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フェイト・イミテーション ~異世界に集う英雄たち~

作者:零水
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ゼロの使い魔編
第一章 土くれのフーケ
  土くれのフーケ 

 
前書き
お詫び
前回、「次回はバトルシーンあります」的なことを言っていましたが、あまりにも文章が長くなってしまったので二つに切りました。なので、今回はありません! 

 
「まさか、宝物庫が破られるとはの・・・」

 翌日、学院内は騒然となっていた。あのフーケがこの学院に現れ、まんまと盗みを働いたのである。宝物庫の壁には
『破壊の杖 確かに領収致しました   土くれのフーケ』
 という文字が刻まれていた。しかもあの厚さと強度の外壁をゴーレムでぶち破るという大胆な盗み方だった。
おかげで今日は朝から教員たちはあちこち出回っており、生徒たちは今日は一日自習が言い渡されていた。
 宝物庫の現場捜査は警備兵に任せ、オスマンは学院長室で教員の何人かと昨夜フーケを目撃したとされる人物たちを待っていた。

「失礼いたします、オールド・オスマン。連れてきました。」
「ふむ、君たちがかね?」

 コルベールと共に部屋に入ってきたのは三人の生徒だった。即ちルイズ、キュルケ、タバサである。三人の後ろには架もいたのだが、別に無視をしたのではなく使い魔のため頭数には入っていないためである。

「申し訳ありません、オールド・オスマン。私たちがいながら賊を逃がしてしまって・・・。」
「よいよい。君たちが責任を感じる必要はない。此度の件は我々全員に責任がある。よもや、この魔法学院が盗賊の侵入を許そうなどとは思わなんだ。」

 三人を代表してルイズが頭を下げて謝罪をするのを、オスマンは笑いながらそれを咎めた。口調は軽いが、その顔はいつもの飄飄とした態度ではなく魔法学院の学院長としての風格があった。

「それで、昨夜の話を聞かせてくれんかね?」
「は、はい!昨日、夜に・・・え、え~と、ま、魔法の練習をしていたんです!そしたら急に巨大なゴーレムが現れて壁を壊したんです。そしたら、何者かが箱のようなものを持ち出していくのを見ました。」
「ふむ、それがフーケだと・・・」
「はい。フーケを乗せたゴーレムはその後、そのまま学院の外へと出ていきました。」

 ルイズからの報告を聞いて、各々考え込む様子を見せていたが一人の教師が怒鳴りつけた。

「なぜその時応援を呼ばなかったのかね!?フーケが出ていくのを黙って見ていたというのか!?」
「そう癇癪を起すな、ミスター・ギトー。」
「しかし、オールド・オスマン・・・!!」
「では君が呼ばれたとしたら何とかできたのかね?君もよく知っているこの頑丈な学院の防壁を、難なく壊したフーケのゴーレムに?」
「ぐっ・・・そ、それは・・・」
「今は過ぎたことをあれこれ言っても始まらんじゃろ。考えるべきはこれからどうするかということではないかね。」

 オスマンに言い寄られたギトーは俯いて一歩下がった。
 それを視界の端で見やりながら、架は「(しかしねぇ・・・)」と心の中で呟いた。他の教師たちはまだしも、この学院にはもっと強力な駒がいるだろうに・・・。と、先ほどから壁際に立ち無言を貫いている(サーヴァント)―――ヴァロナに目を向けた。
 英霊である彼ならば、いかに強力なメイジであろうと盗賊一人捕らえるのはわけないだろう。おまけに隠密行動を得意とし人一倍気配に敏感な暗殺者(アサシン)のクラスならば、恐らくフーケが学院の領土に侵入した時点で気付いていただろう。それを敢えて見逃したのだ。
 架の視線に気が付いたヴァロナは、すっとぼけた表情で目を逸らした。どうやら元から厄介ごとには関わりたくない性格らしい。
 だが、ヴァロナからしたらこれは適格な判断と言える。彼は確かにサーヴァントだが、この学院においては「(もと)没落貴族」なのである。そんな者が一人で名高い盗賊を捕まえたとあっては、目立ってしまうことこの上ない。ここはすっこんでいるのに限るのであった。
 すると、突然学院長室のドアが開け放たれ、「失礼します、オールド・オスマン。」と、オスマンの秘書であるロングビルが入ってきた。

