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リメインズ -Remains-

作者:海戦型
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2話 「汝、覚悟ありや?」

 
前書き
エレミア:
伝承によると、ロータ・ロバリーは太古の昔、生物の存在しない死の星だった。その大地に降り立ち、星に命を与え見守っているのが「女神エレミア」であるとされる。女神エレミアの教えと慈悲を与えるエレミア教はロバリー全土に存在し、一部の土着信仰を除いてほとんどの国がエレミア教を主教とする。
但し派閥はいくつか存在し、時折宗教解釈の違いから摩擦を起こすこともある。なお、教徒は原則として宗教的象徴である星の円をイメージした「エレメダル」という小さなメダルを通して祈りを奉げる。現実世界で言う十字架のようなものである。 

 
 
 フォーメーションの見直しは上手く機能した。
 まだ消耗は激しく、術師であるセリアとモニカの負担は増えたが、なんとか対応できていた。

 だが流石に何度も戦闘が立て続けに起きると、流石に皆が自分たちの背後で繰り広げられる一方的な虐殺に気付いてくる。
 自分たちが5体前後の魔物を狩っている間に、同時に仕掛けてきた魔物と音を聞きつけて近寄ってきた魔物を薙ぎ払う剣士。その大剣を片手で振り回しながらもこちらより確実に速く、そして確実に敵を仕留め、気が付いたら自分たちの後ろに戻ってきている。

 異常なまでの実力。異常なまでの余裕。小さな傷を無数に負っているギルドメンバー達よりも多くの役割をこなしながらも怪我ひとつしていないその様を見る度、実力差を思い知らされたかのように上がった士気がストップをかけられる。

 自分たちの苦労というのはつまり、マーセナリーならばとっくの昔に乗り越えていなければいけない段階なのだ。全員が薄々感付いている――このままでは試験に合格できない、と。

 そんな中でセリアだけは、密かにブラッドリーに興味をそそられていた。
 まるで幼い頃に祖父から聞いた退魔戦役の古強者を連想させる、他を寄せ付けない圧倒的な実力。あの時代の戦士たちは、たった一人で100もの魔物を屠るような戦士が多くいたという。
 きっと本当の戦士というのはああやって余裕を見せるのかな、と勝手な妄想をして、自分もそんな風になれたらという憧れを抱く。
 と、ブラッドリーが不意に立ち止まった。

「――そろそろ昼だな」
「えっ?もうそんなに経っていたんですか?」
「うおっ、本当だ!もう12時を過ぎてやがる……」

 時間確認のために高級品である携帯時計を確認したガブリアルが驚く。
 言われてみれば確かに空腹感を感じる。いつのまにか昼になっていたらしい。しかしなぜ今まで気付かなかったのだろう、とセリアは不思議に思った。だって普段ならば太陽や温度の変化で何となく分かるのに――と疑問に思い空を見上げたセリアは、そこではたと気が付いた。

「あ……そっか。ここ太陽がないから時間間隔が狂ってたんだ」
「そういうことだ。感覚が狂ったままリメインズに潜ると生活リズムが崩れるし、感覚が狂うと残りの体力や筋力まで見誤ることになる。これもリメインズの厄介な所だ……この先にあるセーフハウスに行くぞ。食料は持っているか?」
「え、ええ。テレポットに放り込んでありますんで大丈夫です」

 テレポットというのは、簡単に言えばその内部に擬似拡張空間を生み出し、小さな体積の入れ物の中により多くの物を詰め込める機能を持ったアイテムの事だ。このアイテムが生み出されてから世界では荷物の持ち運びが今まで以上に容易になり、ヒトは大いに助けられている。
 ブラッドリーはそれを聞いて頷くと、先導するように前へと歩きはじめた。

「お前ら、体力もそうだが集中力も大分消耗しているだろ。ここからセーフエリアまで俺が前に出るから、奇襲を受けないことだけ警戒してればいい」
「………なんか、意外と面倒見がいいなアンタ。もっと感じ悪い奴だと思ってた――ムグっ」
「おいちょっとオルトぉ!?あんまし失礼なこと言うなよお前!これが試験だって忘れてないか!?」

 余りに不遜なことを言うオルトにメンフィスが大慌てで口を塞いだ。だがブラッドリーの方は気にした様子を見せない。

「気にしていない。………現役の冒険ギルドをリメインズ内に入れた挙句死なせたとあっては俺の信用に関わるし、ギルドと審査会の間でもいざこざが起きる。マーセナリーになるならないは別として、お前らもここで死にたくはないだろう?」

