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昼は天使、夜は悪魔

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第四章


第四章

 恵一はそこに来てまずは唖然とした。そのうえで横にいる弥生に尋ねた。
「橘さん」
「弥生よ」
 しかし彼女は答えずにこう言葉を返してきたのだった。
「弥生?」
「そう、弥生よ」
 また名前を言ってきた。
「弥生って呼んで。いいかしら」
「いいの?そう呼んで」
「いいの。だから」
 俯いていた。しかし声ははっきりとしたものだった。はっきりとしているがそれ以上に。何か怪しい輝きを含ませた声になっていた。恵一はそのことに何か恐ろしいものを感じだしていた。
 その彼に。弥生はさらに言ってきた。
「何処がいいの?」
「えっ、何処がって」
「岩尾君が選んで」
 こう彼に言うのだった。
「何処でもいいから」
「何処でもいいって。まさか」
「デートなんでしょ」 
 彼女はまた言ってきた。
「だからよ。最後はね」
「最後はって。それは」
「私は。そのつもりだったのよ」
 弥生の言葉は有無を言わせぬ感じのものになっていた。声の色がかなり強くなっている。
「最後は。ここだって」
「そんな、僕は」
「いいわよね」
 声が切羽詰ったものになっていた。
「岩尾君は」
「いいわよって」
「・・・・・・私はいいの」
 俯いたまま言葉を続けるのだった。
「だから」
「本当にいいの?」
「ええ」
 やはり返答はこうだった。何処までも澱みも迷いもなかった。見事なまでに正直な言葉だった。疑いようがないまでに素直であった。
「だから」
「・・・・・・まさかこんなことになるなんて」
 それまで天使の様に清らかだと思っていたからまさかこうなるとは思っていなかった。しかしここで。その天使が顔をあげてその考えが吹き飛んでしまったのだった。
「それで何処なの?」
 眼鏡を外し三つ編みを解いていた。それだけだった。しかしそれだけでもう。完全に別人だった。それまでの清楚な感じがそっくりそのままひっくり返ってそこにいたのは。妖艶な悪魔だった。清楚な天使ではなかった。
「え・・・・・・」
「岩尾君に任せるから」
 ぞっとする程にまで妖しい光を放つ目での言葉だった。
「何処でもいいわよ」
「そう。何処でもいいの」
「ええ」
 その妖艶な顔での返事である。
「さあ。だから」
「わかったよ。じゃあ」
 ここまで来て。やっと彼も決めた。決めたといってもホテルのことは知らないからとりあえず身近のホテルに顔を向けてそこに決めたのだった。
「あそこにしよう」
「ええ、それじゃあ」
「あの」
 決めたうえで弥生に声をかける。
「たち・・・・・・いや弥生さん」
「何かしら」
「弥生さんだよね」
「そうよ」
 静かに恵一に答えてくる。しかしその声がやはり違う。同じ声なのに何かが決定的に違う。それまでの楚々とした感じではなく濡れたものだった。落ち着いて静かなのは同じだがそれが全く違っていた。それだけで完全に別人のものに聞こえるのだった。
「それが。どうかしたの?」
「いや、どうかもしていないよ。それじゃあね」
「ええ」
 何はともあれホテルに二人で入った。ホテルの中でのデートは。彼にとっては思いも寄らないものだった。
 次の日。学校で彼はまだ呆然としていた。それまではもういつも目にピンクのハートマークを浮かばせていたのが今は何か虚ろだ。まるで狐が憑いた様に。
 そんな彼を見て。友人達はまた彼に問うのだった。
「で、今度はどうしたんだ?」
「デートに失敗でもしたか?」
 口々に彼に問うのだった。
「だったら汚名挽回でな」
「それを言うのなら名誉挽回だよ」
「いや、最後までいけたさ」
 しかし彼は答えるのだった。自分の席に座り呆然としたままで。
「それはな」
「じゃあ成功だったんだな」
「ああ」
 一応はこう答える。
「成功だよ。けれど」
「けれど?何だよ」
「どうしたんだよ」
「女の子ってさ」
 彼は言うのだった。
「顔は一つじゃなかったんだな」
「何かあったんだな」
 皆それを聞いてすぐに察した。顔を見ただけでそれがわかった。
「それで何があったんだ?」
「言ってみな。相談に乗れることなら乗るからな」
「金のこと以外ならな」
 友人としての決まり文句も出た。皆何はともあれ話を聞くつもりだった。それで彼を囲んで話を聞きにかかったのだった。意外と親切と言うべきか。
「だから。顔は一つじゃないんだな」
「顔が二つあったら怖いぞ」
「それは人間じゃねえだろ」
 皆まずはこう突っ込みを入れた。半分以上冗談だ。
「いや、顔は一つだ」
「じゃあ普通だな」
「何でそんなこと言うんだよ」
「だからだよ。顔は一つじゃないんだな」
 それでも恵一は言うのだった。こう。
「昼と夜とで」
「!?何が何だか」
「わからねえよ」
「人が変わるんだな」
 彼は皆がわからないのを見てこう言い換えてきた。
「昼と夜じゃ」
「ひまわりみたいだな、何か」
「昼と夜で変わるなんてな」
「っていうか朝顔か?」
 皆の言葉はここでもまだ冗談めいていた。今一つどころか全く話が読めていないからこうなっているという一面もあった。当然ここでもまだ冗談が入っているが。
「それだと」
「何が何だかわからないな、やっぱり」
「だから。女の子は昼と夜で変わるんだな」
 恵一は今度はこう言ってきた。
「何かな」
「女の子っていうと」
「まさか彼女か」
「あの娘以外いないだろ」
 恵一はあの娘と言う。彼がこう言うのは一人しかいなかった。
「弥生さんだよ」
「そうだよな、橘さんだよな」
「いや、ちょっと待て」
 だがここで一人がふと気付いた。
「御前今弥生さんって言ったよな」
「そうだよな、今確かに」
 皆も言われてそれに気付いた。かなりの変化だった。
「橘さんから弥生さんか」
「御前一回のデートで随分親密になったんだな」
「親密っていうか」
 その恵一が言ってきた。
 
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