「ミス・ロングビル!どこに行っていたのだね!?今は緊急事態で・・・」
「フーケの居場所が判明しました。」
「なっ!!?」

 ギトーが食って掛かるが、ロングビルの言葉に部屋中の人たちが驚愕の表情を浮かべた。

「ふむ、詳しく説明してくれんかね?」
「町の住民から聞き込みを行ったところ、怪しい人影を見たという情報が複数ありました。情報を頼りに森の方を捜索しましたら、奥に廃屋を発見いたしました。その廃屋からも恐らく同一人物であろう人影が出入りしているという目撃証言もあります。」
「ふむ・・・、それがフーケであるという証拠は?」
「人影の特徴として、緑色の髪を持ち黒いローブでフードを被っていた、というのがありますが・・・」

 ロングビルが確認するようにルイズたちを見る。

「昨日私たちが見たフーケの特徴と一致します。」
「可能性は大、か・・・」

 ルイズが答えると、オスマンはう~む、と考え込んだ。
そこへ、土属性の教師であるシュヴルーズがオスマンに提案した。

「オールド・オスマン。王室衛士隊に頼んで兵を差し向けてもらっては?」
「・・・無理じゃな。そんなグズグズしてはフーケに逃げられてしまうじゃろう。」
「で、では・・・」
「左様。我々だけで『破壊の杖』を奪還し、学院の名誉に塗られた泥を払うのじゃ!」

「我こそはと思う者は杖を掲げよ!」とオスマンはこの場にいる面々に呼びかけるが、誰もそれに応えるものはいない。皆困ったような顔で互いを見ている。
理由は簡単だ。恐いのだ。トライアングルクラスのメイジに返り討ちに遭うのが。
ヴァロナはチラリとコルベールを見たが、彼が名乗り出る気がないのを察すると再び興味なさげにそっぽを向いた。

「む・・・?どうした?フーケを捕らえて名をあげようという貴族はおらんのか!?」

 結局、どこの世界の人間もそういうものか・・・。と架が目を閉じてそう思っていると、不意にピッと杖を上げる音が聞こえた。

「私が行きます!」
「ルイズ?」

 上げたのはルイズだった。真剣な表情で杖を掲げるその立ち姿は、いつもの小ささはなく今はとても大きなものに見えた。

「ミス・ヴァリエール!君はまだ学生だろう!?」
「私も参りますわ。」
「キュルケ!?」
「ふん、ヴァリエールには遅れをとらないわ。」

 ルイズに負けじとキュルケも杖を上げた。さらに、

「・・・。」 スッ
「タバサ?」
「あなたまで行かなくていいのよ?」
「・・・二人が心配。」
 
 続いてタバサもその大きな杖を掲げた。キュルケは引き留めようとするが、タバサの言葉を聞くと感動したような顔で「タバサ・・・」と呟いた。ルイズも嬉しそうに「ありがとう。」と級友に礼を言った。

「ふむ、では彼女たちに任せるとしようかの。」
「オールド・オスマン!?し、しかし・・・!」
「この子たちはフーケの目撃者じゃ。手がかりの少ないこの状況では彼女たちが適任じゃろう。」
「しかし、彼女たちはまだ学生ですよ!?」
「何、戦力も問題なかろう。そこのミス・タバサは、その若さで『シュヴァリエ』の称号を持つ騎士(ナイト)じゃからな。」
「ナ、ナイト!?」
「本当なの、タバサ!?」

 オスマンから告げられた事実に教師たちがざわついた。これは二人も知らなかったらしく驚きの声を上げると、タバサはコクリと頷いた。
 爵位としては決して高いものではないが、金で買える貴族の名ではなく純粋な実力が認められ王室から与えられる『シュヴァリエ』。まさかタバサの年齢でそれを持っているとは驚きである。

