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歪んだ愛

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第2章
  ―3―

署に戻った和臣は課長に、ゆりかの保護を求めた。幸いゆりかは無職で家から出ない、家の周りに警官を配置して居れば良いだろう。
「俺の家で保護してやろうか?」
女と見れば見境の無い井上がニタニタと笑い提案する。現役刑事が淫行とは笑えないので其れは全員から反対された。第一、保護するのに井上は昼間居ない。だから無意味だと云うと本郷が、井上は同棲してますよ、と云った。
「同棲するならもう結婚しろよ。」
和臣の意見は最もである。
「いやな、俺、こう見えてレインボーカラーを支持する側なんだわ。だから、日本が同性婚を何らかの形で認める迄結婚しねぇって決めてるんだ。」
「御苦労だな。」
他人の為にそんな考えを持つとは馬鹿としか云えない。
和臣は呆れ返り、長い前髪を息で吹き上げた。
「あ、そうだ課長。」
「んー?」
毛先を光に当て、枝毛チェックをする課長に聞いた。
此の人の美容院代月幾らなんだろうと和臣は気になって仕方が無い。が、其れよりも聞きたいのは。
ゆっくり背中を落とし、囁く様に云った聞いた。
「菅原さんと寝たって本当?」
組まれていた足がダンと床に付き、怯える目で和臣を見上げた。声は掠れ、眼鏡の奥にある目は挙動不振に動く。事実だったんだと和臣は一層唇を尖らせ、課長は頻りに髪の毛を触った。
「ネコって、嘘でしょう?」
「あのクソ医者…!…他に何を聞いたんだ?ん?内容に依っては、御前の口を命諸共塞がなならん。」
其れ以外聞いていないのも確かだが、此の課長なら本気で自分を惨殺し兼ねないと首を振った。
新人の時、先輩でありコンビである課長に矢鱈叩かれて居た。何故叩くのかと聞いたら、首を傾げ「可愛いもの見ると叩きたくならないか?動物でもキャラクターでも」と反対に聞かれた。そんな性癖は持ち合わせて居ないと云うと、笑顔で又叩かれた。其れから極力仏頂面を努めたが、今度は「其の顔が気に食わない」と“殴られ”た。此れにははっきりと“悪意”があった。
笑っても愛情で叩かれ、仏頂面でも非情で殴られる。
結局如何して良いか判らず十年近く経った。仏頂面が気に食わないなら本郷を殴ってと頼んでも見たが、本郷は可愛くない、と聞いて貰えない。
そんな課長であるから、菅原から聞いた事実を他言したら如何なるか判る。拷問された後、死因を改竄し、和臣の存在を闇に葬るだろう。
課長の妖艶な笑顔に和臣は頷き、力の入らない足でデスクに戻った。
「移動願い出そうかな…、東北辺り…、課長の気配を感じない場所に…」
「許さん。」
小声で呟いた筈がしっかりと耳に入り、ペンを投げ付けられた。床に転がる赤ペンを拾った加納は課長に渡し、重たい愛情を背負う和臣の両肩を揉んだ。
「ほら、生活安全課と東条ゆりかの所に行きましょう。」
加納の笑顔に気味悪さを覚え、加納こそ課長に殴って貰いたい。常に薄っすらと笑みを張り付け、笑うと気味が悪い。
生活安全課でゆりかの警備を頼み、其の侭二人は東条邸に向かう。流れる景色を眺めていると、普段なら気にも止めない花屋が目に止まった。いきなり、ハンドルを握る腕の前に和臣の腕が伸び、停車を云われた加納はブレーキを踏んだ。後方車から盛大にクラクションを鳴らされたが、和臣は気にせず歩道側に叫んだ。
「木島さん!」
「店員さん!」
加納の冷や汗も気にせず、助手席の窓から和臣は花屋の店員に叫んだ。何事かと寄った店員は窓に顔を寄せ、云われる侭ミニブーケを二つ持った。代金を払い、車は静かに動いた。
「何で買ったんです?」
加納の問いには答えず、車は軈て目的地に着いた。インターフォンに移った和臣の顔にゆりかは驚き、そっとドアーを開いた。
「ええと、何か?」
暫くの間警備をすると云うとゆりかは小さく頷き、中に促したが和臣は断った。其の代わりブーケを二つ渡した。
「御前、乙女座だったろ。」
「はい。」
「今が丁度、乙女座の周期だ。誕生日プレゼント。一つはまどかのな。」
和臣が綺麗に笑う程、好意が無いと判る程ゆりかの頬は熱くなった。
勘違いしてしまいそう…。
和臣の行動は、偶々誕生日が近かっただけで意味は余りない。此の無意識の優しさが、時には和臣を苦しめる事もある。ゆりかに其の傾向は見られないが、此れが妄想型の女だったら大惨事になる。
世の中には、微笑み掛けたり目が合っただけで妄想を特化させる輩が居る。
ゆりかは其の点普通であるから問題無いが、突然の出来事に目が熱くなった。
「有難う、木島さん…、自分でも忘れてた…」
「なんかあったら、直ぐ連絡しろよ。」
ゆりかの栗色の髪を少し乱し、和臣は車に乗った。運転席の加納も少し笑って居る。其の発進させた加納は、暫くするとハンドルを握り締め笑い出した。運転が不可能になる程笑いは出、停めると身体を窄めて迄笑った。
「なる程、そうして女性を不幸にするのですね。」
「不幸って何だよ。」
「勘違いさせ突き放す、何て酷い方だ。くっく…」
「云うけど、俺、そんな持てないからな。遊びばっか。本気になった女には捨てられるし。」
「交通課の女性には人気ですよ、木島さん。」
「あー、趣味じゃ無い。モンスターばっかじゃないか。」
笑いが治った加納の肩を叩き、発進を促した。
振動。
ジャケットの内ポケットに入る電話がメール受信を知らせた。取り出した和臣は番号表示に訝しんだが、添付される写真に口元が緩んだ。

まどかも喜んでます。

写真のまどかが、微笑んだ。 
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