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リメインズ -Remains-

作者:海戦型
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7話 「行雲流水」

 
前書き
国と都市:
この世界では国と都市は非常に近い意味で使われる。小国ならば一つの都市を以って国とすることもあり、都市というのは小さな国と同等の扱いと考えてもらって差し支えない。
なお、「アーリアル王国」「エディンスコーダ」「天空都市バベロス」の3つは世界でも最も歴史が古く文化面でも発達していることから「三大国(ビッグスリー)」と呼ばれている。 

 
 
 昨日の夜以来、どこかブラッドの雰囲気が変わった。

 もとより彼は変わった男だった。ヒト的な生活を送っているようでいて、そこに籠る感情が希薄。なのに戦いにおいては誰よりも闘争感情を剥き出しに剣を振るう。
 普通ならばヒトの生の実感は些細な日常の中にある。だが、ブラッドはその日常の重要なファクターに戦いを組み込んだ。リメインズに命を賭けるマーセナリー達の中でも、彼ほど戦闘を自然に行う者はいない。言うならばその自然こそが歪で不自然だ。

 カナリアは、彼の失った記憶の中にその原因が転がっていると考えていた。そして、それがはっきりした形として捉えられない苛立ちが、余計に彼を戦いに埋没させる。だから記憶を思い出せばブラッドも自分の悩みに整理をつけられる筈だと思った。
 彼女なりに今の歪なブラッドの在り方を(おもんぱか)って、記憶を探すことを提案した。

 今のブラッドからは少し焦りのようなものを感じる気がした。
 朝食のパンを齧るブラッドはいつも通りの仏頂面にも見えたが、余り食事に関心がいっていないのかいつもより食べるペースが早かった。

(………思いたったらやらずにはいられない性質?だとしたらブラッドさんにも可愛い所がありますねー♪)

 そう考えると、今のブラッドがそわそわする子供のように見えてくる。何食わぬ顔で食事をとりながら、内心でくすりと笑った。

「……?なんだ人の顔をニヤニヤと」
「べっつにー♪」
「………いい歳して妄想癖か?」
「そんな訳ないじゃないですか!?私が変な人みたいな言い方しないでくださいよねぇッ!!」



 = =



 マーセナリーは特別な用事でもない限り、朝の9時にはリメインズに入る。それまでは買い物をしたり鍛錬をしたりと、それぞれが思い思いの行動をする。そして、ブラッドはいつもこの時間に剣の鍛錬を行う。場所は決まって宿の裏にある小さな鍛錬場だ。

 剣としては大き目な段平剣を縦横に振り回し、刃が空を切る音と風圧が周囲に響く。
 素振り、袈裟切り、横切り、突きなどを流れるようにこなすその様は、どこかの騎士団にいてもおかしくなさそうに見えた。一つ一つしっかりと踏み込みながら振りかざされる刃は、リメインズの魔物すら一刀両断する威力を秘めている。
 カナリアは剣術に造詣が深いわけではないが、彼の剣技は素人目に見てもずば抜けている。

 普段の彼女はそれを部屋の窓から眺めつつ、携行砲に使用する弾丸の火薬を調合したりしている。
 だが生憎昨日はリメインズにいかなかったために弾薬の補充は必要なく、今は手持ち不沙汰にブラッドの剣を近くのベンチに座って眺めるだけだ。

 彼女がブラッドとコンビを組んでいるのには理由がある。

 理由その一、容姿。
 子供にしか見えない容姿の所為で、相手が遠慮したり実力を疑ったりで相手にしてもらえない。
 外見を気にせず、更に言えば彼女と一緒に歩いても周囲の目を気にしないマーセナリーは彼くらいのものだ。

 理由その二、武器。
 彼女の操る携行砲だが、一度それを見たマーセナリーは多くが一緒に仕事をしたがらない。
 何故かと言うとこの携行砲、狙いが大雑把な割に火力が高いので援護に向いていないのだ。他人と動くより一人で動いた方が効率がいいし、なにより誤射を恐れて誰もが首を横に振る。

