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ウルキオラの転生物語 inゼロの使い魔

作者:銭亀
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第5部 トリスタニアの休日
  第3章 魅惑の妖精のビスチェ

 
前書き
お久しぶりです。

随分と投稿が遅れてしまいました。

忙しくて、以前のようにバンバンとはあげられませんが、連載を止めるつもりはないのでご安心ください。

*誤字・脱字はご了承ください。 

 
「妖精さん達!いよいよ、お待ちかねのこの週がやってきたわよ!」

「はい!ミ・マドモアゼル!」

「張り切りチップレースの始まりよ!」

拍手と歓声が、店内に響き渡る。

「チップレース?」

店の角に座っているルイズは初めて聞くワードに首を傾げた。

「誰が一番稼げるかのレースでもするのだろう」

その問いに、向かいに座るウルキオラが淡々と答えた。

「ふーん」

ルイズはそっけない返事を返した。

「さて、皆さんも知ってのとおり……、この魅惑の妖精亭が創立したのは今を去ること四百年前、トリステイン魅了王と呼ばれた、アンリ三世陛下の治世の折。絶世の美男子と謳われたアンリ三世陛下は、妖精さんの生まれ変わりと呼ばれたわ」

スカロンはうっとりした口調で語り始めた。

「その王様は、ある日お忍びで街にやってきたの。そして、恐れ多くも、開店間もないこの酒場に足をお運びになったわ。その頃この店は鰻の寝床亭という、色気もへったくれもない名前でした。そこで王様はなんと!であった給仕の娘に恋をしてしまいました!」

それから悲しげに、スカロンは首を振った。

「しかし……、王様が酒場の娘に恋など、あってはならぬこと……。結局、王様は恋を諦めたの。そして……、王様はビスチェを一つお仕立てになってその娘に贈り、せめてもの恋のよすがとしたのよ。私のご先祖様はその恋に激しく感じ入り、そのビスチェにちなんでこのお店の名前を変えたの。美しい話ね……」

「美しい話ね!ミ・マドモアゼル!」

「それがこの魅惑の妖精のビスチェ」

がばっとスカロンは上着とズボンを脱ぎ捨てた。

遠目に見ていたルイズは、今度ばかりは、おえ、と胃液を吐いた。

ウルキオラは怪訝な顔をして目を逸らす。

スカロンが体にぴったりとフィットする、丈の短い色っぽい、黒く染められたビスチェを着用に及んでいたからだ。

「今を去ること四百年前、王様が恋した娘に贈ったこの魅惑の妖精のビスチェは我が家の家宝!このビスチェには着用者の体格に合わせて大きさを変えぴったりフィットする魔法と、魅了の魔法がかけられているわ!」

「素敵ね!ミ・マドモアゼル」

「んんんん~~~~!トレビアン!」

感極まった声で、スカロンがポージング。

そのとき……、驚いたことに、ルイズの中で、まあまあじゃないかしら?という感情が浮かび上がった。

スカロンに対する好意というか、そんな気持ちである。

あんなに気持ち悪い姿なのに、あれはあれで、ありなんでは?などと感じ始めた。

ルイズは、はっ!と気づく。

これが魅了の魔法の正体なのか!と。

しかし、スカロンのその姿はどうにもマイナスなので、「まあまあいける」ぐらいの評価にしかならなかったが。

なるほど、相手がスカロンだからその程度にしか思えないが、例えば私が着たら……、絶世の美少女に見えたりするのかもしれない。

そしたらきっとウルキオラも……、と顔を赤くして考えた。

しかし、その期待とは裏腹に、ウルキオラに魅了の魔法は効いていなかった。

この程度の魔法が効くほど、ウルキオラは軟ではない。

そのことにルイズが気付くことになるのは、もう少し先の話である。

スカロンは、ポージングしたまま、演説を続けた。

「今週から始まるチップレースに優勝した妖精さんには、この魅惑の妖精のビスチェを一日着用する権利が与えられちゃいまーす!もう!これ着た日にゃ、チップいくらもらえちゃうのかしら!想像するだけでドキドキね!そんなわけだからみんな頑張るのよ!」

