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ワンピース~ただ側で~

作者:をもち
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番外30話『一味の行方』

 

「本当かよ」
「そう言ってた、その船大工はな」

 船に帰ってきたサンジとチョッパーに、俺たちが聞いたメリー号の状態の話をしていた。

 やっぱりサンジとチョッパーも動揺している。

 ――背骨が折れて動けないでいる仲間を、まだ戦わせたいのか?

 要するに、こういうことだろう。
 メリー号を直せないと言った船大工の言葉を要約すると。
 自分で思って、けれど、それにしっくりときてしまった。

 例えば俺がメリーだったとして、それならば足を引っ張りたくないから先に行ってもらいたい、置いていってもらいたいと、そう思う。背骨が折れてて動けない俺に、お前はまだやれる。だから一緒に戦え。なんて言葉を言われてもそれは辛いだけだ。
 置いていくことこそが、船を乗り換えることこそがきっと俺たちにとってもメリーにとっても一番正しいことなんだろう。
 だけど、簡単に『だから仕方ない』なんて、割り切れる話では決してない。

「……」

 メリー号のマストをなでる。継ぎ接ぎだらけの、ひどい修理だ。
 前にウソップが言ってたたけど、こういった一つ一つに俺たちの思い出が詰まってる。
 傷跡がなくなる。それぐらいならむしろ嬉しいことだと胸を張れたはずなのに、もうメリーにはどうやら乗れないらしい。
 それが一番賢い選択だと思ってても、感情はどうやら納得できないようで、拳を握りしめる。

「……俺に船の知識があったら、もしかしたらこんなことにはならなかったのかな」

 そっと呟いた。
 誰にも聞こえないように呟いたつもりだったけど、どうやら他のみんなの耳にも届いてしまったようで言葉が返ってきた。

「いや、そういう問題じゃねぇだろ。竜骨ってのは一度やられたら終わりってあの船大工が言ってたんだ。もしも船大工の仲間がいても同じ結果だったろ」
「お前の責任になるならメリーの修理をまともにしてやれなかった俺たち全員の責任だろうが」

 ……ごもっともだ。

「メリーはどうなるんだ?」
「さぁな、最終的にはどう判断するかだ。造船所にいる3人で答えを出してくるだろう」
「……ルフィはどんな決断するんだろうな」
「わからねぇが……俺たちはあいつの決断に従うまでだ」

 乗り換えるのか、それとも諦めずにメリーの底力を信じて強引な修理を頼むのか。いや、それとも一縷の望みを託して直せるっていう太鼓判を押してくれる船大工の職人を探し回るのか。
 どういう決断をするにしても、これは重大な選択だ。俺には絶対に出来ない選択だ。

「船長ってのは重いな」
「うん」

 たぶん俺と同じような思いを抱いてるんだろう、チョッパーが頷いた。

「……それが船長ってもんだ」
「……だな」

 ゾロの言葉にサンジが同意して、俺とチョッパーは顔を見合わせる。
 ルフィの選択にゆだねる。
 それがどんな選択でもルフィの決断になら素直に従える。

「……さて、と」

 サンジとチョッパーにも現状を伝えられたし、ずっともたれかかっていた手すりから体を離す。

「どうしたんだ、ハント」
「どうって……サンジとチョッパーが見失って行方不明になってるロビンを探してくる。ロビンにも早くメリーのこと教えてやらないと。船に帰ってきていきなりメリーの状況を言われてもなんか辛いものがあるだろ」

 チョッパーに返した言葉に、横からサンジ。

「そりゃそうだがお前、探すったって……人は多いし中は入り組んでるしで人探しどころじゃねぇぞ?」
「……迷ったのか?」
「少しな……ってうるせぇよ。本当に入り組んでるんだぞ?」

 ちょっとだけ驚いた。

「サンジが迷うって言うのなら本当に入り組んでるんだろうな。ゾロならともかく」
「どういう意味だこらぁ!?」
「どう考えても今のはハントが正しいだろうが」 
「うん、俺もそう思う」
「黙ってろてめぇらは!」

 怒ってるゾロにサンジとチョッパーの援護。
 まぁ、普段のゾロを見てたら……流石に。という言葉は火に油を注ぐことになりそうなので呑みこんでおくとして。

「俺が人探し得意なのは知ってるだろ?」
「……見聞色の覇気ってやつか?」
「ああ」

 サンジの言葉に頷く。
 もうロビンの感じはわかってる。

「くぅ、こんなヘタレヤローにロビンちゃん探しを任せることになるとは……仕方ねぇ。俺もさっさとお前からそれを盗んでロビンちゃんとナミさんを――」
「――ナミだけは譲らないからな」
「けっ、言ってろ」