 理由その三、人となり。
 マーセナリーは最低でも2人以上で行動するのが原則であり、その間には強い信頼関係や契約なしに成立しえない。つまり、前述のようなハンデを抱えたままに後からコンビなどに割り込むのは至難の業だ。
 必然、コンビを組もうとしたら余り物同士でくっつくしかないのだが……マーセナリーの中でもさらに余り物となると、元犯罪者や人格破綻者などの危険人物しか残っていないのが実情だ。

 その点で鮮血騎士(ブラッドリー)と呼ばれ畏怖されている彼は、周囲が避けていると言うだけでまともな部類に入る。ちょっとカナリアへの態度に難があるが、そこは大人のこちらがぐっと堪えればいい。

 それまで散々な失敗とコンビ解消を重ねてきた彼女にとっては最後の砦なのだ。
 フリー活動者は人格破綻者かイロモノのレッテルを張られて後ろ指を指されるこの町で、自分もその一部に身をやつすのは絶対に嫌だ。気分が悪いし、信頼にもかかわる。何よりそんな変な男と付き合うのは女のプライドが拒否する。

(この男、決して逃すまじ!!目指せ契約延長です!!)

 今はまだ付き合いが短いが、必ず彼に気に入って貰わなければ困る。
 そのために、出来るだけブラッドと一緒に行動して彼を知るのが肝要だった。

 ――と、そこに一人の男が近づいてきた。

「あれ?ファーブルくんだ」
「どうも。いやぁ、ブラッドさんは今日もやってますね」

 爽やかな笑顔の好青年が軽く手を上げて挨拶する。

 流れるような短めの青髪に、何所か白衣を思わせる白い戦闘装束。
 手に持ったすらりと長い槍には、あちこちに神秘数列と思われる式が彫り込まれている。
 男の名はファーブル。私達と同じく「泡沫」に住む住民の一人だ。宿のメンバーの中では日が浅い方で、まだマーセナリーになってから1年少ししか経っていないそうだ。
 こちらは「泡沫」に来てまだ1か月しか経っていないが、彼の落ち着いた物腰はむしろ学者のような知性が垣間見えた。その姿は部屋で読書でもしていた方が絵になりそうであり、鍛錬場という場所にはどこか不釣合いに思える。

「珍しいね。ブラッドさんに用事?それとも私かな?」
「今日の用事はブラッドさんの方です。時々練習に付き合ってもらってまして……今日は新しく組み込んだ神秘数列の具合も含めて一手お手合わせをと」

 柔和な微笑みを浮かべる彼は、身体の線も細くてあまり戦士には見えない。
 だがそんな彼も立派なマーセナリーの一人。事実、カナリアも何度か彼が魔物を狩る瞬間を見たことがある。
 恐らくマーセナリーの中でも最も華麗なその槍裁きを。

「……ブラッドさん!少しお手合わせ願いたいのですが!」

 彼の声に、ブラッドは剣の手を止めて一瞥し、静かに頷く。

「構わん。いつも通り術込みの一本勝負で構わないな?」
「はい。さて、今日は勝てると良いけどな……!」
「………むう。なんか男同士通じ合ってる」

 ブラッドは彼の姿を見て粗方の事を察したようだった。
 彼のビジネスパートナーを自称する彼女としてはちょっとファーブルが妬ましい。なんとなく、パートナーの癖に彼のそんなことも知らないのか?と嘲笑されている錯覚を覚えさせられる。

「やっぱり私も剣とか斧とかを使った方が分かり合えるのかなぁ?」

 いつも素っ気ないブラッドが自分から乗り気な対応を見せているし、そのような腕と腕のぶつかり合いをしないと通じないものがあるのかもしれない、と思いつつ、彼女は事の成り行きを見定める。

 ファーブルがその槍を上から突き下ろすような構えで向かい合う。
 その姿はどこか優美で、水の流れ落ちる滝を想起させた。
 ブラッドは手に持った段平剣の切先を上に向けて胸の前に構え、改めてその刃を腰だめに構えた。
 詳しくは知らないが、確かあれは騎士が決闘の際に行なう挨拶の一種だったと思う。

