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IF物語 ベルセルク編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第十二話 恨みと嫌がらせ



帝国暦 488年  7月 20日  オーディン ヴァレンシュタイン艦隊旗艦 スクルド  アントン・フェルナー



五人の捕虜が兵士達に付き添われて艦橋から出て行った。それを見届けるとエーリッヒは大きく息を吐いて指揮官席の背もたれに身体を預けた。眼を閉じている、顔に疲れが見えた。
「エーリッヒ、疲れているのか」
「ああ、少し慣れない事をした。疲れるよ」
「……」

如何したものか、伝えなければならない事が有るんだが……。それにしてもトマホーク親父とリューネブルク中将、二人とも妙な表情をしているな。遮音力場の中で何が有った? 訝しんでいるとエーリッヒが“疲れてもいられないな”と言って体を起こした。

「アントン、後で自室に戻ったらこれを見てくれ」
エーリッヒが極小のチップを差し出してきた。
「連中との会話が記録されている。知っていた方が良い」
「分かった」
正直気が進まなかったが受け取った。オフレッサーもリューネブルク中将も怯懦とは無縁の男だがその二人がチップを妙な眼で見ているのだ。碌なものでは有るまい。

「エーリッヒ、気になる事が有る」
「……」
「ナイトハルトがフレイア星域に居る。こっちに向かっているようだ。後五日もすれば、二十五日にはヴァルハラ星域に到着するだろう」
エーリッヒが溜息を吐いた。表情は渋い。

「せめてシャンタウ星域に居てくれれば……、それで他の連中は?」
「全員こっちに向かっている。ロイエンタール、ビッテンフェルト提督の二人もフレイア星域だ。オーディンに到着するのはナイトハルトの方が僅かだが早いようだ」
エーリッヒは頷くと“ローエングラム侯は?”と訊いて来た。

「アルテナ星域だ。レンテンベルク要塞に居たらしい。メックリンガー、ケスラー提督もその近くに居た。アルテナ方面から三個艦隊、フレイア方面からも同じく三個艦隊がオーディンに迫っている」
フレイア方面からは六日もすれば三個艦隊が集結する。アルテナ方面は二週間はかかる筈だ。

「恐れる必要は有るまい、こちらには皇帝を始めとして人質が居るのだ」
「ですが包囲されるのは面白くありません、むしろ危険です」
俺が答えるとオフレッサーがフンと鼻を鳴らした。しかし包囲されれば最悪の場合オーディンから抜け出せなくなる可能性も有る。
「シュターデン提督は知っているのか?」
「いや、未だ知らせていない」
エーリッヒの顔が厳しくなった、拙ったな。

「直ぐ報せてくれ、哨戒任務にも影響する」
「分かった」
「アントン、シュターデン提督を差別するな。彼はもうこの艦隊の分艦隊司令官なんだ」
「分かった、気を付ける」
差別したわけじゃない、まだ時間が有ると思って後回しにしてしまっただけだ。だが言い訳でしかないな。

「それで、補給物資の収集は始まったのかな」
「始まった、だが五日では終わらない、十日以上かかるとシュムーデ提督より連絡が有った」
状況は良くない、エーリッヒの言う通りナイトハルト達がシャンタウ星域に居てくれれば問題は無かったのだが……。

「如何します? 一度外に出てミュラー提督を撃退するというのも有るかと思いますが」
リューネブルク中将が提案した。確かにその手も有る、一日は時間が稼げるだろう、その分だけ物資の補給は進む。しかし精々一日だ、リスクを冒すだけの見返りが有るのか……。エーリッヒが首を横に振った。

「以前から言っていますが彼とは戦いません。簡単に撃退出来る相手じゃ有りませんし手間取ればロイエンタール、ビッテンフェルト提督も合流するでしょう。ガイエスブルク要塞には戦わないで戻ります。二十四日の正午にオーディンを発つ、それで行きましょう」
「補給物資の収集は中途半端になりますな」
リューネブルク中将の指摘にエーリッヒが溜息を吐いた。