 それだけ言い残すと、ブラッドリーは剣を構えたまますたすたと歩きはじめた。

「ねぇセリアちゃん、気付いた?」
「え、何が?」

 ふと、イルジュームがこそっと私に声をかけた。互いに目線は敵を警戒したまま会話を続ける。

「あいつ、地図も無しに正確な方向に歩き回ってる。時間も時計なしで把握してた。いくら潜り慣れた場所だからって、これだけ目印の少ない場所で地図なしなんて普通じゃ考えられないわ」
「ということは……それだけこの場所に来るのに慣れてるってこと?」
「かもね。ひょっとしたら私達みたいなのを世話するのに慣れてるのかも」

 だとしたら、彼は今までもこうして初心者にリメインズという場所を教え込んできたのかもしれない。仕事とはいえ決して楽ではないその依頼を多く受けているとは、面倒くさそうな態度を取っていながら意外と人がいいのかもしれない。

(わたし、何だったらあの人に勝てるんだろう……マーセナリーって凄いや)

 戦士としては少々恥ずべき事だが、その背中に歴戦の雄姿のような安心感を覚えてしまう。
 セリアの心の中でまた一つ、ブラッドリーへの想いが憧れへと傾いた。



 = =



「――元々は、その矢じりに刻まれた神秘数列もリメインズで発見されたものだ」

 ぽつり、とブラッドリーは呟いた。
 セーフエリアで食事を終えて小休止をしていた一同が耳を傾ける。

「神秘数列って、神秘術を発動させるときに使う数列式ですよね?大気中にある根源霊素、『神秘』を取り込んで、それを媒体に術が起こす現象を定義づけるという……」
「そうだ。そしてこの世界に現存する神秘数列の7割以上が、リメインズから発掘された古代の数列を解いて構築されている。武器に属性を付加するのが発掘されたのは……たしか300年ほど前だったか」

 神秘術は、国にもよるが既に生活レベルにまで溶け込んだ人類の英知の結晶だ。
 だが、神秘術の技術を大昔から所有している種族はその殆どが術を秘匿し、外界との接触をほぼ断っている。いわゆる文化独占と呼ばれる技術秘匿の所為で、世界的には未だに解読できていない神秘数列が数多い。

「エルフェムの民が神秘術に長けているのは、エルフェムの先祖がその文化独占国から派生した種族だからだ。知識の全ては受け継いでいないが、解析や応用のノウハウは残っている。審査会はそんな種族に解析依頼を送っては、その結果を超国家会議に伴って行われる技術発表会で世界にばら撒き、魔物討伐の糧にする………ではその未発見未解読の神秘数列はどこから持って来るのか?」

 今まで素っ気なかった彼にしては婉曲(えんきょく)な物言いだ。期待する応えに気付くのを待つ教師のようだ。しばし周囲が黙考する中、メンフィスが躊躇いがちに言う。

「それがマーセナリーの仕事……ってことですか」

 ブラッドリーは小さく首肯し、続けた。

「そうだ。俺達マーセナリーがここに潜って過去の遺物を発掘する。マッピングも魔物を狩るのもついでに過ぎない。俺達の仕事は遺跡に踏み込み、生き残って古代遺産(アーティファクト)を記述・物体に限らず全て持ち帰ること。持ち帰った遺産を審査会が高額で買い取り、その時の金だけがマーセナリーの収入になる」
「でも、それじゃあトレジャーハンターと変わりないんじゃ……?」
「そうだぜ。やってるのことはトレジャーハンターと一緒だ。なのに何でマーセナリーになるのに試験が必要なんだ?」

 トレジャーハンターはダンジョンや遺跡に潜ってお宝を発見し、それを売り捌くのが仕事。マーセナリーの業務つぁほど違いはないように思える。だがブラッドリーは首を横に振った。

「リメインズが内包する財産的価値は確かに計り知れない。だが――そもそもリメインズは魔物の巣窟だ。いや、『発生源』と言ってもいい。誰かが出入り口を管理しなければ、宝に誘われた馬鹿どもが迂闊に踏み込んで魔物に食い潰される」

 リメインズに眠る情報の価値や量は、その辺のダンジョンが持つそれを遙かに凌ぐ。中には魔物との戦闘を一変させるような発明や、常識を覆した技術革新もあった。それを文化独占できれば――その国はどれほどの栄華を極めるだろうか。

