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真・恋姫†無双 劉ヨウ伝

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第141話 孫権

 
前書き
久しぶりの更新です 

 
 正宗と一騒動あった孫権と甘寧は翌日から海陵酒家で働きはじめた。
 二人が店で働くようになったことで店の仕事の割り振りに変化があった。店員人数が増えたことで正宗は完全に裏方となり調理場と薪割りを担当することになった。そして、接客は愛紗・孫権・甘寧の三人で担当することになった。

「正宗様、茶のご用意ができました」

 正宗に呼びかけ彼の斜め後ろ横でかしずき盆の上の湯のみを差し出すのは泉だった。彼女は正宗の身の回りの世話を申し出て海陵酒家に出入りしていた。正宗は泉を確認すると微妙な表情を彼女に返した。

「泉。わざわざ悪いが茶の用意は無用だ。ここでは水か白湯にしてくれ」
「何を仰るのです。朝廷の重臣にして王であられる正宗様にそのような粗末なものをお出し出来ようがございません」

 泉は正宗の言葉に仰天の表情を返すと意見を述べてきた。

「お前の言葉は最もだ。しかし、お前が私を恭しく世話をしては周囲に私が貴人とばれる可能性もある」
「分かっております。ですが、ここは裏庭にございます。正宗様の心配は杞憂と存じます」

 泉は少々考えた素振りを見せた後、真面目な表情で返事した。正宗は泉の態度を見て顔を左右に振り、薪割り用の丸太を椅子代わりにして腰掛けた。泉は間髪いれず彼に茶を差し出した。正宗は何も言わず湯のみを受け取り茶を一口飲んだ。

「泉、茶は嗜むようになったのか?」

 正宗は唐突に言った。泉は親に褒められた子供のように嬉々とした表情に変わった。

「はい。冥琳様にご教授いただきました!」
「そうか」

 正宗は泉に感心した表情を向けた。



「清河王、良い天気ですね」

 正宗と泉が会話している中、孫権が笑顔で正宗の元に近づいてきた。彼女も休憩を取りにきたのだろう。泉は孫権のことを険のある表情で見た。正宗は泉と違い露骨に嫌悪するような態度でないが歓迎していない表情を浮かべていた。

「孫仲謀、何の用だ」

 口を開いたのは泉だった。彼女は正宗の側近であり、かねてより正宗が孫家を敵視していることは知っていた。また、孫権が正宗に対して生意気な態度をとったことから彼女へ悪感情を持っているのだろう。

「私も休憩しにきました」

 孫権は泉の険のある言葉に一瞬不機嫌な表情を浮かべるも、直ぐに平静を装い笑顔で泉に返事した。その様子を正宗は傍観者として眺めていた。

「孫仲謀、お前に直答を許したつもりはないぞ。身分を明かした以上、言動には気をつけることだな」

 正宗は静かな表情で孫権に言った。泉は正宗の言葉を受け、彼女は臨戦態勢の構えで正宗と孫権の間に立ちふさがった。孫権は正宗の言葉に困った表情を浮かべた。正宗の刺のある言動は彼が職場の同僚となった孫権と甘寧との交流を極力避けたいという感情からくるものだろう。

「申し訳ありません」

 孫権は背中を小さくして正宗に謝罪した。その態度に正宗は微妙な表情を浮かべるも、それを隠すように茶を飲んだ。

「正宗様は休憩しておられる。官職も持たぬ貴様が馴れ馴れしく正宗様に直答しようなど無礼を通り越して不敬であろう」

 泉は厳しい表情で孫権に言った。

「官職はございませんが、『華北の英雄』と謳われる清河王に後学のため話を聞かせていただきたいと思いました」

 孫権は丁寧に挨拶をして正宗に頭を下げた。泉は孫権の態度に面白くなさそうな表情を浮かべた。対して正宗は孫権を正視して彼女の様子を伺っていた。

「後学か……」

 正宗は嘆息して視線を泉に向けた。泉は正宗の視線を受けると、それに従い正宗の横に立った。孫権は正宗の態度に嬉しそうな表情になった。

「孫仲謀、私を『清河王』と呼ぶことは止めろ。他人に聞かれては面倒だ」
「では何とお呼びすればいいのでしょうか?」

 孫権は正宗に尋ねた。正宗は顎に指をあてて考え込む。

「先輩と呼べ」
「先輩ですか?」
「そうだ。私はお前より先にここで働いているのだ。『先輩』でいいだろう」
「わかりました。先輩」

 孫権は正宗の指示通りにした。

「孫仲謀、甘興覇にも伝えておけ」
「分かりました。先輩」

 孫権は快活な笑みを浮かべた。正宗は孫権の態度に微妙な表情を浮かべた。孫権は正宗が会話に応じてくれたことが余程に嬉しいようだ。

「孫仲謀、私を『華北の英雄』と何故呼んだのだ?」
「清、いえ先輩は華北で『黄巾の乱』を平定した功績により朝廷の重臣になられたと噂を聞いたことがありました」
「噂であろう。私が『華北の英雄』である証拠にはなるまい」