「仕方ありません。全てが上手く行くなんて無いんですから。物資と輸送船を奪う、積み込めない分に関しては処分する。物資も無ければ輸送船も無い、そうなればローエングラム侯を大分苦しめられるはずです」
全てが上手く行くなんて無いか、俺には十分に上手く行っている様な気がするが……。さて、シュターデン教官に連絡するか。



帝国暦 488年  7月 25日  オーディン ミュラー艦隊旗艦 リューベック ナイトハルト・ミュラー



『ミュラー提督、今何処だ?』
「ヴァルハラ星域です、ロイエンタール提督。もうすぐオーディンに到達します。五時間もかからないでしょう」
俺が答えるとスクリーンに映るロイエンタール提督が頷いた。

『気を付けてくれ、ミュラー提督。ヴァレンシュタインはオーディンを退去したらしいがはっきりとは分からん。オーディン近辺で待ち伏せしている可能性は十分に有る』
「そうですね、気を付けます」
その可能性はまず無い。エーリッヒは自分が追われている事を理解している。敵が集結するのを待っている事は無い。だがリューベックの艦橋には不安そうな表情を浮かべるオペレータの姿が見えた。

『万一、戦闘になった場合は出来るだけ引き伸ばしてくれ。俺もビッテンフェルトも後一日程でオーディンに着く』
「分かりました。しかし向こうは陛下を手中にしています。脅されれば……」
『戦う事も後を追う事も出来んか。……そうだな、厄介な事になった』
ロイエンタール提督が沈痛と言って良い表情になった。こちらも溜息を吐きたい。何でこうなった? それにしても良いよな、美男子はどんな表情をしても様になる。

エーリッヒは皇帝エルウィン・ヨーゼフ二世を拉致した。他にも帝国宰相リヒテンラーデ公、グリューネワルト伯爵夫人を拉致したという真偽が定かでない情報が入っている。補給物資も奪って行ったらしい。エーリッヒがオーディンに居たのは五日間、その五日間で何をしたのか。おかしな事にオーディンからは全く情報が入って来ない。入手した情報はいずれもフェザーンの独立商人から得たものだ。

「オーディンに着いたら状況を確認してこちらから連絡を入れます」
『そうしてもらえるか。奴が何処に行ったのかという問題も有る。何か手がかりが無いかも調べて貰いたい』
「了解しました」
通信が切れると参謀長のオルラウが寄って来た。

「閣下、念のため、哨戒を念入りに行いたいと思いますが」
「……分かった、そうしてくれ」
念のため、哨戒を念入りにか……。妙な言い方だが本人は気付いていないだろう。オルラウの表情は強張っていた。奇襲の可能性をロイエンタール提督に指摘された事で慌てている。

溜息が出そうだ。ミッターマイヤー、ケンプ提督が続けざまに敗れオーディンが襲撃された。将兵はエーリッヒに翻弄され怯えている。だがその怯えは五時間後、オーディンに着いてさらに深まった。
「馬鹿な、新無憂宮が……」

彼方此方で呻く様な声が聞こえる。旗艦リューベックのスクリーンに映る新無憂宮は北苑、西苑が瓦礫の山になっていた。
「閣下、これは」
ドレウェンツが問い掛けてきたが声が震えている。
「陸戦じゃない。多分艦砲射撃だろう」
無茶をやる、そう思っているとドレウェンツが“艦砲射撃”と呟いた。呆然としている。

「リューベックを新無憂宮の近くに下ろせ」
「しかし新無憂宮の上空は」
「構わない、参謀長、非常時だ」
「はっ」
「それと、ロイエンタール提督にオーディンに着いたと連絡を入れてくれ」
「はっ」

俺の周りには新無憂宮の破壊を知って呆然とする人間しかいない。だがエーリッヒの周りにはアントン、リューネブルク、オフレッサーが居る。皆喜んで新無憂宮を壊しまくったのだろうな。新無憂宮の上空を飛ぶ事など何の躊躇いも感じなかったに違いない。溜息が出そうだ……。



