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新説イジメラレっ子論 【短編作品】

作者:海戦型
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第1話 ビギニング

 
前書き
全10話の軽いストーリーです。
最後までお付き頂ければこれ幸い。 

 
 
 私が馬鹿にされるのは、割といつもの事だった。
 他の人より体が弱くて色白だったから、周囲から浮いていたのもあるんだろう。
 子供の世界というのは、目立つというただそれだけの理由で理不尽な嘲りを受ける。
 出る杭は打たれ、周囲の話や趣味について行けない子は孤立する。
 AよりBが好きとか、自分ならそんな考え方はしないとか、そんな目立つことを一言でも言ってしまえば後は散々からかわれるだけだ。

 そして私が、からかっても仕返し出来ないほど非力なのをいいことに、悪戯はどんどん悪化の一途を辿る。
 最初は男子の間でどんな女の子が好きか、とかいう話にたまたま私の名前が挙がったらしい。
 それが、生意気だとあの連中は言うのだ。きっと本当は切っ掛けなんて何でも良くて、ただ自分の不満さえぶちまけられればそれで良かったのだろう。

 私の机の中に汚いゴミや虫の死骸を入れたりする。
 すれ違いざまに足を引っかけたりする。
 態とこちらは我字を書くような持ち上げ方をする。
 トイレ中に、個室の中に「いろんなもの」をぶちまける。

 嫌になって先生に助けを求めた。
 でも先生はそれをみんなの目の前で口頭注意するだけ。クラスのみんなは誰が虐められているかなどとっくに知っているから、晒し者のようなものだ。結局は教師に頼み込んだのが気に入らないと更に虐められ、何の解決にもならなかった。
 親に助けを求めようかと思った。
 でも、母はとっくに死んで、父はそれ以来酒に溺れてばかりしている。虫の居所が悪いと私にさえ手をあげ、「そんなことも出来ないのか」とか「自分でやれ」とか、いつも私の不甲斐なさを責める。責められるのが怖くて、私は父に頼れなかった。
 勉強だけはと頑張って成績を良くしても、それを理由にまた「生意気だ」といじめられた。

 友達だと思っていた子は、その実いじめる側に告げ口をして難を逃れているだけで、直接的ないじめを助ける気などありはしない。むしろ時には助長するようなことさえあった。
 男子たちは女子のあれこれは他人事としか思っていなくて、物語に登場するような格好いいヒーローは学校にはいなかった。

 悲劇のヒロインぶっていて生意気だ。
 色目を使って同情を誘っている。
 病気に違いない、病気が感染る。
 優等生ぶって告げ口している。

 あることないこと言いたい放題に。それは段々と直接的な暴力へと移行していく。
 助けてくれる人もいなくて、ただそんな孤独が怖くてしょうがない。
 まるで、この世の何所にも自分の味方がいなくなってしまったかのような錯覚。

 大人は私を見限っているの?

 私が気に入らないと言うだけの理由で、何でここまで。

 誰か、私の正当性を証明してよ。

 いつも、いつも。

 何で、こんなの。

 こんなの。

 こんな――こんな思いまでして、生きて行かなきゃいけないの?
 ただ普通に過ごしている時でさえびくびくしなきゃ、私は生きていけないの?
 逃げたい。でも逃げ場がない。親戚もいない。家族も頼れない。
 お金は持ってない。最近は給食料金が卒業まで保つか不安でしょうがない。
 何で私ばっかり、こんな目に合わなきゃいけないの。

 私だって、皆みたいに――

 ねえ、君は?
 学校が始まってから殆ど教室に来ない君は、生きていたいの?
 席替えで隣の席になったのに顔も知らない君も、ひょっとして同じ苦しみを味わっているの?