 正宗は孫権に気づかれないように彼女を観察するように見た。

「先輩が私と甘興覇に向けた殺気は未だかつて体験したことではありません。私は戦場を知りませんが、それでも先輩が強いことは分かります。母上や姉上すら、あのような殺気を放つところは見たことがございません」
「殺気のみの強さで英雄というのは浅慮ではないか?」

 正宗は孫権に質問した。

「『殺気のみ』と仰いますが戦場を知る私の従者・甘興覇は身動きをとれずにいました。戦場で戦働きを長く経験している者が身動き取れない殺気を放つ者が武に劣ることがあるでしょうか?」
「そうだな。続けよ」

 正宗は孫権の答えに満足そうな笑みを浮かべていた。

「無能な者を異民族の紛争地域であり大州である冀州の州牧につける道理がございません。政治力もしくは武勇に秀でた者でなくば冀州の統治は覚束ないはず。また、州牧に推挙されるだけの実績と実力が必要になると思います」
「総合的に見て噂は的外れではないということか?」
「噂には尾ひれがつくものです。ですが、先輩の置かれている状況を鑑みればただの噂と切り捨てることは難しいと思います」

 孫権は正宗に自信を持って返答した。正宗は孫権を暫く凝視した後、口を開いた。

「孫文台が立身してからの娘と聞いていたので、ただの姫かと思っていたがそういう訳ではないようだな」

 孫権は正宗が自分を褒めていることに素直に嬉しそうにしていた。正宗が孫家陣営を青田買いし過ぎてしわ寄せが孫権に向かったことで彼女の能力向上に一役買ったのかもしれない。正宗もそう思っているのか微妙な表情で孫権を見つめていた。



「孫仲謀、後学とは嘘であろう」

 正宗は唐突に孫権に言った。正宗の表情は「答えずとも分かっている」という表情だった。

「この南陽郡に孫家の者であるお前がよくこれたな。独立独歩を地で行く孫文台の娘らしいといえばらしいが」

 正宗の言葉に孫権は困った表情を浮かべた。孫権にとって冀州から来た正宗が南陽郡と母孫堅との因縁を把握していることは予想外だったのだろう。だが、孫家の内情に詳しい正宗であるから知っていてもおかしくないと思っていたかもしれない。

「お前が私に何を期待しているのか当ててやろう」

 孫権が押し黙っているのを他所に正宗は話を続けた。

「人材集めが芳しくないので私に人材を紹介してもらえるように仲良くなりたいというところか?」

 正宗は淡々と言った。孫権は少し俯き正宗の視線から目線を逸らした。正宗は孫権の態度を見て肯定したと捉えたのか憮然とした表情を浮かべ孫権を凝視した。

「正宗様を利用しようとは何たる恥知らず。今直ぐ失せろ!」

 泉は正宗と孫権のやり取りを見て険しい表情で孫権を睨んだ。孫権は泉の剣幕に一瞬気圧された様子だったが、強い意思を感じさせる瞳で正宗を見つめた。

「先輩、お慧眼に驚嘆いたしました。お察しの通りでございます。ですが、後学のためにお話をお聞きしたいと思ったことに嘘偽りはございません」
「お前の存念などどうでもよい。お前が私に人材を紹介して欲しいと考えていることに相違ないではないか。だが、私にお前に力を貸す理由はない。違うか?」

 正宗は孫権に真面目な表情で答えた。孫権は正宗の言葉に押し黙るも引き下がらなかった。彼女も必死なのだろう。

「先輩は武勇にて立身されたお方です。我が孫家は母孫文台が一代にて築きし武門の端くれにございます。必ずや先輩のお力になれると存じます」

 孫権は熱意の篭った表情で正宗に訴えかけた。

「孫家が如何程のものか。正宗様には武勇に秀でた将は十分にいる。わざわざ野蛮な者達の力を借りる必要はない」

 泉は憮然とした表情で孫権に言った。

「野蛮とは聞き捨てなりません。撤回してください」
「撤回はしない。孫文台は刺史殺しの野蛮な奴だ。そのような者に正宗様がお口添えしたことが広まれば正宗様の風評に傷がつく」
「それは。それは言いがかりです。私の母は武陵太守の命に従ったまでです。中傷されるべきは武陵太守ではありませんか?」
「孫文台が刺史を私的に恨んでいたことは事実であろう。この南陽郡で知らない者はいない」