「はい!ミ・マドモワゼル」

「よろしい!では皆さん!グラスを持って!」

女の子たちが一斉にグラスを掲げる。

「チップレースの成功と商売繁盛と……」

スカロンはそこで言葉を区切り、こほんと咳をすると真顔になって直立する。

いつものオネエ言葉ではなく、そこだけまともな中年男性の声で、

「女王陛下の健康を祈って、乾杯」

と言って、杯をあけた。




さて、こうして始まったチップレースと時同じくして、ウルキオラとルイズによる二日目の情報収集が始まった。

しかし、ルイズはまったく動く気配を見せずに、一人でワインを細々と飲んでいる。

結局、ただただ椅子に座ってじっとしていた。

ウルキオラにお前もやれと言われたが、無視した。

ウルキオラもそれ以上言わず、一人で情報収集している。

なによ、馬鹿。

なんであんたはそんなに順応できるのよ。

虚で四番目の地位にいたんじゃないの?

訳わかんない。

心底理解できないといった様子で、ウルキオラを睨んだ。




その日の夜……。

一日中ワインを飲んでいたルイズは、気怠くなって、スカロンに紹介された宿の一室のベッドの上でごろごろしていた。

もうやだ、とルイズは呟いた。

情報収集だかなんだかしらないけど、こんなの私の仕事じゃないわ。

私は伝説よ?

虚無の担い手なのよ?

それがどうして平民に装って酒場で情報収集なんてしなくちゃなんないのよ。

もっと、こう、派手な任務が待っているはずじゃないの?

そんな風にしていると、悲しくて涙が溢れそうになった。

何もしていないのに何を言っているんだこいつは……という感情を持つものが殆どであろう。

扉ががちゃりと開いて、ウルキオラが現れた。

ルイズはベッドに潜り込んだ。

泣きそうな顔を見られたくなかった。

「飯だ」

ウルキオラは中々に豪勢な食事が盛られた皿を、テーブルの上に置いて、ルイズを呼んだ。

しかし、ルイズはベッドの中から疲れたような返事を寄こすばかり。

「昼間いっぱい食べたからいらない」

ウルキオラは溜息をついて、近場にあった椅子に腰かけた。

暫しの沈黙が流れた。

「…………る」

ルイズは小鳥のような声を発した。

「なんだ?」

ウルキオラは聞き取れなかったので、聞き返した。

「もうやだ。学院に帰る」

「任務は?」

「知らない。こんなの、私の任務じゃないもん」

ウルキオラはじろっとルイズを見つめた。

「ルイズ」

「あによ」

「お前、やる気あるのか」

「あるわよ」

「なら、何故何もせずに椅子に座ってワインを飲んでいる?」

ルイズはそれ以上反論できなかったのか、黙りこくってしまった。

しかし、ウルキオラの質問を無視し、ルイズは自分の中にあったウルキオラに対しての疑念をぶつけてみることにした。

「あんたは……」

「なんだ?」

「あんたは、四番目に強いんでしょ?その、虚とかいうのの中で」

「まあな」

ウルキオラは答えた。

そして、付け加えるようにして言った。

「お前でも理解できるように言うならば、ただの虚が平民、破面が公爵以外の貴族、十刃が公爵貴族といったところか」

ルイズはウルキオラの言葉に驚き、がばっと起き上がった。

「あんた、そんなに位高かったの!?」

「ああ。十刃の上には、王のような存在が一人いるだけだ」

驚愕の眼差しで見つめてくるルイズに対して、ウルキオラは顔色一つ変えずに答えた。

「……なによそれ」

ルイズは心底理解できない様子である。

公爵貴族と同等って、お父様と同じじゃない!

なのに、なんでこんな任務を淡々とこなせるのよ!

訳わかんない!