 君は、私の味方になってくれるのかな。



 = =


  
 私立天田中学校は、質が悪い中学校だ。
 部活動はそこそこ盛んだが、生徒の質はあまり良いとはいえず、不良生徒が問題を起こすことも少なくない。教師の監視も行き届いてはおらず、中途半端な対応がいじめの温床を生み出している。
 体育館は雨盛り。ベランダからは教科書だの唾だのが平気で落ちてくる。教室内では泥棒が横行するし、掃除を真面目にしないものだから教室内は汚いものだ。自転車などもはや盗むのが当たり前になっているので、厳重に施錠するか持ってこないのが常識だ。

 上級生は下級生に無理やりいう事を聞かせて遊ぶし、授業中はやかましくてとてもではないが集中できない。たまにやる気のある教師が来ても、モンスターペアレントに負けてノイローゼになった挙句行方をくらますのが関の山。それも生徒が態とそうなるよう誘導した結果だ。
 教師の弱腰体質も、生徒の腐った体質も、全く変わることなく存続していた。
 その方がきっと、あの人たちにとっては面白い環境だったのだろう。

 そんな学校に、成績も比較的優秀である千代田(ちよだ)来瞳(くるみ)が入学することになった理由は、別に何も難しい話ではない。一番近い学校だからと親が勝手に決めたのだ。
 気が付いた時には既に入学が決まっていた。
 何故勝手に決めたのか、と問いただしても、お前は親の言うことが聞けないのかと怒鳴り散らされるばかり。母さんが生きていればちゃんと話してくれたのに、と思わず漏らすと、その日は家を閉め出されて家に入れてもらえなかった。

 小学校の頃、母さんは死んでしまった。
 死因は数年前にやってきた未曾有の大台風。母さんは消防士をやっていて、その時は確か避難誘導を率先して行っていた。
 そして――そして、予想以上の降雨量の所為で、母さんの居た地区は川が決壊してしまった。大自然の齎す容赦ない濁流は、避難民十数名と共に、驚くほどにあっけなく母さんの命を飲みこんでしまった。

 沢山泣いた。沢山慰められた。沢山悲しんで、それでお母さんが本当に死んでしまったんだと実感したのは数日後だった。
 それを実感するたびにすすり泣き、それでもがんばって受け入れた。
 でも、お父さんは――きっと未だにそれを割り切れていないんだと思う。
 母さんが死んでから数か月ほどは気丈に振る舞っていたけれど、生活は見る見るうちにボロボロになっていった。お酒の量が増えて、とうとう仕事にもいかなくなって、今では家の貯金を切り崩して競馬やパチスロを往ったり来たり。
 いずれ、貯金は尽きるだろう。ひょっとしたら在学中のうちに無くなってしまうかもしれない。
 そうしたら、どうしよう。

「くーるみっ!」
「……ぁ、な、何?」
「何じゃなくて、ほらプリント!ぼうっとしてたら先生に怒られちゃうよ?」
「ごめん……」

 考え事に夢中になってしまっていたせいで、目の前に突き出された配り物のプリントに一瞬気がつかなかった。ごめん、と謝ってプリントを受け取り、後ろの席へ回す。
 プリントを渡してきた友達――宮下(みやもと)香織(かおり)は、ふう、とため息をついてこちらを見る。

「まぁ優等生のくるみはちょっと怒られたくらいじゃ困らないかもしれないけどさー」

 その一言が、私にとっては一番欲しくなかった。
 それは、呼び水だ。周囲の冷やかしを集める呼び水。

「流石クラスの成績ナンバーワン!余裕あるねー」
「天然なんだから……それとも何か悩み事かしら?」
「先生の言う事なんて聞かなくたって困らないって顔だよ、あれ」

 周囲からそんな声が集まる。言葉の上では普通に聞こえるが、発言している人間を見れば嫌味だと言う事は分かる。声を上げている人間の半分はお調子者で、もう半分は私を虐めている子たちだから。

 そんな周囲の様子に気付いた香織は、ごめん、と私にしか見えないくらい小さく謝った。
 これでまた一つ、目立ってしまった。
 きっと後でこれを口実に何か嫌がらせをされることになる。
 周囲には何も言わずに、その言い知れない不安感に耐えるように無言で両掌を握りしめた。

