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呼ぶ子

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3部分:第三章


第三章

 剛は先から先に進んでいく。おそらくその呼ぶ子の声が返ってきたその山にも辿り着いただろう。しかしそれでもまだ先に進むのだった、呼ぶ子がまた言葉を返してきたからだ。
「あれ、今度は向こうから返してきたよ」
「ああ、そうだな」
 我が子のこの言葉にただ頷いているかのようだった。
「今度はそっちだな」
「じゃあそっちに行くよ」
 また父の方を振り返らずに述べるのだった。
「そっちに。いいよね」
「ああ、行こう」
 そしてまた我が子に頷くのだった。
「このままな」
「うん。それにしても」
 ここで剛は歩きながらだがふと言うのだった。
「何か。おかしいな」
「おかしい?何かおかしいか?」
「だってさ。僕もかなり奥まで入ってるよ」
 もう山を一つ越えている。だからそう感じて当然だった。
「それでもまだ呼ぶ子が声を返してくるなんて」
「呼ぶ子は場所をいつも変えるんだ」
 このことを我が子に教えてきた。
「いつも。だからな」
「だから中々見つからないんだ」
「そうなんだ。だから見つけようと思ったら」
「山をまだ越えていって」
「そう。そうして見つけるものなんだ、呼ぶ子は」
「わかったよ」
 剛は父の言葉に気合を入れたかのように強く返したのだった。
「だったら。まだ行くよ」
「見つけに行くんだな」
「うん、こうなったら夜遅くなるまでに絶対に見つけるよ」
 父の言葉は忘れてはいなかった。
「絶対にね。だから行くよ」
「ただし。夜になるまでだからな」
 このことは念押しする父だった。
「それはいいな」
「わかってるよ」
 それはもうわかっている剛だった。やはり素直な心であった。
「それはね。もう」
「それまでの間に見つけるんだぞ」
「そうするよ」
 こう言ってさらに山の中へと入っていくのだった。彼は決して後ろを振り向くことはなかった。そうしてどんどんと進んでいく。しかしそれでも呼ぶ子は見つからず遂に周りは赤くなってきたのだった。父はその赤くなった山の中で我が子に対して言ってきたのだった。
「よし、ここまでだ」
「うん」
 見れば剛はもうかなり疲れていた。これまでずっと歩きどおしだったからこれも当然のことであった。
「そうなんだ。終わりなんだ」
「家に帰るぞ」
「わかったよ。じゃあ」
「帰り道はわかるか?」
 ふと我が子に対して尋ねてきた。
「それはわかるか?」
「あっ、そういえば」
 言われてこのことに気付いた剛だった。
「ここ。何処かな。凄い奥まで来たけれど」
「何処まで来たのかわからないか」
「うん。ここ何処?」
 不安になってきて父に問う。問いながら辺りを見回しもする。
「ここ。何処かな」
「じゃあ父ちゃんについて来るんだ」
 今度は父から彼に言ってきたのだった。
「父ちゃんにな。いいな」
「父ちゃん道知ってるの?」
「当たり前だろ。父ちゃんだぞ」
 父だからだと言うのだった。
「ずっとここで遊んできたんだからな。知ってるさ」
「そうだったんだ」
「だからだ。ついて来るんだ」
 今度は父が彼の手を握って言う。
 
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