 サンジが悔しそうにそっぽを向いて、チョッパーに肩を叩かれてる。流石チョッパー、癒しだね……っていうかまぁそんなことよりもさっきのサンジの言葉の内容に驚いてたりする。さっきサンジは見聞色の覇気を盗むって言ってた。

「……」

 ゾロを見ると、まるで「ほらな?」みたいな顔で頷いてきた。

 ……なるほど。

 本当に俺という例からそれぞれ独自に習得しようとしているらしい。教えることは出来なくても例として存在することは出来ているらしいのなら、彼らならば本当に勝手に習得するんだろう。

 うむ、ゾロに相談しておいて良かった。これで俺の悩み事はあとはメリー号のことぐらいだ。
 メリーがこういう状態だと明日ナミとデートに行くのは難しいかもしれないなんてことは頭の端から外しておく。

 とりあえず、さっさと俺はロビン探しに行かないと。

「人が多いと苦労するだろうけど……まぁ頑張って探してくる」
「おう」

 ゾロがさっさと行けって言わんばかりに頷いて。

「ロビンちゃん見つけられるまで帰ってくんなよ」
「鬼か!」

 サンジがいつも通り女性専用紳士を発動して。

「ロビン、迷子なのかな。何にもないといいけど」
「……ま、大丈夫だろ」

 チョッパーがロビンを心配する。
 うむ、俺たちは結局、平常運転らしい。

「おし、行ってきます」

 甲板から飛び降りた。




 ハントがメリー号を出てすぐ、ナミがそこに現れて、彼らは聞くことになる。
 ウソップがフランキー一家にさらわれて、2億ベリーを奪われたことを。
 彼らはウソップと2億ベリーを取り戻すために、ナミを残して甲板から飛び降りたのだった。




 夜。10時。
 ロビンはメリー号へと帰ってこない。
 ロビンを探しに行ったハントも帰ってこない。

 けれど、問題は発生し続ける。
 メリー号の前に、二人の男が対峙していた。

「怖気づかずに来たな。どんな目にあっても後悔するな。お前た望んだ決闘だ!」
「当たり前だ、殺す気で来いよ。返り討ちにしてやる。もうお前を倒す算段はつけてきた!」

 対峙するのはルフィとウソップ。
 同じ一味の二人がこうして対峙しているのはまた何かの遊びかと勘繰りたくもなるが、実際はそんなものではない。ルフィが言った通り、これは決闘だ。

 ハントが船を出て、ゾロたちがウソップの下へ向かったのは昼。ナミも出来るだけ急いで帰ってきてその事実を伝えのだが、時すでに遅し。ウソップは2億ベリーをフランキー一家に奪われ、単身アジトへと乗り込むも返り討ちにあっていた。ルフィ、ゾロ、サンジ、チョッパーの4人は激怒してフランキー一家のアジトごと破壊したが、失ったお金は返らなかった。

 それ自体はこの決闘に発端となっているわけではない。けれど、きっとこれが始まりだったのだろう。2億ベリーを奪われて自分の無力さ故の情けなさから平常心を失ってしまっていたウソップに、ルフィがメリー号を乗り換えるという決断を伝えたとき、それは起こった。熱くなる二人の口論の果てが、この決闘。

 ウソップは既に一味を抜けてメリー号を奪うための決闘をルフィへと仕掛けて、今へと至る。

 もしもロビンやハントがいれば決闘は起こらなかっただろうか。いや、きっとそれはない。二人の口論を止められる人間はきっといない。2億ベリーを奪われた時点で、メリー号の竜骨がやられてしまっていた時点で、これはきっと決まっていた未来で、決まっていた決闘だった。

 メリーの甲板の上にはハントとロビンがおらず、他の面子は固唾を飲んでその決闘の行方を見守っている。ロビンは行方不明、ウソップは一味を抜けて、船をメリー号から乗り換える。まるで離れていく一味の虚しい決闘に決着は大した時間がかからずに決まることとなった。

「お前が俺に! 勝てるわけねぇだろ!」

 倒れて動かないウソップへと、ルフィが叫んだ。腰と膝を地面に下ろして叫ばれたその言葉に込められたルフィの思いは一体、どれほどのものなのか。ほんの短い静寂の後、ウソップに背を向けて歩き出したルフィは言う。

