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緋弾のアリア-諧調の担い手-

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陽だまりの日々
  第四話




時夜side
《住宅街・通学路》
AM:8時3分


幼稚園が始まってから、既に一週間が経過していた。
今一番苦労しているのは、他の園児達のノリに付いて行く事だ。

こう言うと年寄り臭いが、皆若い。それに思わず、身体と思考が付いていけない。
眩い程に無邪気で、目を離すと勝手に何処かに行ってしまう様な軽快な身軽さ。

俺の性分故か、そう言った行動は見過ごせない。
先生達の気付かない所で、危ない事や怪我をする可能性もある。その為に一分も目を離せない。

そんな行動を見据えられてか、どうやら先生達にも頼りにされている。
唯一の救いは、俺と同じく飛び抜けて大人な亮がいる事だ。

子供を育てた事はないが、育児が大変だという親の気持ちも充分に理解出来てしまう。

そもそも、俺が出雲の地を出てこうして外界で生活しているのは将来を思っての為。
箱入り息子として外、世間の事を知らずに育ってしまうといざ社会に出た時に色々と不都合が生じる。

その為に、俺は出雲の地を離れてこうして外の世界で暮らしている。社会に適応する為に。
それに、俺は両親に将来は武偵になるという事を公言している為に、苦行という程ではない。

だが、それを考慮しても想像以上に園児生活というのは面倒臭い。
歳相応の子供を演じるのは、少々辛い所だ。


「……だるいな」

「どうかしましたか、時夜?」

「…ううん、何でもないよお母さん」


今現在。
俺はお母さんと手を繋ぎ、朝の幼稚園のお迎えバスを停留所で待っている。

見据えるお母さんの姿は、今日も現代ファッションの衣服を見事に着こなしている。
……うん、我が母親ながら洋服姿も凄く似合っている。

それが何処か新鮮に見える。
かねがね言うが、俺は生まれて来てから母親の緋袴姿しか見た事がなかったのだ。

まぁ、外界でも神社ならば巫女さんが巫女服でも問題はない。
普段着とは言え、それを常日頃から人目に付く住宅街で着ていれば、コスプレイヤーにでも間違えられる事だろう。

世間体というものがあるし、お母さんもそこら辺の事を意識しているのだろう。
俺も母親がそういった目で見られるのは嫌だし、その息子として見られるのも絶対に嫌だ。


「…あっ、時夜。バスが来ましたよ」


思考に陥っていると、意識の外側からそう母親の声が聞こえた。
視線を向けると、幼稚園の動物等が描かれた可愛らしい送迎バスが視界に映る。


「じゃあ、行ってらっしゃい時夜」

「うん、行ってきます。お母さん」


そうして恒例と化した朝の挨拶を済ませて、俺は他の園児達同様にバスへと乗り込んだ。
バスに乗った刹那、俺の胸の中に一人の少女が駆け込んできた。


「お兄ちゃん!」

「…おっと、と。こらライカ、急に飛び込んで来たら危ないだろう?」


俺は後ろに転ばない様に、少女に怪我をさせない様に、優しく抱き締めて踏み止まる。
そうして少女を離して、正面からその容貌を見据える。

美しく長いブロンドの髪に、宝石の様なエメラルドの瞳。
どこか妖精めいた容姿で、触れれば壊れてしまいそうな華奢な身体。

少女の名前は火野ライカ。
俺と同じく、今年幼稚園に入った年少の女の子だ。何故だか俺は彼女に慕われている。

そう、この少女は緋弾のアリアAAの火野ライカ本人だ。
容姿も本編の彼女を幼くした様な感じであり判別する事が出来る。
だが、似つかないのはその雰囲気だろう。

本編では勝気で男勝りな性格をしている。
けれど、今対面している彼女はどこか守ってあげたくなる様な雰囲気。保護欲を駆り立てられる女の子だ。


「……ごめんなさい」


シュン…と意気消沈するライカの頭には、思わず垂れ下がった犬耳が錯覚として見える。
確かにライカは犬の様だと内心で思う。そんなライカの頭に手を這わせ、優しく撫でる。


