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天上の大空を目指して

作者:白月黒夜
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4.茅場晶彦

 見上げた先、百メートル上空、次の層の底を、真紅の市松(いちまつ)模様が染め上げていく。
 目を凝らしてみれば、そこには二つの英文が交互にパターン表示されていた。赤いフォントで表された単語は、【Warning】、そして【System Announcement】と読める。
 俺は混乱して、意味わかんねぇ‼、と心の中で突っ込みを入れた。周りも初めはざわついていたが、だんだんと静かになっていく。恐らく何らかの連絡があるのだろう。俺も同じようにおとなしく待つことにした。突飛(とっぴ)なことに慣れすぎてしまって逆に怖いくらいだ。
 しかし、次に起きた現象はだれにとっても予想外のものだった。
 空の紅い模様の中心あたりから、血のように赤いものが、巨大な塊となって垂れ下がった。どろっとした粘質のあるそれはゆっくりと滴り、だがそのまま落ちては来ず、赤は突然空中で形を変えた。
 そこにあったのは、身長二十メートルはある、真紅のフード付きローブを着た巨大な人の姿だった。
 俺は少し違和感(いわかん)を感じて、その人影を見上げる。深く引き下げられたフードの中は空だった。顔だけでなく、長い袖の中も中身はなかった。
 俺には見覚えがなかったが周りの人のつぶやきで、それがGM(ゲームマスター)の衣装だということが分かった。正直この現象に驚いていたため、それがどういう存在なのかあまり気にしていなかった。だが、普通なら中身があるだろうことは理解できる。それがない空回りが困惑していることも。俺には中身のないそのアバターは不吉な前兆のように感じられた。
 周囲から「あれGM?」「なんで顔ないの?」「大丈夫なの、これ」というささやきが聞こえる。
 不意に、その声を抑えるかのように、巨大なローブの右そでが動いた。
 左袖も同じように掲げられた。一万人のプレイヤーの上で、中身のない白手袋を左右に広げる。そのすぐあと、低い男の声が、降り注いだ。

『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』

 突然のことにただただ空を、空に浮かぶ巨大な人を見上げる。言っていることがよくわからない。
 声を発した誰かは腕を下しながらつづける。

『私の名前は茅場昌彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』

 俺は驚愕(きょうがく)のあまり言葉も出なかった。周囲のプレイヤーも驚きの声を上げる。
 茅場昌彦。
 俺は、というよりこのゲームを買った者ならたいてい誰でも知っているだろう。数多くある弱小ゲーム会社の一つを最大手と呼ばれるまでに成長させた、若き天才ゲームデザイナー。そして、量子物理学者でもある。
 彼はこのSAOの開発ディレクターであると同時に、ナーヴギアの基礎設計者でもある。
 俺はあまり詳しくはないが、コアなゲーマーには、憧れの対象としても見られているらしい。
 全く理解できないが思考を停止させないように、この状況を把握(はあく)しようとする。しかし、続いてフードの下から発せられた言葉は、さらに俺を混乱させるには充分だった。
『プレイヤー諸君は、すでにメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気付いていると思う。しかしゲームの不具合ではない。繰り返す。これはゲームの不具合ではなく、《ソードアート・オンライン》本来の仕様である』
「し・・・・・・仕様、だと」
 右斜め前にいた赤い長髪の青年がかすれた声で(ささや)いた。が、俺にはそれに注意を払うほど余裕がなかった。なぜなら
 ログアウトボタンってなくなってたの!?てか、気付けなかったのって俺だけー!?
 と心の中で叫び、この中でただ一人落ち込んでいたからだ。
 そんな俺の心境は知る由もなく話は続く。
『諸君は今後、この城の頂を極めるまで、ゲームから自発的にログアウトすることはできない』
 その言葉で我に返った俺は、続く話を聞いて驚きに目を見開いた。
 外部の人の手による機械の停止もしくは解除はあり得ない。仮にそれが試みられた場合、ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、プレイヤーの脳を破壊し、生命活動を停止させる。
 つまり殺すといったのだ。
 はっきり言うと詳細はあまり理解できていないが、簡潔にまとめると、ナーヴギアの電源を切ったり、ロックを解除し頭から外そうとしたら、ユーザーを殺すと。茅場はそういった。
 ざわめきが広がる中、それでも暴たりするものが出ないのは、全員がいまだ伝えられたことを理解できていない、もしくは理解することを拒んでいるから。
 先ほどの赤髪の青年が隣にいる黒髪の少年に、そんなことができるわけがないだろう、と半ば叫ぶように問いただす声が聞こえた。けれど、俺はそれをほとんど意識していなかった。黒髪の少年が応える声も、聞こえてはいたが聴いてはいなかった。
 頭の中に妙な感覚があった。感情では認めたくないこの状況を、”何か”が真実だと教えているような感覚だった。だが俺にはそれが不思議でならなかった。現実にいた頃にも何度か感じたことのあるもので、ここでは無いはずのものだと思っていた。しかし、この感覚は、もしかしたら―――
いや、それはありえない。なぜなら仮想世界。理解しているわけではないけれど、脳神経と機械をつなげているだけに過ぎないのだから。
 それでも、もし、もしもあり得るのだとしたら・・・・・・?可能性はなくはない。現に感覚があるのだから。まあ、少なくとも今考えることじゃない。
 周りのざわつきとは関係なく、俺は一人考え込んでいた。
『ちなみに現時点で、プレイヤーの家族友人等が警告を無視してナーヴギアの強制除装を試みた例が少なからずあり、その結果』
 俺が深く思考に潜りかけたところで、いんいんと響く声が言った。
 不思議とそれまでの話は頭の中に残っていた。
『――残念ながら、すでに二百十三名のプレイヤーが、アインクラッド及び現実世界からも永久退場している』
 十分間の外部電源切断、二時間のネットワーク回線切断、ナーヴギア本体のロック解除または分解または破壊の試み―――このいずれかの条件によって脳が破壊される。
 この条件が、すでに外部世界ではマスコミを通して告知されているということも。
 どこからか小さな悲鳴が聞こえた。しかし、どのプレイヤーも信じたくないというように、明確な反応を示すことはなかった。困惑、恐怖、疑心。様々な感情がこの場にあふれている。
 俺の視界の端で、赤髪が崩折れ、黒髪がよろめいた。
 信じたくない思いの中、俺はこれがすべて真実だと――なぜかわかってしまっていた。

 だからこそ、このままではいけないと、頭の奥でチリチリと、危険信号が鳴り響いていることにも気がついていたんだ。 
 

 
後書き
はい、4話目終了です。
 感想いただいていたのに気付けなくてすいませんでした。ありがとうございます。
 最近忙しくて全然更新なくてすいませんでした。そして多分、また更新しなくなるかと思います。けど絶対戻ってくるので。本当にすいません。
 まだ完全じゃないけどあげました。
2015/10/4 完成しました。
      それから、感想くださった方ありがとうございます。
                  by 白月 
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