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新説イジメラレっ子論 【短編作品】

作者:海戦型
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最終話 コネクティング

 
 尖った酒瓶のガラスは、目の前でぴくぴくと震える醜い男に振り下ろされた。

 ぽた、ぽた、と真赤な血が床に滴り落ちる。


「それ以上は、止めろ」

 尖った硝子は、後ろから手を伸ばした男の指に食い込んで、途中で止まっていた。
 思考を支配していた脳内麻薬がすうっと引き、疲労と共にまともな思考能力が戻ってくる。
 私はゆっくりと酒瓶から手を離し、呆然とした顔で後ろを向いた。
 見覚えのある、その顔を。

「かざはら、くん……?」

 風原くんが、後ろに立っていた。ガラスの棘が指に食い込むことも辞さないように割れた酒瓶の断面をがっちりと受け止めたその手は、血塗れで見るのも痛々しい裂け目が左手の指に万遍なく走っている。
 その傷をつけたのは、間違いなく自分の手で振るったそれ。

「もういいだろう、千代田……それ以上は駄目だ。それ以上は……」
「ぁ……ち、違うの。違うの風原くん!私……私、そんなつもりじゃ、あ……」

 血塗れになった風原くんの指。
 倒れ伏して泡を吹く父親。
 酒瓶を持って一心不乱にそれを殴りつけていた、私。

 わたしが、これを。わたしが――取り返しのつかない事を。
 全身から血の気が引き、体が凍えたように震えだす。誰かが私を「いい子ぶってるだけの見苦しい女だ」とせせら笑う。良心や道徳が手のひらを反して私を咎める。風原くんの憐れむような瞳が自分の薄汚れた本性を見透かしているようで、彼から逃げるようにずりずりと後ずさる。

「い、いや……違う。違うよこんなの……」

 私の思い描いていた未来はこんな醜くて薄汚いものじゃなかった。
 風原くんと一緒にちょっとずつでもいいから今を変えて行って。
 父に改心してもらったり、いじめっ子と和解したり。
 そうやっていく筈だったのに。
 こんなのは――違う。

「わ、私じゃないの。私じゃ――」

 気が付けば、私は通じる筈もない嘘をついてまで、目の前の現実を否定しようとしていて――そして、私の顔はいつのまにか壁を背に風原くんの胸板に押し付けられていた。
 風原くんが、地で濡れていない右手で私を抱いていた。
 決して薄くはない暖かな胸に抱擁されて、体の力が糸をほどくように抜けていった。やがて、昨日に彼がそうしたように、私も体をそのぬくもりに委ねた。まるで母に助けを求めるように。

「風原、くん……」
「虐待が発覚した後」
「え……?」
「お母さんからの虐待が発覚して保護された後、一度だけ母さんが会いに来た」

 最初は何のことを言っているのか分からなかったが、やがてそれは風原くん自身の過去だと気付いた。訳が分からず、風原くんの顔を見上げる。深い悔恨と無力感にさいなまれた、とても悲しそうな顔だった。

「母さんはいつも俺につらく当たったわけじゃなかった。優しい時もあった。だからきっと俺の事を愛してくれてるって……でも役所に保護されたあの日、母さんは確実に俺を殺す気だった。首を締め上げて、目まで刺した。視力は無事だったが、怖かったよ」
「………!!」
「恐怖と同時に思った。母さんは俺の事なんて本当は愛してなかったんだって。死んでもいいって俺の事を思ってるんだって。その怒りを、面会に来た母さんに全部ぶつけた」

 もう二度と顔も見たくない。
 こんな痛みを与える奴は家族じゃない。
 あんたの息子に生まれたのが人生で最悪の不幸だ。

「俺を気遣うような態度で接してきたのが余計に許せなくて、言ったんだ。俺は一生あんたの事を許さない。俺はあんたの道具じゃないから、やりたいなら次の子を産んで家族ごっこをしろ……って。それっきり母さんは行方不明になった。後になって、取り返しのつかない事をしたかもしれないって震えたよ」

