです。」
「…?」
 些か困ったと言った風に、角谷は曖昧な表情を見せたため、鈴野夜は軽く笑みを浮かべて言った。
「いつもお越し下さいますので。それに…何かお悩みでもあるのかと思いまして、不躾ながら口実を作らせて頂きました。」
 鈴野夜は率直に言った。何と言うか、馬鹿正直である。遠回しにしろ直にしろ怪しさ大爆発なのだから、だったら端から直球勝負…と言うことなのだろう。
「えっと…私、そんな風に見えてましたか?」
「大変失礼とは思いますが、いつも何かを考えてらっしゃるようなので、お力になれればと思いまして…。」
 そう鈴野夜が返すと、角谷は置かれた珈琲を見る様に俯き、軽く溜め息を吐いてから鈴野夜へと問い掛けた。
「…例えば、貴方の大切な方が病気で亡くなったとして、どうすれば立ち直れると思いますか…?」
 そう問われた鈴野夜は、少々驚いてしまった。こんな無礼な店員に文句もつけず、それどころか真面に返してきたのだから…。
「そうですね…他の誰かを幸せに出来るよう努力します。」
「…?」
 鈴野夜の答えに不満なのか、角谷は眉を顰めて鈴野夜を見上げた。理解出来ない…と言った風でもあるが、彼はそのまま次の問いを口にした。
「では…その死が、金でどうにかなったかも知れないとしたら…?」
 その問いは彼の“核心"に最も近いものと感じた鈴野夜は、一呼吸おいて返した。
「金銭で買った命を、貴方は“生命"と思えますか?」
「…!?」
 その答えを聞くや、角谷は明白に眉間へと皺を寄せ、その瞳の奥には怒りを顕わにした。が…それはほんの一瞬で掻き消され、また俯いて囁く様に返した。
「…そう…ですね…。」
「誰か大切な方を亡くされたのですね…?」
「ええ…妻と一人息子を…一年程前に…。」
 鈴野夜はそれを聞くや、彼に聞こえぬ様に浅い溜め息を洩らした。

― やはり…この男は…。 ―

「失礼ですが、名前をお伺いしても?」
「…ええ…。角谷…角谷翔と言います。」
「私は鈴野夜雄弥と申します。もし宜しければ、どうかお話下さい。他人に話すことで、少しは心が軽くなると申しますし。」
「いや…人に話す様なことでは…。」
 角谷はそうやんわりと言ったが、その目は明らかに「触れてくれるな。」と言っていた。
 それを感じ取った鈴野夜は、彼が既にその心を崩壊させ始めていることを悟ったのだった。
 彼は妻と息子の死に、文字通り…“取り憑かれいる"のだ。
 普通は死を受け止め、亡き者を偲びつつも前進するのが人間だ。確かにそれには時間が掛かり、人によっては何年も引き摺る。
 だが、彼の場合…死に執着しているのだ。一年経た今でさえ、彼は家族の死の真っ直中にある。まるで愛しい思い出を胸の内に仕舞っておく如く、彼は負の思いすら吐き出すことなく仕舞い込んでしまっているのだ。