「メリー号は……お前の好きにしろよ。新しい船を手に入れて……この先の海へ俺たちは進む。じゃあなウソップ、今まで楽しかった」

 ウソップはもう、麦わら一味と一緒の未来を迎えることはない。
 ウソップを治療に行こうとするチョッパーとそれを止めるサンジの口論が響き、その間にもメリー号へと歩みを寄せたルフィが一言。

「重い」

 奇しくもハントがルフィへ向けた言葉を、体を震わせながら吐き出した。そして、奇しくもゾロがハントへと向けた言葉を、ゾロは言う。

「それが船長だろ……迷うな、お前がフラフラしてやがったら俺たちは誰を信じりゃいいんだよ……船を明け渡そう。俺たちはもうこの船には戻れねぇから」

 ナミもウソップも、チョッパーも、そしてルフィも。
 彼らの目から零れる水は留まることを知らずに、流れていく。




 さて、仲間たちがすさまじいまでの苦悩に苛まれているとは露知らず、どこか呑気に、それでいて嬉しそうにハントは一言吐きだした。

「やっと……見つけた」

 ――長かった、いやほんとに。

 昼頃から今に至るまで、休憩をはさみつつもずっと見聞色の覇気を発動していたハントが感慨深げに空を見上げる。

 サンジの言う通り、人が多くて町が込み入っていて確かにハントも苦労した。実際、ハントがロビンを見つけたのはもうとっくに太陽が沈んでいる時間。人の動きも随分と穏やかなそれになり、外を出歩く人間が減ってからだ。見聞色はあくまでも生命の声のようなものが頼りなのであって、なかなかに曖昧なそれでもある。
 いくら見聞色で人の位置を大雑把に特定できるとはいっても、昼のように多すぎる人間が混在していた場合にでも特定できるほどの便利な探索機能はついていない。いや、もっと練度をあげればそうなるのかもしれないが、空島で対峙したエネルのような雷人間ならばともかく、今現在のハントには不可能な領分だ。

 ――探し始めた頃は太陽が出てたんだけどなぁ。

 少しだけ遠い目をして、けれどやっと見つけたそれへと天井から天井へとジャンプを繰り返してそれを追いかける。

「……ロビンとあと一人は誰だ?」

 本当にロビンに何かあったのか? もしかしたら海軍に捕まったのだろうか。
 そんな不安がハントの胸をよぎり、ペースを上げていく。
 ほどなくして、遂に見つけた。

 闇夜に紛れる濃い緑のマントで身を覆い、隣には熊のようなどこか間抜けなお面をかぶった、体格的におそらくは大男。

 ここは水の都というだけあってどこを歩いていても大抵は水路が面しているが、ロビンと熊の仮面をかぶった男が歩いている場所もやはりそうだ。彼らの進行方向右側には小さな倉庫が並んでおり、進行方向左側には水路がある。

 人の多いこの都市にしては珍しく、ここは人通りがめったにない場所なのだろう。二人以外の人影はもちろんこの近辺には誰かが生活している気配すらない。その先を行ってもやはり変わらず小さな倉庫があるだけで、それにも関わらず歩みを止めようとしない彼らにハントは首を傾げつつ、けれど一切の躊躇いなく彼らの前へと降り立った。

「な……漁師さん?」

 驚きに足を止めて表情も驚きに満ちているそのロビンの珍しい姿にハントは笑いをどうにか堪えてから口を開く。

「やっと見つけたぞ……ロビン。今メリー号が結構大変なことになってるから早くかえろう」

 そう言って手を差し出そうとするも、ロビンは後ろに下がり、その代わりなのか熊の仮面の男がハントとロビンの間に割って入った。

「……デートってわけじゃなさそうだよな。で、なんだアンタ?」
「……」
「無視!? 初対面は礼儀正しくしなさいって誰かに言われなかったのかあんた!? ……あ、俺も言われたことないけど」
「……」

 何の話だ……という突っ込みはなく、やはり無言を貫く熊の男の代わりにロビンが言う。

「漁師さん、みんなに伝えて頂戴」
「伝える? 何を」
「私はもう……あなたたちの所へは戻らないわ」
「……は?」

 本当に気楽で、どこか穏やかですらあったハントの表情が一気に凍り付く。

「えっと……ん? 聞き間違いか? なんか戻らないって――」

 ハントのぎこちなく紡ぎだされる言葉を割って、ロビンは言う。

「――ええ。戻らない。私には貴方達の知らない闇がある。闇はいつか貴方達を滅ぼすわ」
「……? いやわかるように――」
「――それだけよ」

 話はそれで終わりといわんばかりに、熊の仮面の男と歩き出そうとするロビンに、ハントは顔を伏せて「なんで、いきなりそんなこと言うんだ?」と言葉をぶつけて、ロビンをまるで睨むように顔をあげた。