「次から気を付けてくれればいいよ」


優しく諭す様に、そう告げる。
幸いにも、まだバスは動き出していない。動き出していれば怪我をしていたかも知れないのだ。


「……あっ」


気持ち良さそうに目を細めていたライカは、手を離すと名残惜しそうにその手を見つめた。


「―――時夜くん」


ここ最近はもう聞き慣れた親しい、親友とも呼べる少年の声が聞こえてくる。
俺はそれを耳にし、彼女の手を繋いでそちらに向かう。


「おはよう、亮」

「うん、おはよう時夜くん」


互いに朝の挨拶を交わし、俺とライカは空いていた後ろの座席に腰かける。
そうしてバスは動き出す。その中で、いつもの日課の様に、他愛ない会話を始める。

そして、いつもの様に抱き着いてくるライカの頭を撫でる。
それに対し、気持ち良さそうに目を細める幼女。

犬であれば、尻尾をぶんぶん…と振っている事だろう。
またもや、幻覚の様に振るわれる犬の尻尾が見える。

ライカを犬の様だと例えたのは、あながち間違えではないだろう。
そんな少女を愛おしく、純粋に可愛いと感じる。

決してそこに疚しい気持ちは存在しない。断じてない。


「えへへっ、お兄ちゃん」


これが、俺の前世の真性のロリコンの友人ならば狂喜乱舞ものだろう。
あいつは、幼稚園のバスに乗った園児を見ただけでテンションが上がるからな。

今のこの光景を目の当たりにしていれば、殺してでも奪い取る…等と本気で言いかねない。

なんか余計な事を思い出したけど、うん。寒気の様な物を一瞬感じたけど、うん。
今日も今日とて、変わらない平穏な一日の始まりだ。






1







「………」


現在は授業中だ。
幼稚園とはいえ、簡素的な物ながら授業と言ったものが存在する。

今の時間は、算数の授業の時間だ。
死ぬ前がこれでも大学生であった為に、こんな初歩的な授業等を受ける必要を感じない。

それよりも、幼稚園が始まってからのこの一週間。
授業なんぞよりも、遥かに危険な敵が直そこにまで迫っているのだ。

簡単にして単純な授業、呪詛の様に囁かれる先生の声。
そして、この暖かく柔らかい春の陽気。

実際に、危なく襲われて敗北しそうになった事もあった。
授業よりも、負けない様にする事に精神力を大きく摩耗させられる。

これは未知なる“敵-睡魔-”と俺との闘いなのだ。一瞬の隙が命取りとなる。
奴らは、隙を見せればその隙を狙ってこちらを容赦なく狩りにくる。

正にデットオアライブと言えるだろう。

言ってもいいですか、これは拷問か何かか?

……やめろ、早まるな俺の左手。
眠たさのあまりに薬物をやっているかの様に、大きく震える腕。

そして朧気な瞳で、俺は歳相応の不恰好な字で算数を解く。
そんな風に内心で遊んでいると、午前の授業の時間が過ぎ去って行った。






2







昼食の時間。
頂きますと、全員で手を合わせて園児達はそれぞれの昼食にありつく。

園児達のお弁当は色とりどりで、前世で流行った様なキャラ弁などと言った物も見られる。
料理スキルゼロの俺には到底無理で、感嘆の意すら覚える。

俺と亮は一緒に昼食を摂る。
そうして他愛ない会話をしながら、互いの弁当のおかずをトレードしたりしている。

前にも思ったが、やはり他の園児とは何処か波長が合わない。
その点、亮は歳不相応に落ち着いているが、背伸びしている様な感じも見られない。

まるで、本当の意味で“同年”と話している様で、その会話には実がある。

それ故に、基本亮と昼食を取る事が日常と化しているのだ。
教室の開いた窓より、穏やかで優しい春風が吹いて桜が一緒に流れてくる。

その風が頬を撫で、微かに桜の花びらの匂いが香る。


「…このいなり寿司美味しいよ。時夜くんのお母さんは料理上手だね」

「それを言うなら亮のお母さんもだろ、この卵焼き出汁が効いていて美味しいな」


うん、苦労した後のご飯は美味しいな。といって、軽く遊んでいた様なものだけど。
亮とトレードした卵焼きを噛み締めながら、しみじみとそう思う。

卵焼きは、それぞれの家庭で作り方や味付けが違う為にそこに個性が出てくる。
亮のお母さんの作る卵焼きは絶品と言える一品だ。
外は厚焼きでふわっとして、中からは出汁がいい感じに効いている。


