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未亡人のミサ

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4部分:第四章


第四章

「それはそこに」
「それは一体」
 牧師はマシューの何時になく強い言葉に応えて尋ねた。この老婆は村の中でも最も温厚で物静かな人間として知られているからだ。
「お布施のお盆にですね」
「ええ」
「私は指輪を置かせて頂きました」
「指輪をですか」
「そうです」 
 またしてもいつもより強い言葉であった。
「結婚指輪をです」
「あっ、そういえば」
「マシューさんの指にないぞ、あの指輪が」
「結婚指輪が」
 皆言われてそのことに気付くのだった。
「じゃあやっぱり」
「そうなのか?」
「ふむ。それでしたら」
 ひそひそと話をする人々の間で牧師は考える顔になった。そしてそのうえでマシューとその人々に対して提案するのであった。
「そのお盆を見てみましょう」
「御覧になって下さいますね」
「まずはです」
 ここで彼はマシューを見て述べた。
「正直なところ私はマシューさんが嘘をついておられるようにはとても思えません」
「それは確かに」
「それだけはないよな」
 村人達もこれに関しては牧師と同じ考えであった。マシューは極めて正直で善良な人柄である。その彼女が嘘をつくなぞ誰も考えられなかった。だからこのことは皆頷くことができた。
「マシューさんに限ってそれは」
「絶対にな」
「ですから。まずは」
「お盆をですね」
「はい、確かめてみます」
 まずは論より証拠であった。指輪が本当にお盆の上にあるか確かめようというのだ。このことを決めた牧師は早速教会の扉を開けたのであった。
「では皆さん」
「ええ」
 皆牧師が教会に入るのをまずは見届けた。
「そのお盆を持って来ますので」
「持って来られるのですか、ここに」
「ええ、そのつもりです」
 こう人々にも答えた。
「大勢の方に見て頂いた方が確かですので」
「それはそうですか」
「いや、そうだな」
 人々は暫し考えたがここは牧師の言葉に賛成することにした。やはり牧師という立場が持つ説得力は絶大なものであった。特にこうした小さな村では。
「やはりここは牧師様にお任せしよう」
「そうするか」
「ああ、それが一番だ」
 こうして自然に話が決まるのであった。本当に自然であった。
「だからもう」
「よし、わかった」
「それじゃあな」
「では御願いします」
 話が決まったところであらためて牧師に頼み込むのであった。
「それで是非」
「ここは」
「わかりました。それでは」
 牧師も彼等の言葉を一礼して受けた。これで決まりであった。彼はすぐに教会の中に入りすぐに戻って来た。その両手に持たれていたのは。
「お盆だ」
「しかもだ」
 人々はそのお盆だけでなく自然にその上にも目をやった。そこにあったのは。
「間違いないな」
「ああ、間違いない」
 皆頷くのだった。何故ならそこにあったのは。
 指輪だった。見ればお盆を持っている牧師も顔もそれを見る人々の顔も強張っている。そして何よりも当のマシューの顔が。他の誰よりも強張っているのであった。
 その強張った顔で。彼女は皆に対して言うのであった。
「この指輪です」
「ええ、確かに」
「これは」
 誰もが彼女の言葉に頷いた。頷くことだけしかできなかった。
 
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