 かつて、そう考えた馬鹿な国の国王が全ての兵士をつぎ込んでリメインズを攻略しようとした。
 最初は上手くいった。5層ほどまでは事実、上手くいったそうだ。様々な文化的革新を前に国は大いに色めきたった。

 だが、彼ら派遣された兵士は最終的に壊滅した。

 当初彼らは一層ずつ魔物を全滅させながら進めば犠牲は出ても最後には攻略できると考えていた。
 だが――5層まで主力師団が到着した時になって、上層で全滅させたはずの魔物が大量に増殖して出現した。続いて2層、3層、4層。安全に固めた筈の帰り道に大量発生した魔物の巣窟内で、兵士は取り残された。

 大軍は機動力が低い。危機に気付いて必死に撤退戦に入るも、当時はテレポットなどという便利なものが無かったために遺産という大荷物を抱えて魔物と正面から戦う事になった。
 そして――第3層で主力が壊滅し、第2層で指揮系統を失った生き残りの兵士たちが全滅し、結局生き残ったのは1層入口で伝令をしていた小隊だけという凄惨な結果に終わった。

「アトラニスタンという新興国だった。全師団がわずか数日で壊滅したことによって市民の怒りがクーデタという形で爆発。(みかど)がリメインズの攻略を決めてから一週間で国はバラバラになった。審査会のによれば決して小さい戦力ではなかったし、練度の低い軍隊でもなかったそうだ」
「一週間で国を滅ぼした、魔障の迷宮………審査会の資料に残ってるってことは、本当だったんだ……」

 学のあるモニカはその話に心当たりがあるのか、槍を抱きしめて驚嘆の顔を露わにしていた。
 一夜で滅んだ国の伝説など珍しいものではない。だが、その全てが世迷言というわけではない。
 リメインズという桁違いな化物がその伝説に関わっているという事実を疑う気は起きなかった。

「分かるか?大軍を放り込むという方法では悪戯に死人を出す……そう頭で分かってはいても、中に詰まっている宝には魅せられる。だから宝を山分けする代わりにリメインズの出入を律する審査会があり、国家や都市に属さない命知らずのマーセナリーが中を捜索するんだ」

 そこで言葉を区切ったブラッドリーの纏う空気が、一気に差すような鋭さを帯びる。

「いいか、マーセナリーってのは――ヒトの屑がやる仕事だ」

 その冷たい声が、セーフハウスに響いた。
 ただの無表情だった瞳に、今だけは本気の意思が宿っている。

「実力がなければ魔物に食い殺されて遺体も残らないなんて珍しい話でもない。命の保証など一切ないし、宝を持ち帰れるとも限らない。完全実力主義と契約だけで成り立つから、大抵の奴が脛に傷を持っている。あるいはイカレた戦闘狂か、命の懸かった酔狂者。そういう連中の集まりだ」
「………っ!!」

 今更になって理解する。審査会が何故自分たちがマーセナリーになることをあれほど渋ったのかを。
 自分たちは「違う」と分かっていたからだ。リメインズとマーセナリーというものが如何なる物なのかを、この集団が理解していないと。

「冒険ギルドなら楽しい冒険だけやっておけ。腕試し程度の浅はかな考えでここに来たんなら――悪い事は言わない。荷物を纏めてとっととここから出て行け」



 = =



 弓に矢をつがえ、放つ。
 体温と言うものがない植物系の魔物には、火と同時に冷気も有効なダメージを与える事が出来る。
 その速度を速め、目に入った魔物に的確に命中させる。矢束の残数はそれほど余裕がないが、出し渋っては皆の負担がさらに増える。
 だから出来るだけ正確に、的確に、もっと素早く。

 皆の素早い斬撃や打撃で魔物は次々に倒れ、7体近い魔物は瞬時に全滅した。
 だが、振り返ればそれより多い数の魔物をブラッドリーが仕留め終えて待っていた。

「……まだ遅い」

 自分に言い聞かせるように呟く。
 ブラッドリーは遊び半分ならば帰れと言っていた。つまり、今のセリアは遊び半分の戦士だと言われているも同然だ。そして、事実セリアは覚悟が足りていなかった。いや、今はきっと実力も足りていない。
 だがそれが逆にセリアの心に火をつけた。
 今までの冒険に退屈していた?プライドが傷ついた?そんな半端な思いで戦っていたからあんな言葉をぶつけられたんだ。
 ならば、本気で強くなればいい。強くなって、あのヒトに戦士として認められたい。
 久しく忘れていた強さへの渇望が、段々と弓の狙いを鋭く研ぎ澄ましていく。瞳に映るターゲットを仕留める鷹の目が、次々に魔物を貫いていった。