 泉と孫権の口論に正宗は口を挟んできた。

「それは」

 孫権は正宗の言葉に口篭ってしまった。

「力は貸せん。話はこれで終わりだ」

 正宗は会話を無理やり終わらせ、椅子代わりにしていた丸太から腰を上げ薪割りに戻ろうとした。

「先輩、何故にございます。何故、そうまで孫家を嫌われるのですか?」

 孫権は正宗に対して苛立ちを抱いているようだった。

「無礼であろう!」

 泉は右こめかみ付近に血管を浮かべて孫権に怒鳴った。

「ふふ。孫仲謀、お前は自分に力を貸さない者を嫌っていると考えてるのか? 孫文台と同じ気質であるな。気に入らない者は誰彼構わず斬り捨てる。この私にも刃を向けるか? 望みとあらば受けてやろう。この劉ヨウ逃げも隠れもせん」

 正宗は小さい声音で笑うと孫権を見て言った。

「先輩、私は貴方様と争う気など毛頭ございません。私はただ何故そうまで私を避けられるのかとお尋ねしているのです。お女将さんと関雲長殿の対応と私と甘興覇への接し方にあまりに違いがあるように思います。個人的に孫家に恨みを持っているとしかいえないような悪意を感じます」

 孫権は少し感情的になってしまったのか心の内を吐露してしまったようだ。彼女は「まずいことを口にしてしまった」という表情をしていた。
 泉は孫権の言葉に完全に立腹した様子だった。彼女は孫権を睨みつけていた。

「黙って聞いていれば図に乗りおって! 正宗様に対して何たる無礼か! 貴様等のことを正宗様がどう思うとお前らには関係ないことではないか!」

 泉は思いの丈を怒鳴りながら孫権にぶつけた。

「泉。落ち着け」
「先輩、申し訳ございませんでした! 私と甘興覇がご無礼な態度をしてご不興を買ったのならお詫びいたします。最早人材を紹介して欲しいなどと一片も思っておりません。先輩のご都合も理解せず無理を言い申し訳ございませんでした」

 孫権は正宗に頭を深く下げ詫びを言ってきた。正宗は孫権の謝罪する姿を見つめていた。

「もうよい。孫仲謀、頭を上げよ」

 正宗は黙考し暫くして徐ろに口を開いた。

「孫仲謀、お前は私のために母と姉を殺せるか?」

 正宗は怜悧な瞳で孫権のことを見つめた。彼の雰囲気から孫権は彼の言葉が本気で言っていることが理解できた。だが、彼の言葉があまりに突然過ぎて気が動転しているようだった。

「どういう意味でしょうか?」

 孫権は唾を飲み込みゆっくりと口を開いた。「母と姉を殺せるか?」と問われて「殺せます」と答えられる訳がない。だが、孫権は正宗が自分に興味を示してきた、この機会を無意味なものにしたくないと考えたのだろう。

「そのままの意味だ。私が孫家に助成した後、お前の母と姉が私を裏切る自体になった時に殺せるかと聞いているのだ」

 正宗は真剣な表情で孫権を見つめていた。孫権は正宗の言葉から理解した。正宗は孫権個人は信用できると思っているのだ。ただし、信用できても正宗の信頼に応えることができるかは別物である。だからこそ正宗は孫権に裏切りの代償として母と姉の首を差し出せるかと聞いているのだ。ここで安易に「できます」と返事することはできるが、それでは正宗は孫権を信頼しないだろう。そのことを孫権も理解したのか、曇った物憂げな表情を浮かべていた。正宗は孫権のことを静かに観察していた。



「できません」

 どのくらいたったであろうか。時間にして十分程度。しかし、孫権には長い時間に感じられたことだろう。彼女の表情は悩みに悩んだのか苦悶に満ちていた。彼女は絞りだすようにゆっくりと吐露した。正宗は孫権の答えを予想していたのか両目をつぶり頷くと目を見開いた。

