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ソードアート・オンライン もう一人の主人公の物語

作者:マルバ
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■■インフィニティ・モーメント編 主人公:ミドリ■■
壊れた世界◆生きる意味
  第五十八話 仲間を敵に回す覚悟、自分の命を失う覚悟

 
前書き
新章開始! 

 
 一週間後。コンコン、というノックの音が響いた。ミドリが返事をすると、ノックをした人物がするりと部屋に入り込んできた。
「おお、シノン。今日はどうした」
 ミドリが机から目も話さずに声をかける。彼女は応えなかったので、ミドリは再び、どうしたと声をかけながら振り返った。
「ってストレアじゃないか――本当にどうしたんだ? 顔色悪いじゃないか」
 彼女は真っ青な顔でよろめきながらミドリのベッドに腰掛けた。ミドリは慌てて彼女の横に座り、肩を支えた。ストレアは唇を震わせながら、声を絞り出した。
「夢で――全てを思い出したの。私は……プレイヤーじゃなかった。私はこの世界を守る方だった」
「お前……何を言っているんだ……?」
 ミドリは意味不明なことを言い出したストレアを心配して、とりあえずホットジンジャーをマグにつぎ、握らせた。ストレアはマグに口をつけ一口飲むと、震えながら先を続けた。
「私、バカだ。みんなとわいわい攻略を進めるのが楽しくて、自分がだんだんと死んでいってるのに気付かなかった。私の役割はゲームをクリアすることじゃなかったのに――」
「自分が、死んでいってる……?」
 ストレアはマグから視線を離し、まっすぐにミドリを見た。
「そう。ミドリ、これを見て。これが私の正体」
 ストレアは左手で(・・・)メインメニューを開き、ステータス画面を可視モードにしてミドリに見せた。HPや筋力値敏捷値の他に、権限レベルや感情モニタリング制限、プレイヤー模倣モード、擬似五感入力上限値などなど、普通のプレイヤーは持っていない様々なプロパティがずらずらと列挙されたその画面の最上部に、ミドリはストレアのプレイヤーネームを見た。

 ――Strea-MHCP002――

「お前……お前も……」
「そう、そうなんだよ。この前ミドリの話を聞いたとき、どうも人事じゃない気がしてずーっともやもやしてたんだけど、今日ね、気づいたんだ。ただプレイヤーの感情をモニタリングするだけだった、それしかできなかった頃のことを夢に見たんだ。たくさんのプレイヤーの辛い、悲しい、怒り――ただ理解できるだけで、それ以上何もできなかった頃を」
 ストレアはぶるっと身体を震わせた。ミドリとは異なり、それは模倣された『恐怖という感情の再現』に過ぎなかったが、ストレアの恐怖は彼女をどこまでも蝕んでいた。少しでも安心させようと、ミドリは震えるストレアの手を握った。
「お前も苦しんでいるのか。自分が誰なのか分からなくなってしまったのか?」
 ミドリの問いに対し、しかしストレアは首を横に振った。
「違うんだよ。私はそこまで複雑な感情は模倣できない。『自己の喪失感』とかは感じられないんだ。私が感じているのは――ただの、恐怖。自分が消えてしまうことへの――恐怖」
「自分が、消えてしまう……?」
 ストレアはミドリの目を見つめた。ミドリはその瞳の中に、哀れみのような感情を見た気がした。
「ミドリはまだ気づいていないんだね。気づかない方が幸せだよ。だから、私が教えてあげるべきじゃないのかもしれない――でも、いつまでも気づかないわけにはいかないよね。だって、このままじゃミドリも消えちゃうんだから」
「ちょっと待て、何のことだ。俺が消えるだと?」
「そう。考えたことはない? もし、プレイヤーが百層をクリアしたらどうなるのかを」
「百層がクリアされたら――全プレイヤーは開放され、SAOからログアウトし、現実世界へ戻る。そうじゃないのか?」
「そうだよ。それじゃその後、アインクラッドはどうなるかな? プレイヤーがいなくなったこの世界は――」
 その後――システムは当然停止され、やがてデータは消去される、あるいはサーバーごと廃棄される。ミドリはその答えに行き着いた。行き着いて、しまった。