帝国暦 488年  7月 25日  ヴァルハラ星域 ロイエンタール艦隊旗艦 トリスタン  オスカー・フォン・ロイエンタール



『新無憂宮を艦砲射撃?』
スクリーンのローエングラム侯の声が一オクターブ上がった。呆然としている。気持ちは分かる、俺もそれを聞いた時は冗談ではないかと思った。
「はい、北苑、西苑だけですが瓦礫の山になっているようです。モルト中将は降伏せざるを得ませんでした。抗戦を続ければ東苑、南苑も攻撃されると思ったのでしょう」

モルト中将は降伏後自決しようとしたらしい。だがヴァレンシュタインに“無意味だ”と止められた。そして帝都を無防備にしたのも、前線を隙間だらけにしたのもモルト中将の責任ではないと諭した。そして瓦礫だらけになった北苑、西苑を片付けるようにと命じた。暗に俺達の責任だと言っている、嫌な事をしてくれる……。

『馬鹿な、そんな事は有り得ない。それでは弑逆者になってしまうではないか』
ローエングラム侯が首を振っている。だが本当に有り得ないのだろうか。
「今でも彼らは反逆者です。それに陛下が亡くなれば次の皇帝を誰にするかという問題が発生します。こちらは混乱せざるを得ません」
侯が口元を歪めた。ムッとしているようだ。

『それを狙ったと言うのか』
「可能性は有ると思います。陛下を捕える事が出来れば良し、出来ずとも殺せれば良し……」
『……』
「他にもリヒテンラーデ公、ワイツ補佐官、グリューネワルト伯爵夫人、マリーンドルフ伯爵令嬢の四人が拉致されています。リヒテンラーデ公が居なければさらに混乱に拍車がかかった筈です」

ローエングラム侯が唇を噛み締めている。伯爵夫人が攫われたからな、怒り心頭、そんなところか。まあ叫びださないだけましではある。或る程度は想定していたか。或いはオーベルシュタインが指摘したか。それにしても奴の姿が見えないのは何故だ? 伯爵夫人を見殺しにしろとでも言って叱責されたか? それと気になるのはマリーンドルフ伯爵令嬢だ。彼女を攫う事に何の意味が有る? 侯の恋人か?

「それからオーディンに有った補給物資、輸送船が根こそぎ奪われるか破壊されています」
『生産工場もか』
「そちらは大丈夫です。但し、補給物資は一から生産しなければなりません。費用の問題も有りますが時間がかかります。元に戻るには最低でも三カ月はかかるそうです」
ローエングラム侯が顔を顰めた。

『帝国内の補給基地から持って来る事で当座を凌ぐしかあるまい』
「しかし輸送船が有りません、先程も言いましたが奪われてしまいました。物が有っても船が無ければ……。我々が使用しているのを使うとなれば我々の補給に影響が出ます」
『……ヴァレンシュタインめ、碌でもない奴だ!』

ローエングラム侯が吐き捨てた。気持ちは分かる、だがそれだけに手強い、厄介という事だ。嫌らしい程にこちらの急所を突いてくる。オーディンから連絡が無かったのもそれだ、我々にオーディンの状況を報せるなとゲルラッハ子爵を脅した。報せれば人質の安全を保障しないと。御蔭でこちらは状況が掴めず混乱した。

「ヴァレンシュタインは昨日オーディンを発ったそうです。周囲にはマールバッハからアルテナ星域を目指すと言っていたとか」
『アルテナか』
「罠の可能性も有ります。リヒテンラーデから大回りでガイエスブルクに戻る可能性も有るでしょう」
人質にはリヒテンラーデ公も居る。リヒテンラーデでは便宜を受け易い筈だ。ローエングラム侯が微かに目を伏せ気味にした、ヴァレンシュタインが何処に向かうかを考えている。

『可能性は有るな。……ロイエンタール提督、卿はビッテンフェルト提督と共にリヒテンラーデに向かってくれ』
「はっ」
『ミュラー提督にはマールバッハに向かうようにと。私もマールバッハに向かう。上手く行けばそこで挟撃出来るだろう』

確かにその通りだ。フレイアに向かっていない以上リヒテンラーデかマールバッハに向かう筈だ。しかし航路を外れられれば追う事は難しい。だが人質が居る今、航路を外れる必要が有るか? 賭けでは有るな、ヴァレンシュタインはどれを選択した? リヒテンラーデかマールバッハか、それとも……。それにしても挟撃して如何するのだ? 攻撃出来るのか?



