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カードゲームの相手

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3部分:第三章


第三章

「私は助かったのだ」
「あの、一体」
「何があったのですか?」
「とりあえずだ」
 憔悴しきりだ。今にも倒れそうな顔でだ。使用人達に言うのである。
「食べるものはあるか」
「あっ、サンドッチやチーズは召し上がられたのですか」
「ワインも」
「食べた。しかしだ」
 それでもだとだ。彼は言うのである。
「朝だ。何かあるか」
「はい、それではです」
「パンを出してきます」
「それと紅茶を」
「頼む」
 こう使用人達に言うのである。
「とりあえずはな」
「あの、旦那様一体」
「何があったのですか?」
「そういえばあのお客様は一体」
「何処に行かれたのですか?」
「帰った」
 その謎の客人についてだ。卿は疲れきった顔で答えた。
 そしてだ。まずはそのパンと紅茶を口の中に入れてからだ。それで言うのである。
「本当に。あと少し負けていればな」
「負けていれば?」
「どうなっていたのですか?」
「死んでいた」
 そうなっていたとだ。彼は言うのである。
「私がな」
「あの。カードをやっておられたのですよね」
「あのお客様と」
「そうですよね。それでどうして」
「死んでいたのですか?」
「あの客は人間ではなかった」
 そうだったとだ。卿は言った。
「悪魔だったのだ」
「悪魔!?」
「あのお客様は旦那様のお知り合いではなかったのですか?」
「悪魔とは一体」
「そんなことが」
「いや、悪魔だった」
 間違いなくそうだったとだ。彼は使用人達に話す。
 そしてだ。こう彼等に説明した。
「私は悪魔とでもカードをしたいと言ったな」
「はい、確かそんなことを仰っていましたね」
「そうでしたね」
「それでだ。私のその言葉に応えてだ」
 それでだというのだ。その悪魔が。
「来てそしてだ」
「旦那様とカードをされたのですか」
「一晩の間」
「悪魔は言ってきた。悪魔のカード遊びはだ」
 今度はそれはどういったものだったかというのだ。悪魔のカード遊びは。
「それは魂を賭けるものなのだ」
「ああ、悪魔だからですね」
「魂がチップになる」
「そうなるのですか」
「若し私が悪魔に敗れていれば」
 その時はどうなっていたか。卿は紅茶を一口飲んだうえで述べた。
「魂を奪われていた」
「しかしそこを助かった」
「そうですか」
「本当に危うかった」
 そうだったというのである。
「何とか生き残った」
「で、その悪魔は一体何処に」
「何処に消えたのですか?」
「姿を見ませんが」
「魔界に帰った」
 そうしたというのだ。
「朝になりな。勝負に負けたままだったことを歯噛みしながらだ」
「魔界に帰ったのですか」
「そうして旦那様は助かった」
「そういうことですね」
「その通りだ。しかしもうだ」
 疲れきりながらも命が助かりほっとした顔でだ。彼はまた言った。
「ああした馬鹿なことは二度と言わないようにする」
「悪魔とでもカード遊びをしたい」
「そういうことをですね」
「そうだ。そしてもう」
 さらに言うのだった。その顔で。
「カードもだ」
「止められるのですか、もう」
「カードも」
「流石に懲りた」
 それでだというのだ。話す口調はうんざりとしたものだった。
「だからもうしない」
「左様ですか」
「旦那様がそうされるとは」
 彼等には信じられないことだった。しかしだ。
 ケンジントン卿はこの日から何があろうともカード遊びをしなくなった。幾ら誘われても断る様になった。それは何故か。死を前にしたからだとだ。誰もが囁き合った。この話はケンジントン卿自身も使用人達も話さなかった。しかし何処からか出て来て伝わり今にも残っている。カードをするにしても迂闊なことは言ってはならないということである。ケンジントン卿は何とか助かったが他の人間がそうなるとは限らないのだから。


カードゲームの相手   完


                 2011・9・26
 
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