 そう語る風原くんの声は少し震えていて、感情がこぼれ出すようだった。

「あの時に母さんを追い込んだのは、間違いなく俺だった。家族としての最後じゃなくて、人生の最後になったのは、俺の言葉だったんだ。あの人はきっと――いや、よそう」

 風原くんは、私の目を覗き込むように向かい合った。

「憎くてもいいさ。怒ってもいい。でも一時の感情に任せて袂を分かったら、残った悔恨は二度と崩れないかもしれない。それでもいいのか?……お前は幸せを探すんだろ?父親が死んでも――その命を奪ったのが自分の手でも、お前は未来に自分を幸せだって言えるか?」

 その言葉に、今ならまだ引き返せるんだと言われた気がして。
 助けるんだと思っていた人に、本当の現実を思い知らされた気がして。
 そして――改めて、家族にはもう戻れないんだという実感が濁流のように胸を埋め尽くして。

 悲しみの堰が、切れた。

「う……うぇぇ……ひっぐ!う………うわぁあぁぁぁぁぁぁぁぁんッ!」
「……今は泣け。俺達みたいなのは、泣きつける相手の前でしか泣けないから」
「かざはらくん……かざはらくぅん……!うっぐ、わぁぁぁぁぁあぁあああああああ!!」

 風原くんの身体を、見捨てないで欲しいと願うようにきつく抱きしめながら、私は泣いた。
 嗚咽は悲嘆の滴と共に、とめどなく、とめどなく溢れ続けた。

 雨は、まだ止まない。



 = =



 市内の病院の一室。あの雨の中の事件から既に数日が経過していた。

「来瞳ちゃんの治療費だけどね……一先ずうちで出そうかと思うの」
「……そうですか。学校の方には?」
「2人分連絡入れておいたわ。これからもう一回詳しい話をする予定」

 包帯に塗れて動かせなくなった自分の左手を見ながら、俺は病室のベッドの上で律華さんの話を聞いた。

 あの後、俺は救急車を呼んで3人とも病院へ向かった。
 結局、千代田の父親が倒れた直接の原因は酒の方だったらしく、一命を取り留めたそうだ。
 医師の話によると、既に肝臓や腎臓に機能障害が出ており、生きていたのが不思議なくらいだという。これから治療は施すが、もう長く持たない可能性が高いという。当然と言えば当然の結末だが、それでも千代田にとっては辛い話になるだろう。

 千代田は筋肉の断裂や打撲、一部の骨にひびが入っていたなどの怪我の為に一緒に入院中だ。
 全治数週間。俺よりも重傷だ。俺の方は、硝子の棘が筋や神経をあまり傷付けていなかったらしく、深さの割には大したことはなかった。
 当然ながら原因が原因だけに父親は親権を剥奪され、今は一時的ながら保健所預かりになっている。

「千代田ちゃん、立ち直れるかしら」

 ぽつりと、律華さんが漏らす。

 彼女は父親との繋がりが、精神的に切れてしまった。もう二度と昔のようにあの男を父と呼ぶ気にはならないだろう。残されたのは自分の身体と血縁の繋がった死に体の男に僅かな財産。

 祖父母は既に亡くなっているらしく、おじおばもいない。そして父親は余命いくばく。
 彼女は既に事実上の天涯孤独だった。
 これから彼女は人生で最も大切な時期に、誰一人として身寄りがいないまま過ごさなければいけない。学校でのいじめも、きっと無くならないままだろう。一時的に声をかけづらくなっても、数か月もすればみな忘れるものだ。

 だが。

「立ち直ろうが立ち直るまいが、俺は一緒にいてあげようと思います」
「真人くん……」

 律華さんははっとした顔で俯いた顔を上げた。
 千代田はどうなっても一緒にいると俺に約束した。その代り、困った時に助けてほしいと。

「あいつが嫌だと言って俺を拒絶するなら、俺は殻に籠ったあいつの近くにいて、殻の外に引きずり出してやる……あいつがそうやったように」

 やられっぱなしは性に合わない。好きになって欲しいとまで言ってきて、結局はそれに応えたんだ。中途半端で見捨てる気などない。子供っぽいけれど、きっとそれが大事な事なんだと俺は思う。