ルイズは考えるように俯いた。

「人間の上下関係など興味がないが、くだらんプライドに拘るやつには、大きな任務は出来ん。お前が辞めるというのであれば、好きにしろ。俺はどちらでもいい」

ムスッとして、ルイズは再び布団の中に潜り込んだ。

それから小さく呟いた。

「ねえ」

「なんだ?」

「情報収集するわ。酌もやる。それでいいんでしょ?」

「そうか」

「でも、あんたいいの?」

「なにがだ」

「それでいいの?」

ルイズは頬を染めて、不機嫌な顔で言った。

布団に潜り込んでいるため、ウルキオラには見えていない。

「酌ならいいわ。お愛想の一つも言ったげる。でも……」

「でも、なんだ?」

「ご、ご主人様が、男にべたべた触られてもいいの?」

ウルキオラはぽかんと口を開けた。

何故それを俺に聞く?

お前が決めることだろう?

と言いたげな顔である。

「ねえ、どうなのよ。公爵貴族と同等とかえらそうなことばっか言ってないで、いいのか悪いのか、ちゃんと答えなさいよ」

ルイズはやってのけたという顔をしていた。

しかし、ウルキオラの答えは、ルイズの思っていたものの逆を行くものであった。

「別に」

「え?」

ルイズは思わず起き上がって聞き返した。

「お前がいいのなら、それでいい」

沈黙が流れた。

ルイズは悔しくて、頬を赤くして横を向きながら、

「て、手を握っちゃうわよ」

「そうか」

しかしウルキオラは動じない。

ルイズの顔に怒りの表情が浮き上がってきた。

「あ、あの魅惑の妖精のビスチェだっけ?あれ着て男全員誘惑するわよ」

「そうか」

ウルキオラは足を組んだ。

ルイズの顔が真っ赤になる。

怒りと羞恥によるものである。

「なんでよ!」

ルイズはウルキオラを怒鳴りつけた。

「声を荒げるな、騒々しい」

ウルキオラはすっと立ち上がると、部屋から出て行ってしまった。

「ちょ、ちょっと……」

扉がバタンと閉まり、部屋の中が静寂に包まれる。

「……ほんとにいいの?私が他の男に触られてもいいの?」

ルイズは虚空に向かって呟いた。

当たり前だが、返事はない。

「ねえ、ほんとに?」

ルイズは泣きそうな声になって呟いた。

とぼとぼとベッドに近づき、身を投げる。

ルイズはしょぼんと布団に潜り込んだ。




いよいよチップレース最終日がやってきた。

スカロンはその日の夕方、今までの途中経過を発表した。

「それでは現在トップの三人を発表するわ!まず第三位!マレーネちゃん!八十四エキュー五十二スウ、六ドニエ!」

拍手が鳴り響く。

マレーネと呼ばれた金髪の女の子が優雅に一礼する。

「第二位!ジャンヌちゃん!九十八エキュー六十五スゥ、三ドニェ!」

再び拍手。

ジャンヌの呼ばれた栗毛の女の子が微笑んで会釈した。

「そして……、第一位!」

スカロンはゆっくりと女の子たちを見回し、重々しく頷いた。

「不肖、私の娘!ジェシカ!百六十エキュー七十八スゥ、八ドニェ!」

わぁああああああっ、と歓声が沸いた。

この日のために用意した、深いスリットの入ったきわどいドレスでジェシカは一礼した。

「さあ!泣いても笑っても、今日で最終日!でも今日はテェワズの週のダエダの曜日!月末だから、お客様が沢山いらっしゃるわ!頑張ればチップ沢山貰えちゃうかも!まだまだ上位は射程距離よ!」

「はい!ミ・マドモアゼル!」

ウルキオラはそんな騒ぎをものともせずに、隅っこの席で本を片手に紅茶を啜っている。

その向かいで、ルイズは何やらそわそわしていた。

「どうした?」

ウルキオラはそんなルイズの様子を怪訝に思った。

「べ、別に」

ルイズはそっけない返事をした。

「そうか」

ウルキオラもそれ以上の追及はしなかった。

沈黙が流れる。

ルイズはちらちらとウルキオラを見た。

どうやら、昨日の作戦は全く効果がなかったようだ。

何よ…。

本当に何とも思わないの?

