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ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──

作者:なべさん
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OVA
~恋慕と慈愛の声楽曲~
  Sweet Day

空気が切り裂かれる音が響き渡る。

空間が陽炎のように揺れるのを見、これは本当にシステムに起因された正常な現象なのだろうか、と画面越しにウィルヘイム=シュルツは思った。

24インチテレビ脇に置いてある電波時計が、午後七時を指し示す。

フランス南西部、都市の名前にもなっているポー川沿いに、フランス陸軍特殊作戦旅団の隊員寮はあった。総数はわからないが、千五百から六千程度の人員で構成されると定義されている旅団と名乗っているくらいだ。その割には、部屋はある程度の広さが確保されている。少なくとも、安っぽいビジネスホテルよりは上等だと断言できるだろう。

とくに手入れもワックスもつけてないのに四方八方に好き勝手伸びるくすんだ金髪をボリボリ掻きながら、ウィルは冷却ファンのフル回転する音をおざなりに聞きながら有機LED画面に目線を戻した。

画面は、己の名の由来らしいドイツの黒い森(シュヴァルツヴァルト)然とした、いやそれ以上に雄大な森を映し出している。

普通、自然というのは人の手を離れるほど人にとって害意ある存在へと変貌していくものだ。しかし眼前の森は好き放題に生えた枝葉によって日光が遮られることも、うねる根や雑草に足をとられることもない。

しかしその反面、人の手で作られた森林から漂う独特の人工臭さも感じない。そういう森は木材を効率的に刈り取るために規則正しく配置されているが、画面上からはそれすらも伝わってこない。

一般人ならば「わぁ綺麗な森~」で済むのだろうが、職業上そういった知識に精通しているウィルにとっては違和感以外の何物でもない。

そしてその森の中の少しだけ開けた場所で、妖精と見違うほどの美貌を持つ巫女服姿の女性が一心不乱に一メートル半はあろうという長大なブレードを振るっていた。両刃ではなく軽く湾曲した片刃の剣――――ジャパニーズ『カタナ』だ。いや、その中でも『太刀』とか呼ばれる種類らしい。

妖精と見違う、と言ったが実際その通りだ。

彼女は人間ではない。日本のVRMMORPG《アルヴヘイム・オンライン》に存在している闇妖精(インプ)という、妖精なのである。

今現在、PCの画面が捕らえているのはALO内の浮遊島。彼女の――――正確に言えば彼女の《主》が所有しているプレイヤーホーム敷地内の庭である。といっても、それがこの画面に収まりようもないくらい大きく、まさしく森であることは購入時に開かれたパーティーに参加した身としては分かりやすいくらいに分かっていた。

「眠くないんスかぁ~?こっちはまだ七時ッスけど、そっち朝の四時っしょ?」

口元のインカムに囁くと、ヘッドセットから出た流麗な声の調べが耳朶を震わせた。

「私にとっての睡眠とは『嗜好』の類です。記憶を整理するという意味合いでは『思考』でも間違いではありませんが。ゆえに、その気になれば何日でも活動できますよ」

「マイちゃんは?」

「彼女はほぼ私と同一ですからね。なのにいつもぐーすか寝ているのは、単純に寝ることそのものを好いているんでしょう」

滲んだ汗を、首に引っ掛けた薄手のタオルで拭った女性は、呼吸を整えるように吐き出した呼気と一緒に呟いた。

彼女は気付いているのだろうか、とウィルはなんとなく考えた。

寝る必要もないのに寝ているということ。それはつまり、少しでも人間に近付きたいという意思なのではないか。あの真っ白な少女の場合、それは明らかにある少年のためだろう。