「消える……」
「そう。クリアされるんだよ、何もかも。アインクラッドを構成する建造物も、モンスターも、システムも、つまり私たちも、全部」
 手が、震えた。ミドリはまだストレアの手を握りしめたままだったが、その震えはストレアだけでなく、間違いなくミドリのものでもあった。
「そんな――俺達は消えてしまうのか……? この世界で生まれ、何も為さないまま――」
 ストレアはうつむいた。ミドリは呆然としてストレアを見つめた。そんな結末を迎えることになるなんて、ミドリは考えたくもなかった。突然ストレアがミドリに抱きつき、ミドリはベッドに押し倒された。
「私、消えたくない……! みんなと一緒にここで生きていたい! このまま消えるなんて嫌だよ、いやだよおおおぉ……」
 ミドリはストレアを抱きとめたが、しかし慰めの言葉をかける余裕は全くなかった。
「なんとか、なんとかならないのか……。俺達が消えない方法は……ないのか……?」
 うわ言のようにつぶやくが、その答えはなかなか見つからなかった。泣きじゃくるストレアを胸に抱きながら、ミドリは延々と考え、考えて――ついに考えついてしまった。なんとかする唯一の方法を。

 ――クリア、させなければいいんだ。



 泣き疲れて眠ってしまったストレアをベッドに横たえ、ミドリもストレアの隣でうつらうつらと居眠りを始めた。その時、軽いノックの音がコンコンと響き、ミドリはハッと目を覚ました。ストレアを起こさないよう、ゆっくりと扉を開き、廊下に出る。ドアをノックしたのはシノンだった。
「どうしてあんたが出てくるのよ。部屋に何か隠してるの?」
「ストレアが俺の部屋で寝ちまったんだよ」
 ふうんと頷いたシノンは、だったら下の談話室で話そうと提案し、ミドリはそれに従って下階へ移動した。

「ストレアが最近随分疲れてるみたいだから、どうしたのかと心配で――それで相談に来たんだけど、あんたも十分疲れてるみたいね。朝は元気だったでしょう、一体どうしたの?」
 シノンの気遣いに、ミドリは思わず涙をにじませた。この仲間を、ミドリは裏切ろうとしているのだ。
「ちょ、ちょっと本当にどうしたのよ。えっ、何かつらいことでもあったの?」
 ミドリは首を振ると、シノンが差し出したホットミルクを一口飲み、気持ちを落ち着かせる。仮にこの先彼女を裏切ることになるとしても、せめて事情だけは話しておきたい。
「……話を、聞いてくれないか。これはストレアのこととも関係する。この先どうすればいいのか、俺には分からなくなってしまったんだ」

 ミドリは話した。ストレアのこと、ゲームクリア後のこと。ただ、ミドリが生き残るために考えた唯一の手段については触れないまま。
「……そういうわけだ。ストレアはゲームクリアと共に消える。ユイはキリトのナーヴギアに、俺はミズキのアミュスフィアだかなんだかの端末上にいるからすぐには消えないが、茅場がいなければ展開できないはずだ。つまりゲームクリアが俺たちの死に直結する」
 シノンはホットミルクを一口すすり、溜息と共に言った。
「思った以上に重い話ね。少しでも相談に乗ってあげられればよかったんだけど……私の手には負えないわ」
「いや、いいんだ。シノンに俺たちの命を負わせたいなんてことは考えちゃいない。ただ聞いて欲しかっただけだ」
 そう、ミドリはただシノンに聞いて欲しかっただけだった。たとえこの後ミドリがシノンたちの攻略の邪魔をするような行動に出るとしても、そこにはそれだけの意味があったのだと知っていて欲しかった。ただそれだけのことだった。
「私には手に負えない――だけど、ひとつだけ聞いておかなくちゃいけないことがあるわ。ミドリ、あなたはこの後一体どうするつもりなの? まさかこれまでどおり攻略を進めるなんてことはできないでしょう」
 ミドリは言葉に詰まった。それをここで決めるつもりはなかったのだ。シノンたちの邪魔をするかどうかなんてことは、まだ考えたくもなかった。しかし、ミドリの沈黙をシノンは的確に解釈した。
「……何も言えないってことは、やっぱり考えてるのね。クリアを阻止することを」
 ミドリは思わず顔を上げた。それは違うと否定したかった。
「違う、俺は何もそんなことを考えちゃいない! 俺だってお前たちが現実へ帰ることを望んでいるんだ」
「いいのよ、クリアを阻止しようと考えるのは当然だわ。そうしなければ死んでしまうのなら、私だって考えてしまうはず。仮にあなたがクリアを阻止することを選んだとしても、私はあなたを絶対に責めないわ。裏切られたとか、そんなことは思わない。――でもね、これだけは覚えておいて。こんなこと、本当に言いたくないんだけどね。もしあなたたちがクリアを阻止しようとするなら、最初の敵は私よ。私はあの世界に帰らなきゃいけない。何としてでも」