「ロビンの隣の熊の仮面の奴と何か関係があるのか? なぁそうだよな、だって昼まではあんなに楽しそうにしてたし、チョッパーと一緒に買い物だって行ってたし……どうなんだよ?」

 徐々に険しくなるハントの顔と声に、だがロビンは首を振って一言。

「貴方には関係ないわ」
「……っ」

 ハントの、珍しい歯ぎしり。それを横目に、ロビンと熊の仮面の男は歩き出し、前に立ちふさがっていたハントを追い越していく。あまりにもハントという存在を歯牙にもかけないそのロビンの態度に、拳を握りしめ、振るわせて……ふと、ハントは「あっはっはっは!」笑いだした。

 いきなり不気味なほどに笑いだしたハントに、流石にロビンたちの動きが止まり、未だに笑い続けているハントの背中へと二人は振り返った。

「……何がおかしいの」

 当然の問い。それを投げかけられてハントの笑いがピタリと止まった。ゆっくりと振り返ったハントの表情は確かに笑顔そのもの、目が笑っていないとか雰囲気からして怒りを感じるとか、そういう内なる怒りが一切ない、純粋に楽しそうな笑顔。

「なぁ。ロビン……それは流石に無理だ」
「……?」

 どれに対して無理と言っているのかわからずに首を傾げるロビンへと、ハントは言葉を続ける。

「俺たちは海賊で、船長はルフィだ……抜けたいから抜けるなんてそんな我儘は海賊には通じない。どうしても抜けたければ自分でルフィに言わないと。ま、貴方には関係ないって言葉でルフィが引っ込むとは思えないけど」
「……そう、でも私は戻らない」
「……そっか、じゃあ仕方ないよな」

 強硬な手段を取り続けるロビンに、ハントはふっと息を落とした。

「ええ、仕方ないのよ」
「ああ、わかった……なら、力づくでルフィのところへ連れていく」
「なっ!」

 驚き、反射的に一歩下がったロビンと笑みを浮かべるハント。その間に入ってきた熊の仮面の男を気にせずに、ハントはロビンへといい続ける。

「ロビンがどういうつもりかなんてどうだっていい。何を隠しているのかなんてどうだっていい……ロビンが例え俺のことを無関係だって言おうがどうだっていい。俺が昼に見たお前の顔は笑ってた。チョッパーと一緒に笑ってた。なら、俺が……いや麦わら一味が、ロビンが勝手に船を抜けることを許さない」

 ハントはロビンへと笑って、最後に言う。

「俺たちはもう海賊で……仲間だから」
「っ」

 息を呑むロビンと笑うハント。それが皮切りだった。

「剃」 

 突如として熊の仮面の男が視界から消え失せる。いや、消え失せるほどの高速で動きだした。ほとんど無音での移動で、いつしかハントの背後へと回り込んでいた熊の仮面の男は一本の指をそのままハントへと向ける。

「指銃」

 銃の威力を誇る一本の指をそのままハントへ放った。

 ハントは知らないが熊の仮面の男は政府の暗殺をも許された特殊な諜報機関の人間だ。彼らの身体能力はまさに超人。過去にも今にも、そしておそらくは将来にも熊の仮面をかぶっている男にとっては呼吸と大して変わらない労力で人を殺すことが出来る。

 だから、今回もそう。

 ロビンとの密約により、実際に殺すことはしないがそれでも深い傷を負わせて黙らせることは簡単な話だった――

「魚人空手陸式」

 ――そう、熊の仮面の彼は思っていた。

「なっ」

 諜報機関の人間が、思わず声を漏らしてしまうほどの光景。それは彼にとって思いもよらなかっただろう。一本の指をハントへと突き入れよう放った時にはもう既にハントの拳が彼の腹部へと到達しようとしていたのだから。

「4千枚瓦正拳」

 ハントの拳が熊の仮面の男の腹へといとも簡単に突き刺さった。そのあまりの威力に彼が腰をくの字に折り、そして次の瞬間には彼の体が意志に反して震えて、もうそれに彼は耐えられなかった。

