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呼ぶ子

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2部分:第二章


第二章

「だったらさ。探しに行こうよ、誰も見たことのない妖怪をさ」
「しかしな、剛」
 父の今度の言葉は諭すものであった。
「山の何処にいるかわからないんだぞ」
「何処に?」
「そうだよ。見てみろ」
 言いながらまた山を指差す。その幾層にも連なり果たして何処まで続いているのかさえわからない緑の山々を。そこを指差すのだ。
「山はあれだけあるんだ」
 諭す言葉が続く。
「その中から見つけるっていってもな」
「だったら声出せばいいじゃない」
 しかし剛も聞かなかった。
「そうでしょ?だったら」
「声を出してか」
「そうだよ。声を出したら返してくるんならそこにいるよ」
 そのことはもうわかっている剛だった。
「だからそこにね」
「行けばいるっていうのか」
「呼ぶ子がね。だから行こう」
 あくまで行くと言って聞かない。
「今から。ほら」
「ああ、わかったよ」 
 ここで遂に父も折れたのだった。
「それじゃあな。今から行くぞ」
「うん」
「ただしだ」
 父は言葉を注意するようにして加えてきた。
「夜遅くなる前に帰るんだぞ」
「夜遅くなる前に?」
「そうだよ。妖怪が出て来るからな」
 こう言って念押しする父だった。
「いいな。そこはな」
「妖怪が出て来るんだ」
「山は怖い場所でもあるんだ」
 このこともまた我が子に話した。
「だからだよ。いいな」
「そうか。山ってのは怖い場所なんだ」
「夜の山は危ないんだ」
 このことをとにかく念押しするのだった。
「だからだ。いいな」
「うん、わかった」
 剛は父の言葉に対して素直に頷いた。聞き分けがいいと言えた。
「じゃあ夜になる前に。呼ぶ子を見つけよう」
「よし、じゃあ行くか」
「うん」
 こうして父を連れて行くようにして山の中へと入っていくのだった。山の中は見渡る限り森でその間から日差しが見える。その中を歩いていると涼しく、また木の香りがした。せせらぎは小鳥や小河のそれでありそういったものが剛に気持ちをさらに楽しいものにさせた。
 その中を進みながら両手を口元に当てて叫ぶのだった。
「ヤッホーーーーーーーーーーーー」
「ヤッホーーーーーーーーーーーー」
 やはり呼ぶ子が言葉を返してきた。その言葉が返って来た山に見当をつけるのだった。
「あそこだよね」
「そうだな。あそこだな」
 父も彼が指差したその山を見て頷く。
「あの山だな」
「じゃああそこに行こう」
 父の言葉を聞いたうえでさらに先に進むのだった。
「先に。行くよね」
「ああ、行くよ」
 後ろから我が子に対して頷くのだった。
「ずっとな。一緒にいるからな」
「御願いだよ、父ちゃん」
 父の方を振り返らないがそれでも彼は父を見ていた。
「ずっと一緒にいてよ」
「ああ」
「父ちゃんがいてくれないと寂しいから」
 こう言うのだった。
「だから。ずっと一緒にね」
「いてやる。だから進むんだ」
「うん」
「行けるところまで行くんだ」
 今度はこう言うのだった。
「父ちゃんが後ろにいるからな」
「わかったよ。じゃあ行くよ」
 こうして彼はその山まで行くのだった。父はそんな彼の後ろをじっと見ていた。そのうえで彼についていく。ただただその行く先を見守りながら。
 
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