ではその時、眼前の巫女服の女性――――カグラはどうなのだろうか。

彼女は確かに、普段は寝食を普通に摂っている。しかし彼女にとって、その優先順位は著しく低いという判断を下さずにはいられない。

それは遠まわしに、人間であることの否定に繋がるのではなかろうか。

ウィルは知ったことではないが、カグラは過去に《人》になることはできないと明言したことがある。

《人》にはなれなくとも、《人》にはなれねども、糸の切れた《人形》にはなれる。

それが今の彼女の根底を支えるものなのだ。

「にしても、予想はしてたッスけど、なかなか伸びないスねぇ」

「そうですね……」

タオルを手から離し、柄に刺さった大太刀《冬桜(とうおう)》に視線を落とした。

神秘的な森の中で所在なさげに立つ巫女という図は、そのまま切り取って絵画にできそうなほどの魅力を振りまいていたが、ウィルはそれを振り払うように手を伸ばしてミネラルウォーターのボトルを手に取る。

放っておいたので若干ぬるくなった液体がノドを滑り降りていく感触を味わいながら、男はもう一度思考の海の中に身を投じた。

二人が、現実と仮想をわざわざ繋げてまで何をしているかというと、修行である。

2025年初頭に全世界を激震させる、それこそ世界そのものを変動させるブレイクスルーとまで言われているあの《種》の一件より少し前、ウィルとカグラは互いの意見の対立から敵対したことがあったのだ。無論それは現実ではなく、このALO内でのことなのだけれど。

その時ウィルは敗北し、その後のことを伝え聞くほどしか知らないのだが、どうやらこの女性は己の非力さを味わわされるほどのことを体験したらしい。彼女は別に自尊心の塊でもなんでもないのだが、しかしその反面力がないという事実そのものを容認できない。

だから彼女は自分の存在を保つために全力を尽くす。

だが、だがである。

リョロウこと柳月(りゅうげつ)狼駕(ろうが)を通じて連絡してきたメールの内容が、『邪魔してきたので《多刀流》を教えてください』ってのはどういうこっちゃねん。日本語繋がってねぇよ。

色々言いたいことはあったが、いやそれこそ星の数ほどあったのだが、それを色々呑み込んでまで修行監督をOKしたのは、やはり《多刀流》という単語だろうか。

あの世界、あの城で、あの場所で編み出された技の法。

完全に秘匿され、ピリピリとした空気を常にまとっていたあの古巣での記憶に比べれば、あそこから脱出した今、秘匿される必要などどこにもない。それは時代の移り変わりを、どうしようもないほどに突きつけられた。

そう、時代は変わったのだ。人はモンスターとの戦いに命を投じる必要も、血眼になる必要もない。素直に、ゲームの本質をそのまま体現し、《楽しむ》というただそれだけのために冒険する。

ふ、と自分でも何で吐いたのか分からない呼気を放出した時、カグラは口を開いた。

「やはり私は生来、居合いに長けているようですね」

「まぁ……そうッスねぇ。仮に心意をいっさい使えない縛りプレイ状態で、カグラんが六王級に達するのは厳しいっしょ」

「……その呼び名はやめないさい、と何度も言ったはずです」

人を殺せる眼光があるならちょうどこんな感じだろう、というカグラの飄々と受け流してウィルは言う。

「そもそも相性の問題って何度も言ったッスよね?《多刀流》は抜いてから強いんであって、抜く瞬間が強い居合いとは根本から違うって」

「それについては理解しています。だから抜刀状態での斬撃速度をなんとか居合いの速度域に近づけないかと試行錯誤しているではないですか」

無理だろ、と率直にウィルヘイム=シュルツは思った。

居合いという抜刀術は抜く際に鞘をレールにして斬撃速度を加速度的に上げることで、初撃の決定率を限りなく高めることに重きを置いている。つまり、一撃決殺を信条としているのだ。