「そう。そうよね……よし!私もそれに付き合うわよ!」
「本当にあなたはお人好しというか………」

 沈んだ顔から一転やる気を出した律華さんに苦笑いしながら、俺は外を眺めた。

 今日の空は、晴天だ。
 それはまるで天がすべての泥を流しきった気でいるかのよう。
 その青天井が彼女の悲しみには目もくれていないのだろうと思うと、それが少しだけ腹立たしいのだ。



 = =



 一方、悲しみを拭いきれていない少女の病室に、ぱぁん、と鋭い音が響き渡った。

「どうして言ってくれなかったの……!!」

 目の前にいる自称親友の香織は、瞳から大粒の涙を流しながら私の頬をはたいた。
 暫くの間、何故自分がはたかれたのか理解できずに呆然としていると、今度は香織に泣きながら抱き着かれる。じんじんと痛む頬の痛みは何も教えてはくれない。

「馬鹿!この、馬鹿ぁッ!何でよ……何であたしには一言もそんな事言わないで……!!」
「か、香織……?どうしたの?泣いてるよ。悲しい事があったの?」
「全部あんたの所為でしょッ!あんた、天然も大概にしなさいよ……!」

 訳が分からないまま更に罵られ、でも身体は抱きしめられている。
 少し傷に響いて呻くと、香織ははっとした顔で直ぐに抱きしめるのを止めた。

「ご、ごめん。怪我してるんだよね……でも、これだけは言わせてよ」

 気まずそうに顔を下げた香織だったが、まだ涙の残る目を真っ直ぐにこちらに向けた。

「本気で心配したんだからね……!病院に運ばれたって聞いて、本当に!本当にぃ……う、えっぐ……」

 涙が目から頬を伝い、床へと落ちていく。
 最近、泣き声を聞いてばかりだ――そう思いながらも、私は彼女がどうして泣いているのか漸く理解した。

 もっと早く気付けばよかった。
 心のどこかで、味方してくれないから友達じゃないって線を引いてたのかもしれない。だから今の今まで彼女に対して私は本気で考えていなかった。

 香織は――今も昔も本気で私の友達でいると信じ込んでいたんだ。

 いつ裏切るか分からないなんて思っていたけれど、裏切っていたのは私なんだ。だから彼女はいま、本気で怒って、本気で私の事を心配していたんだ。

「………私も、ごめん。これからはもっと沢山お話しよう?わたし、これからはいじめなんかに負けずに学校で過ごすって決めたから……ちゃんと向かい合ってお話したいから」

 友達はいないって思っていた。
 でも本当は、いの一番に病院まで駆けつけてくれるだけの友達が目の前にいたんじゃないか。
 気付かなかった自分が情けない。真っ直ぐ向き合えなかったことが情けない。

「もう逃げたりしないから……私の友達でいてくれる?」
「馬鹿っ!!……当たり前だ!!」

 鼻水を啜りながら答える初めての親友に、私は涙混じりの笑顔をみせた。


 それから、沢山の人が来た。
 事情聴取をする警察の人たち。
 先生や他の同級生たちは、お見舞いの品を沢山くれた。
 皆どこか腫物を扱うようで、居心地は悪かった。

 関谷くんは、今度から僕が守る、と告白染みたことを言われたけど、丁重に断った。これからは自分の意思で拒絶したり、受け入れたりしていきたい。だから一方的に守られるのは嫌だ、と。
 とても悲しそうな顔で引き下がったけれど、分かってくれたのだろうか。手島君がとぼとぼと帰る彼に肩を貸しているのが印象的だった。

