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ソードアート・オンライン 蒼藍の剣閃 The Original Stories

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ALO編 Running through in Alfheim
Chapter-13 仲間との絆
  Story13-10 裏切りと協力

第3者side


静けさを取り戻した会談場の中央で、リーファは事の経緯を話した。


サクヤ、アリシャを始めとする両種族の幹部たちは鎧の音ひとつ立てずに長い話を聞き入っていたが、リーファが話し終えて口を閉じると、揃って深いため息を洩らした。

「……なるほどな」

両腕を組み、艶麗な眉を小さくひそめながら、サクヤが頷いた。


「ここ何ヶ月か、シグルドの態度に苛立ちめいたものが潜んでいるのは私も感じていた。

だが……私が独裁者と見られるのを恐れ、合議制に拘るあまり彼を要職に置き続けてしまった……それが不味かった」

「サクヤちゃんは人気者だからねー……辛いところだヨねー」

自分のことを棚に上げて、深々と頷く彼女に、苦笑する。

「苛立ち……何に対して……?」

未だシグルドの心理が理解できてないリーファがそう訊ねると、サクヤは視線を遠い稜線に向けながらその問いに答えた。

「多分……彼には許せなかったのだろうな。

勢力的にサラマンダーの後塵を拝しているこの状況が」

「………………」

「シグルドはパワー志向の男だからな。

キャラクターの数値的能力だけでなく、プレイヤーとしての権力をも深く求めていた……

ゆえに、サラマンダーがグランド・クエストを達成してアルヴヘイムの空を支配し、己はそれを地上から見上げるという未来図は許せなかったのだろう」

「……でも、だからって、なんでサラマンダーのスパイなんか……」

「それは、もうじき導入されるという噂の
アップデート5.0の転生システムが原因だろうネ」

「えっ……じゃあ……」

「モーティマーに乗せられたんだ。

『領主の首を差し出せば、サラマンダーに転生させてやる』と。

だが、転生には膨大なユルドが必要になるらしいから、あの冷酷な男が約束を守るかなんて、考えれば判ることだろうに」

リーファが複雑そうな顔をして、金色に染まりつつある空の彼方に霞む世界樹を見やる。

傍にいるキリトが不意に苦笑混じりの声で言った。


「プレイヤーの欲を試す陰険なゲームだな、ALOって」

キリトが嫌そうに言うと、サクヤが

「ふふ、違いないな」

と笑みで応じる。



だが、その笑みをすぐに消して呟く。

「ルー、たしか闇魔法スキルを上げていたな?」

サクヤの言葉に、アリシャは大きな耳をぱたぱた動かして肯定の意を表す。


「じゃあ、シグルドに月光鏡を頼む。」

「いいけど、まだ夜じゃないからあんまり長くもたないヨ」

「構わない、すぐ終わる」


アリシャは、もう一度耳をぴこっと動かし、一歩下がると両手を掲げて詠唱を開始した。

聞き慣れた韻律を持つ闇属性魔法のスペルワードが、高く澄んだアリシャの声に乗って流れていく。


たちまち周囲が俄かに暗くなり、何処からともなく一筋の月光がさっと降り注いだ。


光の筋は、アリシャの前に金色の液体のように溜まっていき、やがて完全な円形の鏡を作り出した。

周囲の者が声もなく見守るなか、その表面がゆらりと波打つ。

そして、滲むように何処かの風景を映し出した。



その鏡に映っているのは、シルフの領主館の執務室。


正面に巨大な翡翠の机が見え、その向こうで領主の椅子に身を沈ませて卓上に両足を投げ出している人物がいる。

眼を閉じ、頭の後ろで両手を組む男……シグルド。

サクヤは鏡の前に進み出ると、琴のように張りのある声で呼びかけた。


「シグルド」


その途端、鏡の中のシグルドがぱちりと眼を開き、バネのように跳ね起きた。

同じく鏡の中のサクヤと真っ直ぐに眼を合わせてしまったシグルドは、口元を強張らせてビクリと体を竦ませる。


「サ……サクヤ……!?」

