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不死の兵隊

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第一章


第一章

                     不死の兵隊
 三十年戦争。ドイツを途方もない戦乱と荒廃に陥れたこの戦争はそもそもは宗教戦争であった。だがその実情はハプスブルク家とそれに対立する者達の間の戦争でありそこに宗教が旗印に使われたものである。この戦争にはハプスブルク家である神聖ローマ帝国とスペインの他に新教である諸侯、デンマーク、スウェーデン等が参加した。ところがこの戦争が政治的なものであることを証明するかのように後半にはフランスが参戦してきたのである。
 この時フランスは何だかんだと大義名分を掲げていたが要は宿敵である神聖ローマ帝国、ハプスブルク家を叩いておきたかったのである。フランスとそれを治めるブルボン家は神聖ローマ帝国、その主であるハプスブルク家とは激しく対立してきたからである。そうした事情があったのだ。
 こうして戦争に参加したフランスであったが。ここで思わぬ出来事に見舞われていた。
「それはまことか」
「はい」
 当時のフランスの宰相はリシュリュー枢機卿であった。小貴族の次男から王の母に取り入ってその才覚を現わし今ではこの国の宰相にまでなっている。鋭利な顔立ちに鋭い目、丁寧に三角形に切り揃えられた白い髭を持つ男である。策謀も政治も非常に長けた男である。
 その彼が話を聞いているのは腹心のロシュフォール卿であった。リシュリューは親衛隊という己の従士達を持っていたがそれの指揮官でもある。なおこの親衛隊は国王の銃士隊とはライバル関係にあることで有名である。
「戦場はそれによって今混乱しております」
「噂には聞いていたがな」
 リシュリューはその報告を聞いて一言そう述べた。特に驚いているといったふうはない。
「まさか本当に出るとはな」
「この戦争は非常に長引いていますので」
 ロシュフォールはリシュリューにそう述べた。見れば痩せていて日に焼けた顔をしている。髭は短く切っておりその目は強い光を放っている。そうしてリシュリューの前に控えていた。
「そのせいかと」
「それが我等にとっては好都合だったのだば」
 リシュリューはあらためて述べた。
「だが。その副産物がこうして我々に立ちはだかるとなると」
「如何為されますか」
 ロシュフォールはリシュリューに問うた。
「このままでは勝利はおろか戦争さえも」
「わかっておる。解決せねばならぬ」
 リシュリューは取り乱すことなくそう言葉を返した。
「しかしだ」
「何か」
「すぐに解決できるものでもない」
 こうロシュフォールに述べるのであった。
「この話はな。まずは調べてみよう」
「お調べになられるのですか」
「そうだ。ああした者達には普通の武器では駄目だ」
 こう告げる。
「だからだ。私の方で調べておく」
「それではそれまでは」
「止むを得まい。軍の動きを停止させよ」
 進軍を停止させた。
「スペイン軍や旧教の諸侯達が来たら迎え撃て。しかしそれ以外は」
「動いてはならぬと」
「ましてやその者達には手出しするな」
 これが厳命であった。
「命が惜しければな。それでよいな」
「はっ」
 ロシュフォールはリシュリューのその言葉に一礼した。
「わかりました。それではそのように前線には伝えます」
「陛下にはわしからお伝えしよう」
 この時の国王はルイ十三世である。本人はともかくその周りには謎がある人物である。あの鉄仮面の話には間違いなく関わっているというのがもっぱらの噂だ。
「それでは前線は頼むぞ」
「わかりました」
 こうして方針は決まった。リシュリューはこの日から政務の合間をぬって書斎に篭るようになった。その間前線はロシュフォールが伝えたように動くことはなかった。これはこの戦争に参加している銃士隊についても同じであった。
「あの枢機卿様の御言葉らしい」
「聞きたくはないな」
 国王直属の彼等にしてはそうした話であった。青い服を戦場に映えさせて苦々しい顔をしていた。
「動くなか」
「奴等にも」
 彼等は口を尖らせて言う。不平を露わにさせていた。
「スペインとか旧教の連中にはいいそうだ」
「旧教ねえ」
 なおフランスはカトリックの国である。何十年か前にサン=バルテルミーの虐殺で新教徒を大勢虐殺したこともある。ナント勅令により宗教的対立は解消されたがそれでもカトリックの国なのはまごうかたなき事実である。
「俺達もそうなんだが」
 やはり彼等もそれを言う。
「カトリック同士で争うのもな」
「むしろあの連中の方がな」
「それは言うな」
 しかしここで背の高い奇麗な髭の男が彼等を制止した。
「言っても仕方ないことだ。我々は命令に従うのみ」
「そうだな、アトス」
「その通りだ」
 ここでもう二人出て来た。紅のマントを羽織った大男と茶色の髪の白面の美男子であった。彼等の名前をポルトス、アラミスという。アトスと合わせて三銃士である。
「ここは枢機卿殿の命に従うしかない」
「我等とて不本意だがな」
「その通りだ。それに」
 アトスは二人の同僚達に対して述べる。
「実際に戦っても仕方ない」
「全くだ」
「忌々しいことだがな」
 二人はアトスのこの言葉にも頷くしかなかった。実際にアラミスは苦虫を噛み潰した顔になっている。
 
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