 それはミドリが最も聞きたくない言葉だった。ミドリは頭を抱え、テーブルに突っ伏した。仲間を敵に回すことと、自分の命を失うこと。どちらも重すぎて、ミドリの天秤では量れなかった。
「……百層をクリアしても、現実に戻れる保証はないんだぞ」
 テーブルに突っ伏したままミドリが苦し紛れの台詞を吐くと、シノンは冷ややかに切り返した。
「それは良かったわね。クリアを阻止する必要がなくなったじゃない。――問題はそこじゃないでしょ。逃げるのはやめないと、いつまでたっても本質を捉えられないわよ」
「……俺はもう、現実と向き合うのは疲れた。この世界に何も分からずに放り出され、やっと自分を見つけたと思ったのにもう死ななきゃいけないなんて。もう一体どうしたらいいんだか……」
 ついに弱音を吐き始めたミドリの頭を、シノンは優しくなでた。
「なにも正面から向き合わなくたっていい。もう私に言えることはないけど……ただひとつ、これだけは言っておこうかしら。――後悔、しないようにね。誰だって命はひとつしかないんだから。悩みぬいた結果が私たちとの対立なら、私はそれを受け入れる。その時は正面から相手してあげるわ。だからよく考えてね」
 ミドリのカップに新しくホットミルクを注ぎ入れ、もう一度ミドリの頭をぽんぽんと叩いてから、シノンはその場を立ち去った。後にはただ一人ミドリだけが残され、彼は頭を抱えたまま微動だにしなかった。



 その晩遅く、ミドリは自分の部屋に戻った。机に突っ伏していたストレアが顔を上げ、弱々しく微笑んだ。
「遅かったね。見捨てられたかと思ったよ」
「見捨てるもんか。お前と俺は仲間だろう」
 仲間といいながら、ミドリはシノンとイワンのことも思い出していた。ストレアも同じだったのだろう。彼女は乾いた笑い声を上げた。
「仲間の絆と自分の命――世界を守る使命って言い換えてもいいかもしれないね。どっちが大事なんだろう」
 ストレアの問いかけに対し、ミドリは返す答えを持たなかった。その代わり、ミドリは談話室でずっと考えて思いついた、ひとつの逃げ道を示した。
「なあ――ストレア。仲間の絆と自分の命を天秤にかける前に、ちょっと考えてみないか。俺たちがここで生きる意味を、さ。天秤にかける前に、その重さを知ろうじゃないか。漠然としすぎて、俺には自分の命の重さを量れないんだよ。遠回りしても、後悔しない選択をしたい。俺はそう思うんだ」
 ストレアはミドリをじっと見つめた。たっぷり十秒ほど見つめ合った後、彼女はゆっくりと頷いた。 
 

 
後書き
ゲームでは最も重要なのに全く描写されなかった部分ですね。
次回からしばらく真面目な話が続きます。キリトたちやマルバたちと話をするなかで、ミドリとストレアは自分の命とプレイヤーの自由のどちらを選ぶべきか考えます。久しぶりにマルバくんの出番がやってきますよ。最近はずっとミドリのターンなので彼の出番が少なくて寂しく思っていた作者でした。ちなみにSAO編が終わるとマルバくんの出番は更に減ります。MORE DEBAN!

ここで残念なお知らせです。またしばらく更新を止めます。次回の更新は今度こそ来春かもしれませんし、書き溜めてはあるので、推敲し終われば更新しに来るかもしれません。しばらくお別れです。読者のみなさん、アディオス! 
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