「やけに気合が入っているな、セリア」
「ガブリアルは気合入らない?私はなんか、初めて弓を習い始めた頃を思い出す気分だよ」
「お、おう……」

 普段はごつい体格の割に口の軽いガブリアルが口ごもった。

「お前……もしかして本気でマーセナリーになろうとしてないか?」
「なぁに?もう諦める気なの?まだ試験は終わってないんだから最後まで諦めちゃ駄目でしょ!」
「気が強いねぇ……俺は正直、あのブラッドリーって兄ちゃんが言うようにそろそろ退いた方がいいと思うんだが」

 彼にしては珍しく弱気な発言だった。いつも防御力が高く固い敵に自慢の剛腕を振るう彼の豪快さは、今は少し鳴りを潜めている。モニカとメンフィスもどこか疲労に加え、消極的な動きが目立つ。

 ――皆、もう諦める気なの?

 自分と周りの温度差に気付いたセリアは、急に自分の中で燃えていた熱に冷水をかけられた気分になった。
 てっきり皆も自分と同じように、彼に認められたいと考えていると思い込んでいた。長く一緒に戦ってきた戦友だ。同じ思いで戦っていると信じていた。

 自分はマーセナリーという道に冒険を見出した。戦いの道という終わりなき冒険を。
 だけど皆はそっちに行きたくないらしい。
 ギルドに参加してから初めて、ギルドメンバーと自分の歩む道が別れた。

 そしてその一瞬の思考停止が、大きな隙になってしまった。

「ガブリアル!セリア!逃げろぉぉぉーーーッ!!!」
「えっ――」

 気が付いたその時には――既に遅かった。
 次の瞬間、セリアは凄まじい力で弾き飛ばされ、その弓を取り落として樹木に激突した。

「かはっ………!?」

 上下の感覚が狂い、息が吐きだされる。衝撃で軋む全身をフラフラの足で支えきれずに、セリアはずるずると崩れ落ちた。
 一体、何が起きたのか。混乱の極みの中で状況を確かめようとした彼女の目の前が、陰で暗くなる。この大きな影は――

「ガブリ、アル……?」

 助けに来てくれたのだろうか――その淡い期待が、唸り声に砕かれる。

「グルルルルルルゥ………」

 餓えた獣が放つ、飢餓と暴食を湛えた低い唸り声。
 ガブリアルの数倍はあろうかという巨大な肢体。全身を包む毛皮。
 狂暴性と野性を剥き出しにした赤黒い爪が光を反射して爛々と輝き、剥き出しの牙は今にも得物を噛みつぶし咀嚼せんと唾液を垂れ流す。

「お、オーガ……ベア……!?」

 溢れ出る殺意が、瞬時に心を恐怖で塗り潰された。
 喉が干上がり、体が震え、覚悟と戦意がぼろぼろと崩れ去っていく。
 山の主とも死の狩人とも噂され、討伐には30人規模の用意が必要とまで言われる凶悪な魔物――オーガベア。体に何本の矢を突き刺し、どれほど斬りつけても次の瞬間には冒険者の喉笛を噛み千切り、その爪は鎧をも引き裂く。

 それは、最も接敵を許してはいけない――そして、余りにも強すぎるから戦ってはいけない魔物。

 その瞳が、怯える獲物の姿を――セリアをはっきりと捉えた。
 援護、間に合わない。
 回避、体が動かない。
 どうしよう、どうしよう、どうしよう。
 考えても考えても突破口が見つからない、逃げられない。その牙に噛み砕かれ、爪に引き裂かれるビジョンから逃れられない。

 瞳から後悔と恐怖の涙があふれる。
 漸く本気になれたのに。
 なのに、どうして――どうしてあそこで油断してしまったのか。

「グオァァァァアアアアア!!!」

咆哮と牙が、迫る。どうしようもなく惨たらしい自分の最期が近づいているのに、今のセリアには抵抗も碌にできなかった。恐怖と痛みに竦む身体で必死に地を這ってその場を離れようとするが、その足を――オーガベアが捕らえる。

「い……嫌ぁッ!?来ないで、来ないでぇッ!!イヤァァァァァァアアアアアアッ!!!」

 こんな所で、私は死ぬの?
 お願い、助けてみんな。助けて、女神さま。助けて――ブラッドリーさん。
  
 

 
後書き
彼女の未来に待ち受けるのは希望か絶望か、それとも―― 
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