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ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──

作者:なべさん
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OVA
~恋慕と慈愛の声楽曲~
  Bitter Day

「はぁ、それでウチ……ですか。まぁ分からなくもないですけど」

キッチンで手を拭いていたアスナは突然の訪問者に向けてそう言った。

手際よく袖をたすきでまとめ上げていた訪問者は、申し訳ないように眉をひそめる。

「すみません、アスナ。リハビリで疲れているのにこんなことを……」

「いいですってカグラさん。わたしも人にもの教えるのは、そんなに嫌いじゃないですし。それに――――」

そこでいったん言葉を切り、少女は淡く微笑んだ。

「リハビリの息抜きと思えばいいですよ」

ひらひらと手を振って、アスナはヘイゼルの瞳を重ねられた大袋に向けた。その中身は、北は土妖精(ノーム)領から南は火妖精(サラマンダー)領まで駆けずり回って集めたという大量の食材アイテムだ。最初は冗談かと思ったが、彼女がその手のものに疎いことはよく知っているので事実なのだろう。

訪問者――――カグラとアスナがいるのは、広大なALOワールドマップ中央にそびえる巨大な《世界樹》上の空中都市《イグドラシル・シティ》の一画。そこにアスナとキリトが共同で借りている部屋だ。

月額二千ユルドの賃料を払っているだけあって、相当に広い。綺麗に磨かれた板張りの床の中央には大きなソファーセットが置かれ、壁にはホームバーまで設えている。

棚に並んでいる無数のボトルは、仮想世界でも酒呑みキャラを貫いているクラインが妖精九種族の領地から地下のヨツンヘイムまでも巡って集めてきたものだ。中には『酔えないことを別にすれば、三十年もののスコッチより旨い』逸品もあるらしい。未成年のアスナには、もちろんその価値は解らないが。

南向きの壁は一面ガラス張りとなっており、イグシティの壮麗な景色が四角く切り取られている。

もう一人の家主である黒尽くめは、ただ今娘を伴ってどこかへ出かけている。この状況を見越していたというのは、さすがに心酔が過ぎるだろうか。

「それで、作りたいものはチョコレートでしたっけ?」

「はい、バレンタインとは大切な者にチョコを送る日だと聞いたもので」

頷きながら、少女は少しだけ新鮮な気持ちで眼前の巫女を見た。

今までアスナはこの女性にその手の恋愛感情はないと思っていた。もちろん、アスナとキリトにはユイという『娘』がいるので、彼女の本質が人間ではないという意味でではない。彼女本人がそういう、世俗みたいなものとは縁遠い性格を持っているということだ。

だが、ここまでストレートに心情を吐露するとは普通ではない。カグラもまた、色々あって丸くなったということなのだろうか。

「ちゃんと主従愛を示さなければ」

「ああ、なんか解ってました」

疑問氷解。

やはりブレないなぁ、と思いながらアスナは水妖精(ウンディーネ)特有の明るい水色の長髪を手早く束ねた。別に現実世界と違って、料理の中に埃が入るなんて現象は起こりえるはずもないのだが、そこはやっぱり気持ちの問題である。

「それじゃあ、ただのチョコってのも味気ないですね。ここはもうちょっと頑張って、ガトーショコラでも作りますか」

「ほう、美味しそうですね」

「……全部食べたらダメですよ?」

何となくここで釘を刺さなくてはアブないような気がしたので、一応少女は言葉を連ねる。

具体的には、できあがってちょっと目を放した瞬間にあら不思議、みたいなことになりかねないような。

食べませんよ、という生真面目な返答をおざなりに聞きながら、アスナは大袋の中から大人のこぶし二つ分もの直系を誇るロック鳥の卵を発掘し、ボウルの真上でばっかり割った。生れ落ちたエイリアンみたいに半透明の尾を引いて落下した卵黄を器用に白身と分ける。

「そういえば、ここに来るまで誰か他の人にお願いとかしたんですか?」

「はい、最初にユウキに」

「うわぁ……」

色々と人選を間違いすぎている。

確かに、アスナは個人的に《絶剣》ユウキと親交を深めているが、しかしその過程でどうしても彼女のウィークポイントを垣間見る機会が多いというのも事実である。

その最たるものが料理だ。ALOに移ってからは幸か不幸かまだその腕前を見ることはなかったが、アスナは一度SAOでユウキが作った料理が耐腐食性に優れている純銀製鍋の底を貫通する場面を目撃したことがある。現実世界では、硫黄のような特殊なガス環境下でしか腐食が起きないほどの耐蝕性能を持つ銀が、だ。

アレを見て、少女は心に誓った。絶対、この子をキッチンに入れてはならない、と。

「最初ってことは他に誰を……?」

「次はテオドラに。しかし、『あたしにスイーツなんて女臭いものを期待すんな』と言われました」

「そ、それはそれは……」

なんともコメントしづらい。

というか、女性としてその価値観もどうかと思うのだけれど、しかし逆に彼女らしいと言えば限りなくらしい答えにくすりと微笑を漏らす。

「シゲクニ老にも応援を求めたのですが、なにぶん多忙なお方ですから」

「ああ、シゲさんはほとんどログインしませんからね」

元【風魔忍軍】ギルドリーダー。《老僧の千手》シゲクニという人物について、同じ六王が一角《神聖剣》の右腕であったアスナでさえも、知っていることはそれほど多くはない。もっとも、元来【風魔忍軍】が隠密秘密を山ほど抱えた集団だったため、というのが大きな理由なのではあるが。