「さらにミス・ツェルプストーはゲルマニア有数の軍人の家系であり、彼女自身も優秀な炎の使い手と聞いておる。」

 オスマンがキュルケの方を向きながら言うと、彼女は得意げにその豊満な胸を反らした。
 「そして・・・」と、最後にルイズへと視線を向ける。ようやく自分の番だ、とばかりに得意げに背伸びをするルイズだったが、オスマンはやや困ったように言いよどみ、

「え~、ミス・ヴァリエールは、その、優秀なメイジを輩出しておるヴァリエール家の三女であり、あ~、将来有望な・・・」

 真っ先に名乗り出てくれた上、一人だけ何もないというのは流石にアレだったので目をあちこちにやり、どう言ってあげるかと考えまくるオスマンだが、ふとその視線が架の方を向くと「おお、そうじゃった!」とポンッと手を打った。

「その使い魔は、かのグラモン元帥の息子であるギーシュ・ド・グラモンを容易くあしらってしまう程の実力の持ち主である!!」

 上手く逃げたな、と架は苦笑した。とりあえず「まあ気持ちは分かりますよ。」という視線を投げかけておくと、それに気づいたオスマンは「すまん。」という目で苦笑を返した。
 ともあれ、オスマンの言葉に効果はあったようで、教師たちも反対の声を上げる者はいなくなった。

「魔法学院は諸君らの努力と貴族の義務に期待する!!」

 オスマンが部屋中に響き渡るように宣言すると、三人はそれに応えるように再び杖を掲げた。その様子は見る者に、これから戦場に向かう騎士とそれを見送る王を連想させるものだった。
 それは架も同様だった。自分もルイズの使い魔として彼女たちに同行する。恐らくフーケとは戦闘になるが、この中で最も戦えるのは自分だ。何があろうと、彼女たちを守ってみせる。
 そう心に誓おうとしたが・・・




 ―――――ズキッ!




「(な、なんだ・・・?)」

 突然、頭に鈍い痛みを覚えた。外からの衝撃ではない。頭の奥がズキズキと痛む。
 前にも、少しだけ感じたことがある。数日前、ルイズにサーヴァントや聖杯戦争のことについて説明した夜だ。

「(なにか・・・なにか忘れている・・・?)」

 今は欠けている記憶。即ち自分がこの世界に来る前、その時に何かあったのか・・・!?

「オールド・オスマン。案内役として、ワタクシが同行致しますわ。」
「おお、ミス・ロングビル。そうしてくれんかね。」
「もとよりそのつもりですわ。」

 その時、ふと現実に引き戻された。ロングビルがみんなを馬車へ案内していくところだった。
頭痛はまだ続いている。が、今は気にしている時でもなさそうだ。自分も後に続こうとすると、「使い魔君!」とオスマンに呼び止められた。

「くれぐれも、皆を頼むぞ。」

 彼と話をしたのは初めてであったが、その真剣な眼差しに、架は胸に手をあて恭しく一礼して応えた。

「承知いたしました。」






 五人は荷車のような馬車に乗り、森の奥へと進んでいた。御者はロングビルがやっている。貴族の割には中々上手な手綱さばきである。それについてキュルケが問いかけてみたところ、

「貴族の名を、なくした・・・?」
「ええ、それからいろいろなところで働いているうちにオールド・オスマンが秘書として雇って下さったんです。あの方は貴族や平民といった身分に拘らない人ですから。」
「へえ、それでどういった理由で貴族の名を?」
「・・・。」

 キュルケの質問にロングビルは微笑みを浮かべるだけだ。どうやら聞かれたくないものらしい。

「止めなさいよ、失礼でしょ!」
「む~、何よ!ちょっと暇だったから聞いてみただけよ!・・・あ、そうだ!」

 ルイズの制止にキュルケは渋々従った。が、何か思いついたのか、ボケっと会話を聞いていた架の方も向いた。

「ねえカケル、だったら貴方のことを聞いてみたいな~。」
「・・・・・・・・んあ、俺?」
「どうしたのカケル?さっきからボーっとしちゃって。」
「いや、大丈夫だ。それで?俺のことを聞いたってつまらないぞ。」
「いいのよ。ダーリンの話なら何でも構わないわ!」