私はあんたが……。

ルイズはそこまで考えた後、首をぶんぶん振ると、ウルキオラをキッと睨んだ。

しかし、そんなルイズの気持ちを知る由もないウルキオラは、紅茶を一口啜るのであった。




さて……、その日のルイズは、ちょっぴり様子が違っていた。

客の横に腰かけ、にこっと笑って情報収集を始めた。

「まったく、戦争だって。嫌になりますわよね……」

「そうだねぇ。まったく『聖女』などと持ち上げられているが、政治の方はどうなのかねえ!」

「と、申しますと?」

「あんな世間知らずのお姫様に、国を治めるなんてできっこないって言ってるのさ!」

アンリエッタの悪口だが、じっとこらえる。

いろいろと話を聞かなくてはならない。

「あのタルブ戦だって、たまたま勝てたようなもんだ!次はどうなることやら!」

「そうですか……」

ルイズはそんなふうにして、少しずつ街の噂を拾っていった。

酔っぱらいは、天下国家を論じるのが大好きであった。

ルイズが水を向けると、まるで待ってましたと言わんばかりに政治批判が始まる。

酔っぱらいたちはまるで自分たちが大臣にでもなったかのように、政治の話をするのであった。

「どうせならアルビオンに治めてもらった方が、この国はよくなるんじゃないのかねえ?」

なんてとんでもない意見が出れば、

「さっさとアルビオンに攻め込めって言うんだ!」

と勇ましい意見も飛び回る。

誰かが、

「軍隊を強化するって噂だよ!税金がまた上がる!冗談じゃない!」

と言えば、

「今の軍備で国を守れるのか?早いとこ艦隊を整備してほしいもんだ!」

とまったく逆の意見が出る。

とにかく……、まとめてみると、タルブの戦でアルビオンを打ち破ったアンリエッタの人気は、陰りが見え始めているようであった。

戦争は終わらず……、不況は続きそうである。

アンリエッタは若い、これからの国の舵取りがうまくできるのか?と一様に皆心配なようだ。

アンリエッタには耳が痛い話だろうが、きちんと報告しなきゃ……、とルイズは思った。




そんな風にしてルイズとウルキオラが情報収集をし、女の子たちがチップの枚数を競い合っているところに……、羽扉が開き、新たな客の一群が現れた。

先頭は、貴族と思わしきマントを身に着けた中年の男性。

でっぷりと肥え太り、額には薄くなった髪がべっとりと張り付いている。

供の者も下級の貴族らしい。

腰にレイピアのような杖を下げた、軍人らしき風体の貴族も混じっている。

その貴族が入ってくると、店内は静まり返った。

スカロンが揉み手をせんばかりの勢いで、新米の客に駆け寄る。

「これはこれは、チュレンヌ様。ようこそ『魅惑の妖精』亭へ…」

チュレンヌと呼ばれた貴族は鯰のような口ひげを捻りあげると後ろに仰け反った。

「ふむ。おっほん!店は流行っているようだな?店長」

「いえいえ、とんでもない!今日はたまたまと申すもので。いつもは閑古鳥が鳴くばかり。明日にでも首を吊る許可をいただきに、寺院に参ろうかと娘と相談していた次第でして。はい」

