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リメインズ -Remains-

作者:海戦型
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9話 「シークレット・エイト」

 
前書き
種族:
この世界には実に多種多様なヒト種が存在している。翼を持った翼種、角を持った有角種、犬種、猫種、鋭耳種など種類は多岐にわたり、その祖先は同一と考えられているが、何故そのように多様な姿になったのかには学説上の争いがある。一般には女神が多様な在り方を貴んだ結果とされている。
現実世界においてのホモ・サピエンスに当たるマギム種もこの世界に数多くいる種族の一つに過ぎないが、動物的特徴を有しないことと文化的優良国であったことからかつては排他的選民思想を持っていた時期もあり、地域によってはマギムを疎む者も多い。なお、種族名を必ず締めくくる"〇〇ム"とはロータ・ロバリーにおいて"〇〇のヒト"であることを意味する。 

 
 
「カナリアさんも結構謎多き人ですね」

 ガゾムという種族は火山や山脈などの鉱石地帯を中心に住んでおり、特に彼等が最も多く住むと言われる鉄工大国エディンスコーダは技術大国としても有名だ。あそこは天空都市バベロスとアーリアル王国に次ぐ三大国(ビッグスリー)の一角だ。
 お国柄は技術馬鹿とも言えるほどものづくりが好きで、また商魂が逞しいため世界中にキャラバンが回っている。そして、少なくともファーブルは戦いを生業にするガゾムの話など噂ですら聞いたことがない。基本的に自衛を除いて攻勢に出る事はない種族とマーセナリーの職種は不釣り合いだった。

「武器売りのガゾムなら見たことがありますが、傭兵のガゾムなんてあのフィリップスくらいしか知りませんよ」
「……フィリップス?」
「おや、ブラッドさん知りませんか?退魔戦役で華々しい戦果を挙げた英雄たち、六天尊(グローリーシックス)のフィリップスですよ。彼は義勇兵でありスポンサーでしたからね」
「……あ、ああ。確かあだ名は大砲王、だったか。当時まだ未成熟だった大砲の鋳造技術を発展させて、陸上戦艦を乗り回して魔物を屠ったんだったな」
「そうです。今は表舞台に出ていませんが今でも機械(マキーネ)の第一人者として世界の技術者に尊敬されています」
「………………」
「……どうかしましたか?」

 彼にしては珍しく、少々ぼうっとしていたようだ。
 今日は朝から珍しい事が続くな、とファーブルは不思議に思った。

「足りない」
「え?」

 ぽつりと彼が呟いたその言葉に立ち止まる。
 そして続く言葉がファーブルのある忌まわしい過去を思い出させた。

「前から思っていた。六天尊の名前を聞くと、何人か欠落している気がする。何故だろう」


 結果から言えば、それは考えてはいけない疑問だった。
 ブラッドにも、そしてファーブルにとっても。

 二人が後悔するのは、それから更に後の事となる――。



 = =


 
 フィリップス。その名前を聞いた時に、俺は既視感を覚えた。
 六天尊の事はよく聞く。戦争を終結に導いた英雄だと。うち一人は既にこの世を去っているが、その栄光は30年経った今でも戦士たちの語り草になっている。


 退魔戦役に於いて、八方の極地にまで英名轟かす六の英傑在り。
 魔を狩り、魔将を討ち、その尊厳たるや天にも届かん。


 麗しき女聖騎士、エルディーナ。

 黒翼の鬼儺(おにやらい)、クロエ。

 偉大なる大砲王、フラッペン。

 神の腕を持つ男、ジンオウ。

 国潰しの白狼女帝、ネスキオ。

 今は亡き鉄血の猛将、シグル。


 その名を聞くと不意に懐かしさのような、彼らの事をよく知っているような錯覚を覚える。
だがその度に奇妙な違和感を感じる。何か足りないような――そう、誰かがその中から欠落しているような錯覚。6人以上、この集団の中にいた様な気がする。

 これも何かの手がかりなのだろうか。俺が捨て去った記憶に関係があるのだろうか。その真相を究明したいという欲求と、触れてはいけないような忌避感。その二つがまた俺を縛り付ける。
 六天尊は天下の英雄としてその知名度も実績も世界中に轟いているが、彼等が実際に躍進したのは30年も前の事であり、中には現役を退いている者もいるだろう。そんな過去の人間と自分に関わりがあるとは考え難い。記憶違いだと考える事も出来るし、単なる覚え違いかカン違いの可能性もある。

 だが、もしもそれが勘違いでなかったとしたら?
 俺は年を取っていないようだ。だから俺が六天尊の活躍した30年前の退魔戦役に参加していた可能性は否定できない。そこで俺は六天尊について何かを知り、そして記憶を失ったのだろうか?
 まさか――こんな所に手掛かりがあったのか?
 内心では半信半疑だったが、この突拍子もない発想を完全否定する材料がないのも確かだった。