 架にずずいっと詰め寄るキュルケに、ルイズの歯ぎしりが聞こえてきた。これ以上こんな空気を感じたくないので「分かった分かった・・・。」とため息まじりに応じた。
 しかしよく見ると、キュルケだけではなくルイズも本を読んでいるタバサも御者のためこちらに背を向けているロングビルも聞く気は満々だった。
どの道逃げ場はなしか・・・。

「それで、何を聞きたいんだ?」
「そうね~。とりあえず生い立ちからかしら。」

 またそんなアバウトな・・・。と架は思ったが、彼の答えは十分にその場の人たちの興味を引くものだった。

「そうだな。実は俺は、自分がどこで生まれたのか覚えていないんだ。」
「「「は?」」」

 ルイズ、キュルケ、ロングビルが間抜けな声を出した。タバサも声はあげなかったが、本から目を離し架の方をじっと見ている。

「覚えて・・・ない?」
「ああ。自分の国も家族も分からない。気が付いたら、知らない施設の中にいたんだ。」
「施設?どんなところ?」
「それは・・・」

 言いかけて架は口を噤んだ。あんな場所のことは話さない方がいい。彼女たちには少し刺激が強すぎるかもしれない。なので「まあ、いろいろあってな・・・。」と濁した。

「そこで、まあ今の妹に出会って二人でその施設を抜け出したんだ。それがまあ七歳の時かな。」
「な、七歳!?」
「ああ。でも長い間施設内で過ごした俺たちは、外の世界へ飛び出したもののロクに生き方を知らなかった。お金なんてあるはずもなく、それをどうやって手に入れるかも分からない。着るもの、食べ物、住む場所全てに困った。その時は逃げ出したことを後悔したな。罰を受けることを覚悟して、戻ることも考えた。だけど・・・」

 架は思い返していた。自分と同じ、あるいは自分以上に辛いはずなのに、「大丈夫。」と言って笑ってくれた彼女のことを。
 聞いた時もあった。「逃げ出したことを後悔してないか。辛くないか。」と。
 答えはこちらが泣きたくなるくらいの清らかな笑みとともに返ってきた。「後悔もしてないし、辛くもないよ。お兄ちゃんがいてくれるなら、私は平気だから・・・。」

「目の前のコイツだけは、何があっても守ろう。例え世界が敵になっても俺は守ってみせる。
馬鹿馬鹿しい話だけど、本当にそう思っていたんだ。」

 架の遠い目と懐かしむような声をルイズたちは気が付けば口を挟むことすら忘れていた。先ほど、架は施設のことを話すのを躊躇っていた。しかし、躊躇ったからこそ、あまりいいものでないことは容易に推察できた。
 そんな中ルイズは以前架が言っていたことを思い出した。架は自分のことを『出来損ないの魔術師』と称していた。もしかして、それと何か関係しているのではないだろうか。
 そのことを聞いてみようとしたが、ロングビルが先に口を開いた。

「その気持ち、分かりますわ。」

ロングビルが先に口を開いた。

「え?」「ミス・ロングビル?」
「私にも妹のような存在がいますの。あの子がいるから、私は今も頑張っていけるんです。」

 そう、そのためなら何だってして見せる・・・!という彼女の呟きは誰にも聞こえることはなかった。
 架は黙って、ロングビルの言葉を聞いていた。しかし突然、




――――――――ズキッ!!




「ッッッ!!?」

 またしても頭痛が襲った。しかも先ほどよりもずっと強力だ。思わず頭を抱え蹲ってしまい、それを見たルイズたちが「カケル!?」と声を上げた。

「カケル!どうしたのいきなり!?」
「ぐっ・・・分からん。突然頭痛が・・・」
「馬車を止めましょうか?」
「い、いえ・・・大丈夫です。」

 とはいえ、未だ苦しげな表情で冷や汗を流している様子ではとても大丈夫には見えない。直してやりたいが生憎この中に回復系魔法を使える者はおらず、そもそも原因が全く分からないためそれで何とかなるかも分からない。
どうしていいか分からず、心配げな顔で寄り添うルイズたちであったが、ここで意外な者が話しかけてきた。