「なに、今日は仕事ではない。客で参ったのだ。そのような言い訳などせんでもよいわ」

すまなそうに、スカロンが言葉を続けた。

「お言葉ですが、チュレンヌ様、本日はほれこのように、満席となっておりまして……」

「私にはそのようには見えないが?」

チュレンヌがそう呟くと、取り巻きの貴族が杖を引き抜いた。

ぴかぴかと光る貴族の杖に怯えた客たちは酔いがさめて立ち上がり、一目散に入口から消えていく。

店は一気にがらんとしてしまった。

「どうやら、閑古鳥というのは本当のようだな」

ふぉふぉふぉ、と腹を揺らしてチュレンヌの一行は店の奥へと進んだ。

しかし、不意にチュレンヌの足が止まる。

一人だけ、客が残っていたのである。

白い肌に、白い服、白い仮面を頭に有し、刀を腰と背に差している。

ウルキオラである。

チュレンヌはウルキオラに向け言葉を放った。

「貴様、早く出て行かんか!」

チュレンヌの激昂を聞いた取り巻きの貴族が、一斉に杖をウルキオラに向けた。

「何故俺が貴様のために出て行かねばならん?」

「なんだと?」

ウルキオラの挑発的な言葉に、スカロンとジェシカ、女の子たちは戦慄した。

そこへ、お手洗いから戻ってきたルイズが現れた。

「なに、どうしたの?」

ルイズは近くにいたジェシカに尋ねた。

「このへんの微税官を務めているチュレンヌって男がやってきて、さっきまでいた客を追い払ったんだけど、ウルキオラが立ち去らないもんだから因縁つけてんのよ。しかも、ウルキオラは出ていく着ないみたいだし……」

そりゃそうだ、とルイズは思った。

そんなんですんなり立ち去ったら今頃私の忠実な下僕になっているはずである。

「今ならまだ許してくれよう。早く出て行け!」

ウルキオラは気怠そうに立ち上がった。

ウルキオラが立ち上がったのを見て、取り巻きの貴族たちは杖を握り直す。

「ならば、こちらも忠告してやろう。命が惜しくば、今すぐここから立ち去れ」

予想だにしない言葉に、チュレンヌは動揺をみせたが、ウルキオラを一睨みすると、取り巻きの貴族たちに命令した。

「やれ!殺して……」

しかし、チュレンヌの命令が届くことはなかった。

店の中が、まるで地震でも起こったかのように揺れる。

ウルキオラの霊圧に反応しているのだ。

チュレンヌと取り巻きの貴族が膝から崩れ落ちる。

取り巻きの貴族の何人かが意識を失い床に倒れ込む。

チュレンヌも苦しそうに四つん這いになり、肥えた腹が地面と接した。

スカロンやジェシカ、女の子たちも、なにが起こっているのかわからなかった。

しかし、ウルキオラから何か得体のしれない圧倒的な力が放出されているのはわかった。

ウルキオラは倒れ込んだチュレンヌに近寄る。

一歩一歩近づいてくる脅威にチュレンヌは恐怖した。

「な、何者?あなた様は何者で!どこの高名な使い手のお武家様で!」

チュレンヌはがたがた震えながら、ウルキオラに尋ねた。

自分たちを押しつぶしている圧倒的な力。

初めて味わう経験である。

ウルキオラは答えずに、ポケットから手を出した。

チュレンヌの後ろにいる意識のある貴族に、虚弾を放った。

緑色の塊があたり、ぐぇっ!といううめき声と共に、壁を突き破り、ご退店なされた。

余りのスピードに、ルイズを除くすべての人が驚きを隠せなかった。

もちろん、チュレンヌもである。

チュレンヌは吹き飛ばされた部下を横目で追いながら、重い体を何とか折り曲げて、ウルキオラに平伏した。

同じように次々と他の貴族が同じように吹き飛ばされていく。

「許して!命だけは!」

それからチュレンヌは慌てたように体をあさり、財布をそっくりウルキオラにほうってよこした。

「どうかそれで!お目をおつぶりくださいませ!お願いでございます」

ウルキオラは財布を見もせずに呟いた。

「……いいだろう。命は助けてやる」

「あ、ありがとうございます!」

チュレンヌは顔を上げて、ウルキオラをみた。

その瞬間、顔が青ざめる。

腰の刀に手をかけていたからだ。

「そのかわり、両手と両足をおいていけ」

チュレンヌはもう一度頭を床に擦りつけた。

「お、おやめください!この通りでございます!」

ウルキオラが刀を振り下ろす瞬間、店の隅から声が飛んできた。

「ウルキオラ!やめなさい!そこまでする必要はないわ」

ルイズの声がウルキオラの手を止める。

ウルキオラはゆっくりとルイズを見つめた。

「これは命令よ」

ウルキオラは少し考えた。

なにをしているんだ?俺は……。

ウルキオラはここまでの行動を後悔した。

感情に身を任せ、行動してしまったからだ。

ここで不意に気づく。

感情……。

感情だと?