帝国暦 488年  8月 10日  マールバッハ星域 ヴァレンシュタイン艦隊旗艦 スクルド  アントン・フェルナー



「哨戒部隊より報告!前方に艦隊発見! 数約五万!」
オペレータの報告に艦橋がざわついた。皆が指揮官席に視線を向けた、そして直ぐに視線を戻した。指揮官席のエーリッヒは身動ぎもせずに座っている。安心したのだろう。

「ローエングラム侯がお出ましかな?」
「多分ね、イライラしながらずっと待っていたんだと思うよ」
「如何する」
問い掛けるとエーリッヒは“さて”と言って頬杖を突いた。
「後ろからはナイトハルトが迫っているな」
「ああ、大体一日の距離らしい」
「……通信は可能か。……臨戦態勢をとって艦隊を停止させてくれ。少し早いが食事にしよう」

「食事? 戦闘食じゃないよな?」
「当然戦闘食だ。戦闘になる可能性も有る、食堂に行くような余裕は無い。捕虜にも用意してくれ」
おいおい皇帝にも戦闘食を出すのか。いや、出すか。こいつはブラウンシュバイク公にも戦闘食を出したからな。公は初めての戦闘食に目を白黒させていた……。

「おい、戦闘食は勘弁してくれ。コース料理とは言わんからサンドイッチとかホットドックにせんか。ピザでも良いぞ。戦闘にはならんのだろう?」
オフレッサーが嘆いたがエーリッヒは無視だ。“早く指示を出せ”と不機嫌な声で催促された。リューネブルク中将も諦め顔だ。いやオペレータ達もゲンナリしている。

戦闘食、戦闘中でも簡単に栄養を取る事が出来るようにと軍が開発した非常食だ。栄養は有るんだが誰も喜ばない。内容は一袋に五本入ったビスケットとパックに入ったジュースで終わりだ。ビスケットは一本百五十キロカロリーの栄養が有る。つまり五本で七百五十キロカロリー。そしてジュースはリンゲル液を飲み易くした物。両方ともお世辞にも美味いとは言えない。

食事が始まると直ぐにオペレータが声を上げた。片手にはビスケットを持っている。
「ローエングラム侯から通信が入っています!」
「食事中です、一時間待てと伝えなさい」
「は、はい」
オペレータがエーリッヒとビスケットを二度、三度と見てから返信を始めた。

「嫌がらせか? 戦闘食に一時間はかからんぞ。十五分も有れば終わる」
「もちろん嫌がらせだ。他に何が有る」
俺とエーリッヒの会話にオフレッサーが溜息を吐いた。
「戦闘食で嫌がらせか。出来ればもっと美味い物で嫌がらせがしたかった。そうは思わんか、リューネブルク」
「同感ですな、泣きたくなる」
リューネブルク中将が情けなさそうに答えた。俺も全く同感だ。

「何を言っているんです。こんな美味しくない物を食べさせられたから嫌がらせをするんじゃないですか」
思わずエーリッヒを見た。憤然としている。俺だけじゃない、トマホーク親父とリューネブルク中将もしげしげと見ている。オフレッサーが唸った。

「……なるほど、確かにそうだ」
「食べ物の恨みは恐ろしいんです。ローエングラム侯にはたっぷりと礼をしないと……、冗談じゃない!」
そう言うとエーリッヒは渋い表情でビスケットを一口食べジュースを飲んだ。そしてパックを睨みつけた。これでまた碌でもない事が起きると決まった。軍の馬鹿野郎、なんだってこんな不味い物を作った。事が起きる前に遮音力場に逃げたい気分だ。




 
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