 実際には正式な決闘ではないので試合開始の合図はない。
 相手が構え己も構えたらその時点で試合は既に始まっている。

 ブラッドが構え終ると同時に、ファーブルは既に踏み込んでいた。

「――受けよ我が刃、散水!!」
「………!」

 2マトレ近くある槍の切先が、目にも止まらぬ速度でブラッドを襲う。
 無数に乱れ飛ぶ刺突に、大型剣を獲物にしているとは思えない速度で対応。ファーブルはリーチを生かして揺さぶりをかけるように突くが、ブラッドはその場からほとんど動かずにそれを裁く。

 演武のように華麗な動きと、飛び散る火花。突きの速度とリーチは恐ろしく速いにも拘らず、ブラッドはその速度に危なげなく対応した。

「ふっ!」

 宙を舞う無数の火花と甲高い激突音の末、ブラッドが突きの僅かな隙をついて槍を弾き飛ばす。
 だが、ファーブルはそれを予想していたように余裕を持って身を翻し、再び距離を取って構える。

「おっと!ふふ、やはり競り負けますか。剣道三倍段といいますが、いつ戦っても貴方は計り知れない」
(………むむぅ。人の前で付き合い長いですアピール……自慢みたいでちょっと腹立つ)

 ファーブルからしたら逆恨みもいい所なのだが、ああいう台詞が自然と出てくるのは彼女としては羨ましい。自分もいつか……と将来の妄想に思いを馳せる彼女はさておいて、戦いは新たな局面へと移っていった。

「ではそろそろ、術を使わせてもらいますよ!――行雲流水我が身に宿れ」

 水面を揺らすように静かに、彼の周囲に大気中の『神秘』が収束していく。
 神秘とはこの世の根源霊素。その神秘に法則を与えて操る術――それが神秘術。
 槍に刻まれた術を構成する神秘数列が共鳴するように薄く光り、槍にひときわ大きく刻まれた「Ⅴ」の記号が淡い光を放つ。
 ファーブルは槍を掲げて、その槍に集まる神秘が海のように深い青みを帯びた。

「逆巻く『(クィンクェ)』の運命数よ!我が瞬槍に水の加護をッ!!」

 瞬間、槍の周囲を凄まじい速度で流動する水が溢れ出た。

 『(クィンクェ)』は水の運命を意味する術の根幹法則。
 彼が最も得意とする神秘術にして、その本領発揮を意味する運命数。
 槍に纏わりつく水と共に再びファーブルが深く踏み込む。

「――直刃(すぐは)、白水ッ!!」

 下から救い上げるように振り切った槍の切先から、凄まじい水圧の水刃が一直線にブラッドに飛来した。大地を抉るその一撃を、ブラッドは焦らず躱す。斬撃が訓練場の壁に激突して激しく水が飛び散った。
 もしこの壁が訓練用に特殊加工したイロカネ合金でなければ、今頃斬撃は隣の家を切り裂いていた事だろう。
 躱した先に既に回り込んでいたファーブルが神速の突きを繰り出し、それをブラッドが身を翻して更に躱す。そして再度、剣と槍が衝突。刃と刃が激しく衝突を繰り返す。

 水を纏った刃は先ほどまでのそれよりも重く、更には纏う水流の所為で刃が狙いすました方角に受け流されそうになる。故にブラッドはそれまでよりコンパクトな剣の振りで水の影響を最小限に抑えるぶつけあいに変えた。
 槍のリーチと水の受け流しが生み出す圧倒的なまでの戦い辛さ。だが、条件では有利なはずのファーブルに余裕はない。ブラッドの膂力がその拮抗を脅かしているからだ。
 数度ぶつかった後、これ以上は埒が明かないと考えたファーブルは槍が纏った水を地面に叩きつけた。

「壁となれ――直刃、璧水!!」
「ちっ……!」

 操られた水は壁となって往く手を阻む。不意打ち的なその術にブラッドの舌打ちが漏れた。
 下手に近づけば動きを封じられると考えたブラッドは避けるために一旦距離を取る。

