カプリコーン
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3部分:第三章
第三章
それは山羊の前足だった。見事な蹄もある。しかもだ。
毛深い。それが水を吸って泳ぎにくくしてもいる。尚且つ他の場所もだ。
山羊だった。下は確かに魚だが上は山羊だった。顔をその蹄の前足でさすってみてもだ。明らかに魚ではなく山羊のものだった。勿論髭まである。
その姿を確認してだ。パンはしまったという顔になってニンフに言った。
「慌てていたからね」
「慌て過ぎですよ」
「いやあ、本当に危なかったから」
テューポーンが迫る、それはまさにそれだけのことだった。
「だから咄嗟にね」
「それにしても上が山羊ですから」
「ちょっと泳ぎにくいね」
苦笑いでだ。パンは応えた。
「だからここはね」
「どうされるんですか?」
「折角山羊の身体もあるからね」
それ故にだとだ。パンはその山羊の前足を使ってだ。
河底、石のそこを駆けだした。泳ぎながらだ。するとこれまでより遥かに速くなった。
その動きを見てだ。二ンフはその切れ長の目を少し丸くさせて言った。
「あっ、何かそれだと」
「どうかな。こうしたら」
「凄く速いですよ。私が追いつくのが少し大変な位に」
川のニンフであり泳ぐことはまさに歩くことと同じである彼女でもだというのだ。
「泳ぐだけじゃなく駆けもするからですね」
「そうだよね。じゃあこうしてね」
「今はですね」
「逃げるよ」
そうするというのだ。そのテューポーンからだ。
「そうしようね。いや」
「いや?」
「折角だからこのままデートしない?」
「今ですか?」
「戦っておられるゼウス様には申し訳ないけれどね」
そのことに後ろめたさを感じているのは事実だ。しかしだ。
だがそれでも楽観的で明るい性格のパンはそれを選んだのだ。ニンフとのデートを。
「どうかな。今」
「そうですね。約束ですし」
ニンフもだ。微笑になってだ。こう応えたのだった。
「そうしますか」
「そうしよう。それじゃあね」
「はい、それでは」
こう話を交えさせてからだ。互いに笑顔になりだ。
二人は川の中でのデートをはじめた。パンはその山羊と魚の姿でそれを楽しんだのだ。
死闘であり一度は危うくもなった。しかしだ。
テューポーンに何とか勝ったゼウスはその後でパンのこの話を聞いてだ。笑顔でこう言ったのだった。
「それは面白いな」
「すいません、ゼウス様の危機に遊んでました」
「ああ、それはいい」
ゼウスもだ。それは鷹揚にいいとした。そのうえでだの言葉だった。
「勝ったのだしな。それよりもだ」
「それよりもですか」
「その姿だ。そなたが川の中でなったな」
「山羊と魚の合いの子の」
「その姿は実に面白い。そんな姿に変わったことなぞ聞いたこともない」
ゼウスもだ。その時のパンの姿はだった。
「だから面白い。それ故にだ」
「ここでその姿になれと」
「違う。その姿を飾りたいのだ」
ゼウスが言うのはこのことだった。
「是非な。夜空にな」
「そうされるのですか。僕のあの姿を」
「そうだ。そうしていいか」
「はい、実は僕もあの姿は気に入ってまして」
慌ててそうなったがだ。それでもだというのだ。
「そうして頂けるなら何よりです」
「そうか。それではな」
「宜しくお願いします」
「わかった。では決まりだ」
オリンポスの雲で造られた白い宮殿のやはり雲でできた玉座からだ。ゼウスは頷きだ。パンのその姿を夜空に飾ったのだった。
その姿は今も夜空に飾られている。夜に空を見上げればだ。そこに今もあり人の目を楽しませている。その面白い姿で。
カプリコーン 完
2012・2・25
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