ウルキオラはルイズから目を離し、チュレンヌに向き直った。

ぶるぶると小刻みに震えたまま地に屈している。

無様である。

ウルキオラは溜息をつき、刀を収めた。

「あいつに感謝するんだな」

チュレンヌは頭を垂れ直した。

ルイズがチュレンヌに近寄る。

「今日見たこと、聞いたこと、全部忘れなさい。じゃないと、あんた命がいくつあっても足んないわよ」

「はいっ!誓って!陛下と始祖の御前に誓いまして、今日のことは誰にも口外いたしません!」

そう喚きながら、地を這いながら闇の中へと消えて行った。

ウルキオラは颯爽と椅子についた。

割れんばかりの拍手がウルキオラを襲う。

「すごいわ!ウルちゃん!」

「誰がウルちゃんだ」

スカロンの頓珍漢なあだ名に尽かさず突っ込みを入れる」

「あのチュレンヌの怯えようと言ったらなかったわ!」

「胸がスゥ!としたわ!最高!」

スカロンが、ジェシカが、店の女の子たちが……、ウルキオラを一斉に取り巻いた。

ウルキオラそこでようやく冷静になり、やってしまった、と思った。

ルイズに平民らしくいろと言っていた俺が、一番平民らしくない。

何かどす黒いものが体を支配し、本能のままに行動していた。

ゼロ戦でタルブの村を見たときと同じような…。

これも心なのか?……今はそんな予測しかできない。

ルイズが寄ってきて、ウルキオラに呟く。

「……バカじゃないの!何してんのよ!」

「……」

ウルキオラは一体自分に何が起きているのか考えているためか、ルイズの言葉が入ってこなかった。

「ちょ、ウルキオラ?」

ルイズは軽くウルキオラの肩に手を置き、顔を覗き込む。

「……なんでもない」

ルイズは様子が少し変?と感じた。

問いただそうと、口を開けた瞬間、スカロンがルイズの肩に手を置いた。

「いいのよ」

「へ?」

ルイズは頓珍漢な声を上げた。

「ウルちゃんがただの平民じゃないってことも、ルイズちゃんが貴族だってことも、前からわかってたわよ」

ウルキオラはふいに笑みを浮かべた。

「まあ、そうだろうな」

「ど、どうして?」

ルイズが呆然として尋ねる。

「俺が平民に見えないのと同じ理由だ」

ルイズはまだわからないのか、首を傾げた。

「態度や仕草を見ればバレバレよ!」

ジェシカが笑いながら答えた。

「そ、そんな…」

ルイズは今までの努力は一体……と肩を落とした。

ウルキオラはそんなルイズの様子を横目に紅茶を啜った。

スカロンは床に転がったチュレンヌの財布を見て、楽しげな声で、

「魅惑の妖精のビスチェはルイズちゃんが着ることになりそうね!」

「え?そんな、わたしは……」

スカロンはルイズの耳元で呟く。

「あら、もしかしたらウルちゃんを落せるかもよ?」

ルイズはばっと目を見開いたが、ほんの少しだけ縦に首を振った。

「今回のチップレース優勝は、ウルちゃん&ルイズちゃん!」

店内に拍手が鳴り響いた。




翌日の夕方……。

ルイズはベッドから出てこなかった。

「おい、仕事だ」

「今日は休む」

「なんだと?」

ウルキオラは怪訝に思った。

しかし、本人が休むと言っているのなら別に無理やり引っ張る必要もない。

「わかった」

それだけ言い残し、ウルキオラは扉に向き直る。

扉の横には、優勝賞品の『魅惑の妖精のビスチェ』がかけられている。

賞品といってもこれも持てるのは今日だけだが。

まあ、家宝だからあたりまえなのである。




店に入ると、スカロンが寄ってきた。