 だが、それこそがファーブルの狙い。
 その隙を待っていたと言わんばかりに彼は腰だめに槍を構え直した。

「その隙、狙わせてもらいます!――直刃、画点進水ッ!!」

 槍がひときわ大きく輝き、その刃が水壁に突き立てられる。
 直後、壁となっていた筈の水が巨大な一つの刃のようにブラッドめがけて飛来した。
 突きと等速になったその激流は、言うならば飛ぶ刺突。しかもその威力と範囲は術によって大きく底上げされている。
 この槍術こそがファーブルの本領。水を用いた変幻自在の複合槍術。水を用いれば用いるほどに増える攻め手を的確に選ぶ様は、戦いの中に於いて華麗。

 ――だが。

「気迫はいいが、正面からとは愚策だな」

 ただその一言と共に、ブラッドは大地に深く踏み込んで段平剣を真っ向から振り落ろした。
 直後、避けることも難しいほどに速いその水の槍が、竹を裂くように真正面から正確に斬り散らされる。
 遅れて、ドウッ!と剣圧が周囲の大気を押しのけた。

 術さえ吹き飛ばす必殺の一振り。それこそがどこまでもシンプルで分かりやすい、ブラッドの強み。
ただ力強く、反応が早く、思い切りがいい。
 但しその度合いは平均的な剣士を遙かに凌駕する。
 その一閃を身に受けた魔物は例外なく両断され、断面からぶちまけられた鮮血は返り血として彼の身体に降り注ぐ。だからこそ、彼は鮮血騎士(ブラッドリー)と呼ばれた。

 そしてその事はファーブルも十分承知していた。承知したうえで、彼は仕込んでいたのだ。

「――貴方ならそう来ると思いましたよ。ですが、これならどうです!?」

 その言葉が終わるか終らないかの内にブラッドは気付く。切り裂いて真っ二つになった水の斬撃がまだ術による操作状態にあることに。
 先ほどの槍は、ブラッドの行動を読んだ上でのブラフ。
 実際には、彼の周囲に水を展開する事を狙った作戦。
 2つに分かれた斬撃は宙で蛇のようにうねり、彼の死角から降り注ぐ。

「――乱刃(みだれば)、双牙水!貴方に躱せますか!?」
「ならば、こうするか」

 次の瞬間――ブラッドは自らの武器である段平剣を手放して、その場を瞬時に離脱した。
 勝利とまではいかずとも一撃を確信していたファーブルの目が驚愕に見開かれる。

「なっ!?戦いの最中に自分の得物を手放すなど――!?」

 そして、その隙が勝敗を別つ決め手となった。

「残念だが、剣士が剣を一本しか持ってないと思ったら大間違いだ」

 油断で出来た一瞬の隙を見て大地を駆けだしたブラッドは、腰に装着したテレポットに素早く手を差しこみ、その中から小振りな細剣を取り出して一気に間合いを詰めた。
 余裕があった筈の間合いが、獣のような瞬発力であっさりとリセットされる。

「くっ、しまった!乱刃、雲す――」
「チェック」

 ファーブルが正面に発動しようとした水の神秘術を一瞬で切り裂いたブラッドの切先が、彼の喉に突きつけられた。
 しばしの静寂の後、自分が完全に後れを取ったことを認めたファーブルは槍を落とす。カラン、と渇いた音が鍛錬場に響いた。

「負けました。……これで12戦全敗です。まさか細剣の腕まで立つとは、貴方には驚かされっぱなしです」
「あの遠距離刺突から更に攻撃を重ねるまでは良い選択だった。だが距離があるからと油断したな」
「いい勉強になりましたよ……ありがとうございました」

 ファーブルは手合せ終了の挨拶をし、ブラッドもそれに応えるように剣を構えて礼のポーズをとった。



 その様子を見ていたカナリアは、ぽつりと呟く。

「やっぱり近接武器は間合いがどうとか面倒ですねぇ。携行砲でてっとり早く吹き飛ばした方が楽だし気持ちいいのに……」

 後にその考えが「トリガーハッピー」と呼ばれることを知るのは、また先の話。
  
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