「うぐっ……ごふっ」

 仮面の隙間から零れる大量の吐血、揺れる膝、そのまま地面へと倒れこむ。

 腹部に拳をもらったせいか意識は刈り取られていないものの、だからこその彼にとっては生殺しだろう。苦しみ悶えて、けれど動けない状況だ。顔面を殴られて意識を刈り取られたほうがきっと色々と楽だったろう。

 その光景にハントは首を傾げて言う

「あ、ごめん……なんか手加減してくれてるみたいだったから俺も結構手を抜いたんだけど……そんなに効くって思ってなかった。あ、でも手加減したし、しぶとそうだから明日には十分に動けると思う。多分だけど」

 それは謝罪じゃなくて言葉による追い討ちだろう。
 そう言いたくなるほどに痛烈な言葉を熊の仮面の男へという。ただ、ハントにとってその男はどうでもいいことで、意識はすぐにロビンへと。

「で、どうする? アラバスタでもロビンが俺に勝てないのはわかってると思うけど……それでも抵抗するか? ナミ以外なら相手が誰でも俺は殴れるけど、流石に女性を殴るのは好きじゃないからやめてくれたほうが嬉しいんだけど」

 ハントが一歩、ロビンへと近づこうとして――

「――っと」
「……遅いと思ったらこんなところで手間取っていたのか」

 背後からの拳を、ハントが受け止めた。

「誰だっ……よっ!?」

 誰だよと呟こうとする前に、今度は上空からの飛ぶ斬撃。それを後退して避けて見せたハントはそれらの攻撃の正体を確認して、今度こそしっかりと呟いた。

「増えちゃったよ、なんか変なのが」

 ハントの目の前にいるのは牛の仮面とドクロの仮面と、それにどこか不気味な女性を思わせる仮面の3人。

「海坊主のハントか……なるほど、やってくれる。さすがは海侠ジンベエの弟子……といいたいところだが、少し調子に乗りすぎたようだな」

 先ほどの熊の仮面の男に比べてずいぶんと饒舌な牛の仮面の――声からして――男が身構え、それと同様にドクロの仮面も身構える。不気味な女性の仮面は熊の仮面を片手で持ち上げて、ロビンと共に下がろうとしている。

「……うし、やるか」

 ハントはハントでそれを真っ向から受けて立つ構えだ。状況的に1対2の状況だが、それでも全くもって平然と佇むそのハントの態度に声をあげたのは対峙している中の彼らではなく、ロビン。

「もう諦めて、漁師さん! あなたが何をしようとも私は戻らない! 六輪咲き!」
「な、ロビン!?」

 まさかのロビンからの攻撃。

 抵抗しても無駄だとか。ロビンを殴るかもしれないとか。
 まるでロビンに攻撃されることも可能性に入れているかのような言葉を口にしたはずのハントだが、実際にロビンに攻撃されるとは思っていなかったらしく、焦りの声をあげた。

 その声を無視して、ロビンはハントから6本の腕を生やし、そしてしかめっ面のままで叫んだ。

「私は……私は……絶対に戻るわけにはいかないのよ!」
「……?」

 じっとロビンの表情を見つめるハントが首を傾げるが、ハントが動いたのはそれだけ。

「ツイスト!」

 力も、技も、速度も、何の意味をなさないはずの彼女の関節技。これでハントが戦闘不能になればそれでこの空間での戦闘は終わって、ロビンは望みのままに明日を迎えることが出来る。あるいは、本気でロビンはそんなことを思ったのかもしれないし、本当にハントにただ戦闘をやめてほしかったのかもしれない。

 ただ、彼女の技はハントには通じない。 

「どこからどういう風に力がかかるとか、どのタイミングとか……見聞色で全部わかる。あとはどっちの力が強いか。ロビンが押し切れるか、俺が体を関節を極められないように耐えられるかっていう単純な力勝負……となると、まぁ俺が負けるっていう結果にはならないよな」

 淡々と。
 自分の体をからめとろうとしている6本の腕をほとんど無視して、ロビンをハントは見つめる。しかめっ面のロビンの表情が更に歪む。今にも泣きださんばかりの彼女の表情を見て、ハントは「やれやれ」と小さな声とともにため息を落として、そっと両手をあげた。