 皆が帰った後、麗衣だけが病室に残った。

「まなちゃんの心、開けた?」
「うん」
「そう……くすくす」

 鈴を転がすように笑う麗衣に、私は気になっていたことを質問した。

「麗衣は、風原くんとどういう関係なの?住所とか知ってた割には風原くんは貴方の事をあまり知らないみたいだったし……」
「それはそうよ。だって一方的に知っているだけなのだし?」
「え……それってストーカーって言うんじゃ……?」

 その質問に、麗衣は肯定も否定もせずに笑った。
 私は背筋に寒いものを感じた。やはり麗衣は、得体が知れない。
 嫌な予感がするのは気のせいだろうか。彼女の事も知りたいが、理解できるのはいつの日になるのだろう。そう思いながら彼女の背中を見送った。


 病室を後にした麗衣は、誰もいない通路を歩きながら小さく漏らす。

「まなちゃんがあなたに心を開いたってことは、同時に他人にも開かれる可能性が出来たってこと……来瞳ちゃんを仕上げてぶつけるまで結構かかっちゃった。さぁ、後はどんな方法でまなちゃんをいただこっか?来瞳ちゃんに渡してもいいけど、譲渡できるのは半分こまでだよ?歪で可愛い私のまーなちゃん♪」

 その色々と不吉な言葉を聞いていた人間は、幸か不幸か誰もいなかった。



 = =



 話す相手が悉く去ってしまうと、後に残るのは驚くほどに静かな病室と自分の心。
 父がもう長くないという話を聞いた時は、ショックだったが不思議には思わなかった。
 私が父にした攻撃も、正当防衛の範囲で問題にはならないそうだ。

 ただ、これからどうすればいいんだろう、という漠然とした疑問だけが残る。

 不思議と不安はない。でもそれは何かを失った喪失感に吸い込まれて表面に出てきていないだけだ。
 父にとって、私は母の幻影にしか見えていなかったのかもしれない。当の本人に問いただして納得のいく返答が得られるかも怪しいが、きっとそうなのだろう。
 結局父は、母を愛するあまり、私の事は見えていなかったのかもしれない。

 考えても詮無きことだが、またむねがずきりと痛んだ。

 家族という幻想にずっと踊らされてきたことが悔しいのか。
 父にありもしない希望を望んでいた過去の自分が哀れなのか。
 あの時、風原くんに止められて手を振り下ろさなかったことは本当に良いことだったのか。

 ただ、ひとつだけ分かることがある。
 母さんが死んだあの日に、きっともう家族という積木は崩れていたんだろう。だから、もう元の形には戻らなかった。戻れなかったんだ。

「よう、失礼するぞ」
「あっ……」

 病室のドアがノックも無しに開かれ、左腕をアームホルダーで吊るした少年が入ってくる。

 風原くん――彼が他人に見せたくないものを見せてしまったように、私もまた彼に見せたくなかった光景を見られてしまった。なのに、相も変わらず彼は何でもなさそうに面会者用の椅子に腰掛けた。

「……………」
「……………」

 互いに無言のまま、時間だけが過ぎる。
 きっと話すべきことは沢山あるのだろう。手の具合はどうか、とか。警察に疑われなかったか、とか。怪我させてごめんなさい、とか。
 でも隣にいると思うと、なんだか声がかけづらい。

「……あの、さ」

 以外にも、先に沈黙を破ったのは風原くんだった。

「なぁに?」
「お前、保護者が居なくなっちまったじゃないか。元々生活は一人でいてたようなものだったかもしれないけど」
「……そう、だね。家事とか食事とか、お父さんは何もしなかったから」
「それで、なんだが……」
「?」

 風原くんにしては嫌に歯切れが悪い。奥歯に物が詰った物言いに首を傾げた。
 やがて、風原くんは意を決したように切り出す。

「律華さんが、うちに住まないかって」
「……うち、って」
「だからっ、律華さんがお前をうちの家に泊めてあげたいって言ってるんだよ!」

 声を荒げて言い切った風原くんは、大きく深呼吸して改めてこちらを見る。

「ひょっとしてちょっと照れてる?」
「……………知らんっ」
「照れてるんだ。かわいー♪」
「煩い!くそっ、お前全然元気そうじゃねえか!変に気を使って損した!!」
「あははっ!耳が赤くなってるよ風原くんっ!」
「なってない!てめ、指さして笑うな!」