「ああ、そうだ。

残念ながらまだ生きている」


サクヤは淡々と応えた。


「なぜ……いや……か、会談は……?」

「無事に終わりそうだ。
条約の調印はこれからだがな。

そうそう、予期せぬ来客があったぞ」


「き、客……?」

ユージーン将軍が君によろしくと言っていた」

「な……」


シグルドの剛毅に整った顔が驚愕と共にみるみる内に蒼白になっていく。

言葉を探すかのように瞳をキョロキョロと動かし、その視線が、サクヤの背後にいるキリト、リーファを捉えた。

「リー……!?」

一瞬、飛び出すほどに見開かれたその眼は、ついに状況を悟ったようで鼻筋に深くシワを寄せ、猛々しく歯を剥き出す


「……無能なトカゲどもめ……

で……? どうする気だ、サクヤ?

懲罰金か? 執政部から追い出すか?

だがな、軍務を預かる俺が居なければお前の政権だって……」

「いや、シルフでいるのが耐えられないなら、その望みを叶えてやることにした」

「な、なに……?」

サクヤが優美な動作で左手を振ると、領主専用の巨大なシステムメニューが出現した。

無数のウインドウが階層をなし、光の六角柱を作り出している。

一枚のタブを引っ張り出し、素早く指を走らせると、鏡の中のシグルドの眼前に、青いメッセージウインドウが出現した。


それに眼を走らせたシグルドが、血相を変えて立ち上がった。


「貴様ッ……!正気か!?

俺を……この俺を、追放するだと……!?」


「そうだ。レネゲイドとして中立域を彷徨え。

いずれそこにも新たな楽しみが見つかることを祈っている。」

「う……訴えるぞ!権力の不当行使でGMに訴えてやる!!」

「好きにしろ……さらばだ、シグルド」


シグルドは拳を握り、更に何か喚き立てようとした。が、サクヤが指先でタブに触れると同時に、鏡の中からその姿が掻き消えた。

シルフ領を追い出され、アルンを除く何処かの中立都市にランダムに転送されたのだろう。


金色の鏡は、しばらく無人の執務室を映していたが、やがてその表面が波打ったと同時に儚い金属音を立てて砕け散った。

そして、周囲を再び夕陽の光が照らし出す。


「……サクヤ……」


再び静寂が訪れても眉根を深く寄せたままのサクヤを気遣うように、リーファがそっと声を掛けた。

サクヤは左手を振ってシステムメニューを消すと、吐息混じりの笑みを浮かべる。

「……私の判断が間違っていたのか、正しかったのかは次の領主投票で問われるだろう。

ともかく、礼を言うよ、リーファ。

執政部への参加を頑なに拒みつづけた君が救援に来てくれたのはとても嬉しい。

それにアリシャ、シルフの内紛のせいで危険に晒してしまって済まなかったな」

「生きてれば結果おーらいだヨ!」


アリシャの呑気な声に続けるように、リーファもぶんぶんと首を横に振った。


「あたしは何もしてないもの。

お礼ならこの人にどうぞ」


「そうだ、……そう言えば……君は一体……」


並んだサクヤとアリシャが、改めて疑問符を浮かべながらキリトの顔をまじまじと覗き込む。

「ねェ、キミ、スプリガンとウンディーネの大使……ってほんとなの?」

好奇心の現れか、立てた尻尾をゆらゆらさせながらアリシャが言った。

キリトは右手を腰に当て、胸を張って答える。

「勿論大嘘だ。ブラフ、ハッタリ、ネゴシエーション。」

「なーー……」


2人はがくんと口を開け、絶句。

「……無茶な男だな。あの状況でそんな大法螺を吹くとは……」

「掛け金がしょぼい時は、だいたいレイズするのがおれなんだ」

「それにしても、キミ。ほんとに強いよネー。

知ってる?さっきのユージーン将軍がALO最強って言われてるんだヨ。

それに正面から勝っちゃうなんて……キミ…もしかしてキミは、スプリガンの最終兵器、だったりするのかな?」

「まさか。しがない流しの用心棒だよ」

「ぷっ。にゃはははは」


あくまで人を食ったキリトの答えにひとしきり笑うと、いきなりアリシャはキリトの右腕をとって胸に抱いた。

ナナメ下方から流し目に乗せて……

「フリーなら、ケットシー領で傭兵やらない?