「足りない」
「え?」
「前から思っていた。六天尊の名前を聞くと、名前が欠落している気がする。何故だろう」
「………欠落、ですか。そうですね――恐らく数学賢者ゴルドバッハではありませんか?」
「ゴルドバッハ………神秘術の権威だったという」
「ええ。彼は戦役で大きな貢献をしていますからね。特に術師達の間では彼を神聖視する者もいるほどです」

 ゴルドバッハはゼオムという種族の出の神秘数列研究者だ。その神秘術知識において右に出るものがいなかったことから、数学賢者の名が冠された。
 ゼオムは普段外界から隔絶された天空都市に住んでおり、地上に殆ど干渉しないものの神秘数列に置いては世界随一のものを有している。そんな環境下で彼は退魔戦役の際に地上にアドバイザーとして降りたち、敵を打ち破るために数多くの策と神秘術を託したと言われている。
 そんな彼も、終戦直前に魔物の強襲を受けて還らぬヒトになった――と聞き及んでいる。

「戦時資料によると、彼は六天尊と行動を共にすることが多く、特に黒翼のクロエと猛将シグルとは親しかったようですよ。戦時を知るヒトの中には彼も含めて七天尊だと主張する人もいると聞きます」

 ゴルドバッハ。そうだ、彼もその6人と共に並んでいた気がする。パズルのピースが一つ埋まった。だが、まだ何かが欠落している。

「……いや、やはり抜けている」
「――ブラッドリーさん。本当にそう思いますか?」

 不意に、緊張が走った。ファーブルの方を見やると、その表情は非常に硬い。
 この表情、こちらを疑っている顔ではない。何かを知っている表情だ。

「ブラッドリーさん。この話は今日の調査が終わった後で構いませんね?」
「………ああ」

 後ろにいたカナリアたちが何事かと首を傾げたが、2人はそのまま淡々と仕事をこなした。


 その日は予定していた捜索範囲を上回る場所を捜索できたが、めぼしい発見は無かった。持ち帰ったのは古代の物と思われる用途不明の道具と古代言語で書かれた謎の書物が幾つか。これに価値が付くかは後の鑑定結果次第といった所だろう。
 途中様々な魔物に襲われたものの、どれも難なく倒すことが出来た。

 手に入れた物品は全て審査会に提出され、後日その鑑定結果と報酬が手渡される。がらくたが大金に化けたり、苦労して持ち帰った物に価値がつかなかったりと報酬は安定しないが、それもまたマーセナリーという仕事の運命。ただ、義務を遂行すれば最低ラインの報酬は出してくれる。

 しかし――いつものように魔物を狩って返り血に濡れたブラッドリーは、水浴び場でそのべったり張り付いた血糊を水場で落としながら思う。
 今日はあまり魔物を斬り殺す事に気が高ぶらなかった。高揚はあるにはあったが、それ以上の気がかりが勝っていたからだろう。気が付けば自分が誰なのかという問いばかりを繰り返している。あまりに意識が傾きすぎてカナリアに心配されてしまうほどだった。

(俺はやはり、自分が何者か知りたのだな……)

 むしろ、今まで疑問を持たないように目を逸らしていたのかもしれない、とさえ思う。
 自分は何者か。何所から出でて、何所へと流れゆくのか。
 長い年月を経てその真実は既に失われているのかもしれない。
 それでも――知りたい。

 今まで抱いてきた乾き、疼き、夢――その答を。



 = =



『お前がそんな危険な男だったとはな。私の見込み違いだったようだ』

 ――違う。

『おい、近寄るなよ異端者!俺まで異端審問の道連れにする気か!?』

 ――違うんだ。

『学友?冗談言わないで。アナタみたいな狂人と私たちがなんて……あり得ない』

 ――聞いてくれ。

『出て行け!今すぐに……この、罪人!アンタみたいな奴だって知ってたら……!』

 ――僕は、僕はただ。

『どこでもいいからリメインズに行ってマーセナリーになれ。罪から逃れるならそれしかないだろう』

 ――学問を追求して、真実に辿り着きたかっただけなのに。

 誰もかれもが僕を見る。蔑むように見下す。昨日一昨日まで笑顔で迎えてくれた人々が、器を返すように罵詈雑言を浴びせ、口々に僕の存在を否定する。今までの人間関係が、今までの信頼が、今までの実績が、目の前で踏みにじられるように消えていく。

 この町での僕の存在とはなんだったんだ。
 僕の才能も努力も、何故踏みにじられなければいけなかった。
 もう、今となっては何も――。


「うぁぁぁッ!?……ハァっ……ハァっ……」

 弾かれるように上体を起こす。乱れる呼吸を整え、心臓の鼓動を抑えるように周囲を見渡す。
 そこは自分がかつて追放されたあの場所ではなく、もう住み込んで1年も経つ部屋の一角に置かれた簡素なベッドの上だった。横には磨かれた愛槍が立てかけられている。