 友達だけど、味方じゃない。
 香織は私ともいじめっ子側とも友達だから、私に全面的に味方はしない。そうすれば自分もクラスの爪弾き者にされることを分かっているからだ。だからバランスを取っていじめっ子側に貢献しながら、情けをかけても大丈夫な時だけ私の友達として行動する。
 他人の意見はなんでも「そうだね」と首を縦に振りながら、誰にも嫌われないように生きている。
 香織はそんな子だった。

 香織が友達なのは、席替えなんかで近くの席になりやすいから。そして、味方ではないけど完全にいじめっ子側ではない分まだマシだから。
 香織は分かっていて、私の友達をやっているのだろうか。「他よりマシ」なんて傲慢な理由で交友関係を断たない私の気持ちを。
 いや、分かっていてもいなくとも、彼女はきっと変わらない。触れたら危険そうな場所には触れず、当たり障りのない付き合いを続けるだけだろう。

「返事も返さない余裕の表情。来瞳ちゃんってばクールぅ」
「茶化すなよ。あの子気弱なんだから」

 クラスメートの手島(てしま)くんが茶化し、それを関谷(せきや)くんが諌める。
 だが当の手島君は気にした様子もなく今度は関谷君の方を茶化し始めた。

「お?なになに、お前来瞳ちゃんに気があったり~?」
「なっ、するかバカッ!……あ、いや今のは違うんだ。クラスメート以上の目で見てる訳じゃないってだけで……」

 関谷くんは自分の発言がまるで私の事を嫌いみたいに言ってしまったことに気付いて慌てて釈明するが、私はこの話を一刻も早く終わらせたかった。
 話を長引かせたくないという事を、彼にはいい加減悟って欲しい。

「……いいよ。気にしてないから」
「そ、そう……」
「やーい嫌われてやんの」
「俺はたった今、お前のことが嫌いから大嫌いになったぞ……!」

 手島くんは単なるお調子者で、いつも誰にもああして茶々を入れたがる。
 でも、あれをされるたびにやられた相手は目立つ。単に普通の子が目立っても忘れられるが、虐められっこは目立つだけで叩かれる理由にされる。
 だから、私は手島君が嫌いだ。きっと本人に悪気はないんだろうけど、関わらないで欲しい。

 関谷はこのクラスの委員長で、時々口が悪いけど真面目なひとだ。
 でも関谷くんは女子の虐めについては余り知らない。だからどんくさい私のフォローをしてくれるのは有り難いけど、彼が私にかまえば構うほど後でのからかいや暴力が強くなる。
 だから、関谷君は嫌いじゃないけど私には関わらないで欲しかった。

 誰にも構ってほしくない。
 中途半端に助けないでほしい。
 構われれば構われるだけ、またいじめられる。

「………っ」

 背筋をすり抜ける嫌な視線と、笑い声。

 くすくす、くすくす。

 教室の一カ所から、同級生の誰かがこちらを見ている。
 誰のものかも分からない笑い声が耳に纏わりつく。その笑い声が、お前を見ているぞと嘲笑する。

 ――また男子に気を引いて欲しくてそんなことしてるの?

 ――千代田の癖に生意気にも目立っちゃって。

 ――これは今日もおしおきかしら?

 そんな含みを持った、小さく歪に吊り上げられた頬。
 見えなくたって、すぐ後ろにそれが存在して、私の周りを囲んでいるような感覚。
 引き摺られるような恐怖に息が詰る。平静を装う余裕を保っていられないほどに、得体の知れない重圧に締め付けられる。

 くすくす、くすくす。

 誰かが私を笑ってる。
 誰かが私を見て、いつ虐めようか、どう馬鹿にしようか話し合っている。
 横?前?後ろ?それとももっと遠い場所?