三食おやつ昼寝つきだヨ」

「なっ……」

「おいおいルー、抜け駆けは良くないぞ」

と、サクヤのいつもより色っぽい声が聞こえ、着流しの袖がするりと左腕に絡みつく。

「キリトはもともとシルフの救援に来たんだから優先交渉権はこっちにあると思うな。

どうかな、個人的興味もあるので礼も兼ねてこの後スイルベーンで酒でも……」

と、サクヤが耳元で囁くように言った。

「あーっ、ずるいヨ、サクヤちゃん。色仕掛けはんたーい」

「人のこと言えた義理か!密着しすぎだお前は!」


キリトがまんざらでもない顔で戸惑っていると、強い力でキリトの服がぐいっと引かれ、リーファが叫んだ。

「だめです!2人はあたしの……」

サクヤとアリシャが振り向くと、リーファが言葉に詰まった。

「ええと……あ、あたしの……」


しどろもどろなリーファの代わりに表情の戻ったキリトが口を開いた。


「お言葉は有り難いんですが……すみません、俺は彼女に中央まで連れて行ってもらう約束をしているんです」

「ほう……そうか、それは残念。



ところで……アルンに行くのか、リーファ。

物見遊山か? それとも……」

「領地を出るつもりだったけどね。

でも、いつになるか分からないけど、きっとスイベルーンに帰るわ」

「そうか。ほっとしたよ。

必ず戻ってきてくれよ。彼と一瞬にな」

「途中でウチにも寄ってね。大歓迎するヨー」


領主はキリトたちから離れると、表情を改めた。

サクヤは右手を胸に当てて優美に上体を傾け、アリシャは深々と頭を下げて耳をぺたんと倒す動作でそれぞれ一礼する。

そして、顔を上げたサクヤが言った。


「今回は本当にありがとう、リーファ、キリト君。

私たちが討たれていたらサラマンダーとの格差は決定的なものになっていただろう。

何か礼をしたいが……」

「いや、そんな……」

そこで、リーファが思い出したようにしゃべる。

「ねぇ、サクヤ、アリシャさん。

今度の同盟って、世界樹攻略のためなんでしょ?」

「ああ、まあ、究極的にはな。

二種族共同で世界樹に挑み、双方ともアルフとなれればそれで良し、片方だけなら次のグランド・クエストも協力してクリアする……というのが条約の骨子だが」

「その攻略に、あたしたちも同行させて欲しいの。それも、可能な限り早く」

2人の領主は顔を見合わせた。


「……同行は構わない、と言うよりもこちらから頼みたいほどだよ。

時期的なことはまだ何とも言えないが……しかし、なぜ?」

リーファがキリトにさっと視線を合わせてきた。

「詳しくは言えないが、それが俺がこの世界に来た意味だからな」

「ああ、ただ一言、会わなければならならい人がいる」

「人?妖精王オベイロンのことか?」

「いや、違う。

リアルで連絡が取れないんだけど……どうしても会わなきゃいけないんだ」

そう。キリトは行かなければいけない。大切な人を取り戻すために。

「へぇェ、世界樹の上ってことは運営サイドの人?