 自分でも驚くほどに快活に笑った。
 風原くんが隣にいるだけで、胸に空いた空白に何かが嵌まる感じがする。こんな他愛もない会話をしているだけでこれほど楽しく感じるなんて、不思議だ。直ぐにここが病院だと思い出して互いに黙ったが、それでも楽しかった。

 それにしても、と先ほどの言葉を思い出す。
 九宮家に、一緒に住む。とても魅力的な誘いだ。律華さんはとっても優しいし、風原くんと一緒にいるのも好きだ。その二人と暮らす――むしろ断る理由がなかった。

 でも、よく考えたらこれは確かに風原くんが言うのを躊躇うのも分かるかもしれない。
 要約すれば「俺と一緒に住まないか」、だ。少女漫画にでも出てきそうな台詞だ。
 これを女の子相手に言い出すには、彼なりに勇気がいることだっただろう。
 まるで――プロポーズみたいだから。

「ねぇ、風原くん」
「何だよ」
「手、繋いで?」
「……ほらよ」

 ベッドの上から差し出した左の掌が、風原くんの右掌と重なる。
 感触を確かめるように指を絡め、気がついたら恋人繋ぎになっていた。
 掌を通して感じるぬくもりが、どうしようもなく心地よい。

「ねぇ、風原くん」
「……今度は何だ?トイレか?」
「もう、女の子にそんな事言わないの!」
「俺に女心を判れと言われてもな……」

 デリカシーのない発言に少しむっとした。
 風原くんにかこれから色々と教えてあげなくてはならない。

「まぁそれはいいや。……ねぇ、風原くん。私、昨日言ったよね――一緒に新しい幸せを探そうって」
「あぁ、言ったな」
「私、気付いちゃったの」
「お前はいつも唐突だな……何に気付いたんだ?」

 横目でこちらを見た風原くんを繋がった右手で引っ張る。
 不意を突かれた風原くんの身体は私の方へと傾く。

 そして、私は風原くんの唇と、自分の唇を重ねた。

 ほんの短い間だったけれど、私にとっては時間は問題ではなくて――これまでの人生で、一番幸せを感じた瞬間。
 顔を真っ赤にして目を白黒させる彼に、ちょっと不意打ちすぎたかなと笑いながら告げる。

「今が幸せ。今、私の事を止めてくれる風原くんが居て、風原くんを止められる私がいることが、すごく幸せだよ」
「あっ……う……………」

 その本心を晒す事に不思議と恥じらいはなく、ファーストキスを彼にささげるのにも躊躇いはなかった。彼の場合、こちらがいつまで待ってもしてくれなそうだし、と内心で付け加えながら。

「風原くんは、幸せ?」

 その問いに、漸く意識を取り戻した風原くんは頭を抱えて唸った。

「ッ~~~!……俺は、どうやらお前には敵わんらしい。……不本意ながらな。不本意ながらだぞ?」

 顔を真っ赤にしたままぼそぼそと言う彼の顔を見るのはとても可笑しくて、でもそれ以上に、幸せを共有できていることが何よりも喜ばしかった。
 きっとこれから悲しさや辛さが押し寄せて、笑顔ではいられなくなる時が訪れるだろう。
 だから今だけは、せめて今だけは――笑顔をくれる彼だけを見つめていたかった。
 そんな私を見てため息をついた風原くんは、恥らいながらも、ほんの少しだけ笑顔を覗かせた。

「ったく、お前の緩みきった顔を見ると――恥ずかしがってるこっちが馬鹿みたいだ……」

 絡み合う二本の糸は強く固く結びつき、ひとつの運命を紡ぎだす。

 希望の光は、求め探すだけでは見つからない。

 何故ならば、誰かと交わることで新たに生まれる希望もあるのだから。





 -新説イジメラレっ子論‐ 完
  
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