「そうか、うたた寝していたのか……」

 からからに乾いた喉を潤すために、水差しの水を喉に流し込む。外を見ると、既に日は沈んでいた。

 久しぶりに、嫌な事を思い出してしまった。この第四都市に住みこみ、リメインズという魔窟で槍を振るうようになってからもう1年が経った。

 部屋の机には個人研究を進めている神秘数列の研究資料と槍の加工道具。よく見れば盆に乗せられたパンやスープなどの食事が置いてある。こちらが寝ているのに気付いて、敢えて起こさず食事だけ届けてくれたようだ。
 そして、机の隣にある本棚には趣味である歴史書が積み重ねられている。その一冊――30年前の退魔戦役の軌跡を辿った戦史本を手に取り、背表紙を撫でる。もう何度も何度も読み返し、ページが手垢で変色してボロボロになっている。
 いつも肌身離さず持っていたそれが、自分の始まりだった。

 子供の頃から歴史が好きで、その戦いを勇敢に斬り抜けていった英雄たちに思いを馳せ、もっと知りたいと強く願った。親にねだって多くの資料や本を買い集め、気が付けば大人よりも歴史に詳しくなっていた。

 やがて好きが高じて、とうとう気が付けば本物の学者になっていた。

 恩師に恵まれた。学友にも。周囲には優秀な生徒だと持て囃され、友人に誘われて始めた槍術は短期間で上達し、免許皆伝も夢ではないと師範に期待をかけられていた。

 しかし――今となってはその全てが失われたものだ。
 社会的な地位も、人間関係も、全て崩れ去った。それほどの代償を払い漸く手に掴んだのは――

「これだけ、か」

 机の隠しギミックで奥底に封印するように仕舞い込んでいた一冊の本を取り出す。
 始まりの本が先ほど手に取った物ならば、終止符を打ちこんだのがこの本。
 公式資料であることを指し示すグリフォンの金印が記されたそれを掴む手に、力が籠った。

 知らなければよかったとさえ一時期は考えた秘密。歴史の闇に放り込まれた不都合と真実の一端が記されたその資料は、二度と開けるつもりはなかった。こんな僻地まで逃げてきたのだから、もうこれを思い出すこともないと信じていた。

 だが、流転する人生の中で全てを捨てて掴んだこの古めかしい本が、他の運命と交わろうとしている。何の価値もないと投げ捨てようとしたそれが、別の真実に繋がろうとしているかもしれない。

「……いい、機会なのかもしれない」

 ブラッドになら打ち明けてもいいかもしれない。
 自分が唯一、戦士として尊敬する男。今まで何度も挑んでは敗北してきた、まるで戦史の英雄のような実力を持つ男。自分自身、彼の過去が気になっていた。

「ブラッドさんの過去を探求するのにこれが必要ならば――」



 = =



 その日の夜。ファーブルは古びた本を一冊抱えてブラッドリーの部屋を訪れた。
 律儀にもドアをノックしたのちに部屋に入った彼は、いつになく顔から表情が抜け落ちていた。

 前にカナリアが来たときは、入るなり殺風景だと文句を言って色々とものを置いていこうとしたものだ。いくらなんでもクマのぬいぐるみは遠慮させていただいた。だが、今のファーブルからはそのような余裕は感じられない。

「お待たせしました」
「……大仰だな。俺はそんなに大層な事を口にしたのか?」
「ええ、僕にとっては……ですがね」

 部屋の椅子を引いて座るよう促し、自分も別の椅子に座る。

「もう一度だけ確認させてください。六天尊とゴルドバッハに加えてもう一人いた。その記憶は確かなものですか?」
「……俺の感覚的なものだが、足りない気がするのだ。もう一人、老に近しい男がいた気がする」

 そう返答はしたが、自分でも何故そんな気がするのか根拠は分からない。それが自分の過去とどうかかわっているのかも不明だ。だが、それを聞いたファーブルは大きくため息をついて項垂れた。

「まいったな……こんな数奇な繋がりがあるのか?これも女神エレミアのお導きなのかもしれないですね……」

 その表情には諦観と共に深い陰が落ちているように見えた。
 その様子はむしろ、その答えを聞きたくなかったかのようで、罪人が自身の過去を独白するような、そんな陰。顔を上げたファーブルは、自嘲的な笑みを浮かべる。

「少し、僕の身の上話を聞いてください」

 月明かりが照らす光によって顔半分が影に包まれる。その陰に隠された顔が、哭いている様が気がした。
  
 

 
後書き
4/1 タイトルを間違えてたのはここだけの秘密です。 
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