それに対して《多刀流》は真逆。

斬撃と斬撃の間に生まれる絶対的な間隙を埋め、理不尽とまで思える圧倒的な手数で押し切る。

要するに、居合いが一撃の質にこだわるのだとしたら、《多刀流》は量にこだわる。

そこから、もう違う別個のスキルなのだから。

その二つを融合させるともなれば、そこに誕生するのはもはや《多刀流》ではない。まったく新しいシステム外スキルと言えよう。

システム外スキルは、いわばシステムの抜け道を探すようなもので、当然そんな都合のいいものが早々簡単に転がっているはずもない。もしそこら辺に転がっているぐらいなら、そのゲームのシステム面での信用は限りなく落ち込むことになるだろう。

そして見つけ、気付いた抜け道を、自前の技術を持って明確なスキルへと昇華させる。

ウィル自身、そこまでの苦労はしたことがない。自分の持つ《多刀流》は、とある老人が興したものなのであって、決して彼自身のワンオフ品ではないのだから。

真似であって、オリジナルではない。

そりゃ確かに、その多刀流自体が老人のユニークスキル《自在剣(マルチソード)》に起因しなければ発動できないので、そこをクナイに置き換えるとかの変更はしたが、それはあくまでアレンジであって根幹を揺るがすようなことはしていない。

「…………………………」

黙り込むウィルの胸中を思ったわけではないのだろうが、再び長刀をすらりと抜く闇妖精はふと話題を切り替えた。

「そういえば、ここ数日こちらが何やら騒がしいのですが分かりますか?」

「それは良い方にッスか?それとも悪い方?」

「前者です。そうですね、強いて言うなら……アインクラッドの街も、下界の街も、どこか浮かれているような」

ふ~む、と唸る。

何かの大きなイベントがあって盛り上がるのはよくあることだが、それにしてもワールドにある全ての街が同じとは珍しい。

考えられるのは、とオフィスチェアの背を鳴らして逸らすと、ウィルは壁にかけてあるカレンダーを見た。心のどこかではもう予測は付いていたのだが、その日付を見た時予想は確信に変わった。

「あ、やぁっぱり。バレンタインッスよバレンタイン。もうじきバレンタインが近いから浮かれているんスね」

まぁ、その内容はフランス人たる自分からしてみれば異質なくらいの変貌を遂げているわけだが。主に製菓会社達の陰謀によって。

ふんすと鼻息を放つウィルだが、しかし思っていたような反応がなかなか返ってこない。訝しげに画面に視線を戻すと、そこでは困ったように眉根を寄せる巫女が一人。

「ばれん……?フランス(そちら)での流行語(スラング)か何かなのですか?」

「えーっと?もしかしてカグラの姐さんはバレンタインデーを知らないんでせうか?」

「その、自分の常識が世間の常識だと思われる口調は直すほうがよいと思いますよ」

いや結構常識だと思うんでせうが。

仮にも外人である身としては、本来のバレンタインの意味や定義を膝を揃えて懇切丁寧に説明するのもやぶさかではないのだが、そこはA Rome il faut vivre comme à Rome(ローマにいる時はローマ人がなすように)

まぁどこかのリア充じゃあるまいに、花やケーキ、チョコすらも送る相手がいない自分にとって、西欧式か極東式かなどの違いなどにいちいち目くじらを立てる義理もないか。

そう結論を下したウィルは、ツンツン頭の先っぽをエアコンのぬるま風に間抜けに揺らしながら口を開く。

「いいッスか。バレンタインっつーのは――――」 
 

 
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「バレンタイン短編ね。どれくらい続くの?」
なべさん「……始まった隙から終わりを聞くの止めていただきません?」
レン「だっていい加減本編書けよって感想になるだろ」
なべさん「アーアーキコエナイデスネー!ワタシ日本語ヨクワカラナイネーッ!!」
レン「聞けよ!そしてさっきまで日本語バリバリだったろ!!」
なべさん「いや、冗談は置いといて、ものすごく短いことは確かだよこれは」
レン「お前の短編は短編じゃない。どこの世界に短編といって十何話書くヤツがいる」
なべさん「さぁ文字数考えたら割と普通じゃないかねー」
レン「はい、自作キャラ、感想を送ってきてくださいね~」
――To be continued―― 
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