 くすくす、くすくす。

 私を見ないで、私を笑わないで、私にかまわないで。
 最近は、ただただそんな事ばかり考えながら学校を過ごしてる。



 = =



 唯でさえ細い腕が、手首をねじるように強引に強引に引っ張られる。
 引かれて引かれて、気が付けばいつもの場所。
 先生も殆ど通ることがない旧校舎の階段の隅にある死角に、今日も強引に連れ込まれた。
 じめじめしてて、埃っぽくて、寒くて、そして誰も助けてくれない場所。
 何度もここにきて、罵られ、お腹を殴られたりした。
 二度とこんな場所に来たくないのに、何度でもいじめっ子たちに連れて来られる。

「痛っ………や、やめて……!」
「なぁに大袈裟に痛がってんの……よっ!」

 もう、正当性とか論理性などという人間の理屈がここにはなくて、彼女たちはただ不条理を私にぶつけて愉快気に笑うだけ。

「いつもカワイコぶっちゃって。そんな態度取ってれば関くんが助けてくれるって狙ってんじゃないの?」
「え~?やだサイアク~!こういう猫かぶりちゃんムカつくよね~!」
「そんな……私はただ普通に――」
「喋んないでくれない?くっさい息が漏れてて吐きそうなんだけど。カワイコぶりのガリガリ女がさぁ!!」

 私はその理不尽が去るのをただひたすら待つ。従うし、言うし、される。
 それでも諾々と従う。下手に逆らおうものならば何をされるか分からない。

 口の中に上履きを詰められた苦しさがみんなに分かるだろうか。
 生きた蚯蚓を口に入れられることの嫌悪感が想像できるだろうか。
 鳩尾を執拗に蹴りつけられて嘔吐するときの惨めさを理解できるだろうか。
 言葉の刃で謂れのない罪を糾弾されて土下座をさせられる不条理を実感できるだろうか。

 はい。ごめんなさい。
 そうです。ごめんなさい。
 違います。ごめんなさい。
 ごめんなさい。
 受動的に自分の喉から吐き出される言葉を、どこか他人事のように聞きながら、内心では恐怖を上回るほどの無力感が心を支配する。

 そんな私を、あの女の子がいつものように見下ろして笑っている。

 くすくす、くすくす。

 いつもいじめっ子たちの中心にいて。
 いつも手が汚れない所で笑ってて。
 でも私には唯の一度も手を出さなくて。
 いつもああやって自分のそそのかした人間を眺めて一人で笑っている。

 西済(にしずみ)麗衣(れい)
 いつも誰かと一緒にいて、いつも目立たずクラスにいて、いつも何かに笑ってる。
 人当たりの悪いことは言わない。ただ囁くように、相手に呟く。
 相手の負の感情を引き摺りだし、肯定し、祝福するように囁く。
 その言霊が、いじめっ子たちの耳にはどうしようもなく心地よく。

 鈴を転がすような声で、人を醜い判断へと誘うその姿は毒蛾のようで――ただただ理解できなかった。

「黙ってないで何とか言いなさい……よッ!!」

 いじめっ子の一人が平手を振るった。頬に衝撃が走り、身体が床に投げ出される。
 急に現実に引き戻されたような、じわりとした痛みが広がった。

「ちょっと、顔はやめなさいってば!いくら先生たちが馬鹿だからって流石にそれは面倒になるでしょ!」
「だって、コイツ人の言う事を……!!」
「別にいいじゃんちょっとくらい。ねー麗衣ちゃん?」

 冷たくて埃っぽい。惨めな私をさらに惨めな気分にさせた。
 体中が痛い。でもそれより、胸の奥が締め付けられるように痛い。
 結局どんなに相手の機嫌を損ねず過ごそうとしても、最後にはこうだ。
 罰、罰、罰。
 教科書や私物を隠される罰。
 個室に閉じ込められる罰。
 髪の毛を引っ張られる罰。
 何かをやらされる罰。

 理不尽にさらされるだけで逆らう事も出来ない自分が悔しくて、情けなくて。
 でも助けを求められる人がいないんだから、どうしようもなくて。
 いつかこの嵐が去って光が当たる瞬間を、ただ待っているだけ。
 いつだって私は与えられることを待つことしか出来ない。

 この瞬間のこの出会いも、結局は与えられたものだったから。


「――ところで、まなちゃんは助けてあげないの?」

 その出会いに、その瞬間は大した価値を感じていなかった。
 それが運命的なまでの価値を持っていたと知るのは、ずっと後の事。
  
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