「相棒よう。おめえ、記憶をなくしたって言ってたよな。」
「デルフリンガー?」

 架の背中にあるデルフリンガーだった。鞘から(はばき)まで上げ、金具の部分をカチャカチャと音を立てている。

「何か知っているの?」
「馬っ鹿おめえ、知り合ったばかりのヤツの事情なんざ知るはずもねえだろ。」

 「だがよ・・・」と人より遥かに永く生きる魔剣は少しトーンを落としながら言った。

「記憶なんてものは、本来忘れるはずねえんだ。あるとすれば、思い出せないだけか思い出したくないだけなんだよ。」
「思い出したくない・・・?」
「ああ。人間てぇのは、心に深い傷を負うとそれを忘れちまおうって記憶を勝手に封印しちまうのさ。『もう傷つきたくない』ってな。」
「それじゃあ、今の架は・・・」
「その心がかけた封印が解かれようとしてるんだろ。」

 心の、封印・・・。そうだ、あの日・・・






「そうか、遠坂に弟子入りね・・・」
「ああ、近々ロンドンに行くことになるな。」

 聖杯戦争が終わってしばらく経った。数々の傷跡を残した今回の戦いだったが、それも徐々に落ち着きを取り戻し本来の日常が戻ってきた。
 こうして衛宮の家で二人で他愛のない話ができるのも俺が聖杯戦争に関わって以来だろうか。
 ただ少し違うのは、衛宮が自分の道に向かって確かに歩み始めたこと。それと、

「当然お前も行くのか?」
「無論です。私はシロウに剣を捧げた身ですから。」

 衛宮家に新しい家族が出来たことだ。
 この聖杯戦争で衛宮と共に戦い、本来消えるはずのサーヴァント―――セイバー。だが、今はこうして新たなるマスターである遠坂との契約を続け現界している。どういう理屈なのかはよく分からん。何せ俺は魔術師としては出来損ないらしいからな。

「架はどうするんだ?これから。」
「俺かぁ・・・」

 聞かれたが、正直思いつかん。今まで何気ない日常を過ごしてきたから、急にそんなことを言われてもな。
 いや、俺やアイツにとってはこの『当たり前の日常』こそ、欲していたものなんだ。今更何か欲しいというわけでもない。
 と思っていたら・・・

「おや、カケルもアカネもシロウたちと一緒に来るのでしょう?」
「「え?」」

 セイバーの発言に俺と衛宮の声がハモった。
 アカネというのは影沢茜、俺の義妹であり生涯をかけて守ろうと誓った人だ。

「え~と、セイバー。それは誰からの情報で・・・?」
「誰って、アカネ本人から聞いたのですが・・・。てっきりカケルとも相談して決めたものかと。」

 当然そんな話をした記憶はない。衛宮たちがロンドンに行くなど、たった今聞かされたんだから。

「衛宮、あいつにはもうこのことを話したのか?」
「いや、まだだ。あれ?でもそういや遠坂のやつが茜と確かそんな話をしていたような・・・。」

 それで納得した。俺は茜を生涯守り続けると言ったが、そこに恋愛的な感情はない。あいつはあいつの幸せを掴んでほしいと思っている。現にあいつは・・・

「なるほどな。そういうことか。」
「ええ。そういうことです。」
「??どうしたんだ二人とも。俺が遠坂とセイバーとロンドンに行くってだけだろ?」
「「・・・・・」」

 はあ~~、と今度はセイバーとため息が重なった。茜のヤツ、衛宮と遠坂がくっついたときには「まだ諦めない!」とか言ってたけどこれはもう無理なんじゃないか。
 と、そこへ、