「あら?ルイズちゃんは?」

「休みだ」

「あら、そう…」

スカロンは意味のある笑みを浮かべる。

「なんだ?」

「いや、なんでもないわ」

そう言って店の奥へと消えて行った。

ウルキオラはいつものように紅茶をテーブルにおき、情報収集をやろうとしたが、昨日の件が頭から離れず、閉店まで虚空を見つめながら紅茶を啜っていた。




店が閉まると、ウルキオラは例の宿屋に戻った。

部屋の床板から明かりが漏れている。

どうやらルイズは起きているようだ。

扉をあけ、ウルキオラは中に入った。

驚く。

部屋は綺麗に掃き清められ、雑巾までかけたらしく、埃一つ舞っていない。

溜まっていた洗濯物も綺麗に干されている。

「これは……どうした?」

「わ、私がやったのよ、あんたばっかに任せるのも…その、悪いし」

声の方を見てウルキオラはさらに驚く。

テーブルの上に料理とワインがならんで……、それを蝋燭の光が照らしている。

そしてその明かりは……、美しく身なりを整えたルイズも照らしているのだった。

ウルキオラは目を見開いた。

昨日のどす黒い記憶が急速に消えていく。

ルイズはテーブルの隣の椅子に腰かけていた。

足を組み、髪をいつかのようにバレッタでまとめている。

そして……ルイズの体が『魅惑の妖精のビスチェ』包まれていた。

ウルキオラはただただ、そんな姿を見つめていた。

「いつまで突っ立ってんのよ。ほら、ご飯にしましょ」

照れたような口調で、ルイズが言う。

テーブルの上にはご馳走が並んでいる。

「なんだ?これは」

「私が作ったのよ」

ウルキオラはルイズを見つめた。

「なんだと?」

「ジェシカに教えてもらったの」

そう言って頬を染めるルイズを見て、ウルキオラはそういえば今日はジェシカを見ていないなと思った。

ウルキオラはもう一つの椅子に腰かけた。

「さ、食べましょう」

ウルキオラは徐に料理を口に運んだ。

うん、普通にまずい。

「味はどう?」

ルイズが聞く。

「普通だ」

少し嘘をついた。

「部屋を片付けたわ」

「大したものだ」

「でもって、私はどう?」

肩肘をついて、ルイズはウルキオラの顔を覗き込んだ。

朝の明かりが、窓から差し込む。

爽やかに部屋の中を、朝の光が覆い尽くす。

「トレビアン…というところか」

「……せめて他の言葉で褒めてよ」

ルイズは溜息をついた。

どうやらウルキオラには魅了の魔法は効かないらしい。

なによ。

精々優しくしてもらおうと思ったのに。

ウルキオラの態度はいつもと変わらない。

怒っているような、冷めているような、そんな態度である。

つまんない。

これ着たらバカみたいに求愛すると思ったわ。

そしたら思いっきり冷たくしたのに。

いまさらご主人様の魅了に気付いても、遅いんだから!

何よバカ。

触らないで。

でも、そうね、「やめなさい!」って私の言葉を聞いてくれたのは嬉しかったわ。

少しだけ、ほんの少しだけだけど。

そんな想像をしながら、一日かけて用意したのに、ウルキオラときたらほんとにいつもと変わんない。

つまんないの、とルイズは唇を噛みしめた。

結局のところ、ルイズは気づいてなかった。

ウルキオラはルイズを傷つけまいと、料理の評価を「普通だ」と『気を利かせた』ことに……。

ウルキオラにとっては、信じられない行動なのである。 
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