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眼病から

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第二章

「本当にな」
「全くですよ」
「目の病気か」
「暫く治療して」
「完治はするんだな」
「間違いなく」
「けれど、だよな」 
 また言う岩松だった。
「暫くは」
「この通りですよ」
 倉見は口元だけで苦笑いをして答えた。
「何も出来ないです」
「残念だな」
「大会も」
「ああ、仕方ないな」
 岩松もそのことはわかっていてこう言う。
「今回の大会はな」
「休んで、ですね」
「それじゃあどうしようもない」
 目の病気ならというのだ。
「次にするしかな」
「そういうことですね」
「幸いオリンピックにもアジア大会にも間がある」
「出られる様になってからですね」
「ああ、出てな」
「そこで決めればいいですね」
「そうだ、選抜されるのはまだ先だ」
 オリンピックやアジア大会の強化選手にだ。
「だからな」
「はい、今は」
「その目を治せ、いいな」
「それに専念します」
「後遺症はないんだな」
 一応だ、岩松は倉見にこのことを問うた。
「それは」
「はっきり言われました」
「ない、か」
「そうした病気じゃないそうで」
「ただ、そうしてだな」
「念入りに治療してです」 
 今の様に休んで、というのだ。
「完治させろって言われています」
「それじゃあ頑張れよ」
「そうさせてもらいます」
 倉見はこう言ってだ、今は目の治療に勤しんだ。焦っても仕方ないと思いそうしたのだ。だがここで、なのだった。
 ふとだ、ある日のことだ。彼は見舞いに来た同じ柔道部の面々に顔を向けてだ。こんなことを言ったのだった。
「おい殿馬、落としたぞ」
「んっ、何をだよ」
「蜜柑な」
 それをだというのだ。
「今な」
「あっ、そういえば」
 ここでだ、その彼は自分の手元を見た。するとそれまで手に持っていた蜜柑がその中になくだ。病室の床に落としていた。 
 それに気付いてだ、殿馬と呼ばれた彼は慌てて蜜柑を拾った。その皮を剥いていない蜜柑を手にして倉見に問うた。
「よくわかったな」
「聞こえたんだよ」
「聞こえた?」
「ああ、音がな」
 それがというのだ。
「わかったんだよ」
「蜜柑が落ちた音がか」
「そうなんだよ」
「そんなの聞こえたか?」
 倉見のその返事を聞いてだ、それでだった。
 殿馬はびっくりしてだ、他に見舞いに来ていた面々に問うた。
「蜜柑が落ちた音なんて」
「いや、全く」
「聞こえなかったぜ」
「そんなのな」
「全然な」
「俺には聞こえたんだよ」
 だが倉見はこう言うのだった。
「しっかりとな」
「蜜柑が落ちた音がか」
「それがか」
「何か今もな」
 まだ目を包帯で巻いたままだがそれでもだ、倉見は彼等に話した。 
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