「……何の真似だ?」
「もしも俺が降参したら……俺はどうなるんだ?」
「……なに?」

 つい先ほどまで戦闘する気だった男のセリフとは思えない弱気な言葉に、牛の仮面の男が首を傾げるような仕草をみせるが、すぐに話し出す。

「殺しはしない……だが明日の計画のために一日中身動きの取れない状態になってもらう」
「……つまり、明日はずっと監禁されるって?」
「そうなるな」

 監禁とか暇そうだなぁ、嫌そうな声を漏らしたハントだが、また問いを。

「じゃあ、その後は?」
「……賞金首を連行したいのは山々だが、そのまま放置だ。仲間に助けられるなり、市民に海賊として海軍に差し出されるなり自由にするがいい」
「お前らが俺をロビンと一緒に連行するのなら降参する」
「……それはだめよ、漁師さん。あなたは今ここで捕まってそのまま監禁されるの、それで航海士さんに助けてもらうのね」
「俺はロビンには聞いてない。牛の奴に聞いてるんだ。ちなみに、これがダメなら降参しないからな。お前らがなんで俺に手加減しようとしてるのかはわからないけど、俺は気にせず本気でやってやる」

 真顔で、牛の仮面に言うハントの言葉に、牛の仮面は嘆息を吐きだして「いいだろう」と頷いた。喜色を浮かべて「わかった、降参する」と両手をあげて降参のポースをとるハントとは対照的に今度はロビンが「そんな! それじゃあ約束と違うじゃない!」と叫ぶ。

 ――約束? さっきからこの仮面の奴らが手抜きなのと関係あるのか?

 首を傾げるハントだが、流石にそれを口に出すことはなく呑みこむ。否定の態度を見せていたロビンも、牛の男の小さな耳打ちにより「いいわ」と納得したらしく、ロビンはやっと普段通りのどこか余裕のある表情へと戻った。

 目隠しをされて、手錠をはめらて、さらにはロープで体を縛られた状態になったハントに対して、ロビンは尋ねる。

「どうして私と一緒に連行をされようと?」

 その言葉で、ハントは「どうしてって」と若干に戸惑いの声を漏らす。

「ロビンがそれだけ必死になって戻ろうとしないからには何かあるんだろうし……俺じゃあ説得もできそうにないし、強引に連れ帰ってもロビンがなんか泣き出しそうだし、まぁ連れて帰るのを諦めただけだ」
「諦めて、どうして一緒に連行を?」

 なかなか要領を得ないハントの受け答えに、ハントは「あぁ、それはだって連れて帰れそうにないから俺も一緒にロビンと行く。そんで、俺たちを助けにルフィたちが来るまで俺がロビンを守ればいい……っていう当たり前の考えをしただけだろ。ロビンにしては珍しく察しが悪いな」

 ――あっはっは。

 と、捕まっているくせに笑いながら言うハントの言葉は、色々とロビンにしてみればおかしいことだらけで、彼女は言葉を失った。

 捕まっておきながらロビンを守ろうという思考はハントの言うように当たり前の考え……という訳では明らかにないし、ルフィたちが助けに来ると当然のように考えていることも、ロビンからしてみれば普通ではない。それなのに、それを思いつかないロビンのことを察しが悪いと言って笑うハントは、やはりロビンにすればおかしいの一言。

 完全に混乱して、何も言えなくなってしまったロビンに対して、ハントは続けて言う。先ほどまで笑っていたハントだが、いつの間にかその表情は真剣なそれだ。

「……悪いけど、ロビン。お前がどうして一味から抜けたいって言うのかは俺には全然わからないけど、俺たちから簡単に逃げれると思ったら大間違いだ。今まで碌な海賊と一緒にいてこなかったせいで知らないんだろうけど、ロビン。一味から抜けるっていうのはそんな簡単なもんじゃないぞ?」
「っ」

 再度、ロビンは言葉を失うことになったのだが、ロビンは首を振って考え直す。
 ハントには好き放題言われたものの、どうせハントは明日の監禁から解放されてそのまま放置されることになる。今はハントを簡単に拘束できれば良かったのであって、わざわざ律儀にハントのいう条件を守る必要などないのだから。

「さぁ俺を連行してくれ」

 ハントを連れてロビンと諜報機関はそのまま闇へと姿を消す。

「そういや、やっべ……ナミに怒られるよな、これ」

 一人の呑気な声が、最後となった。
 そこにはもう、熊の仮面の男の吐血痕すら残っていなかった。

 ――さようなら。

 誰かのか細い言葉が水路へと流れて消えていく。



 
 その翌日。
 アイスバーグが銃弾を受けて暗殺されそうになる事件が発生。
 目を覚ましたアイスバーグの言葉は「ニコ・ロビンを見た」
 アイスバーグ暗殺容疑が麦わら一味へと向けられることとなった。

 
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