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毒婦

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6部分:第六章


第六章

「この程度の技ならば容易いこと」
「つまり狐にやられることはないというころか」
「そうだ。狐だけではない」
 彼は言う。
「どの様な魔物にも。やられるつもりはない」
「殊勝よのう。惚れ惚れするわ」
 その言葉を聞いた姫の目が細まる。それはまさに妖狐のそれであった。
「惚れるわ、そなたが欲しい」
 そして言う。
「わらわの婿として。欲しうなったわ」
「生憎だが私は魔物の婿になるつもりはない」
 源介は毅然として言い返す。
「御館様の為、武田の為」
「全てを賭けるというのじゃな」
「そうだ、私は武田の家臣春日源介」
 そのうえでまた名乗る。
「それ以外の何者でもない。私は御館様の刀だ」
「刀ではないな」
 姫はその言葉は打ち消した。
「そなたは。書じゃ」
「書!?」
「左様、わらわの実体もすぐに見抜いた。これはそこらの知恵ではできぬこと」
 姫は源介が武芸だけではないということも見抜いていたのだ。
「知恵もある。そなたはそれで大きくなることじゃろう」
「ならばそれもよし」
 源介にとっては刀であろうとも書であろうともよかったのだ。
「武田の為になるのなら。書にでも何でもなろうぞ」
「生憎じゃがそなたはわらわの書になるのじゃ」
 姫はまだ源介を諦めてはいなかった。
「褥では人形に。その顔も惜しや」
「まだ諦めぬのか」
「覚えておけ。狐は諦めが悪いのじゃ」
 今度は狐火を放ってきた。青白い火が源介を上から襲う。
「特に美しき男はのう。諦めぬぞえ」
「何のっ」
 その火を唐竹斬りにする。一瞬のことであり今度は光さえ見えはしなかった。
「火では我が剣を阻めぬぞ」
「今までならば既にこと切れておるのに。今の火をかわしたものはおらぬ」
「この様な遊戯で」
 源介はきっと立ち上がった。
「武田を滅ぼせると思ったか!」
「ならばわらわも秘術を出そうぞ」
 毅然として立つ源介を前にして妖しき言葉を出してきた。
「秘術!?」
「これは今まで使うたこともなかったわ」
 姫は胸の前で印を結びはじめた。
「我等が管狐一族に伝わる秘術中の秘術」
「それを今から出すというのか」
「そうじゃ、今な」
 その顔の笑みが凄みのあるものになってきていた。まるで般若の様な、そうした凄みのある笑みになろうとしていた。
「見せてつかわそう、管狐一族の秘術」
 周りの狐火が激しく回りはじめる。その動きは徐々に速くなり、しかも数も増えてきていた。
「これで決め手つかわしてやろうぞ」
 印を解く。するとその回っていた火が一斉に源介に向かって放たれた。見ればそこには全て管狐がいた。
「狐が!?」
「火狐よ」
 姫は身構える源介を見て笑っていた。勝利を確信した笑みであった。
「我が僕、火だけで倒せぬ場合にはその双方を使う」
 彼女は言った。
「そういうことじゃ」
「狐と火か」
 しかも数はこれまでのものとは比較にならぬものであった。それが部屋に満ち至るところから源介に襲い掛かる。これまで二度の攻撃を退けてきた彼も今度ばかりは駄目であるように思われた。
「案ずることはないぞ」
 姫はその絶体絶命の源介に対して述べた。
「そなたはわらわが生き返らせてつかわすからな。わらわの婿として」
 目が青く不気味に光っていた。
「して共に天下を目指すのじゃ。よいな」
「この世で天下を治めるに足る御方は一人のみ」
 源介はその狐火達に囲まれながらも平然としていた。まだ肝は微動だにしてはいなかった。
「御館様のみ。他の者には天下は収まりきれぬわ」
「人には無理じゃ」
「否!」
 源介は強い声で姫の言葉を否定した。
「人ならばこそだ」
 それが彼の言葉であった。
「人ならばこそ天下を治めることができるのだ」
「世迷言を。今の乱れきった天下をどうして収めるというのか、人が」
「その乱れは人が起こしたもの、ならば人が収められるのは道理」
 そう反論する。
「魔物の入るものではない。いらぬ節介だ」
「節介と申すのならば今わらわを退けてみせよ」
 その言葉を耳にしても姫の余裕は変わりはしない。
「さすればそなたも人も認めてつかわす」
「認めてもらうことはない」
 彼はまた言い返した。
「何故なら。貴殿はここで倒すからだ」
「ではやってみせよ」
 源介を挑発するようにして述べる。
「わらわの狐火。防げるものならばな」
「それを防ぐこともない」
 源介の目が光った。
「ムッ!?」
「何故なら。貴殿ごとこの狐火も斬るからだ」
「殊勝な。これだけ取り囲まれてか」
 今度の笑みは嘲笑であった。
「肝が大きいのはよいがこれは」
「貴殿はさっき言ったな」
 源介の言葉はその嘲笑を退ける程の強さがあった。
「千年生きたと。それは確かに凄い」
「人には出来ぬことよな」
「それだけ生きたということはそれだけの力を身に着けられるということ。それで人が貴殿等に勝てることはない」
 まずはそれを認めた。
「しかしだ」
 だがすぐにそれを打ち消す。
「人はそれだけではない。人の命は短いがその実は何よりも濃いものだ」
「中身が違うとでも申すのか?」
「左様。そして今それを見せてやる」
 一斉に襲い掛かる狐火達。それに白刃が舞う。
「生憎それでは我が僕達を押さえることはできぬぞ」
「ではこれでどうか」
 源介は左右に動いた。身体が分かれる。
「一人で出来ぬのならば二人」
 源介は刀を振るいながら言う。それだけで白刃の数が倍になった。
「二人で出来ぬのなら三人。決してしのげぬものではない」
「むうっ」
「これもまた人の技だ」
 狐火達を斬り伏せながら言う。
 
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