「孫仲謀、この私が孫家に人材を斡旋すれば、私が孫家の後ろ盾になったと周囲は受け止めるであろう。荊州の諸豪族の中には貴人である私の後ろ盾を得た孫家に靡く者達もいるであろう。そうなれば荊州牧・劉景升殿も私に警戒感を示すことであろう。この意味が分かるな? 孫家は私に対して如何にして報いるつもりだ。私を裏切れば私に九族皆殺しにされようと文句はいえまい。その覚悟がお前にあるか?」

 正宗は孫権を見つめながら言った。孫権は正宗のことを見つめた。正宗の話を聞き孫権は初めて正宗から人材紹介を受けることの影響の大きさを理解したようだ。

「先輩は人材を紹介してくださるのでしょうか?」
「紹介せん。孫家の南陽郡での風評が悪すぎる。お前に力を貸せば私への風当たりも強くなる」
「そうですよね」

 孫権は気落ちした表情を浮かべた。

「紹介したとしても、お前は私の支援へ報いることも、母と姉が私を裏切った場合に止めることもできまい。違うか? お前は孫文台、孫伯符と比して武官というより文官であろう。お前では何もできん」

 正宗は孫権に理を説いて人材紹介の話を流そうとしているように見えた。彼は孫権では孫堅と孫策の抑えになりえないと考えているだろう。事実、生粋の武闘派であり苛烈な性格である孫堅と孫策を孫権が抑えるなど不可能と言っていい。孫家に必要以上に肩入れして勢力を大きくし過ぎては後々の禍根になることは目に見えていた。それならば孫家と距離を置くのが正宗にとって利が大きかった。

「先輩、この私を信頼してくださいませんか?」

 孫権は正宗を真剣な表情で見つめた。

「孫仲謀、口約束のみで信頼しろというのは無理があるぞ」
「分かっています」

 孫権は正宗の言葉に頷いた。正宗は孫権に話の続きを話すことを促すように視線を送った。

「私には如何な理由があろうと母上と姉上を斬ることはできません。それが義に反しようとです」

 正宗の側に控える泉は孫権の言葉に怒りを覚えているようだった。

「では人材は紹介できないな」

 正宗はきっぱりと孫権に言い放った。彼は泉に視線を送り、会話は終わりだと言わんばかりに立ち上がろうとした。

「お待ちください。話は未だ続きがあります」
「続きだと」

 正宗は渋々丸太に座り直して孫権と再度対面した。

「もし、母上と姉上が先輩から受けた恩を裏切りで返すようなことがあれば、私が母上と姉上の前に立ち塞がります」
「殺せぬのに如何にして立ち塞がるというのだ?」

 泉は孫権を馬鹿にしたように言った。

「母上と姉上に立ち塞がり死ぬ覚悟があります」
「お前が立ち塞がろうと、お前の母と姉はお前を殺さぬと思うがな」
「ならば自決いたします」
「簡単に自決をするなどいうものでないぞ。人は早々自決などできるものでない」

 正宗は呆れたような目つきで孫権のことを見た。彼も燕璃のような人物が「自決する」と言えば信じたろうが、孫権の言葉は信頼できなかったのだろう。
 しかし、正宗は原作知識があり、孫策が孫権に孫呉の未来を掛けていたことを知っていた。孫堅と孫策が裏切ろうと孫権が死ねば、孫家陣営が混乱することは明白だ。その混乱に乗じて孫家陣営を制圧することも可能だと正宗は考えているようだった。正宗は孫権を呆れた表情で見つつ、視線を虚空に向け考え込んでいた。

「先輩、直ぐに返事をいただかなくても構いません」

 孫権はそう言い残すと頭を下げて立ち去って行った。

「正宗様、いかがなされるのですか?」

 泉は孫権が立ち去るのを確認した後、正宗を伺うように聞いてきた。

「使えないことはない。だが腹を括るには材料が少ない」
「孫家は危険と仰っていたではありませんか?」

 泉は正宗のことを訝しんだ。

「孫文台と孫伯符は危険だ。だが、孫仲謀は違う。奴は律義者だ。ああいう奴は使える」
「しかし、孫家に肩入れしては正宗様の風評に傷がつくかと」
「傷がつく以上の利益があればいいのだ」
「『利益』ですか?」

 泉は正宗の言葉の真意が測りかねているのか正宗に尋ねた。

「そうだ。蔡瑁の件もある。そろそろ奴も動くかもしれんしな。まあ、結論を急ぐ必要もない」

 正宗は孫権の去っていた方向を見つめながら泉に答えた。 
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