なんだかミステリアスな話しだネ?」


キリトの真剣な眼差しを見て、興味を引かれたのか、アリシャが大きな眼をキラキラさせながら言う。

が、直ぐに耳と尻尾を力なく伏せ、申し訳なさそうに


「でも……攻略メンバー全員の装備を整えるのに、しばらくかかると思うんだヨ……

とても1日や2日じゃあ……」

「そうか………」

「いや、俺たちも取り敢えず樹の根元まで行くのが目的だから……あとは何とかするよ」



そこでキリトは突然、左手を振って革袋のオブジェクトを実体化させた。


差し出したものからはそれぞれ重そうな金属音がし、受け取ったアリシャは一瞬ふらついた後、慌てて両手で抱え直す。

と、アリシャが袋の中をちらりと覗き込んで……眼を丸くした。


「さ、サクヤちゃん、これ……」

「ん……?」

つまみ出したのは、青白く輝く大きなコインだった。

「うぁっ……」


それを見たリーファが、思わず声を漏らした。

2人の領主は口を開けて凍りつき、背後で成り行きを見守っていた12人の側近たちからも大きなざわめきが上がる。


「10万ユルドミスリル硬化……これ全部……!?」

流石のサクヤも、掠れた声で言いながらコインを凝視している。


「これだけの金額を稼ぐには、ヨツンヘイムで邪神クラスをキャンプ狩りでもしない限り不可能だと思うがな……

いいのか?

一等地にちょっとした城が建つぞ」


「構わない。俺にはもう必要ないしな」


キリトは頷き、領主に差し出した。


再び袋の中を覗き込んだ2人は、ほぅ……と深く嘆息してから顔を上げた。


「これだけあれば、かなり目標金額に近づけると思うヨー」

「大至急装備を揃えて、準備が出来たら連絡させてもらう」

「よろしく頼む」


サクヤの広げたウインドウにアリシャが革袋を格納していく。


「この金額を抱えてフィールドをうろつくのはぞっとしないな……

マンダー連中の気が変わる前に、ケットシー領に引っ込むとしよう」

「そうだネー。領主会談の続きは帰ってからだネ」


領主たちはこくりと頷き合うと、部下たちに合図した。

たちまち大テーブルと14脚の椅子がテキパキと片付けられていく。


「何から何まで世話になったな。

君たちの希望に極力添えるよう努力することを約束するよ、キリト君、リーファ」

「役に立てたなら嬉しいよ」

「連絡、待ってるわ」

「アリガト!また会おうネ!」


アリシャはもう一度悪戯っぽく微笑みながら言った。


そしてその薄黄色の翅を大きく広げた。

2人の領主は手を振りながら一直線に上昇すると、空に光の帯を引き、赤く染まった西の空へと進路を向ける。

その後を6人ずつの配下が雁の群れのように、美しい隊列を組んで追っていった。


夕焼けの中に彼らの姿が消えるまで、無言で見送る。


やがて周囲は、あの激闘が嘘だったかのように静まり返り、吹き抜ける風鳴りと葉擦れの音が残るのみとなった。


「……行っちゃったね」

「ああ、終わったな……」

感傷的になっている二人に、そんなムードを遮る声が聞こえた。

「まったくもう、浮気はダメって言ったです、パパ!」

「わっ」

憤慨したような声と共に、キリトの肩の上からユイが飛び出してきて、リーファが吃驚したように声を上げた。

「な、なにをいきなり……」

焦ったように声を出すキリトの頭をパタパタ飛び回ったユイは、その肩に座ると可愛らしく頬を膨らませる。


「アリシャさんにくっつかれたときドキドキしてました!」

「そ、そりゃ男ならしょうがないんだよ!!」

「ん?ねぇ、ユイちゃん、あたしはいいの?」

「リーファさんはだいじょうぶみたいです」

「うーん、リーファはあんま女のコって感じしないんだよな……」

ぽろっと零れたキリトの台詞に、リーファが目くじらを立てた。

「ちょっ……な……それってどういう意味よ!?」

思わず剣の柄に手をかけながら詰め寄るリーファに、キリトの顔が引き攣る。

「い、いや、親しみやすいっていうか……いい意味でだよ、うん。


それより、速く行こうぜ!」


キリトとリーファは翅を広げ飛び立って行った。















Story13-10 END 
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