「ただいま~。」
「衛宮さん、お兄ちゃん、ただいまー!」

 帰ってきたのは今の話にも上がった、この度衛宮の師匠となった遠坂家の当主、遠坂凛。そしてハツラツとした態度をしているのは俺の義妹の茜だ。
 二人は今晩の夕食の買い出しに出かけていったのである。今日はこの五人に加え、衛宮の後輩であり茜のクラスメートである間桐桜と衛宮家の居候・・・じゃなかった衛宮と俺のクラス担任の藤村大河で夕食を食べることになっている。最近ではこれも珍しいことではなくなった。
 茜が帰ってきたのを境に俺も立ちあがる。

「じゃあ一旦荷物を置きに帰るわ。」
「ああ。じゃあまた後でな。」
「おう。」
「あ!待ってお兄ちゃん、私も行くー!」


 衛宮の家から俺の家までは歩いて十数分かかるところにある。茜と並んで歩きながら、俺は先ほど聞いたことを確認する。

「茜、衛宮たちとロンドンに行くって本当か?」
「あれ、言ってなかったけ?うん、もう決めたんだ。私は魔術はダメだけど、それでも何か手助けできたらなあって。」

 茜は俺以上に魔術師として出来が悪い。というか、「ある事情」により、もうロクに魔力を行使することも出来ない。そんなコイツがそれでも着いて行きたいと思うのは・・・やはり、恋なのかねぇ。

「やれやれ、まああの『正義の味方』と一緒なら俺ももうお役目御免なのかねえ。」

 特に意味もなくただ何気なく呟いた言葉だったが、茜は突然立ち止まった。「?」と振り返ると、茜は少し怒った顔になっていた。

「お兄ちゃん。もう二度とそんなことを言わないで。」
「ん?」
「確かに私は衛宮さんのことが好きだよ。でもお兄ちゃんと私はもう家族なの」

「私はあの日、お兄ちゃんに救われた。今だってそう、お兄ちゃんが見守ってくれているから私はこうして普通の暮らしができるんだよ。」

「だから私、お兄ちゃんのことも手助けしたい。私を守ってくれているように、私もお兄ちゃんを守りたい。」

―――――だから、ずっと一緒にいて・・・

 俺は言葉が出なかった。力もなく、魔術も使えないこのか弱い女の子がどうやって人を守ろうというのか。だが、その言葉がどうしようもなく嬉しかった。
 ずっと一緒にいて、か・・・。

「はあ~~、お前にそれを衛宮にも言える度胸があればなあ。」
「え!?あ、ああもうお兄ちゃん!私は真剣に・・・!」
「分かってる分かってる。冗談だ。」

 と言いながら、赤面している妹の頭を優しく撫でてやる。どうもコイツはこれが好きらしい。

「ありがとな。」

 ほら、帰るぞと言いながら歩き出す俺に、「もうっ!」と言いながらついてくる。その顔はもう怒った様子はなく、いつもの明るい笑顔に戻っていた。
 
俺たちが求め、そして手に入れた当たり前の日常の風景だった。





「―――ケル、カケルったら!」
「・・・ん?」

 はっと気が付くと、みんなが心配した顔をして覗き込んでいた。

「・・・どうした?」
「どうしたって、こっちのセリフよ。ここからは馬車じゃ通れないから歩いて行くって言ってるの!」
「あ、ああそうか。悪い。」

 ボーっとしている頭を覚醒させ、いそいそと馬車を降りる。

「何か思い出したの・・・?」
「え?」
「カケル、すごく寂しそうな顔しているわよ。」
「・・・ああ。少しだけ思い出した。ちょっと、昔の約束をな。」

 ずっと一緒。その約束はもう破られてしまった。そのことに少し、罪悪感を覚えながら、架はみんなと森の奥へと歩いていった。

 まだ大事な部分を思い出していないのを知らずに。あの日に、平凡な日常に終止符が打たれたということに。それも架にとって最も残酷な形であったことも。
 それこそが、架の心が封印した『思い出したくない記憶』なのだから・・・。
 
 

 
後書き
そろそろ一章も終わりに近づいています。
こんな作品でも、お気に入り登録して下さっている方、本当にありがとうございます。
してる方もしてない方も是非疑問や感想があればよろしくお願いします。(キツイ言葉ですと、豆腐メンタルの私は一撃で昏倒してしまうかもです・・・w) 
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