ALOでも会ったのは一、二回。三回はないだろう。

それも一緒に狩りに出たとかではなく一方的なもので、街中で少し見かけただけというものだ。

確かにあの老人はアスナとは別のジャンルで料理が得意なことは有名だ。アスナが家庭的、またはプロのコック的な料理を得意としているなら、シゲクニはどちらかというと野外料理のようなどこででも賄え、しかも美味な料理を得意としている。

《料理》スキルを完全習得(フルコンプ)した身としては張り合いがあることこの上ないのだが、残念ながらゆっくり味わい比べるような機会に恵まれなかった。

「――――で、次にわたし……と?」

「はい、他に料理が上手そうな知り合いに心当たりがなかったもので」

「上手そうな人の中に、よりにもよって何でユウキが……」

激しく謎だった。

かぐわしい匂いを撒き散らしている鍋の中に入った、液体になったチョコを溶けた《アピス・バター》とともに白身の入ったボウルにブチ込む。そこに、あらかじめぬるま湯に当てて暖めておいた生クリームを投入する。

「はい、ホイッパー(これ)で混ぜてください。コツはゆっくり優しく」

「承りました」

カッシュカッシュ、と意外に手際良く回るホイッパーの柄頭。本当のところ、ゲームであるALOの料理は現実ほど複雑化されていないため、コツも何もスキル値が足りていれば例外なく成功するのだが、この場合そんなリアリズム溢れる考えは捨てるべきであろう。贈り物だと言うならなおさらだ。

ティロン、という軽い効果音とともにかき混ぜられた状態になった液体に、さらに卵黄を追加しつつ、アスナはふと思いついたことを口にした。

「それにしても、このチョコレートってどこで手に入るんですか?わたしALO(こっち)に正式にアバターを互換してからまだ少ししか経ってないですけど、それでもこんな上質なチョコなんて初めて見ましたよ」

買ったものとも考えにくい。

とくにこの時期、チョコレートの需要率はうなぎのぼりになるので、NPC店で売られている普通のチョコレート以外のプレイヤー間で売買される上質なものはかなりインフレを起こすことになる。このレベルになると、結構な一財産をはたくことになるかもしれない。

再びホイッパーを繰る紅の巫女は、その言葉にふむと頷くと口を開く。

「それは確か、火妖精(サラマンダー)領から帰る途中、《竜の谷》の付近で地面から湧き出ていたのです。珍しいと思ったので採取しましたが、なるほど。やはり上等なものでしたか」

アスナは思わずむせるところだった。

《竜の谷》というのは、確か世界樹の周りをぐるりと覆う環状山脈にいくつか用意されている、《虹の谷》や《蝶の谷》、《ルグルー回廊》といった通り道の一つだ。

しかし、自分が驚いたのはそこではない。

地面から湧き出るチョコレート。それは、まさか、バレンタイン限定地形イベントの――――

「ゆ、油田……チョコレート!?」

「ほう、あの現象はそう言うのですね」

得心したように頷く巫女は、しかし肝心な真実をご存じないらしい。

ALOサーバーの中に存在している数限りない種類のチョコレート。その中でGMじきじきに最高ランクのタグを貼られたのが、バレンタイン期間内限定地形イベントである《油田チョコレート》だ。

実に一時間のうちわずか五分。ALOワールドマップ内のどこかにランダムで沸き立つチョコレートの噴水を見つけることは完全に運任せ。さらに欲張りすぎるとMobを呼び寄せるという、食材アイテムにあるまじきバッドステータスを持っているのだ。その代わり、調理すれば各種支援(バフ)が付与されるという信じられないような効果がくっついている。

期間限定ということも吟味すれば、S級というのもおこがましいほどのレア度を誇るだろう。

そんな事実を踏まえれば、途端に眼前の焦げ茶色の液体が何か触れがたいオーラを発しているような気がしてくるのだが、カグラはまったく意に返さずに視線を投げかけてきた。

「次はどうすれば?」

「へ?あ、あぁ。えーと、め、メレンゲ作りですかね」

「なるほど、委細承知しました」

事前にメレンゲくらいのパティシエ知識は頭に叩き込んでいたのか、再び卵を手に取るその手つきに迷いはない。

真面目だなぁ、という思いが去来する。

卵黄を上手く分けることができなくてオロオロするカグラの手を取って導きながら、不思議な感慨がアスナを包み込んでいた。

SAOで、我ながら大人気なくどこかの誰かさんの胃袋を掴むために、必死に料理スキルを上げ、研鑽させていたあの頃の自分に、眼前の女性は完全に重なっていた。懐かしいといえば懐かしいし、昔の自分自身を見直しているようでこっ恥ずかしいといわれればそうなのかもしれない。

だから――――だからなのだろうか。

他人事には思えずに、放っておけなかったからこそ。

その言葉は、ポロッと零れ落ちた。

「ねぇ……、カグラさん」

「……はい?何でしょ――――」

「レン君のこと、好きですか?」 
 

 
後書き

なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!」
レン「おいこれ短編だよな」
なべさん「そだよ」
レン「そだよ、じゃねー!ぜんぜん長くなりそうじゃないか!」
なべさん「こんなもんじゃないと思うがなー」
レン「いいや違うね!もう突っ込みどころが多すぎるけど、とりあえず最初に言いたいことは、最後のアレだ!せっかくバレンタインしてたってのに、アレで一気に堅くなったろうが!」
なべさん「いやここはですね、一人ひとりの心理描写をば」
レン「本編でやれーッ!」
なべさん「そんなにキレなくても……。あ、ひょっとして怒ってる理由ってキミがぜんぜん出る気配ないからじゃ――――」
レン「はい、自作キャラ、感想を送ってきてください!!」
なべさん「あ、逃げた」
――To be continued―― 
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