「…………」


ふと、不意に視界にその子が映った。

周囲の園児達とも会話せずに、一人で弁当を突く少女の姿。
俺や亮と同じく、年中からの入園の女の子。

俺と同じく、別の意味で周囲に溶け込めていない感じの子。
まだ、幼稚園が始まっていから一週間程だから何とも言えない。

だが、その少女は俺が“知っている”雰囲気とはかけ離れている。

俺の知る彼女は、一言で言えば天真爛漫だろう。
太陽の様に眩しい笑顔と、無邪気さが目立つ少女。

今俺の前にいる彼女は一言で現せば、まるで真逆だ。
内気で、人見知りの様に見える。それが周囲に交われない理由であると。

だが、人の内面は一朝一夕ではどうにもなる事はない。
そこに、何かしらのきっかけと、意思がなければ変わる事はない。


「平賀さんがどうかしたのかい、時夜くん?」

「あっ、いや…いつも一人でご飯食べているなってさ」


彼女の方を明らかに注視している為に、そう指摘されてしまった。
本人にはバレていない事が幸いか。

平賀文。
彼女も俺が知る、緋弾のアリアに登場する原作キャラの一人。
彼女は平賀源内という江戸時代の発明家の子孫であり、原作では機械工作の天才だ。

俺は入園式の時点で、名前で彼女の存在を既に知っていた。
最初は、同姓同名かと思ったがこうして面と会ってみると本人だという事が分かる。

性格は若干違うけれど、機械好きなのは変わらないだろう。
彼女は早々と昼食を済ませて、何かの設計図の様なものに目を通している。

それが何かは分からないけれど。
ただ、いつも一人でいる彼女の姿は少し寂しく思えた。


「なぁ、亮」

「なんだい?一応解っているけれど、聞こうか」


俺のお母さんの作ったデザートの桜餅を分けて、互いに食べながら話をする。


「お昼休みにでもさ、平賀さんの事遊びに誘ってみないか?」

「平賀さんを?」

「ああ、あの子いつも一人でいるだろう?余計なお世話かもしれないけどさ」

「…うん、良いんじゃないかな。僕も、その意見には賛成だよ。だけど、決して余計なお世話ではないと思うけどね」

「…どう言う事だ?」

「多分、人との距離の縮め方が解らないだけだと思うよ」


何事もきっかけが大事だと、亮は口にした。その言葉には自然と重みが感じられた。
感服する程の慧眼だな。先の俺と、全く同じ事を亮も感じていたのだ。






3







「よし、じゃあ全員いるな」


俺は視界に映る三人を見据えて、そう呟く。
現在集まっているのは、俺、亮、ライカ、芽衣夏ちゃん。

最初は渋っていた芽衣夏ちゃんだけど、結果的には参加してくれた芽衣夏ちゃん。
うん、芽衣夏ちゃんマジツンデレ。


「ちょっと時夜、今なんか失礼な事思ったでしょ?」


鋭い、まるで何かの電波を感知した様に。
びびっ…と、芽衣夏ちゃんのツインテールが逆立った様に見えたのは気のせいだろうか?

あれからだが、芽衣夏ちゃんとはそれなりに友好的な関係を気付いている。
両親達が友人同士という事もあって、顔を合わせる事もあり、気付けば自然と仲良くなっていた。
俺を通して、亮とライカとも仲良くしてくれているし。何だかんだで、面倒見がいい子だ。


「でっ、どの子よ?」

「んっと、…あっ、あの子だ」


急に話を振られて、俺は目的の女の子を探す。
視界を園庭に向けて、園児達が駆け回る中から一人の少女を探す。


―――いた。

砂場で、他の園児から距離を取って一人で砂遊びをしている。
それが、何処か周囲との心の距離の様にも思える。俺は、そんな彼女に近付いて声を掛ける。


「…平賀さん」

「……?」


背後から掛けられた声に、平賀さんは周囲をきょろきょろ…と見回して、声の発信源を探している。
その仕草が何処か小動物を連想させる。


「後ろだよ、後ろ」


その声で、彼女は漸くこちらに向き直る。
こちらを見て、少々困惑している。


「…えっと、同じ組の……」

「うん、同じゆり組の倉橋時夜だよ」

「そうなのだ、倉橋くんだ。倉橋くんは何か私に用事なのかな?」

「うん、一緒に遊ばない。平賀さん?」

「……私が?」

「うん、平賀さんってさ。こう言ってはなんだけど…一人でいる事が多いでしょ?だから余計なお世話かもしれないけど、一緒に遊ばないかなって」


俺がそれに続いて、迷惑だったかな?と言葉にする。
すると、平賀さんは首を横にぶんぶんと振る。


「ううん、そんな事ないのだ。とっても、嬉しいよ。」

「じゃあ、一緒に遊ぼうか。俺の友達も連れて来たし、何して遊びたい?」

「…じゃあ、鬼ごっこしたいのだ」

「うん、わかった。皆もそれでいいかな?」


皆、その言葉にそれぞれ頷く。
そして軽く自己紹介をして、じゃんけんをした結果。芽衣夏ちゃんが鬼となった。
まぁ、普段から怒りっぽいしお似合いかな。


「むっ、また余計な事考えたでしょ、時夜…?」

「いや、全く」


何故バレるし。
芽衣夏ちゃんはこういう所で鋭くて、何処かニュータイプの様な直感力を持っている。


「それじゃ、30数え終わったら始めるわよ」


そう言い、カウントを刻み始める。


「じゃあ、逃げようか平賀さん」

手を差し出して、彼女が俺の手を握る。


「うん、倉橋くん」

「お兄ちゃん、私も」

「はいはい」


右手に平賀さん、左手にライカと手を繋いで、距離を取る。
距離を取ると言っても、狭く幼児にとっては広い園庭では限られるが。


「こら、待ちなさい時夜っ!」


三十秒のカウントを終えた芽衣夏ちゃんがこちらに真っ直ぐに駆けてくる。
それを尻目に、俺達も園庭の中を駆ける。


「…倉橋くん」

「んっ、どうしたの平賀さん?」

「私の事は平賀じゃなくて、文って呼んで欲しいのだ」

「じゃあ、俺の事も時夜でいいよ」


互いに笑みを浮かべながら、俺達は鬼から逃げる。


そうして何処か、彼女と―――文との心の溝が埋まった様なそんな気がした。


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