― 何が原因だ…? ―

 鈴野夜はそれを聞き出さねば解決しないと感じたが、その反面、今の彼に何を言っても届かないと分かっていた。
 では…どうするか…?
「そうだ…。角谷さん、こんな都市伝説をご存知ですか?」
「は?君、私をからかっているのか!?」
「いえ、違います。ただ…この話しは、真に信じた者、心に深い傷を負った者、虐げられた者にしか理解出来ず、会うことも叶わない…そう聞いています。」
「馬鹿馬鹿しい!私は帰らせて頂く!」
 角谷はそう怒鳴り声を上げるや、直ぐに席を立った。
 だが、鈴野夜はそんな彼の耳へと囁いた。
「“メフィストの杖"を覚えていて下さい。」
「…?」
 角谷は困惑しながらもレジへと向かったが、そこで釘宮はやれやれと言った風に彼の会計を無料にし、深々と頭を下げて謝罪してから見送ったのだった。
 その後、直ぐに鈴野夜を見て「こっちへ来い。」と言う風な合図を出し、鈴野夜を震え上がらせた。勿論、メフィストは接客の合間に鈴野夜をこっそり見ては笑っているだけで、あとは知ったこっちゃないと言う風だ。
 鈴野夜はそんな相棒を眉をピクピクさせながら半眼で見るが、どうにも釘宮に何をされるか分からないと言う不安が勝っていたため、何も言わずに釘宮の所へと向かった。
 鈴野夜は釘宮に連れられて事務所へ入ると、怒鳴られるのを覚悟して待っていた。が、釘宮は予想に反して静かな口調で鈴野夜へと言った。
「あの客…そうとう厳しい状態なんじゃないのか?」
「まぁ君…感付いてたのか…?」
「まぁな…見りゃ分かる。そんな人間が毎回“あの席"に座る様になってんだから、嫌でも分かるだろうが。で、何だって?」
 そう聞かれた鈴野夜は、つい先程話していたことを伝えるや、釘宮は眉間に皺を寄せて返した。
「一年前ったら…新型インフルエンザで大騒ぎになってたよな。確か…ワクチンも間に合わず、結構な死者を出した筈だ…。」
「そうか…。」
 前年、関東を中心に新型インフルエンザが流行した。毒性は弱かったが、効能が高いと考えられた薬がどうにも効かず、死者の大半は肺炎など他の病気を併発して亡くなった。
「でもあれ…確か…。」
 そうだ。政治家や資産家など権力者の子供なども多く罹ったが、誰一人死んだ者はいなかった。その点はマスコミも叩いていたが、結局は終始うやむやにされて終わった。
 それらを考え併せて二人が出した結論は…

― 死者は研究対象にされていた。 ―

 そこに行き着いてしまったのだった。
 そのため、やっと角谷の「その死が金でどうにかなったかも知れないとしたら?」の意味が解ったのだった。
 だが、他にも多くの死者を出したこの件で、何故に彼がこうも歪んでしまったのか…?他の家族とて同じ痛みを抱いている筈だが、きっとここまで…壊れるまでにはならない。少なくとも、そうならない様に努力し、一歩ずつでも未来へと歩み出すはずだ。
 だとしたら…彼は何かを聞いたか…或いは見てしまったか…。
「何にせよ、お前の所に依頼人として来ない限り、こちらとしては手詰まり…だな。」
「そうだね…まぁ君…。」
 そうして二人は溜め息を吐いた。所詮は喫茶店のオーナーとそこのバイトでしかない。心を多少癒す程度は出来ても、解決など出来ようもないのだ。
 但し…彼、ロレとメフィストになら解決する力がある。それには、どうしても“契約"が必要なのだ。
 ロレはとある事件で、自分が決めて勝手に助ける…と言う事を自ら禁じた。それにメフィストも同意したため、こうして今に至ってもそれを曲げてはいない。この話しは、いずれ語ることになるだろう。
 さて、二人はそこで考え込んでいても仕方無いと事務所から出るや、メフィストが一人で半泣きになりながら右往左往していた。客がかなり入っており、メフィストがホールと厨房を駆けずり回っていたのだ。
 尤も、大半は常連客なため、皆様孫を見るような笑みを浮かべ「そう急がんから。」と、泣きそうなメフィストに気を使ってくれていた。
「済まん。後は私と鈴野夜で対応するから、お前は休憩行ってこい。」
「あぁ…助かった…。」
 釘宮の言葉に、メフィストは心底感謝した。本当に泣きそうだったのだ…。
「え?まぁ君…僕は?」
 鈴野夜は些か顔を引き攣らせて聞くや、釘宮はさらっとこう返した。
「お前は客を怒らせた罰だ。休憩なし。」
「えぇっ!?」
 今度は鈴野夜が泣きそうな顔になる番だった…。そんな鈴野夜を横目に、メフィストはさっさと戦線離脱…猛スピードで外へと逃げ出したのだった。
「さて、遣るか。」
「…はい…そうですね…。」
 二人はそうして、果てがないかと思える戦いへと赴いたのだった。



 
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